2011_02
28
(Mon)22:38
 一週間ほど前は、まだ、しろいわたのような産毛に覆われた堅い蕾だった、
みつまた。
 
つみまた 11/2/22
 (♪ 花といちま ♪ の画像しかなかったので・・・ クリックで大きく)

  
 この土日でこんな状態に。
 
 みつまた 11/2/28 1
 
 黄色いのが開花したもの。
 アップ(クリックしてね)
 みつまた 11/2/28 アップ
 
 
 みつまた、と言う名前は、見ての通り、枝が三つに分かれているから。
 (尻尾が二つに分かれたネコは、ねこまた・・・)
 
 和紙の原料としても知られている。
 
 
 まだ、しろい堅いつぼみのを近所の花屋さんで見つけたのが、今月の初めく
らい。
 枝振りが面白かったのと、しろい蕾がかわいかったので、買ってきた。
 その時、店の人から、「まだ、つぼみが堅いけど、咲くととても良い匂いが
するよ」と言われて、なんとしても、咲かせよう、咲かないですませるものか、
というので、切り花用の肥料まで買ってきたw
 その上、養生と言うことで、切らずに置いておいた。
 ♪ 花といちま ♪のも、養生と言いつつ、バケツに置いておくくらいなら
多少でも見栄えがするようにと、ダチビンにとりあえず入れただけのものだ。
(今日の二枚目のも、実は、余ったのをとりあえずさしてあるだけだけど)
 
 そして、花が咲き始めたのが、先週の金曜日ころ。
 ただ、それほど匂いはしなかった。
 
 それが、ここ二三日、家じゅうに、匂いが。
 一階に置いてあるだけなのに、二階の部屋まで。
 
 すうっとした甘い、柑橘類のような匂い。
 でも、そんなに濃厚でも、強烈でもない。
 ほんのり、かすかに。
 なのに、家中に満ちている。
 ほっと、和み、くつろげる。
 
 昨日、奧さんとお茶した時も、香を焚かなかった。
 普通、お茶では、匂いのする花は避けることが多いけど、だんなん的にはこ
ういうのも悪くない。
 というか、かなり好み。香の代わりに、花の香、っていうの。
 たしかに、キンモクセイとか、ああいう強すぎるのは×だけど、これはほん
のりとして、お茶の味や雰囲気を損なうことはない。
 
 
 花の画像はアップできても、花の香が聞いてもらえないのが残念。。。
 (香がかすかで品もあるので、「聞く」という表現がとてもしっくりくる)
 
 
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2011_02
27
(Sun)01:07
 なぜか、釘がなかった床(とこ)。
 昨日、ようよう、軸釘と花釘をつけた。
 
 軸釘というのは、掛け軸を懸ける釘。
 花釘とは、花入れを懸ける釘で、床柱に。
 
 床には他にも釘を打つところがあるが、とりあえず、この二つが打ってあれば、そ
れなりに床らしくなる・・・だろう^^
  
 で、早速、飾ってみた。
 
 やっと床らしく・・・ 
              床を拝見するいちま^^
 
 床は、框のない踏込床というやつ。
 べつに好きとか嫌いとかじゃなくて、買った家の床がそうだったというだけ。
 でも、框があるよりわびた風情でいいかな、とも。
 
 軸は、「鳥と柳」(ある俳画家さんのもの)。
 花は、置いてあるのが、椿。丹波立杭焼。この椿は、蕾の時に置いてあって、咲い
てからは別の部屋に移してあったが、あまりにも見事に咲いたのでまた床に戻した。
 床柱の方が、みつまた。ちょっと、柑橘類のような、それでいて甘い、いい匂いが
する。灰釉左午花入れ。
 
 それで、菓子が・・・
 
 桜餅  俵屋吉富
 
 桜餅(俵屋吉富) 
 
 でも、夜遅かったので、お茶はほうじ茶w
 
 軸の柳と、菓子の桜で、
 
    見わたせば柳さくらをこきまぜて都ぞ春の錦なりける (素性法師) 
 
 と、ちょっとそんな感じで。
 
 とりあえず、結構、よくなった^^
 
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2011_02
23
(Wed)22:44
 ねじ梅  菊屋  大阪高麗橋
 
