2017_02
10
(Fri)22:38

京都文化博物館で、2016/12/17~2017/2/19まで、開催されている、「日本の表装」展。

1/14に前期展、2/4に後期展にいってきた。

その、後期展で、おもしろいな、と思った掛け軸を二幅。

画像は、同展の図録から。

 

P2100179 (336x448)

これは、伝 円山応挙画の幽霊図。

緻密で繊細な髪の毛なのどの描き方が、なるほど、応挙っぽいなぁ、と。

しかも、美人(笑

 

この軸のどこが面白いかというと・・・

P2100180 (384x512)

 

幽霊の下半身・・・

と、いっしょに、軸の中廻しも消えていく・・・。

描かれた幽霊は絵空事なのか、ほんものなのか・・・。

 

これは、布の表装ではなくて、描表装といって、表装も描いたもの。

だから、こんなふうに、脚がない幽霊とともに消えってしまう。

 

また、風帯も、真ん中に一本。

P2100218 (448x336)

柱などに掛ける軸をこのように風帯を一本にするということだが、なんか、ブキミ。

見ようによっては、幽霊がつけている三角巾や、卒塔婆にも見えたり。

 

この幽霊図は、見る人を気絶させた、なんていうエピソードもあるそうな。

 

もう一幅は、これ。

P2100181 (336x448)

 

幽霊につづいて、シャレコウベと卒塔婆、というのは偶然で、特に意図はない。

この図は、軸の裏表。

左の裏の方に、斜めになにやら文字が書いてある。

 

P2100185 (448x336)

 

そう、ちょうど表の卒塔婆の裏側にあたるところ。

 

これは、卒塔婆にある「摂州院津田尾京居士」という人の供養のための掛け軸。

供養した(施主)「吉田山智福院現主廿(?)三世 法印権大僧都実盛」の名がある。

 

こんな軸がある、というか、故人の供養に軸を使った、というのも興味深いことだけど、ただ、ぼくが面白いと感じたのは、一文字。

 

P2100183 (512x384)

 

ちょっと細かいけど、宝づくしの模様。

卒塔婆とシャレコウベの図に、宝づくしの一文字。

故人のシャレコウベの図なんて、なんかちょっと縁起でもない、って感じがするし、死者を「冒涜」とまではいわないが、なんとも、グロテスクといった感じもするけど、この宝づくしの一文字を見ると、故人と施主がとても親しく、故人のことを大切にしているんだな、と。

 

シャレコウベを描いてあるのは、(経文に示されている)人の真理を暗示してあるのかも。

いづれ、みんな、こうなるわけだし^^

 

  門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし

 

って、一休の狂歌が思いうかんだり。。。

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2017_01
18
(Wed)22:59

1/14に行ってきた。

「表装」なんてちょっと、地味~なかんじだが・・・。

掛け軸、といえば、たいていは、本紙といって、その絵とか墨跡とか、手紙とか・・・を中心に鑑賞するけど、今回のテーマは、「本紙」ではなく、そのまわりの「表装」についての展覧会。

 

言ってみれば、「表装とは何か」。

どういうもので、どんなふうにして今のような形になったのか。

また、「表装する、とはどういうことか。どんな意味があるのか」といったことがテーマ。

なので、いわゆる「(美的・美術的)鑑賞」というのとはちょっとちがって。

 

という前に、今どき、いったい、どれほどの人が、「掛け軸」に関心があるのか。

あるいは、必要としているか。使っているか・・・。

ということを考えると、そもそもがマイナーな雰囲気。

しかも、さらには、「本紙」ではなく、それを飾る「表装」がテーマなのだから、ますます、マイナー・・・。

 

今どきの掛け軸、の代表として、たとえば、デパートの掛け軸売り場に行ってみると、どんな掛け軸があるか。

今の季節なら、梅に鶯とか、立ち雛とか、そんな画に、きれいな表装をした掛け軸が、吊ってあることだろう。

今どき、新品でよく目にするのは、出来合いの、こういった美術的鑑賞を目的とする掛け軸がほとんどだろう。

今どきに限らず、江戸時代も、主にはそんな掛け軸が多かったかもしれない。

つまり、「本紙」の画を引き立てるための装飾としての表装(江戸時代はオーダーメードだったとしても)。

この感覚で見ていたので、なんか、消化不良になってしまった。

 

