2013_07
31
(Wed)22:29
 祇園祭  献茶会  菓匠会、その7回目。
 

 花園  嘨月
 
 
 
 特大のきんとん。
 中がどうなっているのか、ちょっと気になる。
 もしかすると子持ち(あんこの中に薯蕷饅頭が入っている)になってたりして^^
 
 よく見ると露(寒天)がかかっている。
 それも、無色の露と金色の露。
 朝露と夕日を浴びて輝いている露で、絵巻のように時間の経過を表しているのか。
 花園のそんな時の経過、一日を表している。
 それに、もっと穿ったとりかたをして、花の色は四季のいろいろな花を表現していると見る。
 白いそぼろは、雪の花。それとも、梅か。
 雪、梅、桜、藤、つつじ、菖蒲、黄菖蒲、牡丹、芍薬、卯の花、藤袴、水牡丹、ひまわり、菊・・・。
 きんとんに限らず、こなしなど、上生で表現されている花ばなが次々に思い浮かんでくる。
 
  花の色はうつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに
 
 これは永遠不易なもの(和菓子における)を花園として象徴的に表現したものなのだろうけど、その花園を時を忘れて眺めているうちに、見とれているうちに、小野小町のように、いたづらに歳をとらないよう、要注意^^ 
 
 
 
 阿久亜  AQUA   亀屋清永
 
 アクアとは、もちろん、水のこと。
 仏前に供える水のことを、閼伽(あか)と言い、サンスクリット語のarga(アルガ)からで、さらにこのアルガは西に伝わってaquaになった、と。
 この作品を見たとき、何かそんなことをふと思い出した。
 亀屋清永さんと言えば、あの、お団(清浄歓喜団)のお店。
 お団はもちろん仏教に縁が深く、そのせいで、そんなことが思い浮かんだのだろう(ついでに言えば、この閼伽とaquaについての関連を知ったのは、『徒然草』のどこかの段の閼伽棚の注だったように思う)。
 
 でも、この作品は、そんな抹香臭いこととは、あまり関係ないかも。
 貝殻が転がっているところを見るとこれは海を、さらには、水の惑星=地球を表しているのかも知れない。
 
 それとも、この器がなんとなくホタテ貝の貝殻のように見えてきて、ヴィーナス誕生を連想したり。
 海の泡から生まれたヴィーナス、この寒天の円柱はそんなヴィーナスの本質を表しているのかも。
 それどころか、実は、生命自体が海岸にたまっている泡から生まれた、という説もある。
 「所詮、世の中泡なのよ」なんて・・・ときどき、世の中と自分を嘆いてみたり・・・。
 なんて、冗談はさておき・・・
 
 とにかく、見ていると、お団・閼伽つながりの仏教的なイメージや、はたまた、ヴィーナスの神話や、生命の誕生、地球温暖化などなど、さまざまな思いが数珠つなぎになって面白い。
 
 「はんなり」というテーマにつなげるなら、京都の「はんなり」の源でもあり、「はんなり」な文化を育てたのが、京都の水なのだと、そんなことにも思いが至る作品。
 
 
 
 都の華んなり  亀屋良長
 
 昔、右近の馬場のひおりの日に、向かいに立ててあった車に、女の顔が下すだれからほんのり見えたので、中将であった男が歌を送った。
 
  見ずもあらず見もせぬ人の恋しくは あやなくけふやながめくらさむ
 
 という、伊勢物語の95段を彷彿とさせる作品。
 というのは、牛車の後ろと袖、で、「出車(いだしぐるま)」が思い浮かんだから。
 「出車」としいうのは、牛車の後ろの御簾の下から、十二単などの装束の袖や裾をこぼしだして、飾りとしたもののこと。
 『枕草子』にも、出衣のことを書いてる段が、あったような・・・(記憶、曖昧)。
 『源氏』にももちろんあり、華やかなのは、葵上と六条御息所の車争いの場面、では(と、これも、記憶曖昧。あるいは、原文にはそんなこと書いてないのに、勝手につくりあげてるかも)。
 
 とにかく、王朝のそんな美意識に思いを向かわせる作品。
 
 
 
 
 
 「はんなり」の原点は、やはり、王朝文化への憧れ。
 
      つづく・・・
 
 
関連記事
スポンサーサイト
2013_07
27
(Sat)19:24
 祇園祭  献茶会  菓匠会 のつづき。その6
 そろそろ、終盤。
 
 
 午後のまどろみ  三条若狭屋
 今回の展示の中で、実は、もっとも物議をかもした作品(といっても、単に、だんなんと奥さんの間で、だけど^^)。
 大作なので、それぞれを・・・
 
 
 
 
 
 
 
 寒天のものなので、写真がうまく撮れていない、ということはあるとして・・・
 
 左のは、鳥がはばたいている。
 鳥は、鳩(?)と燕と雁のよう。
 
 
 
 
 真ん中は、清流らしい。
 
 小石がみな底にあり、水面には花が散り、魚が泳いでいる。
 魚が同じ方を向いているので、そちらが上流で、清流なのかな、と。  
  
 さて、問題なのは、右のこれ。
 
 まず、写真がものすごく悪い。
 僕は実物を見たけど、この写真だけを見た奥さんは、これが一体何なのか、よくわからなかった。
 僕もこの写真だけだと、なかなか何かよくわからない。
 もっとも、よーく見れば、それなりに分かるかも知れないけど。
 しかも、写真だけの問題ではなく、これ自体がよくわからない、ものでもあったらしい。
 会場のお客の話を聞いていると、どうも僕が思っているものとは違うものだと理解している人もいたみたいだ。
 
 よく見てね(笑
 まず、すぐ分かるのは、ハート形のピンク色の琥珀糖。
 ハートがいっぱい(笑
 そのハートの中心に、なにやら・・・
 奥におおきな塊がひとつ。手前に、小さな塊がいくつか、おおきな塊に沿って並んでいる。
 おおきな塊のむかって右の方に注目すると・・・右の端っこに、なにやら、上に向かってつきだしているものが・・・
 「はんなり」の「ハナナリ」は「ハナナリ」でも、これは、鼻。
 その左下に、ぽっちりあるのが、目。
 目の左には、耳も・・・。
 このあたりは、頭・・・。
 わかった人はもう、わかったかなぁ・・・。
 どうやら、豚のよう。
 奥の間おおきなのが母豚で、その前に子豚がずらりと並んで、お乳をのんでいる、ところ。のよう。
 そう、授乳中の母豚と子豚。
 と分かったところで、奥さん曰く、「なんでこれが『はんなりなの?』と。
 しかも、あとのふたつもなに?
 