 捻梅  鶴屋鶴寿庵 捻梅 京都鶴屋鶴寿庵
 
 菓匠によって多少の違いはあるが、伝統的な意匠のねじ梅。
  
 さて、味の方は・・・
 
 
 種は、白漉し餡。
 フルーティな香りと風味。奧さんが言うには、「イチゴ」みたいな味がするそうだが、
まさか、そんな匂いがつけてあるわけではあるまい。ただ、「イチゴ」と言わないまで
も、なにかフルーティな香りと風味。
 白漉し餡は、手芒の風味がしっかり。とは言っても、えぐみなどいやなところはまっ
たくない。ふっくらとした風味。
 砂糖は和三盆なのか、ほんのりと和三盆のあたたかい余韻。
 
 こういう京都のものでない上生を食べると、あらためて、京都の上生が、寺社や公家
の屋敷の庭園を眺めながら、というのがしっくり来るという感じになる。
 そこは、家屋の中はほのあかるいくらいで、苔の緑が鮮やかな庭だ。
 
 一方、今回のこのねじ梅は、大阪の古い商家、そんなところが似つかわしい風味に
思えた。
 そういう品の良さと繊細さが感じられた。
 この品の良さは、公家や公家と縁のある寺社の品とは、また別のものだ。
 あくまでも、裕福な庶民の持つ品の良さ(いまのセレブとか富裕層とか、そういう人
びととはまた違う。別の言い方をすれば、中流階級の品の良さ。といっても、その屋敷
は、車のロータリーがあり、書生部屋や女中部屋もある、今からすればとんでもない中
流階級というわけだが、そんな古い時代の中流階級。『細雪』の蒔岡家のような)。
 そして、そんな品の中に、どこか、一筋、糸のように細いが古い大和につながる古風
さが通っている。
 また、意匠ではなく風味には、京都の上生には感じない、はなやかさがある。
 京都の寺社や公家屋敷にはない、古き良き中産階級のはなやかさなのだろう。
 そんな中産階級が好んだ、品のよい、はなやかさ。
 
 このこなしでは、いっしょに食べた薯蕷(早蕨)よりも、より明快にこれらの品のよ
さや華やかさを感じることができた。
 たしかに、このこなしを食べた後で薯蕷のことを反芻してみると、同じものが含まれ
ていたことは疑いないが、薯蕷でそれが曇ってよく見えなかった感じだ。

 京都の上生には感じられない、品のよさや華やかさが感じられ、また、その品のよさ
や華やかさが好ましく思えるこのこなしは、また、菊屋の上生のスタイルがすべてこの
ようなものなら、だんなんにとって菊屋の上生は食べる価値があるということになる。
 
 なんか、ものすごく変な言い回しになったけど、要するに、大阪に行ったときは、あ
るいは、奧さんが行ったならお土産に買ってきてもらっても悪くない、ということ。
 いや、是非、他のものも食べてみたい(でも、きんとんは、持ってくるのは無理だろ
うなぁ。。。つぶれちゃうかも・・・)
 
 
(実は、菊屋のことを考えながら、比較していた店がある。虎屋。たしかに、今では、
とても東京的。無国籍で、すでに、京都の菓子ではない。だが、その東京的であるこ
とが、だんなんには、あまり好ましく思えない。東京がもっと良い方向に成熟しない
と、虎屋の菓子もよくならないのだろう)
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2011_02
22
(Tue)01:55
 今月3日から始めたいちまの菊の袷。
 今日、なぜか、すんなりと完成してしまった。
 19日ほどでできたことになる(やったりやらなかったりなので、正確に何日、何時
間かはわからないが)
 予定では、半年ほどかかるはずだったのに・・・
 もうすこし苦労するつもりだったのが、あっけなくできてしまって、なんか物足りな
い。。。
 
 ま、そんなことはいいとして、早速お着替え^^

 いちま 菊の袷  見たい人はクリックで大きくなるよ~^^
 
 写真では朱色っぽいが、実際はもっと赤い。
 
 今回は、ちょっと衿の幅が広い。
 また、肩上げの仕方も今までとは少し違う。
 色や柄、また、衿幅が広いせいもあって、何となく古風な市松人形に見えてしま
う。。。
 
 袷はこれで三着目。
 
 
 
 
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2011_02
20
(Sun)20:44
 早蕨  菊屋  大阪高麗橋
 