「表装」にはもうひとつの流れがあって、たとえば、代表的なのが、墨跡とか、消息とか、和歌の懐紙切れとか、そういった類のもの。

「えっ、画を飾るのと何がちがうの? 画じゃなくて、字だから?」と思うかも知れないけど、それは表面的な違い。

「画」の方は、「本紙」の「画」が引き立つように飾る。

それに対して、墨跡・消息・懐紙切れなどは、「本紙」の墨跡・消息・懐紙切れそのものではなくて、その人を敬い、慕って、飾る。

この違い。

そして、これは、表装の始まりである「仏」を敬い、飾る、というのにほぼ等しい。

奥さんに言わせてみれば、これは、「座布団」なのだそうだ。

その人をまねいて床に座ってもらうのに、どういう座布団がふさわしいか。

それが、「表装」なのだと。

 

「画」を飾る方は、いわば「額縁」。

 

うちにある軸でも、ほとんどが、この「額縁」の方なので、「座布団」のほうの感覚がわからなくて、それで、ちょっと消化不良な感じに。

「額縁」は「座布団」から分岐した一つの流れ、だと(僕が勝手に理解しただけ)。

見た目はおなじに見えても、でも、「画」を飾るのと「その人」にふさわしい「座布団」を敷くのとは、ぜんぜん違う(と、思う)。

 

そういうふうに見ていくと、「仏」さんを飾ってある「表装」というのが、どんだけ気持ちや心がこもっていることか、あきらかに違って見えてくる。

墨跡・消息・懐紙切れなども、「書」に対しているのではなく、その人本人と対面している気分なのだろう。

そのうえでの、「表装」とはなにか。

「画」を視覚的、美的に飾るのとは、本質的にちがった行為だと。

 

また、軸を仕立て直したとき、旧の表装をとっておく、ということもある(と、初めて知ったのだけど)。

それによって、以前に表装した人が、「本紙」に対してどういう思いを懐いていたのか。そして、その思いも無にしない、大切にする、ということ。

出来合いのものがほとんどの今どきとちがって、オーダーメードだからこそ。

(もちろん、今だって、オーダーメードできるわけだけど)

  

ヤフオクなんかで軸を買うとき、「表装」もよいものと思って買っているけど、こういった人たちにくらべると、まあ、ぼくの思い入れなどたいしたことないなあ、と。

せいぜい、「画」を飾る「額縁」としてどうか、くらいだし・・・。

 

とにかく、ぼくの懐いていた軸に対する感覚とぜんぜん違う感覚・感性によって作られた軸がいっぱいあって、それで消化不良になってしまったようだ。

 

とはいえ、そんなふうにその人と対面しているような軸でも、くるくると巻いてコンパクトにお片付けできちゃう、というところが、なんとなくユーモラスにも^^

 

荘厳に表装した深い信心の対象である仏さんも、ちょっと、いまは・・・とくるくる巻いてしまって、おなじ床に、下心をくすぐるような美人画を飾ることもできるのだから・・・面白い^^

「床の間(とこのま)文化」と、最近ぼくが勝手に名づけている、床の間を中心とした部屋のしつらえの文化の、これこそ、真骨頂、だね(笑

 

2016_10
17
(Mon)01:21

お茶のお菓子がほんとうになくなってきたので、いつものように、亀末さんへ。

そのあと、ちょっと足をのばして、三条新町釜座町の、大西清右衛門美術館へ。

いま、「釜からみた侘び」という展覧会をやっている。

 

PA150217 (448x336)

 

 釜からみた侘び

 

以下、その案内の文をそのまま引用・・・


  「朽ち」「荒れ」「やつれ」。釜の魅力は、美しいことばで表わされます。

   時とともに変わりゆく鉄の釜の姿は、
  「侘び」の美を体現するものとして茶人に愛されてきました。

   今日、「侘び」といえば、ただ冷え枯れた不足の美とのみ捉えられがちです。
   しかし釜においては、侘び味の追求は、簡素を求めるだけに留まりません。

   不足の美学は、華やかな装飾への希求と幾重にも入り組んで相克しながら、
   一つの釜の上に、同じ時代の上に、同居してきたのです。

   釜を通じ「侘び」を新たなる角度から感じていただければ幸いです。

 

と。

 