 さあねぇ、そんなことぼくに聞かれても・・・(つくったわけじゃないから、知るわけない^^)
 けど、まあ、とりあえず、勝手に解釈すれば、こんなところか、というのを・・・
 
 「午後のまどろみ」とのタイトルからすれば、授乳豚は、そのまどろみのひとつの情景では、と。
 授乳する母豚、乳を吸う子豚、ともに幸せ気分でまどろんでる(笑
 その「幸せなまどろみ」=「はんなり」かなと。
 
 そういえば、二條若狭屋さんの「京の庭」もある意味、そんなまどろみを誘うような光景。
 どこかほんわかとした、うっとりと眠気を誘うような情景、また、そんな気分、「はんなり」にはそんなものも含まれるようだ。
 
 二つ目の清流についても、おなじ感じ。
 すがすがしさもあるし。
 
 さて、三番目の、鳥。
 これは、じゃあ、なに?
 清流ともども、実は、まどろんでいる母豚の夢?
 そうでないなら、これをつくった菓匠の夢。
 母豚・子豚自体が、菓匠の心を象徴的に投影したもの。
 ・・・・
 
 とはいえ、豚・地、魚・水、鳥・空、となっているところや、また、わざわざ、そんな三つのものを並べている、というのも、他に何か意味があるのでは、と気になったり・・・。
 また、豚は写実的なのに、魚・鳥と、だんだん様式的になっていく、のも、なぜか、とか。
 
 でも、とりあえず、だんなん的には、清流と羽ばたく鳥たちは、母豚の夢かな、と。
 眠気を誘う、「はんなり」とした気分を表した作品?
 
 母豚、授乳中の夢に清流の魚となり、空の鳥となる。
 (荘周夢に胡蝶となる・・・ みたいな^^ 求肥の餅や薯蕷に胡蝶の焼き印を押した「胡蝶」というのが、春の上生でよくみかける)
   
   
      つづく・・・ 
 
関連記事
2013_07
25
(Thu)23:32
 祇園祭  献茶会  菓匠会 のつづき。その5
 
 
 灯  塩芳軒
 
 闇のなかに浮かぶ提灯の灯。(と、落雁は、町屋の格子か何か?)
 この提灯の紋は、なんとなく祇園社のもっこうに似ているけど、どうなのだろう?
 やはり、これも、祇園祭のある情景なのかな、と。
 
 それにしても、蓋付きのカゴを夜の闇に見立てているところが、なんとも風雅。
 夜の帳が降り、蓋を開けると、闇に浮かびあがる、提灯の灯。
 
 
 
 
 
 初夏の装い  亀廣保
 
 
 落雁の水紋と花菖蒲は、飴。
 (黄色があるので、花菖蒲かな、と。もちろん、黄色は花菖蒲で、紫と白は、杜若か花菖蒲か、両方かも知れないけど。なんて、小理屈はいいとして)
 
 オーソドックスなお菓子なので今さら言うこともないけど、この飴の花菖蒲は、指で摘んでつくったその過程がそのまま残っているようで、楽しい。
 展示が7月なので季節柄、涼感を表すのに、寒天や葛などが主流の中、この作品は「初夏」と言うことで、飴の透け感をつかっているのも、ちょっと面白い。
 
 
 
 星あかり  千本玉壽軒
 京都で七月というと、祇園祭ばかりに目が行くけど、そういえば、七月は、七夕がある月でもあった。
 なんとも素敵な、透きとおる夜空と天の川のガラスの器。
 (この器を小さくして、平茶碗にしたい!)
 そこに、特大の織り姫と彦星。
 笹(もちろんお菓子)と、短冊などの飾りは干琥珀で、おいしそう。
 しかも、さりげなく、上生菓子と干菓子のセット。
  
 
 干菓子に負けず劣らず、特大の織り姫彦星も、葛がみずみずしく、美味しそう。
 こうしてアップにすると、器の泡が、さらに彦星織り姫のみずみずしさを引き立てている。
 
 全体として、なんとも涼しげで、美味しそう。
 (上生ふたつだから、二人前?)
 
 七夕のお茶会かなにかで、ふたりだけの客に、こんなふうに菓子を出したら、素敵だろうな、すごく。と思うと、心躍る。(あるいは、主客と次客にこのようにして)
 
 彦星と織り姫が特大なのが、ちょっとユーモラスで、そこも「はんなり」ということで(笑
 ・・・なごむ。
 
 
 
 夕涼み  亀屋良永
 うちわの姿をした凝った器。
 そのうちわの中の、特大の御池煎餅とおぼしき満月。
 縁台にこしかけて、うちわを片手に月を眺めやれば、蛍が、ちら、ほら、飛び交う。
 そんな松園の美人画を彷彿とさせる作品。
 (実際に、松園の絵にそんな絵はないみたいだけど。「新蛍」と「春秋」の右隻を混ぜたような、そんな情景が思い浮かんだ)
 
 でも、もし、松園の絵が思い浮かばないなら・・・
 
 どっちにしても、松園の描くような京都の情景は、もう、とっくの昔に失われている。
 (松園の描く女性、真冬でも、素足に下駄だったり・・・もし、僕が女だったとしても、とても美人にはなれまい、と強く思った・・・。どうでもいいことだけど・・・)
 
 松園の美人画に「はんなり」を求めるとすると・・・初期の華やかな若い女性や華街の女性などではなく、むしろ、質素ななりで洗い張りをする女性(「晴日」)や裁縫で針に糸を通している(家事をこなす)母(「夕暮」)などでは、と。
 (もっとも中国の楊貴妃でさえ、松園が描くと「はんなり」している)
 
 松園の絵は、あるパンフに「真・善・美」の極致を求めた云々とあったが、美術史的に堅苦しい言葉で言えばそうでも、つまりそれが、「はんなり」なのかと。
 今回の「夕涼み」で松園の絵が思い浮かび、あらためて松園の絵(個展のカタログ)を見なおしてみると、「はんなり」でない絵なんてない、って感じ。
 描かれている情景、描かれている女性の姿態、いろづかい、などなど、「はんなり」満載(初期の作品は「はんなり」という面ではまだもうひといきだけど)。
 京都の女性を描いたんだから、当たり前と言えば当たり前だけど、今まで、結びついていなかった。
 
 
    つづく・・・
関連記事
2013_07
25
(Thu)01:01
 玉菊  紫蘇入落雁製  亀屋陸奥
 最近、徳用松風にはまっている、亀屋陸奥さんの落雁。
 
 
 ちょっと、風雅な絵のはいった箱。
 
 
 
 
 
 中身も風雅。
 緑色の葉をかたどった部分は、抹茶。
 綿のように、ふんわり、ふかふかとした落雁。
 口の中で、さくっ、ふかふか、として、和三盆のしゅわ~ではなく、芳ばしい小麦粉か、米粉か、何かそんな味が広がり、後味に紫蘇の風味がほんのりただよう。
 芳ばしい小麦粉か米粉かは、ちょっと炒ってあるのだろうか?