 昨日、奧さんが大阪に行く用事があって、そのお土産。
 賞味期限は、二日(つまり、今日)。
 はじめて食べる菓子司。
 
 この大阪の菊屋さんは、もとは奈良の大和郡山・豊臣秀長の菓子司として始まり、
昭和になって大阪の高麗橋にのれん分けした菓子司。
 
 
 繊細で品のある早蕨の焼き印。
 
 種は、黒漉し餡。やや水分が多い感じ。かなり甘め。
 皮の薯蕷は、小麦粉が多い感じ。つまり、どちらかというと、薯蕷のしっとり、
ふっくら感よりは、パンに近いぱさっとしたふんわり感。
 表面の艶も、薯蕷らしいつやつや感ではない。
 薯蕷の澄んだ風情や繊細な味わいは感じられない。
 どことなく、大阪の、活気のある、ごちゃごちゃした町並みが思い浮かぶ。
 
 と、これらは、最近アップした 老松の梅一枝 と比べた感じの感想(ことに老松
の薯蕷は、京都の菓子司・菓匠の中では薯蕷の特徴がよく出ていると思う)。
 焼き印の繊細さと品から、薯蕷の繊細さや品を期待したが、これには感じられな
かった。
 賞味期限が二日とはいえ、やっぱり出来たてに近いほど美味しいだろうから、二日
目の今日ではふっくら感や繊細さが失われていたのかも知れない。
 薯蕷よりも小麦粉を強く感じるが、その上での、繊細さや品を感じる。
 京都の菓子司・菓匠でも、同じように小麦粉を強く感じるところもある。
 
 こういったものはすべて好みの問題なので人それぞれだが、もし、菊屋の薯蕷と老
松の薯蕷とを並べられてどちらかを、と言われたら、老松の方を選ぶ。
 
 風味は、古風なスタイル。
 俵屋吉富や鶴屋吉信とは対照的。
 千本玉壽軒などの感じで、もうすこし、明るい光を感じる。
 
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2011_02
20
(Sun)00:11
 蕗のとう  ふきのとう  焼皮  鶴屋吉信  2011/2/12
 
 これは、かなり大胆。
 たとえば、
  
 向日葵  鶴屋吉信
 
 銘が、向日葵(鶴屋吉信)
 とくれば、誰しも、「ごもっとも」と、頷ける。
 
 その、向日葵とほぼ同じ姿で、蕗のとう。
 先に向日葵を知っていたこともあって、かなり面白く、大胆に感じたのだ。
 
 地面や雪の中から顔を出して、少し葉が開いた状態の蕗のとうなのだろう。
 むしろ、誰もがこんなふうにデフォルメしそうな姿をしている向日葵よりも、印象
は強い。
 本物の蕗のとうを目にするたびに、脳裏に浮かんできそう・・・。
 
 
 種は、黒粒餡。焼皮もっちり。餡は濃厚。
 
 
 いっしょに食べた上生 
 黄金梅  鶴屋吉信  こがね梅  鶴屋吉信  
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2011_02
18
(Fri)22:31
 梅一枝  うめいっし  じょうよ  老松  2011/2/11
 
 姿、銘ともに、何の変哲もない、といえば何の変哲もない、薯蕷。
 「梅花一枝春」(ばいかいっしのはる)(または、「梅花一朶春」 ばいかいちだのは
る)とは、まあ、お茶の軸ででよく見かける禅語で、そのもの、といえばそのものの上生
だけど・・・
 でも、こういうのが、なんか、いい。
 別に、禅語はどっちでもいいけど、この薯蕷がいい。
 四角いところもいい。
 
 白い薯蕷の肌を雪ととると、雪の中の紅梅ということになる。
 
 白い薯蕷に赤い羊羹のちょぼ。
 これは、笑顔(えくぼ)薯蕷の親戚かも^^
 (いちまの誕生祝いにあつらえた笑顔薯蕷は、おっぱいにしか見えなかった・・とい
う説もw)
 えくぼ薯蕷  俵屋 紅白えくぼ薯蕷 俵屋吉富 白 と 
  
 年末には、梅の花が柿の実にも・・・
 木守り  亀屋良長 木守り 亀屋良長
 
 
 種は、黒漉し餡。ふんわり餡。こくがある。
 薯蕷の風味も濃厚。
 今年は薯蕷の味が濃い?
 
