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2018_12
18
(Tue)22:05
ネットオークションにかぎらず、古いものというのは、ときどき思いもよらないものに出会うことがある。
これ、なんだろう・・・? って。。。
高価なもだったらそんなリスクを冒してまで、と思うところだけど、安ければ、ちょっと冒険してみようか、と。
落札価格=開始価格。
送料込みで、1500円していない(ポイント使ったけど。使わなくても、二千円しない)。
よっぽど、人気なかったんだね、こいつ・・・。
入札、1。。。

 
 
「李朝 漆器」というタイトルで出ていた。
面白い形。大きさも、直径7.5センチ、高さ7センチと、薄茶器にできないか、と。
 
茶杓がのってるけど、真横からはこんな感じ。 
PC181128.jpg 
お椀のようでもあるが、まあ、ちょっとかわった形の平棗に足がついた、という感じで。
 
蓋の甲は、刷毛目が摩耗して凹凸がほとんど感じられない。
そのせいか、色も朱よりは紅っぽい。 
中は黒塗りで、この艶がとてもいい。
この黒塗りの艶にも惹かれた。
それなりに古いもののよう。
PC181100.jpg 
 
蓋の裏と底。
高台のなかの朱が、もともとの色に一番近いだろう。
蓋の裏も黒塗り。
かなりしっかりとした高台がついている。 
PC181102.jpg 
 
朱茶桶と。
PC181103.jpg 
高台の中は、茶桶の朱に近い色合い。
だけど蓋はこんなにも違う。
朱漆のものは、使い込まれるとこんな色合いになるのだろうか。
こういうものは初めて見るので、そうなんだろうな、としか。 
 
それにしても、どこの、なんという器で、何に使われるものなのか。
見かけてから、ググってみたが、それらしいものはまだ見つかっていない。
「李朝」とあったので、李朝・朝鮮をはじめ、東南アジア、中国、日本も。
印肉でもいれておくのか、はたまた化粧品か、調味料か、ちょっとした食べ物か、あるいは、神様にお供えするときに使う・・・など、考えてみたが、どうもよくわからない。
 
そもそも、足つきでかつ蓋付きの漆器。
蓋付きのお椀が思い浮かぶが、大きさはもちろん、なにより蓋の合わせ方が違う。
土器の高坏も、蓋の合わせ方が違う。
このくらいの大きさで、こんな高台のついた蓋物の漆器。
浅博なもので、思い当たらない。
 
お茶の薄茶器としても、見たことがない。
念のため三昧の「茶器とその扱い」を見てみたが、こういった形の薄茶器の記載はない。
もしつかわれていれば、薄茶器として作られてきているだろう。
 
ということは・・・
こんな薄茶器を持っているのは、だんなんがはじめて、ということになるかも(笑
 
そもそも、佗茶の道具は見立てものもすくなくない。
棗だって、その起源については、白粉ときだという説もある。
白粉ときを転用した、つまり、見立てたのだ。
 
そういうわけで、早速使ってみることにした。
いや、そもそも、薄茶器にどうかと思って購入したのだから。
茶碗は、アロン・サイスの志野。
PC181135.jpg 
なかなか、わるくない^^
 
これは・・・ 
PC181109.jpg  
あまりにも、ピシッときまったので、おもわず哄笑してしまった。
これは、かなり面白いし、よい。
ことに蓋のすり減って色合いの変わった、枯れた甲と茶杓、茶筅との調和。
 
ちょっと掬いにくいけど・・・ 
PC181113.jpg  
 
PC181114.jpg
 
客の席から・・・
PC181115.jpg 
釜は、土竹釜。
軸は、昨日、農作業図に替えたところ。
 
土竹釜との相性もいい。 
それ以上に、茶筅、茶杓との調和。
PC181117.jpg  
あまりにも決まっている(笑 
 
それで、名前をつけようと。
横から見ると、なんとなく、魚(というか鯛焼きのようだと思ったが・・・)のように見える。
本体が胴体で、高台が尻尾。
それで、
 
 朱刷毛目魚器棗 しゅはけめぎょきなつめ
 
としてみた。
あるいは、朱刷毛目とと棗。
あるいは、単に、金魚棗、とか^^
金魚棗、というと、高台部分がひらひらしてそうで面白いかな・・・。
 
それにしても、一体何なんだろう?
根来かなんかのようにも思えるのだが。。。
PC181126.jpg 
菓子皿の、鈴木誠一郎さんの縄文皿と。
雰囲気がなんとなく似ている?
なので、こういったその地方その地方につたわっている塗り方のものなのか。。。
 