 いわゆる上生中心の菓匠の落雁はどちらかというと和三盆など砂糖を中心に風味を組み立てているが、この落雁は、そうではなく、砂糖よりも、米粉か、小麦粉か、それらを中心に組み立てられている感じがする。 
 粉と砂糖の割合が、どこか、「粉もん」の松風屋さんのだな、と思わせる。
 「粉もん」といえば大阪のお好み焼きやたこ焼きなどのことを言うけど、そのルーツは、松風やどら焼きなど、京都のお菓子なのではないかと思う、今日この頃。
 
 風雅な姿に、ふんわり、ふかふかとした食感、ほんのりとただよう紫蘇の香りが、とても奥ゆかしいお菓子。
 
関連記事
2013_07
23
(Tue)00:16
 祇園祭  献茶会  菓匠会  のその4。
 

 かにかくに  長久堂
 

 
 かにかくに 祇園はこひし寝(ぬ)るときも 枕のしたを水のながるる  
 
 祇園にある吉井勇の歌碑の歌。
 その水の流れ。
 水色の寒天をくるくるっと巻いたものをふたつ。器も水の流れを表しているよう。
 この寒天の水の渦、なんとなく、ここの銘菓きぬたを思い起こさせる。
 (輪切りにしたきぬたをふたつ・・・ではないけど)
 
 砧は食べたことないけど、上生はときどき。
 この水の渦も、上品で、かわいい意匠の上生の感性を感じさせる。
 かわはんなり(かわいい・はんなり)なんて(笑
 
 
 
 清々  本家玉壽軒
 
 
 
 ざらめの水に浮く、すがすがしい白い蓮の花。
 すがすがしい感じも、「はんなり」の要素のひとつらしい。
 笹屋伊織さんも「清」で、しかも、人のつくったものではなく、自然の虹を指していたが、こちらも、自然の蓮の花。
 京都の人は、「清」を自然の中によく感じとるのだろうか。
 
 
    つづく・・・ 
関連記事
2013_07
21
(Sun)21:30
 祇園祭  献茶会  菓匠会  のその3。
 
 
 古都清麗 ことせいれい   笹屋伊織
 
 あ、このお皿は、橘吉の皿だ、うちにあるのの大きいのだ、と・・・どっちでもいいことを、まず思ってしまった。。。
  
 
 袖。
 
 
 
 古都の清らかなものと麗しいもの、華麗なもの。
 「はんなり」のイメージが、清く麗しい、ということ。
 清らかな虹、華麗な舞子さんの姿、といったところか。
 水と虹に象徴される古都の自然の清らかさ、それに対して、舞子さんに象徴される古都の人事の華麗さ、ともとれる。
 自然と人の調和と、共生、そこから生まれる清麗なものが、古都京都の誇る「はんなり」なのだ、と、そんなメッセージが感じられる作品。
 
 寒天のこのかたちは、絵馬なのか、それとも、やっぱり町屋の屋根なのか、それとも、他のものなのか、よくわからないけど、虹がでいると言うことからすると、屋根なのかも。
 寒天の虹は平らになっていなくて、先の方が下に傾いている。
 
 ことに寒天の虹がはんなりしていい感じ。
 
 
 
 撫子の単重  末富
 
 
 
 
 
 「はんなり」というと、今では、着物、ことに袖につながるイメージでもあるらしい。
 前の笹屋伊織さんや、他にも、袖のお菓子を作っているところがあった。
 洋服に比べて、着物独特の袖というのが、「はんなり」とした雰囲気にするのだろう。
 
 十二単の夏の襲の色目のひとつ、撫子の単重(ひとえかさね)を模した作品。
 撫子なのは、今が夏だからで、他の季節だったら、たぶん、その季節の襲の色目にとているのだろう。
 襲の色目には、諸説あるので、どちらもそうともいえるし、どちらかが撫子の色目だとするともう一方はそうでない、とも言える。
 どっちにしろ、左右で、色目が反転しているところが面白い。
 
 いまの京都の「はんなり」のルーツってどの辺にあるのだろう、なんて、思いを至らされる作品。
 こういった襲の色目のようなものにも、培われ、養われてきた上に、いまの「はんなり」があるのだろう、と。 
 
 
 舞う  亀屋陸奥
 
 最近、個人的になにかと縁がある亀屋陸奥さんの。
 右上の黄色いのは、長刀鉾の鉾頭で、各鉾の頭が並び、鉾の車輪、辻廻しに使う竹、扇、祇園社の紋などで、祇園祭をあらわしている。
 素朴といえば素朴だが、その素朴さが、あの亀屋陸奥さんの松風に通じて、うんうん、と頷けて面白い。 
 
 ただ、祇園祭の中でも、舞う、ということで、お稚児さんの舞を暗示しているのかな、と。
 素朴、って言ったけど、これに「舞う」という題をつけるところは、かなり大胆な感じも。
 
 「はんなり」という菓題にたいして、鍵善さんのところも、祇園祭のお稚児さんの舞いをあげていた。
 だんなんの「はんなり」のイメージは、たとえば、
 
  ひとはいさ心もしらず ふるさとは花ぞむかしの香ににほひける  貫之  とか
  ひさかたの光のどけき春の日に しづこころなく 花の散るらむ  友則 
 
 とかの歌のイメージ。歌に詠まれていることもさることながら、こういう言い回し、こういう言葉の音なのだが、祇園祭の稚児の舞となると、こういうところに、さらに、豪奢、豪華絢爛、という要素が加わってくる感じがする。
 
 「はんなり」が「花なり」または「花あり」からきたとすると、その花が、何か、ということにもなる。
 桜でも、牡丹でも、花は花だし。
 貫之や友則の歌は、桜の「はんなり」。
 祇園祭の山鉾巡行や稚児の舞は、牡丹の「はんなり」。かな、と。
 
 また、能などを観ていて、「あの人の舞は花がある」などと感じることがある。これは、ただうわべの舞が華やか、というのではなくて、内面にあるもの、という感じがする。
 さらに、人に対して、「花がある」とか言う場合も、単にうわべのことを言うだけではない。
 ということからすると、「はんなり」という言葉は、あらためて言うまでもなくとても奥深い言葉で、それにたいして様々な表現がなされるのも当然、と言える。
 