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2011_02
18
(Fri)00:03
 いちまの菊の袷。
 かなり順調^^
 今日、ここまできた・・・
 いちま 菊の袷 1 
  
 いちま 菊の袷 2 (クリックしてね!)
 
 袖完成、裾のふきに綿がはいり、身頃に裏がつき、衿下の始末も終わった。
 ふきは共布。
 
 あとは、綿を本止めして、衿。
 腰上げをして、袖をつけ、肩上げをしたらできあがる。
 
 なぜか、思ったより、かなり、はかどってしまっている・・・
 袷というとめんどくさいな~、てまかかるな~、できあがるの半年後ぐらい、と思っ
ていたのに。
 
 ちょっとばかり、本縫いが綺麗にできるコツもわかったw
 
 今日は、『指輪』の「ワルキューレ」と、フレーニのアリア集と、雨の音を聞きながら
縫い縫いした。
 
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2011_02
16
(Wed)02:22
 『トリスタンとイゾルデ』。
 ワーグナーの、楽劇。
 長い・・・四時間ほど。
 これは、いってみれば、プルーストの『失われた時を求めて』みたいなもん。
 『失われた時を求めて』の作家の幸せは、、、みたいなことを、バルトが言ってい
た、すなわち、誰も逐一読まないこと。
 つまり、『トリスタンとイゾルデ』もそういうこと(いやいや、『トリスタン』な
んて序の口かw)。
 
 引越前から、ちょくちょく聞いていた。
 というか、流していた。
 
 昨夜、いちまの縫い縫いしながら、はじめて、通しで聴いた、というか、聞いてい
た。
 そして思った、「これは、つまり、ドイツ的『マダマ・バタフライ』だ」と。
 
 でも、この言い方はおかしい。
 先にできたのは、『トリスタンとイゾルデ』だから。
 プッチーニは、実は、ワーグナーから相当影響を受けていて、『トリスタンとイゾ
ルデ』を聴いていると、結構、「あ、ここは、プッチのあの曲のあそこに似ている」
というところがあったりする。

 
 そして、もうひとつ。
 『トリスタンとイゾルデ』とは、ドイツにおける『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』
だ、と。
 
 要するに、
 『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』 ヴェルディ イタリア  →  『トリスタン
とイゾルデ』 →  『マダマ・バタフライ』 
 と、いう流れが、勝手にできあがった(笑
 
 どれも、こぬ人を待つ人間の物語、ともいえる。
 トラヴィアータは、肺病を病んだ高級娼婦のヴィオレッタが恋人のアルフレードを
待っている。
 トリスタンは、重傷を負って死に臨んだ騎士のトリスタンが、イゾルデの来るのを
待っている。
 蝶々夫人は、子持ちの蝶々さんが、海軍士官のピンカートンが戻ってくるのを待っ
ている。
 
 トラヴィアータとトリスタンは、待っている者が瀕死の状態。
 トリスタンと蝶々夫人は、どちらも、船でやってくるのを待っている。
 そして、どれも、待っていた者は死んでしまう。
 
 トリスタンと蝶々夫人、イゾルデがやってくるところは、まとも、ピンカートンが
戻ってくるところや、蝶々夫人の「ある晴れた日に」のアリアなどがかさなる。
 他に、『トゥーランドット』を彷彿とさせるところもある。
 
 ただ、面白いと思うのは、イタリアでは待っているのは女。
 ドイツでは、男。
 そして、ルネッサンスを経験したイタリアでは、あくまでも、市民の、現実的な、
日常的な世界。
 神話好きなドイツは、やっぱり、時代的なロマン的な世界。
 
 この二つの世界を融合したのが、ヴィスコンティの映画『ルードヴィッヒ』。
 ルードヴィッヒは王であるが、その日常は、市民社会の内部にある。
 そして、オペラと楽劇のは、どれも、待っている者のところへ待たれていた者が
やってくるが、映画ではやってこない。
 ルードヴィッヒが生涯かけて待ち続けていたオーストリア皇后のエリザベートは、
結局、ルードヴィッヒの望むような形で彼の生涯と交わることはなかった。
 そして、彼は、城に籠もる。。。
 つまり、楽劇の中で、夢の世界では成就したが現実には成就しなかった願望が、彼
を、城に籠もらせたのだ。
 
