2011_04
25
(Mon)21:52
東北地方太平洋沖地震でなくなられた方がたのご冥福をお祈りするとともに、復興が一日でも早くすすむよう、心から切望します。
 
 東北地方太平洋沖地震 義援能  が、京都観世会館で催された。
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 その午前の部を観てきた。
 開演10分前たらずに到着して、一階正面に席はなかったので、二階の正面席で観
ることにした。
 開演時、驚いたことに、客席はほぼ満席。
 
 ことに印象深かったもの。
 舞囃子 絵馬
 これは、天の岩戸のあの話。
 天照大神が籠もった岩戸の前で、天鈿天命(あめのうずめのみこ)が舞を舞い、天
照が岩戸に隙間をつくってのぞき見たところ、手力雄命(たじからおのみこと)が岩
戸を押し開く、というあのあまりにも有名な場面が能になっていて、舞囃子もその場
面。
 いわば、能的な脚色による天の岩戸神話。
 そういうことをまったく知らずに、観ていて、途中からそれに気づいた。
 やはり、特に美しく、引きこまれたのは、味方玄ちゃんの舞。天鈿天命だった。
 天照大神の出だしのところがよく聞きとれず、玄ちゃんの舞を観ていて、それが女
性の舞であることに気づいて、そのあと謡が聞こえて、それで、内容がわかったとい
う次第。
 それにしても、二階正面から見てると、舞手の足の先から手指の先まで、しっかり
と見える。
 
 この舞囃子だけでも、入場料の価値はあったか。
 
 
 とはいえ、やはり圧巻は、
 半能 融 舞返
 シテは、片山九郎右衛門
 これが、お目当てだった。
 はじめ、二階正面の二列目だったが、ラッキーなことに一列目の人が帰っていき、
一列目の真正面に移ることができた!
 
 半能とは、前場省略、といった感じのもの。
 前場の冒頭、ワキが出てきて、名宣や道行きなどのさわりをしたあと、すぐに、
後場に入る。
 面、装束などは、能と同じ。
 
 ちなみに、舞囃子とは、シテ・謡・囃子で、面や装束は着けず、紋付きと袴。
 仕舞は、シテ・謡のみ。やはり、面や装束は着けず、紋付きと袴。
 
 融は、源融、百人一首にも入っている、河原左大臣のはなし。
 東六条院や河原院などに豪壮な邸宅を営み、河原院には、奥州塩竃を模した庭園
があり、その塩竃庭の水は難波から海水を毎日汲んでこさせたという。
 その融も亡くなり、庭園も荒れ果てて、そんな庭園を眺めて融を偲ぶ貫之の歌が
『古今』のなかにあるが、能の舞台もその庭園。
 例によって地方から物見遊山の僧が都にやってきて、融の霊の化身である尉につ
れられて河原庭園に行き(前場)、そこで融の霊にあう(後場)、といった感じだ。
 
 融は、面は、中将か何か、だろうか。どっか、悩ましげ(お腹が痛いようにも見
える?)だが、わかわかしさ、みずみずしさもある。
 白地に、立涌と車、そして丸い有職紋が金の摺箔の狩衣。
 浅葱(水色のような色)にやはり金の有職紋の摺箔の指貫。これは、以前、『蝉
丸』(シテ 今の幽雪師)や『千手』(シテ 当時の片山清司師 ツレ 味方玄師。
で、ツレの重衡が履いていた指貫かも)などと思いながら、観ていた。
 この装束が、とても若々しく、みずみずしく、すがすがしく、高貴で、清らか、
あでやか。
 着付けは、朱色地に錦糸の紗綾形の織り柄のはいったもの。
 
 舞返の小書きつきで、これは、舞いづくめ、というか・・・。
 舞っているうちに囃子の調子がどんどん急になって、舞もテンションが上がって
くる。
 それでも、優美。ふわふわっと舞っている感じもして、その様は、融の幽霊か、
とも。
 しかし、あくまでも、高貴で、優美で、あでやか。幽霊がおどろおどろしい、な
んて、歌舞伎以降の偏見?
 
