2017_03
01
(Wed)01:36

久しぶりの、和靖さんの詩。

前の記事が、4首めなのに、今日は、10首目。

ぼちぼち読むには読んでて、記事にはしてなかった。

それにしても、この10首目は、すごくいい。

 

P2280617 (384x512)

 

   小隠自題

 竹樹 吾が廬(いおり)を繞(めぐ)り  清深の趣 余りあり

 鶴は閑(かん)として水に臨みて久しく  蜂は懶(らん)として花を得て疎し

 酒病 開巻を妨げ  春陰 荷鋤(かじょ)に入る

 嘗て憐れみし 古図画(ことが)  多半 樵漁を写す

 

これ、軸にしたいほど。

軸にして床に飾ったら、さぞがし、よいだろうな、と。

 

「小隠」というのは、山のなかで世俗を絶って隠遁している人のこと。世捨て人。対に、「大隠」といって、世俗にいて世を捨てている人のことを言う言葉も。

「自題」は、軸などで、自分の作った詩、ということらしい。

この題からして、この詩は、軸の画のような詩、ということらしい。

(7、8句目でこのことがはっきり)

 

1、2句は、よんでそのまま。「小隠」の暮らしの様子。

 

3句、「鶴」は、和靖さんは鶴を子といったほど。鶴を飼っていたし。

4句は、蜂が花に来て羽音をさせている様子を、こう詠んだか、と。たくさんの蜂ではなく、一匹とか、二匹とか。それが「疎し」かな。  

「懶」は、ものういこと。6句にもあるように、季節は、春。その気だるい、もの憂さを、蜂の羽音に聞いている。

「鶴は閑かに・・・」「蜂は懶(ものう)く・・・」と読んでもいいけど、「かん」「らん」と韻を踏んであるので、音読みで、読みくだしたほうが、なんかいいかなあ、と。

 

5句、「酒病」というのは別に病気というのではなくて、春でうきうきとして、まあ、一献、とでもいうか。本なんか読んでる時じゃないよ、って感じかな?

6句、「春陰」は春の曇りがちな天候で、「鋤をかつぐ季節が来た」、つまり、そろそろ農作業がはじまる季節が来た、ということ。ただ、この「荷鋤」という言葉はとてもイメージを喚起する力が強く、まるで、とおくに鋤をかついでいる農夫の姿を、和靖さんが眺めているかのよう。

 

そして、7,8句。

「憐」は、同情する方ではなく、愛おしむ方。「図画」、ふつう、「ずが」と読むけど、ちょっと古めかしく、「とが」と読んで、雰囲気を^^

「以前、好きだった古い絵や画は、おおくは、木こりや漁師をえがいたものだった」と。

この最後二句で、ここまで詠んできたことが、「古図画」の一風景に。

和靖さんの眺めている風景が、「古図画」そのものに。

そして、その「古図画」のなかに、もしかしたら、和靖さんも居たりして。 

 

「小隠」はただ、山野に住む世捨て人というだけではなく、こういうふうな「古図画」のなかに棲むこと、そんな意味も込めてあるか、と。

 

あまりにも、素晴らしい一首。

どうして、漢文の教科書に載ってないのだろう?

 

この和靖さんの詩集の編者も、同じ意見らしく、○を全部の語につけてある。

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2016_12
23
(Fri)20:49

林和靖詩集、巻一の3首目は、

 

  上湖閑泛。艤舟石函。因過下湖小墅。

 

というのだけど、なんか、もうひとつなので(よくわからないので)、4首目、西湖舟中値雪に。 

 

   西湖舟中値雪(ゆきにあたる と読むかな?)

 浩蕩(こうとう)として弥(ますます)空は𤄃(ひろ)く  霏霏(ひひ)として水濆に接す

 舟は移りて忽ち自ら卻(すきま)し  山は近くして未だ全く分かたず

 凍軫は閑清として泛(うか)び  温鑪(おんろ)は薄薫を擁す

 悠然と招隠を詠ず いずくにか離群を欵(よろこ)ばん

 

題は、西湖で小舟に乗っていて、雪が降ってきた、という感じ。

 

1句め。浩蕩は広々とした様。それが、さらに、広々としている空。湖上にひろがる広々とした空、というのは、同時に、湖の広さも言っているか。

その広々とした空から、雪がしきりに降っている。

 