   つづく・・・
 
   
関連記事
2013_07
19
(Fri)23:10
 ひきつづき、祇園祭  献茶会  菓匠会 の  その2。
 
 
 稚児舞ふ  鍵善良房

 う~ん。。。
 稚児といえば、やっぱり、祇園祭の長刀鉾に乗る生き稚児さんのことなのかな。
 7/17の巡行の時に、お稚児さんが長刀鉾で舞う「太平の舞」、だんなんはテレビでしか見たことがないけど、「稚児舞ふ」ときたら、その舞を思い浮かべる。
 が・・・、このお菓子を見て、何かピンと来るかといえば、残念ながらよくわからない。
 見る人が見れば、「ああ、そうそう、稚児の舞だね」となるのかも知れないけど。
 抽象的な姿なので、ある意味、かなり斬新。
 新古典主義(以前、記憶に間違いなければ、「漫画に出てくるようなカエル」の作品があった)からいきなり、抽象絵画の世界へとびこんだような^^
 稚児の華やかな舞を、この色彩であらわしているのだろうか?
 かたちはともかく、この配色には、なにか意味があるんだろうね、きっと。
 
 というわけで、鍵善さんに聞きに行こうかな、とか思ったり。
 でも、やっぱり、行かないかも(笑
 いやぁ、改築前は、一夏に一回は、あの風情のある木造三階建ての喫茶室で、あの重箱のような螺鈿の器に入った葛切りを食べたいな、食べねば・・・と思っていた。
 けど、改築後、あの、どこにでもあるような和風喫茶の一室みたいなところで、食べたいとは思わなくなった。
 せめて、以前の木造建築をしのばせてくれるような建物ならまだよかったのに・・・。
 所謂、コスパ悪すぎ。
 というか、結局、「鍵善で葛切りを食べる」という行為の中に、あの木造建築を楽しむ、という要素も含んでいたわけで、それが失われたからには、葛切りの値段、半分でいいのでは、なんてね。
 だんなんにとっては、あの三階建ての木造建築の喫茶室は、それほど価値がある、素敵なものだった、ということだけど。
 (にしても、まだ、言うか。建て替えてからもう二〇年くらいになるのでは? しつこい・・・笑)
 とりあえず、建て替えたことによって、京都のお気に入りの場所が確実にひとつ、この世界から完全に消滅した、というくらい、がっかりした。
 
 じゃ、せめて、菊寿糖を買いに行くついでに・・・。
 と思っても、やっぱり、以前の店がまえのことが思い浮かんで、いまの鍵善さんに行く気にはならない。
 今でも、ほんとに目に浮かぶ。
 右手には、喫茶室への狭い階段があって、たいていいつも人が並んでいた。ぎぃぎぃ、ちょっとうごくと軋むような階段だったけど、それがまた、風情があってよかった。
 左手は、菊寿糖などを置いている店になっていて、「鍵善良房」のおおきな看板が掛かっていた。
 ふるい木造の柱や、壁は、店の中に入ると、ほんとに、ほっこりとして、温かい感じがして、ここちよかったのに。
 階段を上がりきると左に曲がり、喫茶室へ。
 喫茶室の床は、一歩歩く毎に軋むような床だった。
 喫茶室には、あの螺鈿の器といっしょにあつらえたような、螺鈿の調度品。
 喫茶室に入り、左に曲がり、奥へ、さらに左に曲がった角にあった円卓。
 これも螺鈿の円卓で、隣の人と袖がふれるくらいちょっと窮屈だったけど、その円卓で葛切りを食べるのが、だんなんはとても好きだった。
 さらに、奥には座敷。
 座敷からは坪庭、というよりは、屋根瓦が並ぶ京都の町が見えた。
 はぁ~(ため息)。
 
 老朽化や火災などの安全上、いろいろ問題があったのはあったんだろうけど・・・ああいうのも、京都という町の財産のひとつなのに。
 そりゃ、ね、民家がふるい町屋を維持するのは大変かも知れないけど、店をやってるんだからなぁ。
 やっぱり、ある程度の公共性、とか、京都の地で店をやってきたという歳月や伝統を感じさせるものにして欲しかった。
 といって、何でもかんでも古い民家を維持しろ、と言いたいわけでもない。
 建て替えるなら建て替えるで、パリのドン真ん中に建ててもひけをとらないような斬新な建築物ならよかったんだけどね。
(たとえば、ルーブルのあのガラス張りのビラミッド! あのピラミッド中で食べる、あの螺鈿の器の葛切り、すごくそそられる^^)
 どこにでもありそうな和風喫茶といった空間では、あの螺鈿の器も映えないし、むしろ、違和感。
 
 と、菓匠会のことよりも、建て替えのことではがっかりした、という話しになってしまった。
 
 
 
 京の庭  二條若狭屋
 
 京都の寺社の庭や坪庭には、はんなりとした風情があるとしても、ここまで写実的にしなくても・・・。
 はんなりとした情景を描写しているのだろうけど、このお菓子自体には、はんなりをだんなんは感じられないのが残念。
 はんなりとした情景を描写する、というのはもちろんとして、そのお菓子自体が、はんなりしているかどうか、も今回のテーマでは、大切なのでは?
 というか、たとえば、「ゆく春 鴨川をどり」の千鳥。
 たぶん、千鳥そのものは、お世辞にもはんなりしているとは言えない(と思う。もちろん、見る人によっては、野生の千鳥をはんなりしている、と感じるかも知れないが)
 けど、ああやって、ああいう姿の千鳥になることで、はんなりを感じさせてくれる。
 だんなんとしては、もともとはんなりとしたものを描写してはんなりをあらわすよりも、もともとははんなりもしていなければなんでもない、そんなものをはんなりと作り上げた物の方が、好きだし、そちらの方が作品としても高度かと。
 
 そこを、あえて、ということかも。
 こうして写真を見ている限り、たしかに、池に鯉がゆら~としていて、心地いい。
 けど、それまで、といえばそれまで。
 あの千鳥のように、いろいろと想いが広がっていかない。
 まあ、あの千鳥の姿は伝統的でありふれたものと言えばありふれたものだけど、そういうものが持つ、力。
 というか、長い間生き続けてきているからこそ、持っている力。
 そういうものもバカにならないな、と。
 
 絵画の歴史で言えば、写実主義は、カメラの発明によって無用の長物になった。
 写実なんて、所詮、カメラ以前のもの。
 そして、今、そこらの小学生だってカメラ付き3DSでパチパチ撮りまくっている時代。
 いくら実物の千鳥を写真に撮っても、干菓子の千鳥のはんなりは写せない。
 こういった京都の素敵な和菓子を食べるとき、知らず知らずの間に、食べる人は、そういうものをも求めているのでは?
 