 観ていて、前の九郎右衛門(いまの幽雪)師の『小塩』を重ねたりしていた。
 幽雪師の『小塩』の業平の舞は、陽明文庫などに伺われる江戸期の公家好みその
ものといった感じで、それがモノではなく、今目の前に息づいているということに、
ものすごく驚いた記憶がある。公家文化の本質に生で触れた気がした。観ていて、
そういう舞を愛でた公家の感性が、幽雪師の舞に照りかえって、自分の中に芽生え
る、というか、宿る、というか、そんな気までしたものだ。
 
 今回の、今の九郎右衛門師の融の舞は、ある意味、現代っぽい、という感じもし
た。そして、みずみずしい。
 幽雪師の『小塩』の業平の舞は、優美だが、枯れたところもあり、それが、業平
っぽくてよかった。どこか一筋縄でいかない、そんな歌を読む業平だから。
 融は、みずみずしい、あでやかな、貴公子の舞だった。
 
 それにしても、片山九郎右衛門(幽雪師と清司師)の真骨頂、って、翁は別とし
て、神ものでもなく、修羅ものでもなく、女ものでもなく、鬼でもなく、こういう
雅男の舞では? と思う。
 
 囃子も謡も、舞と溶けあっていて、というか、舞に囃子と謡が溶けこんでいた。
 
 また、ちょっと、笛にも注目していた。
 たまたま、藤田六郎兵衛師の藤田流の笛のCDで、融のこの部分があり、何度も
聞いていたから。
 今回笛の森田保美師は、森田流で、藤田流とはかなり違っているように聞こえた。
主旋律(?)は、大筋ではまあ、同じだけど、藤田流は力強い感じで、森田流は、
より雅で、軽やか、華やかな感じがした。
  
 
 幽雪師の仕舞は、さすがにお年なので足腰については仕方ないのかもしれないが、
腕や上半身の動きは、優美だった。
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2011_04
18
(Mon)01:37
能  東方朔 片山定期能4月公演  2011/4/16
 前シテ 老人  片山九郎右衛門
 後シテ 東方朔   〃
 前ツレ 男  分林道治
 後ツレ 西王母  片山伸吾
 ワキ 漢の武帝  福王和幸
 ワキツレ 臣下  永留浩史
 ワキツレ  〃  是川正彦
 アイ  小笠原匡
 アイ  泉慎也

 笛  藤田六郎兵衛
 小鼓  曽和尚靖
 大鼓  河村大
 太鼓  前川光範

 地謡 武田邦弘  青木道喜  古橋正邦  大江信行  清沢一政
    橋本忠樹  武田大志  大江広祐

 後見 片山 幽雪  小林 慶三
 
 
 JRが強風のため一時不通になっていて、いったんは行くのをあきらめたが、ようよう
回復したのが一時間遅れ。
 開演10分前くらいに、なんとか観世会館に着いた。
 思ったより客はいなくて、正面の最後尾の右の方に席がとれた。
 最近、正面の一番後ろに席をとることが多い。お気に入り。「大名席」と勝手に呼んで
いる(笑
 
 調めがいつもと違った。
 笛が、思ったよりかすれたような、艶のない音色。
 
 ちょっと変わった能。
 はじめに、いきなり、桃仁の精のアイが出てきて口上。
 しかも、その装束が、いつもの麻のものじゃなくて、アイらしくない豪華な出で立ち。
肩衣がいちご紋のような織りのもの。着付けが、地紋が何かの唐草のような織り柄に、草
花の色紙模様のような刺繍か織りのもの。袴も絹のわた入りで、丸紋。
 
 ワキは、漢の武帝。なので、囃子が「真之来序」という皇帝などの登場の時のもの。
濃紺地に金の松竹梅摺箔の狩衣。従者が二人。オレンジがかった色で地紋に菱模様が
織り出された、やはり、松竹梅紋の狩衣。
 松竹梅の模様なのは、西王母のペットの鳥が武帝の宮殿の上を飛びまわったという
瑞兆が現れた、そういう内容なので、それを暗示しているのだろう。
 