卻、すきましと読むのかどうか(笑 まあ、間、隙間という意味なので、そんなふうに読み下してみた。舟が移動して間ができた、というのは、岸との間か? 8句に、「離群」とあることから、「俗世間を離れて」というニュアンスもあるかな、と。

近い山は激しく降る雪に見分けがつかない、と理解したけど、ほんとはよくわからない^^

 

軫は、車の横木。なので、ここは、舟縁かなと。

鑪とは、いろり、また、酒がめとも。つまり、酒を温めていて、よい香りがしている、という感じかな^^

縁が凍てつくばかりの舟はのどかにしずかに波間にゆれ、温めている酒からよい匂いがする。

「擁薄薫」という言いまわしが、なかなかいいなあ、と。擁す、ということで、あたたかさや芳香が寒さの中で、籠もっている感じがする。

屋形船みたいな屋根付きの小舟で、携帯囲炉裏のようなものを持ち込んで、酒にカンをつけて、一杯。

ゆらゆら湖水にゆれ、外は降りしきる雪、そんな情景を詠じているよう。

 

招隠というのは、「招隠詩」のことで、隠者を招くことをうたった詩のこと、らしい(晋のころの詩)。

昔の隠者のことをうたった詩を詠じ、たぶん、そんな隠者の気持ちを推し量って、「どこかでひとりであることを喜んでいることだろう」と。とどうじに、和靖さん自身の気持ちも託しているかと。

 

俗世を去って、降りしきる雪の湖上で、ひとり、のどかに舟にゆられて、燗酒を一献^^

唇には、詩あり・・・。

 

別に世捨て人じゃなくても、こういうのは、いいなぁ、って。

でも、降りしきる雪っていうのが、とても寒そう・・・。

 

それにしても、なんか、俗っぽいのか、俗っぽくないのか・・・^^

でも、まあ、この2句はとてもいい。

 

 凍軫は閑清として泛(うか)び  温鑪(おんろ)は薄薫を擁す

 

2016_12
22
(Thu)23:31

この前の、林和靖詩集。

あの明治30年のは、さすがに、ちょっと敬意を表して、直接扱うのもなんなので、コピーして、複製をつくった。

全部コピーするのは手間なので、まず、第一巻の分だけ。

それでも、五言律詩が、90首ほどあるらしい。

 

PC220627 (448x336)

 

今日は、二首目。

 

PC220628.jpg

 

コピーなので、こんなふうに、書き込みもできるし・・・^^;

 

  秋日西湖閑泛 (しゅうじつ せいこ かんぱん)

 

 水気 山影に并び  蒼茫 すでに秋を作る

 林は深くして寺を見るを喜び  岸は静かにして舟を移すを惜しむ

 疎葦(そい)は寒さに先んじて折れ  残虹 夕べを帯びて収む

 吾が廬(いおり) 何處(いづくに)か在る  帰らんとして 漁謳起こる

 

 

題から、秋の一日に、西湖でのんびりと舟にゆられている、といった情景をうたっているよう。

 

いきなり、「水気并山影  蒼茫已作秋」と、和靖さんらしい起句。

これは、湖水に山影が写り、秋の空の青さをいっているかなと。それにしても、言いまわしが、いい^^

 

3、4句も、和靖さんっぽい感じで、深い林の中に寺があり、岸から静かに舟が離れていく様子をうたっているのだろうけど、「喜」と「惜」をどうとるか。擬人化して、その情景のどういうニュアンスを言おうとしているのか・・・は、いまのところ、ちょっと、わからないなぁ。。。

 

まばらな葦が折れていて、まだ冬でもないのに、いかにも寒々しい感じ、っていうのが、「先寒折」っていう表現のニュアンス、かなと。

かすかに残っていた虹も、夕闇に消えていく、っていうのが、六句目。それにしても「帯夕収」も、なんとも、いい。

 

日も暮れてきて、ちょっと、我が家である庵が恋しくなった和靖さん。

帰ろうとすると、どこからともなく、舟歌がきこえてきた・・・。

 

 

 注 雰囲気だけで読み下して、雰囲気だけで訳しているので、読み下し方、語法など、かならずしも正しいとは限りませんので、その点、あしからず^^


2016_12
16
(Fri)23:26

狩野晴川院の軸に、「林和靖図」というのがあって、それを手に入れた。

ここ二週間ほど飾ってあったけど、ちょっと、写真を撮るのを忘れてしまい・・・。

 