  
 『トリスタンとイゾルデ』には、実はイゾルデは来なかった、すべてトリスタンの
幻想だったみたいな演出もあるそうだが、それは、まとも、『ルードヴィッヒ』的に
逆解釈し直した、ということだろう。
 
 
 だんなんが聴いてる『トリスタンとイゾルデ』は、フルトヴェングラーの。
 音のうねり、旋律のうねり、、、これは、イタリアのオペラにはなかった。
 プッチにそれが見られるのは、ワーグナーの影響。
 
 イタリアオペラは、なーんかハイテンションで、ちょっとくたびれるw
 ワーグナーは、まったりしてる?
 テンション高そうな場面でも、イタリアみたいに、天の彼方まですっ飛んで消失し
そうなことはないw
 
 音楽のうねりに身をまかせて、ゆたゆた・・・
 それが心地よい。。。
 
 
 いちまの縫い縫い、今日までで、両袖完成、身頃はおくみ以外のところにふきもつ
いた。
 
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2011_02
12
(Sat)21:33
春の讃  はるのさん  黄身しぐれ  鶴屋吉信  2011/1/19
 
 アップするのがかなり遅くなってしまった、一月下旬の上生。
 銘が「春の讃」というので、ためらっていたのだ。
 黄身しぐれに、二輪の水仙という姿からすれば、やはり、一月がいいかも。
 ただ、銘からすると、も少し早く、松の内までに出てると、「春」=「新春」となって、
その方がいい感じもする。

 また、なんとなく銘と姿がしっくりこない感じがないでもない。
 「讃」とは褒めることだけど、このれを見てると「よろこび」というニュアンスが強く
感じられる。
 まあ、喜び、嬉しいから、讃えるということにもなるのだろうけど。
 そうなると、やはり、「春」=「新春」を意味する時期がいい。
 
 水仙は日向で春の光をいっぱいに浴びている、というイメージがあって、それが春
の喜びに満ちている、それが春を讃える、ということか?
 
 としても、季節としての「春」を讃えるには1月下旬では早すぎる気がする。
 かつ、「新春」を喜ぶには1月下旬では遅すぎる。
 
 
 まあ、だんなん的には、やっぱり、松の内までに出ていれば、この銘でこの姿で、しっ
くり来た。
 
 でもまあ、今あらためて写真を見ていると、今出てもいいか、とも思えてくる。
 二輪の微笑ましい水仙が、そう思わせてくれる。
 
 
 種は、黒漉し餡。
 しっとり、ふかふかの黄身しぐれ。
 白餡と黄身の塩梅がとても好み。
 
 
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2011_02
11
(Fri)23:31
 椿餅  つばきもち  老松  2011/2/11
 
 平安時代の頃にはあったと言われている素朴な椿餅(もっとも、当時のものは
今のものとは違っていたということだが)。
 黒漉し餡の道明寺の餅を、食べやすいように椿の葉で挟んである。
 
 食べるとき、ほんとにかすかに、椿の葉の香りがした。
 桜餅などとはちがい椿の葉の香りをたのしむものではないということだが、で
も、このかすかな椿の葉の香りはさわやかで、よかった。
 ただ、奧さんは椿の葉の香りは感じなかった。
 
 道明寺は、みぞれか氷のように美しい。
 この椿餅は葉の裏に餅がのっているが、表に乗っていれば、まるで、葉に積もっ
た雪がいったんとけて氷となったようにもみえる。
 あるいは、春まぢかのみぞれ混じりの雪が積もっているようにも。
 もとはただ食べやすいように餅を椿の葉で挟んだのがおこりだということだが、
この椿餅はそんな空想をかき立てる。 
 
 道明寺はぷちぷちもっちり、甘くない。
 餡と道明寺でほどよい甘さ。
 それにしても、椿餅といってもやっぱり、老松。風味にもわびた風情がある。
 
 椿の葉のほんとうにかすかな、兆しのような緑の香りと、みぞれ雪のような道明
寺で、一足早い春を味わった気分。
 
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2011_02
08
(Tue)20:42
 一月の最後の日曜日にやっとテレビが開通した。
 