 
    つづく・・・
関連記事
2013_07
18
(Thu)23:09
 去年は、画像をアップしたものの記事を書くのがいやになって半分ほどしか記事にしなかった菓匠会の献茶会。
 今年も、どこまで記事にできるか・・・(笑
 とりあえず、画像はすべてアップ終了・・・
 
 
 
 今年のテーマは・・・
 
 
 はんなり
 
 さて、どんなお菓子が展示されているか・・・
 (展示順)
 
 
 悠久の風情   総本家駿河屋
 右側の下の方、唐傘の上、画像のアングルが悪くてよくわからないかもだけど、赤いのは、鳥居。
 青紅葉に、紫陽花。
 左は、枯山水の庭、かな?
 たとえば、祇園と竜安寺の風情、とか。
 
 ミニチュアっぽくて、かわいかった^^
  
 この作品自体に、はんなりとした風情があるかないかは、見る人次第?
 とくに唐傘や鳥居が、ちょっと稚拙な感じのするところが、かわいい。
 ヘタウマって感じで(失礼^^)
 いちまの玩具にしたい^^
 
 今、あらためて見ていると、せめて唐傘と鳥居くらい、アップで撮ってくればよかったと思えてくる。
 
 
 
 ゆく春 鴨川をどり  先斗町駿河屋 
 もちろん、藤の花もお菓子。
 たまたま、つくったらししき人と、たぶん同じ職人さんだろうと思われる人たちと立ち話をしていた。
 「藤は、そんなに手を込んだことをしていない。アンペイとキザトウが、云々」
 だとしても、この藤も、もっとアップで撮ってくればよかった。
 
 実は、藤よりも・・・
 
 千鳥の落雁に惹かれてしまった^^
 ほしいな~。
 うちの、あの白い波の皿にこの千鳥を盛ったら・・・云々。。。
 
 鴨川をどり、僕は見に行ったことがない。
 先斗町の駿河屋さんにもいったことがないけど、先斗町だから、やっぱり、「はんなり」とくれば、「鴨川をどり」なんだろうね。
 ちなみに、千鳥は、その時の提灯の柄、みたい。
 
 けっこう写実的な藤と紅葉によりも、ちどりに「はんなり」を感じた。
 
 
 
 花の香  亀末廣
 まず、ちょっと・・・画像がひどい。
 撮り直せばよかったけど、まさかここまでとは、思わなかった。
 
 左上はうちわ。 
 右下が、松竹梅。
 右の中程は、桜。
 
 右上は・・・
 
 藤と・・・ 卯の花?
 
 左下は、波に漂う花。
 
 撫子
 
 
 菊
 そして・・・
 
 アザミ?
 
 亀末廣さんは、ちょっとお世話になったりしているので、これを見た瞬間、「あ、亀末廣さんらしいな」と。
 
 花の香という言葉も、風情があっていい。
 
 花の香を 風のたよりにたぐへてぞ 鶯さそふしるべにはやる
 
 なんて、ちょっと、友則さんの歌を添えてみたり。
 
 この中でも、とくに、はんなりって感じるのは、ひとつだけをアップにした、撫子。
 色といい、姿といい、なんとも、はんなりとしている。
 藤もいいけどね。
 
 全体的に、さらっと、さりげないけど、見ていると、いろいろな花の香りがほんのりと漂ってきそう。
 見る人にもよるだろうけど、この作品自体にはんなりとした気分がただよっていて、すごくいいなあ^^ 
 
 
つづく・・・
 
関連記事
2013_07
17
(Wed)21:18
 祇園祭の菓匠会・献茶会のあと、一昨日買えなかった長刀鉾の粽を買いに。
 
 
 粽をなど、グッズを買うと鉾を見学できる。
 会所の二階から、鉾に乗ることができるのだ!
 ただし、鉾に乗れるのは、男性だけ。。。
 
 というわけで、ニューハーフさんや、今はやりの「オネエ」なんかは乗れるのか乗れないのか、などとそんなことが一瞬頭をよぎるが、まあ、それはそれとして・・・
 
 と、ここまで書いて、昨日は挫折。。。
 
 あ~、今日(7/17)は、巡行だった。
 観に行きたかったなぁ(笑
 
 さて・・・で、会所の二階に。
 
 
 むかしの祇園会の様子を描いた軸や・・・
 
 
 祭壇・・・
 
 
 鍾馗さんの軸、他に、歴代の稚児さんの写真や、胴掛け、見送り、稚児さんの装束などが展示してあった。
 
 
 虫づくしの見送り。
 見送り、というのは鉾の後ろにたれたいる布。
 今たれてるのは、何代目かな。これとおなじ柄。
 
 
 北側(左側)の胴掛け。
 下右の「梅が枝」の絨毯は、14世紀のもので、世界に二枚しかないもののうちの1枚だとか。
 メトロポリタン美術館で、展示されたこともあるのだそう。
 それにしても、「梅が枝」の柄がなんかめずらしい。
 
 上の長刀は、鉾頭に実際に飾られていたもの。
 古いものです(笑(画像の説明の字が読めない・・)
 
 稚児さんの装束・・・
 
 明治時代のものだそう。
 絽。
 白鷺と杜若、かな。
 これもかわいいけど、もう一領、
 
 
 こっちがもっとかわいい。
 いちまに着せたくなる^^
 雪輪のなかに四季折々の草花、刺繍もあり、散らしてあるのが撫子。細い波のようなのは立涌で、絞り染め。そのほか、桔梗、タンポポなど。
 これも、絽。
 ほしいな~(笑
 
 他にも、
 
 
 こんな裃。
 麻。
 これは、禿さんの装束?
 
 
 袴。
 これは、雪輪の絽の前に置いてあったので、雪輪の絽を着てはいたのかな?
(かな? とか、? とかが多いのは、何の説明のプレートもなく、ただ展示してあるだけだったので・・・)
 
 と、言うわけで、いよいよ、鉾に乗ろう!
 くり返しになるけど、鉾は、女人禁制。
 会所の二階までは、女性も見学できる。
 ただ、奥さんの話では、奥さんが子どもの頃には、会所も一階までしか入れなくて、ぶーぶー言っていたのだそうだ(笑
 女が鉾に乗ると、巡行中に鉾が倒れる、というので今でも乗れない。
(月鉾は、乗れるみたい。他にも、乗れる鉾はあるのかも知れないけど、長刀鉾は未だに厳格。唯一、生き稚児さんが乗る鉾だから、それだけ神聖視されているっていうことなのだろう)
  
 
 
 胴掛けに注目。
 ほら、さっき展示してあったのとおなじ。「梅が枝」。
 
 
 こんな「橋」をわたって・・・(ちなみに、このおっさんは、だんなんではないです)
 