まあ、なんにしろ、いまは朱刷毛目魚器棗、通称金魚棗、ということで、まがりなりにもお茶の世界にデビュー、ということで^^
もしかすると、数寄者史上、こんな薄茶器をつかったのは、僕がはじめてだったり・・・(笑
ま、認知されてないけどね^^
と、そんなことはどうでもいいといえばいいけど^^
とにかく、竹茶筅、竹茶杓との相性はバッチリ。
多少釜を選ぶかもしれないけど、これはなかなか。
だんなんの名物薄茶器にしよう(笑 
 
道具を見立てる、転用する、は、お茶の醍醐味のひとつ。
この金魚棗みたいにしっくりくると、ほんと、楽しい^^
哄笑しちゃうわけ^^
 
それにしても、これがなんなのか、わかる方がいたら、ぜひ、教えてください^^

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2018_12
17
(Mon)01:19
前々から気になっていた、古材を使った吹雪。
今日届いた。
PC161079.jpg 
 
古材とは、お寺とか茶室とか、そういった建物に使われていた材木を、立て替えなどの時に不要になって、リサイクルしたもの。
なので、吹雪になる前は一体、どういう建物に使われていたのか、というのが気になるし、興味もわく。
それによって、欲しくなったり、ならなかったりもするだろう。
 
それにしても、今回気になっていたのは、見るからに荒れている。
風化している。
古材の薄茶器でも、なかなか、こういう感じのは見ない。
  
PC161077.jpg
 
一式。
 
 
蓋は、合わせ蓋(とでもいうのか?)。
一閑作でもないし、針柳棗でもない。
それにしても、蓋がなかったからといって、この蓋を合わせてある、というのが・・・ちょっと、可笑しい^^
 
箱本体もかなりぼろぼろ。
底の裏に、作者の名前が。
PC161076.jpg 
 
平安清鳳 作とある。
調べてみると、昭和初期頃の人らしい。
吹雪の底の裏に「清」とあるので、この人が作ったものなのだろう。
 
そして、箱の側面には・・・
PC161073.jpg 
 
どうも、この古材の由緒を書き記してあるよう。
購入前に、もちろん、読んだ^^
で、欲しくなった、というわけ。
読めるところだけ、なるべくそのまま、ちょっと、読んでみるね。
 
 昔時一条天皇長徳年間今より(凡九百三十余年前)の建立なり。
 宝暦二年五月(百八十余年前)桜町天皇御殿なる御能舞台を賜りて再建せし堂宇。
 之時昭和九年九月冥西未歴有りし大風禍に大破せり。
 依りて今又再建○○○○古材を以て吹雪をつくり、同好の諸氏に○○ものなり。
 
どこかの堂宇らしい。
桜町天皇・再建、昭和九年台風・再建とか、なにか、ググってみたら・・・。
そう、、、なんと、浮御堂の古材らしい。
浮御堂というのは、滋賀県大津市の堅田にある、お堂。
近江八景のひとつにも数えられている。
湖の中に建っていて、浮いているように見える。
 
昭和九年の室戸台風で浮御堂が大破して、その古材で作った吹雪なのだと。
そして、その浮御堂は、宝暦二年に、桜町天皇の能舞台で再建されたもの。
 
そうそう、そうだった。
浮御堂、以前堅田に住んでいたときは、初詣などに行ったこともある。
そのとき、由緒を読んだが、そうそう、桜町天皇の能舞台を頂いて、再建したとあった。
建立についても、ここにあるとおり。
 
読んではみるもんだ。
調べてはみるもんだ。
出品されているときは、ただ、古材吹雪、とあるだけで、どこの古材かということは書かれていなかった。
もっとも、この由緒にも、浮御堂とは書いてない。
きっと、もとの蓋には書いてあったのだろう。

初詣だけでなく、浮御堂、じつは、釣りのポイント。
鯉の吸い込み釣り。
よく釣りに行った・・・。
吸い込み釣り、知っている人ならわかると思うけど、野球のボールか、こぶりなソフトボール大の餌の団子を投げ入れて釣るのだが、ときどき、浮御堂を直撃したりとか・・・(笑
 
そう、この風化した雰囲気は、なんか見覚えがあると感じてそれで気になっていたけど、浮御堂の手すりとか、そんなかんじ。
長年風雨にさらされていた材木。
 
PC161079.jpg
 
ふうん、そんな古材から作った吹雪なんだ・・・。
これは、もう、欲しくなった^^
お寺の古材というだけなら、まあ、そんなもんかだけど、ちょっと縁があった、というか、思い出のある場所なので(まあ、たかだか釣りだけど)。
 