 ハイヴィジョンって綺麗。
 で、テレビもプラズマなので、奥行きやなんか、なかなかいい。
 中でも、ことに、質感がよく再現されている。
 
 BSの番組って、地上波のようなどっちでもいい駄レントがどっちでもいいこと駄べって、まさに電気の無駄遣いとしか思えないような番組はほとんど無くて、旅行ものやのなんやの、なかなか好感が持てる。
 って、その一方、TVショッピングがやたら多いげど。。。
 
 旅行物、っていっても駄レントが出てきて地方を旅する、ってのじゃなくて・・・。
 今見てる「世界 旅列車に乗って」みたいな。
 ま、地上波の「世界の車窓から」だっけ? そんな感じの番組だ。
 
 昨日は、「ヨーロッパ 城物語」みたいなのを見てた。
 
 eo光のチャンネルというのがあって、そこの番組もなかなか面白いのがある。
 ガンダムターンAなんかやってたりするw
 
 その中に、「ワインめぐりの旅」という番組がある。
 まだ一回しか見てないが、今回は、イタリアのピエモンテだった。
 なによりも! 
 ワインの美味しそうなこと!! 
 バローロッ!!! 
 よだれ、じゅるっっつ だよ・・・まったく。。。
 ほんと、グラスの中のワインの色の美味しそうなこと。
 色だけじゃなくて、とろみや、輝き、、、ハイヴィジョン、罪だねw
 
 
 
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2011_02
06
(Sun)20:54
 近所をふらふらと歩いていて、ふと目にとまった看板。
 
 「京都大原 豊寿庵」
 
 もちろん、ここは京都でもないし、大原でもない。
 とある琵琶湖畔の田舎町。
 
 どうやら、和菓子、ことに大福の工場らしい。
 で、なんとな~く気になっていたのが、昨日、たまたま奧さんと前を歩いていたら、
工場の従業員らしき人がいたので、尋ねてみた。
 もちろん、分けてもらえるのでしょうか、って。
 そしたら、どうぞどうぞ、ということで事務所に通された。
  
 奧さんのと二人分、二個くらいと思っていたのが、いきなり、六個入りでおわけし
ます、ということ。
 六個入り、と聞いて、これは思っていたよりお金がいるかな、と思って値段を聞い
たら、、、
 ちょっとびっくり。
 卸値なのでしょうか、とりあえず、安かった。
 
 もうひとつ、びっくりしたのが、なんと、冷凍大福、だということ。
 
 さて、家に帰って、解凍して食べてみた。
 昨日、豆大福、今日、カスタード大福と胡麻大福。
 
 餅は、餅というより、マシュマロっぽい?
 豆大福は粒餡、胡麻大福は胡麻餡(白餡に黒ごま)。
 
 で、何となくネットで調べてみると、HPもあるし、ネット販売もしている。
  
    京都大原  豊寿庵
 
 京都よりも、東京の方に多くの店を出しているようだ。
 また、冷凍と言うことで、JALの国際線・国内線のおやつにも採用されているら
しい。
 また、テレビや雑誌などでも紹介されたらしい。
 
 なるほど。。。
 
 京都で買うと、1個160円らしい。
 
 豆大福、といえばすぐ思いつくのが、出町ふたばの。
 豆大福食べたいなら、出町まで足を伸ばすか。
 
 それよりも、特に豆大福とか大福にこだわらないなら、160円で買える和菓子、
といえば、だんなんなら、
 
 阿闍梨餅(満月) 
 
 にするなぁ。
 1個 100円(税抜き)
 
 だんなん的には、お手軽、お気軽に食べられる京都の和菓子、といえば、まず、
阿闍梨餅って感じ。
 
 お気に入りの、雲龍(俵屋吉富)は、個性が強いのでちよっと好き嫌いが分かれ
るかも知れない。
 価格も、100円では買えない。
 他にも、たとえば柚餅(ゆうもち 鶴屋吉信)など、上生をつくっているところ
の看板菓子は、結構個性が強く、好き嫌いが分かれる気がする。

 その点、阿闍梨餅はほとんどの人が美味しく食べられるのでは?
 小さいが、食べた後満足感はしっかり。
 
 京都では、阿闍梨餅、かなり人気がある。
 大丸や伊勢丹の地下の店だと、いついっても、たいてい、行列ができている。
 また、閉店近い時間だとたいてい完売。
 買っていく人になると、5個10個と買っていく。
  