侘びについては、利休の侘びと紹鷗の侘びがちがう、というのは、以前ブログでかいたので、まあ、いいとして(別にぼくは、現代のお茶が「侘び」をもとめているとも思っていないし、ぼくの勝手流のお茶も「わび」などを理想としていないのでおいといて)、そのことよりも、つよく感じ、考えたのは、「不足の美」ということについて。

この案内の中にも「不足の美学」という言葉があるけど、ようするに、釜の魅力とはその「不足の美」なのだろう。

鉄なんて、普通のイメージでは、なかなか悪くならない、丈夫な物が、じつは、あんがいもろくて、錆びたり、あれたり、やつれたり、朽ちたり、していく、その魅力。

釜っていうのば、じつはかなり厳しい役割を担っているというか・・・苦手な水をたっぷり入れられて、火には炙られるは、熱せられるは、冷まされるは・・・。

子どものころのなぞなぞに、「下は大火事、上は大水、な~に?」なんてのがあったけど、釜を見る度、じつはそのなぞなぞのことを思いだしてたり・・・(笑

答えは、釜ではないけど、釜も似たり寄ったり。というか、この答えのある物より、もっと、ハードでしょう。

ま、とにかくそういうわけで、釜というのは、鉄でありながら、荒れて、やつれて、朽ちていくわけで。

 

そんな釜を見ているとやっぱり、なんとなく、世の無常を感じたり・・・。

 

そして、その錆て、荒れて、やつれて、朽ちた釜こそ、「満ち足りた美」とでもいうか。

傷のない完璧な物こそが、「満ち足りた美」ではない、と。

完璧と言うことは、逆に言えば、「瑕」というものを、「不足」というものを排除しているわけで。

つまり、完璧な物こそ、「不足」のもの。

そして、「瑕」がある物こそ、「不足」というものを持っているというので、これこそ、「満ち足りた美」であり、ある意味、「完璧」なのだ、と。

「不足」をもっているからこそ、「完璧」。

まあ、かなり逆説的だけど。

 

それは、でも、釜に限ったことではなく・・・。

前、ブログに書いた、竹泉さんの御本茶碗。

あの茶碗、銘を「知足」とつけたのだけど、それは、いま、上に書いたこととおなじで。

「瑕」があるからこそ、「足るを知る」、つまり、「不足」ではない。

「不足」を持っているからこそ、「不足」ではない、そして、「足るを知る」ので。

「瑕」があることで、「不足」を排除しないことで、「不足」を持っているからこそ「不足」がなく、それこそ、「満ち足りている」、と。

「完璧」は、「瑕」を持っていないこと、つまり、「不足」を持っていないので、「不足」そのものである、と。

そして、それこそが「足るを知る」ということだ、と。

  

まあ、これは、大陸(中国、ヨーロッパ)的な「瑕一つ無い」ものに「完璧」や尊さを見る、感性とはちがう。

きっと、かなり日本的。

 

なんて、釜そのものを見るよりも、そんなことを考えていた・・・。

 


2016_10
06
(Thu)21:34

10/1、京都へ。

お茶のお菓子が乏しくなってきたので、お菓子を買いに亀末さんへ。

そのあと、はてさて、どうしようか、と。

一応、ふたつ候補が。

ひとつは、大西清右衛門美術館へ釜を観に行く。

もうひとつが、ブンパクのこの「黄金の……」。

とでちらも、亀末さんから歩いて行ける。

奥さんもぼくあんまりさえない気分だったので、最初、釜がいいかな、と。

でも、さえないからちょっと目先を変えて、と、エジプトになった。

 

ブンパクは、この前の「ダリ版画展」はなかなかよかったが、どうも、なんというか、マトはずれな展示も多いので・・・あんまり期待していなかったが・・・。

「大ピラミッド展」というわりには・・・。

「大ピラミッド展」というのなら、クフ王のピラミッドに使われている石の一つでも展示してくれるとよかったのに・・・。

いやいや、そんなの重すぎて持ち運び無理、展示も無理、というのなら、実物大のレプリカでもよかった。王の石像とそのピラミッドの写真じゃ、「大」とは言いがたく・・・。

 