林和靖(りん なせい)は、中国、宋の時代(今から1000年くらい前)の詩人。

であり、所謂、隠遁者というか。

出仕もせず、街にもいかず、西湖の孤山に盧を結んで暮らしていた、とか。

「梅が妻で、鶴が子」といったとか言わないとかで、晴川院の画でも、梅と鶴がいっしょに描かれている。

 

さて、その軸で興味が湧いて、ちょっとヤフオクで見てみたら、「林和靖詩集」なるものが。

で、ちょっと、買ってみた。

510円で、送料、180円。

それが、今日届いた^^

 

PC160552 (448x336)

 

文庫本くらいの大きさ。

 

PC160559 (448x336)

 

古い、といえば古いようで、明治30年の本^^

もともとは和綴じの本だったようだが、ワサのところがぼろぼろになったからなのか、切ってあった。

 

さて、それはいいとして、さっそく、ちょっと 、ひとつ、ふたつ、詩を読んでみた。PC160556 (448x336) 

一二点だの、レ点だの、どうしようもなさそうなので、画像で(笑

  

PC160506.jpg

 

では、ちょっと、拙い読み下しを・・・^^;

  湖楼晩望

湖水 空碧に混ざり  闌に憑きて 凝睇労す

夕寒 山翠と重なり  秋淨 雁行 高し

遠意 千里を極め  浮生 一毫のごとく軽し

叢林 しばしば 未だあまねからずして 杳靄 漁トウ(漢字が見つからなかったので)を隔つ

 

下線部は、ちょっとなぁ・・・よくわからないので適当に(笑

 

夕方に、湖畔の楼閣から、湖を眺めている、といった情景。

広々とした湖なので空の青さと湖水が混ざっていて、じっと見ていると目が疲れる、のかなあ・・・。

夕方の寒さが緑の山におりてきて、秋の澄んだ空を雁が高く飛んでいる。

遠くを思う気持ち(茫羊とした思い)は千里をきわめて、儚い人生は一筋の毛のように軽い、といった感じか。

暗くなってきて、林もぼんやりとして、みずうみの小さな漁舟が靄に隠れている、みたいな感じ。

かな^^

 

まあ、逐語訳しようとするといろいろ問題があるけど、ざらっと読めば、なんとなく、和靖さんの気持ち、気分、思いはよくわかって、うん、うん、と^^

 

要するに、夕闇せまるうつくしい湖を眺めて、人の生のはかなさなどなど、そんな想いに耽っている、と。

うちの近所にも、琵琶湖があって、そういう点では、結構、共感できるものがありそう。

 

それにしても、まあ、和靖さんの言葉遣いというか、なかなか、いいなぁと。

たとえば、こことか。

  

 夕寒山翠重  秋淨雁行高

 

せきかん さんすい とかさなり しゅうじょう がんこう たかし と、読みたい。

「夕寒」「山翠」「秋淨」「雁行」と、視覚的なイメージを彷彿とさせる。 

夕べの寒さは山の翠と重なり・・・、とすると、なんか、ちょっと、違う感じがする。

また、「秋空」ではなく、「秋淨」ときて、「雁行高」とくるので、「空」を言わずとも、秋の澄んだ空が目に浮かぶ。

「杳靄」も、「くらい靄」でなく、「ようあい」と読むと、ストレートにイメージがうかぶ。

というか、音にして読まなくても、「夕寒」「山翠」「秋淨」「雁行」「杳靄」などは、字面だけで、イメージがうかぶ。

また、昨夜の寒さが山の翠と「重なる」のこの、「重なる」という言い方も。

寒さが翠と重なる。皮膚の感覚である寒さが、視覚である翠と重なる。

寒くなってきたよ~と、和靖さんに寒さが重なる感じもする。

また、「夕寒」と言うことで、ただ寒さが重なるだけでなく、夕暮れの色に山が染まっていく様も思いうかぶ。

なので横に丸がうってあるのかな。

  

今日はこのくらいで・・・^^

 

あとで、よく見てみたら、「闌」には、「手すり」という意味があることがわかった。

なら、この句も、解決^^