  阿闍梨餅本舗  京菓子司  満月 
 
  阿闍梨餅 について、蘊蓄垂れたい人はどうぞ  百味會
 
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2011_02
04
(Fri)22:26
 そろそろ・・・
 新しい、袷をつくってくれないのかな~といちまが、にこにこ。。。 
 
 というか・・・
 実は、去年の9月、仕立てようと思って解いて洗ってあった、布。
 ひっこし騒ぎでそのまま・・・
 
 で、昨日から、裁断を始めた。
 袷なので、パーツが多くて手間がかかる。
 
 袷っていったって、裏がついてるだけやん、表生地と裏生地、二枚分裁断したらいい
だけやん!
 と、簡単にいかないところが、着物。。。
 
 ほんと、表と裏、単純に二枚だけなら、簡単。
 でも、袷には、ふき という部分がある。
 袖と裾にある。
 
 表地と、裏地と、ふき布。
 このふき布が結構、大変。
 しかも、綿入り。
 
 裁断も手間だが、縫うとなると、もひとつ手間。
 縫い方は、単衣みたいに三つ折りぐけだとかそういうのはなくて、ほぼ本縫いだけで
いいが、 とにかく、ふきが手間。
 袷といっても、手間は、2.5着分かかる気がする。
 
いちまのおべべ 菊 1

 昨日、表の裁断、衿以外終了。
 単衣だとこれだけで縫い始められる。
 
 今日、衿以外、表、裏、ふき、裁断終了。
 裏は、紅絹。
 ふきは、表地の共布。
 
 いちまは、にこにこ。。。
 
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2011_02
02
(Wed)21:59
 福ハ内  ふくはうち  薯蕷  亀屋良長  2011/1/22
 
 福ハ内というわけで、「」の焼き印の入った薯蕷がこなしの升のなかに入っている。
 紅白にねじったこなしは何なのか、ちょっとだんなんにはわからない。
 (紅白の水引で、還暦祝いと関係あり?)
 
 そして、さらに、この「」を腹のうちに収める、というわけで、二重に厄払いができて、
二重におめでたい?
 
 
 種は、黒漉し餡。
 薯蕷は、澄んだ風味で、裏が焼いてあり、芳ばしい。
 時間が経っていたので、こなしは少し乾燥気味。
 とはいえ、こなしは、薯蕷のしっとりマッチして、全体に澄んだやさしい風味だった。
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2011_02
01
(Tue)20:47
 先週、最後の本棚も届いて、そろそろ引越も終わりになってきた。
 9月から、5ヶ月。
 そのせいか、最近、何となく、気分が籠もりがち。
 
 そういうときに、何となく観たくなるのが・・・
 
 ルートヴィヒ
 
 ヴィスコンティの『ルートヴィヒ』。
 タイトルのルートヴィヒとは、19世紀のババリア(ドイツのバイエルン)の王様の
名前だ。
 森鴎外がドイツ留学中に王の訃報に接した、そんな頃。
 プロイセンによる併合や民主化など、当時の時代的な状況から、引きこもりになった
王様の話だ。
 前編で4時間というのもいい。
 セットや小道具など、すべて本物。偽物は、役者が演じている人物くらい?
 今回、プラズマのハイヴィジョンテレビで観たけど、それぞれのものの質感がたっぷ
り堪能できた。
 
 ワーグナーの音楽も随所に流れる。
 というか、ワーグナーも登場する。
 この映画で観るかぎり、ワーグナーは音楽家というより、浪費家の詐欺師にしか見え
ない。
 そういうわけでこの映画を観るとワーグナーに対してあまりいい印象を持たないけど、
流れている音楽は悪くない。
 
 オーストリア后妃役のロミー・シュナイダーがキラキラ輝いている。
 当時のヨーロッパの王族というのは、みんな陰気くさかったのだろうか?
 とりあえず、一族陰気くさいなかで、ただ独り、快活、活発、燦然。
 