 前シテの老翁は、非常に気品の貴い。普通の立ち姿勢より、やや腰を落としている
ような感じに見えた。
 
 中入りの、仙人も白か生成りのよれ水衣に、金地か銀地の桜か何かの小さな花の織
りか刺繍の厚板のような着付け。小豆色の袴も、絹のよう。面をつけていた。
 ただ、途中すこし台詞をど忘れしてしまったようで、鏡の間のほうから声がきこえ
た。
 シテだと、後見や謡から声が出ることがあるが、アイがこんなふうになったのを見
るのは初めて。だれが声を出したのだろう? ちょっと、ナゾ。。。
 また、片山定期能の場合、アイは、大蔵流の茂山家の時が多い。
 今回は、和泉流だった。
 東方朔の間狂言は、大蔵流と和泉流ではかなり違っているようだ。大蔵流の方は、
仙人だけど王母の桃が食べられない仙人達が出てきてひと笑いとるような狂言を演
じてくれるようだ。
 和泉流は、そういうものではなくて、仙人が一人で、西王母の桃について語って
聞かせる。
 今回は、笑いをとる方ではなかったが、その理由も後場をみればなるほど、と思
えた。
 
 後場は、今思い出しても、背筋がぞくぞくするほどすばらしかった。
 前場の尉は、実は仙人となった東方朔で、武帝に桃を献じた西王母と相舞をする。
 この相舞で、何度ぞくぞくしたことか。
 東方朔は、銀地か金地の菱模様が織り出された笹の摺箔の狩衣。茶金地に法輪かな
にか車の柄の半切。
 西王母は、緋の舞衣、様々な色の、ことに緑がよく目立つ丸っぽい柄が入っている
もので、深い春の緑の大口。つややかで、ふっくらとした品のある面。とにかく、な
んともあでやか。
 シテとツレ、というより、両ジテといった趣。
 それもそのはずで、後場のツレは、今の九郎右衛門(以前の清司)さんの従兄弟の
伸吾さん。前の九郎右衛門(今の幽雪)師の弟さんの、慶次郎師のご子息。
 残念なことに、慶次郎師は昨年の夏に胃がんで亡くなられた。慶次郎師と言えば、
今でも思い出すのは、初めて見た能『蝉丸』、『半蔀』、『恋重荷』などだが、そ
の『蝉丸』で、カタク(幽雪師)が蝉丸、慶ちゃんが逆髪と、両ジテだった。それで、
カタクと慶ちゃんの若い頃も兄弟で演じたらかくありなん、などとそんなことまで思
い浮かんだりした。
 それにしても、この相舞は、同じくらい舞の実力があって、しかも、男舞と女舞と、
同じ仕草でも微妙に違っている、そういうのを二人がしっかりと演じられないとつま
らないものになってしまうのだろうけど、、、とにかく、今回の相舞、思い出すと、
またも、背筋ぞくぞくw
 仙女と、仙人(老人っぽい)の舞。
 今の九郎右衛門師(なんだけど、うちでは、「清司くん」と呼んでる・・)の舞は
今さら言うまでもなく、その舞に勝るとも劣らない伸吾師(おなじく、伸吾くんと
呼んでる・・・)の舞。というか、むしろ、仙女が光で東方朔が影のような・・・そんな
印象さえもった。
 
 ほんと、JRが一時間遅れででも運行してくれてよかったw
 
 久しぶりに、能らしい能を堪能(舞がしっかりしてるのが、だんなんにとっての能
らしい能)。
 
 その他については、またの機会があれば。
 定期能が終わって、すこし時間があったので、といってもクレーを観に行くほどに
はなかったので、クレーを通り越して、平安神宮へ花見。
 
2011_01
23
(Sun)23:06
 久しぶりの能。
 去年、9/22に観たのが最後。
 引越で忙しかったこともあるけど、その時、期待していた、片山幽雪(9世
九郎右衛門)師の 當麻(たえま)がもうひとつだったこともある。
 九郎右衛門の頃は鬼だったが、その鬼がすっかり抜けてしまって、普通のおじい
ちゃんになっちゃった?(聞くところによると、お茶目な性格だそうです)
 