ただ、装飾品はとても精緻で美しかった。

王女の首飾りとかベルトとか。

あんなどでかい石の建造物と、この細かく精緻な美しい首飾り。

どっちの技術も優れていたんだね、エジプトって。

それにしても・・・

そのベルトの径のちいさいこと。

60センチなさそう。首輪も小さい。

副葬品だから、埋葬されている人の体格にあった物だろうけど・・・。

それが、生前の体にあったものなのか、ミイラにフィットするものなのか・・・そういうことすら、僕は知らないので(たんに、エジプト学の常識がないだけ)、なんとも、はや。

そういうことも、一言説明しておいて欲しかったなあ。

べつの王女のミイラがつけていたという首飾りもあったけど、それも、サイズはどっちにあわせてあるのか。

子どもの物かと思われるほどちいさかったり。

そう、その王女って何歳だったとか・・・そういうこともわからないし・・・。

 

首飾りやベルトで、いろいろな宝石や貴石のほかに、黄金で宝貝や牡蠣の殻がデザインされていた。これは、昔は、実際に宝貝や牡蠣をつかっていたからかな、とか。

宝貝は、ほんとうにきれい。

花びら宝貝とか、海のなかで、ほんとうにキラキラかがやいていてきれい。

お金の代わりにもなってたわけだし。

牡蠣は、真珠の親戚なわけだし。

それが黄金になっていた。

当時のエジプト人はことに黄金が好き、というより、黄金を尊重したのだそうだ。太陽信仰と関係があって、あの世は、朝日と夕陽の黄金の色だと信じられていて、それで、黄金を身につけていたのだとか。

今どきの人が、金をほしがるのとは、意味が違うと言うことらしい。

そういうふうに言われると、王のミイラがつけている黄金のマスクとかも、ただ、きらきらしく権威をつけてありがたく偉く見せるためだけではない、ということで、ちがった世界が見えてくる。

 

鋤だの手斧だの、水平器だの、そういう道具がすこし展示してあったが、どうせなら、もっといろいろ展示してあるとよかった。とても興味深かった。こんなある意味「原始的」な道具を使って、あのどでかい石の建造物をつくったんや・・・と。

思う一方、「ほな、どうやってつくったん?」となると、具体的にはなにも示されていなかった。

 

黄金のマスクも、いまいち。1㎜の金の板を打ち出してつくってあると言うことだったが・・・。

やっぱり、黄金のマスクと言えば、ツタンカーメンのマスクを思い浮かべてしまうので・・・。

 

そういうわけでもうひとつだったが、久しぶりのブログなので、いきなり、亀末さんのお菓子というのもなんなので、ウォーミングアップに、さえなかった展覧会のことから(笑


2016_08
10
(Wed)21:42

7/24に、文博の「ダリ版画展」にいった。

で、8/6に京都市美術館の「ダリ展」。

とうぜん、「ダリ展」というタイトルからしてこっちがメインデッシュのつもりだったんだけど・・・。

いまいち。

版画などもあったが、「版画展」の版画の方が完成度も高かった。

まあ、その中で、「アリス」の挿画はよかったけど。

 

総じて、「版画展」の方は、天才ダリ全開。

こっちは、凡才ダリ列挙、みたいな・・・。ああ、ダリでもこんな作品もあるんだ・・・(テンション下がった・・・)。

 

ただ、今回の展示で、ぼくがひときわひかれたのは、「ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌」(1945)。

原爆に衝撃を受けたダリが描いたということらしいが、ダリの絵には珍しく、ダリ自身の感情が伝わってきた。

原爆など、核への恐怖。

その恐怖は、「ラファエロの聖母の最高速度」(1954)にも、影を落としているように感じた。

そして、おなじ1954年の、「炸裂する軟らかい時計」。どうやら、ダリの精神世界は、原爆によって崩壊してしまった、ということらしい。

おなじ年の、ドン・キホーテの挿画も、やたら、炸裂している。

それが、「アリス」や「神曲」へと、じょじょに落ち着いていったのかな、と。

 

あまり感情(移入)を感じられない絵が多いけど、ガラを見ると、ダリがガラをどのような眼差しで見ていたのか、というのが伝わってくる。

そして、知らず知らずのうちに、ダリとおなじ視線でガラを見ている自分に気づく。

 

「シュルレアリスム時代」の絵は全体的にまあまあのものが展示されてたけど、もうひとつ、ダリらしいインパクトのある絵が欲しかったなぁ。。。

 

でも、まあ、ダリの絵って、屋外が舞台になっているのは、風景画としてとてもいい。

窓からのぞき見ているみたいで。

一枚欲しいな(笑


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