2016_06
17
(Fri)23:22

6/11に、京都行って、帰ってきて、お茶飲んで、はぁ~とテレビをつけたら、たまたま、NHKで「不寛容社会」とかなんとか、討論みたいな番組をやっていた。

(NHKの討論番組って、みんなお行儀がよくて、討論になってない。あのケトラーでさえも、あんなにお行儀がいいなんて、べつの意味で奇妙(笑) ま、それはいいとして)

 

 で、その「不寛容」の結果の一例として、ある小学校の二宮金次郎像、が紹介されていた。

 二宮金次郎像って言えば、薪を背負って、歩き読書、と昔から相場が決まっている。

 のが、それが、「歩きスマホ」を連想させるかなにかで、親からクレームがあって、べつのポーズの金次郎像にした、とか。

 

 うーむ・・・。

 理屈を言わせてもらえば、あれは、「寓意」であって、そのものではない。

 かりに、金次郎がそのように薪を背負って歩き読書をしていたとしても、そあの像が表しているのは、その行為それ自体ではなく、ある意味が込められている。

 たとえば、「寸暇を惜しんで勉強して立派な人になりなさい」とか、「働きながら勉強して立派な人になった」とか。

 学校も、何でそういうことを親に説明しないんだろう?

 ていうか、したけど、ダメだったのか。

 そのあたり、テキトーに流していたので、聞きそびれたけど。

 

 それにしても、笑えるのは、その新しい二宮金次郎像。

 薪を背負ったまま、切り株に腰を下ろして、読書・・・。

 って、どう見ても、仕事サボって、漫画本読んでるようにしか見えない!

 そもそもの金次郎像に込められていたものが、まったく、真逆になっているのには、、、もう、笑うしかないWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW

 すごい、教育的配慮だね。

 

 なので、もう、どうせなら、金次郎の右側に、まさかり担いだ金太郎像でも置いたらどうだ、って。

 まさかり担いでクマと相撲なんかしてると、将来、鬼退治するハメになるぞ、という教訓として。

 あるいは、金四郎像ってのを置いて、入れ墨してても偉くなれるんだぞ、って教訓にしたり。

 ついでに、金之介像、ってのもつけたして、悩んでばっかりいると胃潰瘍になって、血ぃ吐いて死ぬぞ、って。

 

  

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