 で、今回、また、ひさびさに観ようというのが、やっぱり、幽雪さんの 小原御幸。
 やっぱり、なぁ・・・。
 九郎右衛門の頃、勝手に、「カタク」なんてニックネームで呼んじゃってましたけど、
やっぱり、だんなんにとっては、カタクはすごいシテさんなんです。
 
 はじめて、能を観に行ったのが、カタクの 「蝉丸」だった。
 なーんにも、予備知識もなく・・・そら、世阿弥の「風姿花伝」くらいは読んでたけど、
それ以外、特に、現代の能についてほとんどなーんにも知らずに、たまたま能を観たく
なって、それで、近くの京都で何かないか、そのときたまたま見つけた「片山定期能」の
シテが、カタクだったというわけ。
 しかも、「片山定期能」、見料はとても安い(一般、3000円! ただ、指定席とかは
なくて、全自由席。早い者勝ち。しかも、経済的な不公平もない^^)
 カタクは、人間国宝、ということはちょっと調べてわかったけど、人間国宝なら誰でもす
ごいというわけじゃないことも、それなりに知ってるわけだし。
 さほど期待もせず、能ってどんなもん? くらいのかる~い気持ちで観に行った。
 
 「蝉丸」自体、あんまり、近代的感性で理解できるような演目じゃなかった。
 いまどきこんなのを新作でテレビでドラマなんかでしたら、もしかしたら、クレームがつ
くかもしれない、みたいに感じた。
 そういうことはいいとして、カタクの蝉丸に、感動、というより、ショックを受けた。
 「花がある」って思った。
 能って、いいな~と。
 
 そういうわけで、カタクは、だんなんにとって、ある意味特別なシテさんというわけ。
 
 それに、カタクが描き出す世界のいいところは、一筋縄でいかないところ。
 とにかくさまざまな意味が複雑に多層的に構築されて、一言ではこう、と言い難い世
界が描き出される。
 その意味の多層的な構築が、「幽玄」だと、思ったものだ。
 
 それに、観に行く前に謡い本を読んでいくけど、カタクは、必ず、こっちの期待や予
想を裏切ってくれる。
 多くの場合、いい意味で。
 
 ま、ま、今までのことを振り返るときりがないので、今回の 大原御幸。
 
 これは、「平家物語」の建礼門院のお話。
 平家滅亡後、壇ノ浦で自死しようとして死ねなかった建礼門院が、大原の寂光院で隠
棲しているのを、後白河法皇が訪ねる、というのが能のあらすじ。
 
 「平家物語」でいくと、建礼門院が亡くなるところは、というか、成仏するところは
圧巻。
 「平家」を読むとは、文学的体験、というより、宗教的体験、でしょ?
 
 さて、今回の 大原御幸。
 寂々して、とてもよかった。
 鬼からすべてが抜けて、地獄を見てきたが今は静かに余生(?)を送る建礼門院の隠
棲生活が、ある意味心地よく。
 このままずっとこの世界に浸ってたい、と。
 そんなに、さっさと後白河院追い返さなくていいのに、、、ね。
 「平家」の方は極楽に昇天する建礼門院。
 こちらは、地上の浄土で生きる建礼門院。
 
 九郎右衛門を背負って修羅道を生きてきたカタクが、隠居して、いろいろなものを抜
け落として、だからこそ演じられる建礼門院であり、そこにただようここちよい寂滅と
した無常感、って雰囲気の舞台だった。
 いいことも悪いことも、抜け落ちていくから、そこに現れる浄土。
 建礼門院の内面の浄土。
 
 それにしても、今さらながら、「平家物語」って戦争体験だよね。
 戦で、はなばなしく本懐を遂げて死んでいった武将はそれはそれでいいとして、「平
家」の主人公って、
建礼門院だと思う。
 戦争で生き残った者が、戦争で生き地獄を生きた者が、戦争体験者が、どうやって救
われるか?
 その問いに対するひとつの答えでもあるんだろうね。