はっきりしたことはわからないけど、手すりかなにかじゃないだろうか。
この太さで、蓋や胴の側面がまるまる風雨にさらされた感じのままなので。 
 
蓋には亀裂が入っているところがある。
どうも、もともとヒビが入っていて、それが深くなって、亀裂になったようだ。
それも、面白い。
 
PC161075.jpg 
 
中は黒漆塗り。
だれかの花押が入っている。が、誰のものかは不明。
 
蓋の上面と底は溜め塗り。
側面は生地のまま。
手すりをすぽんと輪切りにして、そのまま吹雪にしたという風情。
 
よく見ると細かい傷が入っている。
が、吹雪にしてからではなくて、その前からの傷のよう。
触ると木目のままにでこぼことした感触。
吹雪になったのが、昭和九年(1934)。
その前が、浮御堂で、宝暦というから、うちの庄兵衛の釜と同じ頃。
その前は、桜町天皇の能舞台だったわけで、材木になったのはいつ頃なのだろう?
能舞台が結構新しかったとしても、250、260年以上前、ということになる。
指に伝わってくるこの感触は、二百五十年、六十年以上、風雪に耐えてきた歴史の感触・・・なんて^^
 
PC161072.jpg

こうしてみると、なんとなく笠をかぶっているようで、剽げた雰囲気もある。 

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2018_12
16
(Sun)20:13
12/13は、いちまがうちに来た日。
今年で10年。
なので、ちょっと、スペシャルに^^
 
例の七〇才の短冊のあと、玄関にも軸を掛けられるようにした。
ちょっと、待合風。
今回は、扇面草花図を。
いちまが好きそうな、スミレとレンゲの花。
表装も春めいて、若々しくてよい。

 
 
軸は、廓子儀図。 
いちまのお友だち^^
PC151047.jpg 
  
PC151070.jpg 
 
釜 萬字釜
薄茶器 庸軒梅紋溜め棗
  替 乾隆グラス小壺
茶碗 京焼熨斗紋茶碗
 
萬字釜は、おめでた光線。後光がさしているので。
棗は、松竹梅にも絡めて。溜め塗りの色合いなどがお目出度い感じなので。
茶碗は、いちまの茶碗。
 
でも、まあ、今回は、菓子が特別^^
いちまのまえに。。。 
PC151049.jpg 
 
包装を解く・・・
 
PC151055.jpg  
 
熨斗つき・・・ 
PC151056.jpg 
 
ほりゃ、いちま^^ 
PC151060.jpg 
 
さすがのいちまも、なんか、ちょっとびびってる?
びびりながら、しめしめ・・・。
  
PC151062.jpg 
 
俵屋吉富さんの蓬莱山。
PC151057.jpg 
 
薯蕷饅頭。
直径5.5寸。
重さは、約1キロ。
持って帰ってくるのに、結構、重かった(奧さんが持ってきたけど・・・)。
12/15の午前中に作ってもらって、夕方にもらってきた。
帰ってきて、すぐお茶に。
いわば、できたてほやほやの薯蕷。 
 
以前にも、一度食べたことがある。
引っ越し前のブログに記事。
 
今回は鶴屋吉信さんのにしようかという話もあったが、そぼろで覆われているよりもこっちの方がいい、ということで。
薯蕷の白い肌は、しかもこの大きさは、かなりテンションが上がる。
そこに金箔でなおのこと。
シンプルだが、この大きさで、薯蕷の白い肌は、格別。
 
切り分ける・・・
  
PC151063.jpg
 
中にいろとりどりの漉し餡のちいさな薯蕷が入っている、子持薯蕷。
切ればまた、カラフルで、テンションが上がる。
 
切り分けて、銘々に。
末廣の形に。
 
PC161080.jpg 
 
ちいさな薯蕷にくらべて、漉し餡はしっとり。
ちいさな薯蕷の皮も周りの漉し餡のようにしっとり。
 
PC151067.jpg 
 
「あ~、たべた、たべた。さすがに、お腹が膨れる・・・」
これは、奧さんと二人で食べた、のこり。
 
なんて、冗談で、四分の一に切ったものの残り。
まだ、四分の三はしっかり残っている。
 
PC151050.jpg
 
いちまもにっこり?
いや、なんか、ちょっと困惑してる?
照れ照れるかな・・・^^

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