 映画では、ルーはこのオーストリア后妃(いとこ)に恋をするが、振られてしまう。
 それで、后妃の妹のロシア公女のゾフィーと婚約するが、結局破棄。
 そのあいだに、ワーグナーとのあれこれや、戦争やプロイセンによる併合やなんや
かんや、あって、引きこもりになってしまう。
 引きこもって、次々に城を建てる。
 それらの城は、みな、オリジナリティーに欠けるコピーのような物ばかり。
 しかも、政府に非常な財政の負担を強いる。
 しかも、言っていることもなにかヘン、などということで、政府によって廃位されてし
まう。
 
 当時は政府に莫大な財政負担を強いた、ワーグナーへの援助や城が、今では、ワ
ーグナーは言うに及ばず、城も観光資源になっているんだから、世の中、何がさいわい
するかわからない。
 
 と、いうわけで、なんとなく、観るともなく、観て、籠もり気分を満喫。
 
 ヴィスコンティの映画は他にも、『山猫』や『ベニスに死す』や『地獄に墜ちた勇者ど
も』もお気に入りだが、籠もり気分の時は、やっぱり、ルーがいい。
 
 『地獄に墜ちた勇者ども』は、台頭するナチスドイツの頃て、ドイツの鉄鋼王の一族が、
ナチスに乗っ取られていく話。というか、一族の人間を懐柔し、ナチス化してしまうとこ
ろが、エグイ。親衛隊と突撃隊の抗争などもあり、血なまぐさくて、とても籠もれない。
 
 『ベニスに死す』は、美しすぎる。
 しかも、明るすぎる。
 手に入れることは叶わないが、そのもっとも愛する美しいものを見ながら迎える死、っ
て、こんな幸せなこともないだろう。
 が、別の視点から見れば、ノー天気過ぎる。
 そこが籠もれない。
 
 『山猫』は、公爵だけなら籠もれるかも知れないが、若いタンクレディも出てきて、彼
が活きがよすぎる。
 それに、ラスト近く、舞踏会で気分が悪くなった公爵が控えの間で絵を観るシーン。
 「年寄りが死ぬとは、みんなこんなふうに醜いものだ」みたいな台詞。
 もちろん、公爵はすでに先が長くない自分の死をその絵に重ねあわせているわけだが・・・
 たいていの人間は歳をとって死ぬので、うがった見方をすれば、人の死とはこんな
ふうに醜いものだ、ということになる。
 そこが、重すぎて、暗すぎて、籠もれない。
 公爵は、台頭するブルジョワとうまく調和を図って、なんとか生き残る側にたった、つ
まり、時代に適応して生き残った側の貴族だ。
 そんな公爵が自身の死を思って吐くこの台詞は、なんとも、やりきれない。


 
 というような話を奧さんとしていて、奧さんは何か、と聞いたら、その答えにちょっと
びっくりしてしまった・・・
 これなんだそうだ・・・
 
 アリス
 
 シュヴァンクマイエルの 『アリス』。
 『不思議の国のアリス』といえばそうなんだけど、そこは、シュヴァンクマイエル。
 結構、グロくて、滑稽。
 子供部屋の世界。だけど、骨の標本や変な缶詰や壊れた人形や穴の開いた靴下の
芋虫や・・・好きは好きだけど、うーん、とても落ち着いて籠もれそうにない。。。
 というと、逆に、ルートヴィヒで籠もれるわけないやん、疲れる、って、言われ
てしまった。。。
 というのも、『アリス』はほんとに誰にも邪魔されることのない夢の世界。
 それに対してルーは、時代状況やなんやかんやで籠もりたいけど実際籠もりきれ
ない、そんなの疲れる、というのだ。
 だが、逆に、そこがいい、とだんなん。時代や状況など他から強いられた結果で
あっても、結局、城建てて籠もってるんだから・・・と。
 
 シュヴァンクマイエル、といえば、だんなんの一番のお気に入りは、
  
 ジャバ
  
 『ジャバウォッキー』。
 これも、子供の心象世界。
 子供にとって、世界は神秘に未知いてたし、ナイフも兵隊も、それぞれに命があり、そ
れぞれが動き回る。
 そう、たとえ自分が操っているんであっても、それぞれが勝手に動き回っている、生き
ていると子供は思っている。
 そんな懐かしい世界を描いた短編だ。
 ただ、時間が短すぎる。
 籠もり気分を解消するためには、だらだらとした時間が必要なので。
 
 『アリス』は、籠もるには毒もありすぎ。
 
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