2017_08
16
(Wed)22:41

昨日の亀甲地紋棗釜で、ゆる茶。

はじめは、灰釉の飾り壷水指、乾隆グラスの茶入れ、知足ではじめたが、なんとなくしっくり来なかった。

亀甲の棗釜、存在感がないようであるし、重厚感がないようで、なんとなく重厚さも。

灰釉飾り壷の水指しとは、ちょっと相性が悪い感じ。

乾隆グラスの茶入れも、違和感がある。

ので、途中でそれらをとりかえた。

 

水指 泡ボール

茶器 彩り霰茶器

どっちも、割り付け紋っぽくて、いい感じ。

また、軽い感じが、釜の重みと釣り合った。

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茶碗は、曳舟絵の染付。

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これが、なんとも、釜としっくり。

軸はそのまま、山湖図。

 

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なんかとても落ち着いた。

菓子は、青嵐(亀末)と烏羽玉(亀屋良長)。

 

それにしても、この亀甲釜、愛らしい。

全体の姿なりもだけど、こんなところも。

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この口元から、肩にかけて。

ネットの画像で見たときも、なんとなく、愛らしい釜だなと感じたけど、実物も。

奥さんも、「ラブリー」だとか言っていた(笑

 

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それにしてもこの釜、光のよって、釜の肌や雰囲気が豹変する。

 

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2017_07
31
(Mon)22:52

7/8に、京都高島屋で開催されていた猪飼さんの個展に行ってきた。

今回の猪飼さんの作品は、非常に素晴らしかった。

会場では、「古典的造形のなかに息づく現代」などと、あまりうまく言葉にまとまらなかったが、そんな印象を受けた。

(いつものとおり、猪飼さんとはいろいろ話した)

で、ちょうど水指しが欲しかったので、これなんかいいんじゃないかというので買ってみたが、それが、7/28に届いた。

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灰釉の飾壷。

径が約19センチ。

 

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蓋付きだが、蓋をとっても見事。

僕的には、蓋を取った方が好き。

 

何ともすっきりとした、迷いのない姿なり。

しかも、実際の大きさよりもおおきく見える。

堂々としていて、風格もある。

 

いろいろ奥さんとも話しているが、だいたい、思うところは同じようだ。

れいの竹泉さんの御本手の「知足」にならぶな、と。

あの茶碗は、ぼくにとっては、「茶碗とはなんぞや」という問のひとつの答え。ひとつのというのは、他にもいろいろ答えはあるだろうが、唯一無二の答えのひとつ、という意味。

この壷は、同様に、「壷とはなんぞや」という答えのひとつ。

 

猪飼さんは、あの「知足」を持っていって見せたとき、「○○さん、今からこんな茶碗がいいなんていってたら、これから、どうするんですか?」みたいなことを冗談のようにも言っていた。

この言葉を、そっくりそのまま、この壷を作った猪飼さんにさし上げたい(笑

「猪飼さん、今でこんな壷作ったら、次はどんな壷作るんですか?」

この壷と、猪飼さんが今回の個展で示してくれた到達点について、ほんとうはもっといろいろ言いたいのだが、それは、奥さんとだけの秘密にしておこう^^

褒める言葉しかないし、あまり褒めすぎというのも・・・。

 

ただ、陶芸をしている若い人のなかには、この壷の良さ(「すごさ」とは言わなかった。でも、実際は「すごさ」だろう。猪飼さんは自分の作品なので控えめに言っていたのだ)がわからない人もいる、と猪飼さんは言っていたが、「そういう人は陶芸をやめたほうがいいんやないか」とぼく(笑

「さもなければ、わかるまで、いろいろ見て勉強すべきや」

 

さて、普段は床に飾っておいて、お茶の時には水指しに。

 

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はじめは、蓋ごとと思ったが、おいてみるとどうも水指らしくない。

ので、たまたま、唐津の水差しの蓋がピッタリだったので、その蓋を使うことにした。

水指 のこの塗り蓋は、合図やサインみたいなものだ。

「これは水指ですよ」と。

この蓋をつければ、かなりなものまで「水指」らしくなる。

 

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順光。 

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客から。

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軸は、「夏風」。

 

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光や見る角度によって、いろいろな表情を見せる。

同じ壷には見えないほど。

こういうのは、好み。であり、陶磁器のひとつの醍醐味かと。

光沢も独特。


2017_07
19
(Wed)23:12

/16、宵山で、八坂さんで例年の菓匠会。

帰ってきて、お茶。

 

で、帰った時間もはやかったので、なんとなく、例の泡ボールを水指しに使ってみようかな、と。

釜は雲龍釜。

その他道具はこんな感じ。 

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蓋はこんなふうに・・・ 

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これは、鬼すだれ。

伊達巻きを巻くときのすだれ。

このまえ、有次にいったとき、たまたま見つけたので、出刃といっしょに買ってきた。

こまかいすだれではなく、この鬼すだれが欲しかったが、ちょっと手に入れ損なっていた。

が、有次にあったなんて。

 

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さて、点前の途中で蓋を開ける・・・

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二十数年前に、京都の民芸屋さんで買った、スペインの泡ボール。

買うとき、気に入ったけどなににしようか、で、水指しとか、という話だったが、実際、水指しなど使うつもりはなかったので、水指しとして使うことはないだろうと思っていた。

で、素麺を入れたりしていた。

あるいは、豚しゃぶ、とか(レタスをしき、トマトをぐるりとして、真ん中に冷しゃぶの豚を)。 

と、その泡ボールが、なんと、やっと水指しとして。

 