 
 床。
 後ろ側。
 こんなふうに、板一枚一枚に番号が振ってある。
 ちょっと見にくいけど、最後の「十三」の板には「西」と。
 (おっと・・・裸足が、だんなん(笑)
 
 
 前方の床板。 
 やっぱり番号が振ってあり、「一」で「東」。
 なんで、「東」や「西」が?
 最初は、鉾の前方が「東」を向いているから、番号とおなじで組み立てるときそういうふうに組み立てる印だとだと思っていたけど・・・。
 
 
 屋根への柱。松の金細工で飾られている。
 
 
 柱から天井へ。
 
 
 
 
 
 天井はこんなふうに、周りに枠があって、マスのように仕切られている。
 そのなかに、赤地に彩雲。
 じゃ、周りのこの升の中の金の丸いのは何かというと・・・
 
 
 
 これ、見覚えありませんか?
 北西の角にあるこれ、そう、「斗」。つまり、星座。
 もっとも、西洋のものではなく、中国から伝わってきた星座。
 それら星座が、ほぼ天上どおりの配置で、配置されていると言われています。
 天上の中心は、彩雲。というか、瑞雲。
 その周りを、ぐるりと星座。
 となると、この長刀鉾とは、宇宙を象徴的にあらわしているのではないか、と。
 床板の「東」「西」も、ただ組み立てるときの目印ではなく、この象徴的小宇宙の方位をあらわしているのではないか、と。
 そう考えると、長刀鉾が籤とらずの一番で、いまだに生き稚児が乗るというのも、なんとなく頷けるような。
 鉾と山の中で、宇宙を象徴するもっとも重要な鉾、というわけ。
 そして、その宇宙におこる森羅万象を、その後に続く鉾と山があらわしている・・・
 要するに、山鉾巡行とは、この宇宙のありとあらゆる物事を象徴的にあらわしている行列である、と。
 つまり、この巡行が秩序正しくおこなわれることこそ、この宇宙と世界を秩序正しくあるべき姿にすることでもある、と。
 まあね、宇宙と世界の秩序が正しくあれば、疫病なんかも起こらないわけだし。
 と、そんなふうに思うわけ。
 だけど、正しいかどうかは、分からない。
 単に、僕がそう思っただけ^^ 
 でも、そう思うと、なんか、山鉾巡行や祇園祭に、また、興味が湧いてくる^^
 
 さて、そんなことはいいとして、もうすこし、長刀鉾のディテールを・・・
 
 
 これは・・・星座に注目・・・
 そう、屋根のウラ、です。
 前側の屋根のひさしの裏。
 この下に、お稚児さんがいる、その屋根。
 鶴が描いてある。
 
 後ろの屋根のひさしの裏は・・・
 
 
 孔雀。
 そして、うちに帰って画像を見て気づいたんだけど、なんと、こんなところに、長刀を持った人形が(笑
 
 前が鶴で優雅に勢いよく飛翔するイメージ、後ろは孔雀であの尾羽をいっぱいにうち広げて・・・とそういうことでもあるような。
 鶴の首と翼、孔雀の尾羽。
 鉾にオーバーラップさせると、これまた、楽しい^^ 
 そして、この侍みまたいな形が、長刀を構えて背後を守護。しているかな?
 何者なのかね、この人は。
 装束からすると、武家のようで、位もそこそこ。大名クラス?
 
 周囲の手すり(高欄。囃子方が腰掛けているところ)の金細工。
 
 燕。
 

 猪。
 
 雨除けのビニールがかけてあって、残念。
 何でも、十二支とそのほかいろいろな動物・虫などが全部で三十六描かれている、そうな。
 
 
 
 結構高いので、ちょっとこわかった・・・。    
関連記事
2013_07
16
(Tue)01:36
 去年、ゴーヤにつかったプランター。
 続けてゴーヤをうえると連作障害になるかも知れないし、かといって土を入れ替えるのも面倒なので、別のものを何か栽培しよう、というので、植えてみたトマトの苗。
 
 今、桃太郎はこんな感じに。 
 
 (7/3)
 
 桃太郎二号の、第一段目。
 一番始めに、実がついた房。
 もう一息で食べれそう^^
 
 雨が降っているので、大丈夫かな?
 収穫前一週間ほどは、水をやらない方が美味しくできるらしい。
(ボルドーやブルゴーニュでも、収穫直前に雨が降ると水っぽい葡萄になって、ワインの出来に響く)
 トマトだと、実が割れたりすることもあるらしい。
 
 3日の写真だけど、4日の今日はもっとオレンジ色になっていた。
 結構、このオレンジ色が綺麗で、しかも美味しそう。
 
 
 6/13
 
 
 6/7
 
 
 5/30
 
 
 5/26
 
 
 5/17
 
 
 5/6 18:50
 
 
 5/6 15:26
 

 ******
 
 ところが・・・7/5

 
 
 な、なんじゃ? 猫かイタチに囓られた?
 ううっ 楽しみにしてたのに・・・
 
 その晩・・・
 囓られた?とはいえ・・・
 初収穫!! 
  
 
 
 囓られた?方は半分棄てて・・・
 
 
 
 
 まだ完熟していなかったとはいえ、とても美味しかった。
 流通している間に失われてしまういろいろな味がいっぱい。
 豊かで複雑な風味。
 酸味も穏やかで、ほんのりとした甘みとのバランスもいい。
 
 7/9
 
 そして、これはサターンの第1号果。
 こんなふうに割れてしまったけど、これは美味しい証。
 
 7/12
 
 これは、サターンの2号果。
 特大。
 いちまの顔くらいある(笑
 
 サターンも、桃太郎同様、買ってくるのでは感じられない風味がいっぱい。
 とても美味しい。
 
 今日(昨夜7/15)も、サターンと桃太郎を食べた。
 しかも完熟。
 桃太郎は、フルーツのように甘い。
 サターンは、桃太郎よりも酸味が多い。が、つん、と来るような酸味ではなく、とても良い酸味。
 どちらも、やはり、流通しているトマトでは味わえない風味、美味しさ。
 買ってきたレタスやキュウリなどと一緒に食べるが、これらのトマトは別物に思える。
 売っているものとは、別次元のおいしさ^^
 
 7/15 サターン
 
 
 7/15 桃太郎
 
関連記事
2013_07
15
(Mon)21:12
 先週、7/6に、紫野和菓子店巡りで、買ってきたお菓子。
 店の人が、希水は日持ちが一日、西湖は二日というので、希水はその日のうちに、西湖は翌日に食べた。
(あとで店のHP見たら、どちらも日持ちは4日だった)
 