翌日、胴締め釜で。

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はじめ、柄杓をこんなふうにおいてみた。

なかなか、悪くないかな・・・。

 

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胴締めとの相性も悪く成さそう。

 

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無色透明ではなく、緑がかっているので、より涼しげに感じる。


2017_07
01
(Sat)21:49

貫之を賛した、香川景樹の短冊の軸。

先日、別の香川景樹の軸を買って、それはまだ季節違いなので、涼しげなこの軸をかけた。

 

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悪筆(?)で、読めなかったのが、まあ、何とか読めるように(笑

 

 打和多す 紀の遠山濃

  那可利世者 明石のうらも

   空し 閑らまし  長門介香川景樹 

 

 うちわたす 紀の遠山の

  なかりせば 明石の浦も

   むなしからまし  長門介香川景樹 

 

明石の浦から紀の国の山(熊野の山?)がほんとうに見えるのかどうか・・・。

地図で俯瞰してみると、ちょっと、淡路島の先に掛かっちゃいそう?

けど、明石・須磨のあたりを明石の浦として和歌山県の方を望むと、もしかすると、海の彼方に熊野のの山々が見えるかも。

実際に見える見えないは置いといて、歌を読んだ景樹賛の頭のなかではそんな景色が見えたに違いないし、この歌を読めた今となると、海の彼方に遠い山並みが打ちわたっている情景が目にうかぶ。

中廻しの雲の模様も、効いてくる。

その海や山にかかる雲のようで。

涼しげな表装も、たしかに歌自体はいつの季節でも良いのかも知れないが、この表装が活きるこの季節、というのはなかなか。

 

もちろん、その情景をただ詠んだだけではなく、「紀の遠山」というのは景樹さんにとっての貫之のこと。

すると、「明石の浦」とはなんだろう? と詮索したくなる。

ぱっとうかんだのは、

 

  みわたせば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ

 

これは『新古今』の定家の歌。紹鷗がお茶の侘びとは、というので、この歌のような、といったとか言わなかったとかいう歌で、ちょっと思いうかんだ。

この「浦」というのが明石かどうかはわからないけど、浦つながりで。

要は、貫之がいなければ、その後の素晴らしい歌も生まれなかった、と景樹さんは言いたいわけ、かな、と。

あるいは、「明石」といえば、なんとなく源氏物語も思いうかぶ。

源氏物語さえ、貫之の歌がなかったら・・・。

とにかく、景樹さんにとって貫之はとても偉大な歌人なわけ。

その貫之を褒めたたえた歌。

 

とはいえ、歌的には、ぼくもなかなか気に入って。

貫之賛の意味を除いても、読まれている情景がとてもいい。

(実は、景樹さんの歌、ちょっといいかな、と・・・。なので、別の短冊の軸も欲しくなったわけで)

 

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菓子は、御所車(老松)、すり琥珀(亀末)、自家製シフォンケーキ。

とまあ、あんまり歌には関係なく、常の如く。

器がちょっと、それっぽいか(とはいえ、たち吉のふつうの皿で、いつもこの季節に使っている)。

 

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2017_06
27
(Tue)22:32

狩野美信の山湖図。

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軸の裏に、「名月」とも「堅田と月」とも。

それぞれ持ち主が題をつけたよう。

それにしても「堅田」とは、また、縁も浅からず、みたいな感じで。

右の方の寺のような建物を、浮き御堂と見たのだろうか。

とすると、正面の山は、近江富士、とも。

ただ、浮き御堂の屋根はこういう屋根ではないし、近江富士も別の山と重なったりしないので、ちょっとちがう(なんせ、ここへ引っ越してくる前、浮き御堂には釣りでよく行ったので)。

でも、なんとなく、その雰囲気があると言えばある。

近江八景では、堅田は落雁。

でも、この軸を堅田と見立てた人は、芭蕉の句を意識していたか。

浮き御堂近くの琵琶湖に面したちょっとした公園(というよりちょっとした芝生の広場)に、芭蕉が堅田で読んだ句碑があった。

(浮き御堂のすぐ北にも、みずうみの中に芭蕉の句碑がある)。

公園の方の句は、

    鎖(じょう)明けて月さしいれよ浮御堂 

 

みずうみの方の句は・・・よくわからない。なんせ、読めないので。

(いや、芭蕉じゃないかも・・・^^;)

 

そんなことを思うともなく、 お茶。

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釜の竹紋が、画にはないが、画の一部のよう。

画には描かれていない竹藪。

亭主の席はその竹藪に囲まれているようで、画のなかに入った心地。

 

まずは、知足で。

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知足は、画の中の月のよう。

月の盃。

画の中からとりだした月の盃。

その月で一服。

なんか不思議な気分。

 

さらに、古唐津で。 

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古唐津ははっとさせる。

胸が高鳴る。

画の雰囲気と全く同じ。

画の雰囲気を茶碗にしてとりだしたよう。

感動的。

その画の雰囲気そのもののお茶を、一服。

 

こういう取り合わせもいい。

いままでは、物語のようにして取り合わせていたが、道具の持っている雰囲気だけで取り合わせる。

ここまでしっくりくると、ほんとうに感動的。

物語で取り合わせる、というのは、理屈で取り合わせると言うこと。

これは、理屈ではない。

 

後日、水指しを備前にして。

この時、釜は、糸目筒に。

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釜、時候的に、胴締めでも糸目でもよさそう。

水指しは、備前。

茶入れは、利休棗。

水指しを井戸手にすると表装と被るので、備前がいい。

  

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