 ささのか菓子 希水  きすい
 
 
 希なる水、という名のついたこのお菓子。
 この季節限定。
 笹の葉の香りがほんのり・・・
 
 
 
 見た目、何の変哲もない葛か何かのように見えるけど、なんでも、オオバコの粉で、笹とリンゴの絞り汁を固めたという、ちょっと聞き慣れない、希な感じのお菓子。
 オオバコって、地面に張りついて生えているような、丸い葉っぱに、花穂がつんとのびている、あの、草のオオバコ。
 
 どんな味がするのかな・・・
 
 つるつる、ぷるん、とした口当たり、のど越しよく。
 コシのある、独特の食感。
 ほのかにリンゴの風味の余韻・・・。
 
 
 れんこん菓子 西湖  せいこ
 外見は、希水とまったくおなじ。なので、写真は省略。
 
 西湖というのは、中国浙江省の西湖から、名前をつけたのだそう。
 とても蓮がうつくしい湖らしい。
 
 
   蓮の露を見て、よめる 
                      僧正遍昭
 はちす葉のにごりに染まぬ心もてなにかはつゆを珠とあざむく
 
 とまあ、蓮とはそんな花だったのかな。
 さて、それはいいとして・・・ 
  
 
 
 もっちり、ぷるん。和三盆の風味がさわやか。
 口の中に、ひっつきそうでひっつかない、粘りのある食感。
 つるん、ヒンヤリ。
 余韻に笹の匂いがほんのり。
 
 希水、西湖、ともに、オオバコ、蓮根からつくった、個性的な食感のお菓子。
 ただ、これだけを食べても、ちょっと物足りない感じ。
 菓子として、これだけで独立して完成しているか、というと、なにかそこら辺がちょっと弱い。
 やっぱり、料亭さんのお菓子なんだから、それなりのコース料理を食べて、デザートにこれらが出てきたら、最高。
 だね、きっと・・・ 
  
関連記事
2013_07
15
(Mon)20:16
 昨日(7/14)、京都へ。
 午後に着いて、亀屋陸奥さん → 大極殿さん → 大丸 で、買い物。
 ゆっくり買い物して、ついでに、祇園祭の宵宵宵山に。
 
 
 
 すごい人。
 今日の新聞(7/15)によれば、人出は、21万人だったとか(昨年は24万人)。
 右手前の鉾は、長刀鉾。
 
 
 長刀鉾のお囃子。
 
 四条通を、西へ。
 
 
 函谷鉾(かんこぼこ)
 
 「夜をこめて・・・」の清少納言の歌のもとになった故事、函谷関の鶏鳴に由来する鉾。
 籤とらずで、巡行では、長刀鉾に次いで2番目。
 
 
 月鉾
 
 鉾頭の三日月は18金だとか。
 「たしかに、巡行の時、月鉾の三日月はやけにきらきらしている」と奥さん。
 月読尊が祀られている。
 
 
  
 買い物して荷物もあったので、このあたりでそろそろ帰ろうか、と。
 
 
 長刀鉾。
 粽を買おうとしたら、売り切れ・・・。
 
 宵・・・山に来るのは、もしかすると、20年以上ぶりかも(笑
 ちょっと、テンションが上がるw
 
 
 いちまにお土産。
 
 祇園ちご餅  三条若狭屋
 大丸の地下で売っていた。
 
 ちご餅の由来は・・・三条若狭屋さんHP(下スクロールしてね)
   
 
 
 
 
 中に白味噌が入っている。
 白味噌、といっても、水飴と合わせてあって、味噌がとろんとたれたりしない。
 外の求肥は、もっちり、コシがつよい。なんか、ちょっとガムみたいな嚙みごたえ。
 白味噌が、きりっと。
 
 もともとは厄除けだったわけだけど、これはどうかな~^^ 
  
関連記事
2013_07
10
(Wed)21:37
 天の川  きんとん製   紫野源水
 

 
 薯蕷きんとんと聞いて、買うことに。
 買ったときは何も思わなかったけど、きんとんを横切るようにかけてある黄色い琥珀が天の川だとすると、そぼろが黄緑色なのはなぜ?
 笹の葉の色、なのだろうか?
 
 種は、黒粒餡。やや、小豆の皮が固い。
 今の季節柄、水分をたくさん含んだそぼろは、ねっとりとクリーミー。
 そぼろは、あっさりとした甘さ。よくなじんでいた。
 
 
 水藻の花(みずものはな) じゅんさい羹製  紫野源水
 
 
 じゅんさいをつかった琥珀。
 じゅんさいが、水草の花のよう。
 寒天の色あいとともに、みるからにとても涼しげ。
 じゅんさい入りというので、ちょっとめずらしい気がして、食べたくなった。
 
 寒天は、やはり、とても水を含んでいて、周囲は硬めでかたちを保っているが、半分に切ると、なかはほろほろととろけ出すよう。
 じゅんさいのまわりは、じゅんさい特有のあのとろみが覆っていて、つるん。
 ぷちぷち、っとじゅんさいの口当たり。
 口の中でほろほろととろけていく寒天、じゅさいが、つるん、ぷちぷち。
 ほろほろととろけたみずみずしい寒天の、透きとおったやさしい甘みと涼しさが、ほんのりと口の中に広がる。
 かすかに通り過ぎていく涼感に、食べた後、ほっとする。
 
 冷やしているわけでもなく、氷菓子などのように強烈に冷たいわけでもないけど、水の含み具合によるこんな涼感に、こころがなごむ。
 こういう涼感は、和菓子の神髄のひとつ^^
 
 
 葛焼き 葛製  紫野源水
 
 
 ちょっと雰囲気を変えて、堆朱の皿に。
 
 ぷるん、もっちり、さっぱり。
 上生の外郎のような口当たり。
 
 
 今回食べたどの上生も、澄んだ甘み。その甘みはシャープな感じではなく、ふわっとして、はんなり、やわらかくて、やさしかった。
 そして、水の含み具合がとてもよく、ほんのりとした涼感の余韻が、ほっと、しばし暑さを忘れさせてくれた。
 
 本家源水さんの名前の由来が、初代・近江屋源兵衛の「源」と近江と言うことで琵琶湖の水が豊か、その「水」から、ということらしいが、今回の三種はとくに、「水」を、ことに「甘露」のような水を感じさせてくれる素敵なお菓子だった。
 
関連記事
2013_07
07
(Sun)21:16
 昨日の 紫野 和菓子店 めぐり の 嘨月さんのところで、触れたお菓子。
 嘨月さんと言えば、上生菓子で名高く、ブログ記事やネットで紹介されているのも、上生菓子。
 これは、もしかすると、ネット初登場になるかもしれない(ニンマリ って、手前味噌な自慢話はいいとして・・・)。
 昨日、嘨月さんに行ったとき、ショウウィンドウに、季節の上生菓子とともに飾ってあった。
 これはもしかすると、と思って、対応してくださった奥さんらしき人に聞いてみると、今ありますよ、と。
 「いただけますか?」 「はい、どうぞ」というわけで、予約なしで手に入った次第。
 
 

 約6.5センチ×9.5センチの小さな小箱。
 ひっくり返すと・・・
 
 
 
 包みを解くと・・・
 
 
 さて、いよいよ、どんなお菓子なのか・・・ 
 
 京銘菓 福禄壽  嘨月
 
 
 和三盆糖と片栗粉、着色料だけでできた干菓子。
 
 
 福禄寿といえば七福神の神様のひとつだけど、このお菓子の面白いところ、おしゃれなところ、素敵なところは、こんな風に「福」と「祿」と「壽」のそれぞれが一個のキューブになっていて、そのキューブ一個一個が、おめでたい文字でもあるところ。
 
 
 
 「福禄寿」と三個並べてもいいし、一個ずつでもいい。
 
 大きさは、高さが約1センチ、縦横が約1.5センチ。と、小さめ。
 そこがまた、かわいい。
 
 小さいからといって、一口にするには、少し大きい。
 かりっと・・・かみわって・・・。
 口に入れたとたん、ふわっと、上生でも体験する、あのあかるく心ときめく感じ。
 口の中で和三盆がゆっくりしゅわ~と溶けていく。滑らかなところと、すこし粗めのところがあって、その口溶け、風味が、なんとも侘びた風情を感じさせてくれる(三色ともおなじ味)。
(イメージとしては、花は花でも、ピークを過ぎた花、っていう感じの侘び。萎れきった花ではなくて)
 
 
  
 綺麗で、はなやかなイメージがある上生だが、そういえば、と、おなじ侘びた風情が、実は上生にも秘められていたんだと、今さらながら思い当たった。
 綺麗で、華やかで、素材の良さを生かしていて、上質で・・・と上生では、生菓子であるが故に前面に押し出されてくるものが多くて、見えなかったところが、干菓子であるが故に、この「福禄寿」ではよく感じとることができた、という気がする。
 むしろ、上生で前面に出ているものにたいして、この侘びた風情こそが、嘨月さんの核なのでは、とさえ思えてくる。
 嘨月さんの核とも言えるこの侘びた風情のそのエッセンスを、たった1.5センチ角にも満たないこの小さなキューブにぎゅっと凝縮。
 小さな一粒とはいえ、食べ終わる頃には、目の前に、日常ではない、別の世界が広がっている感じがする。
 
 
  
 そして、その余韻の中で、一服の抹茶を頂くと、なんとお茶が感銘ぶかいことか。
 そう、抹茶が引き立つ、とか、抹茶が美味しくなる、というのではない。
 お茶という行為、今頂いたこの一服のお茶が、とても感銘深いのだ。
 
 って、特別なお茶などではなく、いつもだんなんが飲んでいる普通の抹茶、ゆる茶で点てて頂いたその一服。
 こんなふうに、いつもの一服のお茶が感銘深くなった、というのは、このお菓子が初めて。
 
 
  
 そして、こんなお菓子を食べると、「お茶(茶の湯)ってなんだろう?」って、またそこに戻ってくる。
 
関連記事
2013_07
06
(Sat)21:50
 亀屋陸奥さんと松屋常磐さんの松風を食べたので、それじゃ、もう一店、松屋籐兵衛さんの松風も食べたくなったので、奥さんと買いにいくことに。
 ついでに、せっかくだから、紫野近辺の和菓子店にも寄ってみようかな、と。
 
 京都から、地下鉄烏丸線で北大路駅下車。
 北大路駅から西へ、堀川手前の、

 

 嘨月 さんへ。
 鳳徳小学校の東南向かいにある。
 店の南側には、ショウウィンドウが。
  
 
 
 
 
 
 
 今つくっている 上生の、きんとん と 琥珀 の見本が。
 それだけでなく、干菓子の見本も置いてあった。
 嘨月さんは、完全予約制。
 まったく予約などしてなかったけど、とりあえず、店の中に。
 気さくな感じの奥さんらしき人が出て来て、少し話す。
 話していて、あるお菓子を買うことができた^^
 予約なしでお菓子が手に入れられたなんて、超ラッキー^^
 それに、もしかすると、ネットでは、かなりレアかも^^
 (食べログには、今日までのところ、登場していない) 
 そのお菓子は、後日。
 
 嘨月さんから堀川通りに出て、さらに西へ。
 すぐに大徳寺が見えて、大徳寺通りを南下。
 
 
 
 すると、なんかアンティークショップが。
 白馬 さんというらしい。
 なかに入って、さらっと店の中を見ると、アンティークではないが、ちょっといい感じの小皿が。
 
 
 堆朱のお皿。
 デパートなどで普通には見かけないし、雰囲気もいい。
 堆朱はもともと中国のもので、これも中国製。
 柄が古風でなかなかいい。
 おなじ堆朱のもうひとまわり小さいのに「1800円」の値札が貼ってあったので、いくらか聞いてみると、ご主人さんが「ええよ、おなじ値段で」というので、奥さん、僕と各一枚、計2枚購入。
 
 さらに、大徳寺通りを南下していくと・・・
 
 
 「な、なんだ~? いちま、って・・・」
 どうも寿司店らしいが、その手前の 泉仙さんの方も気になる。
 その泉仙さんの手前に、何だろう、泉仙さんがお菓子を置いている?
 
 なかに入って、でできた奥さんらしき人と話をして、実は泉仙さんではないと判明。
 大徳寺納豆をつくっている、磯田本舗 さん。
 
 
 どうも失礼しました・・・。
 試食した大徳寺納豆は、まろやかで、以前たべたことのある一休寺のものよりは、塩辛みもマイルド。
 三種類ほどある干菓子の中から、一種類選んで購入。
 
 さらに南下すると、角に、和久傳さん。
 
 でも、とりあえず、先に、角を東に折れて、松屋籐兵衛 さんへ。
 
 
 出て来たご主人さんらしき人に、松風を注文。
 店の中には、押し菓子に使った型木がずらっと飾ってある。
 

 これらは、古いものは江戸末ぐらいで、今では使っていない、とのこと。
 その中でも、面白かったのが、 
 
 この うど の型木。
 ほとんど、うどの原寸大。
 なんでこんな原寸大のウドの型木があるのか、よくわからない、とのこと。
 もしかしたら、お寺に納めるお供えのひとつとして誰かが注文したのかも。
 
 
 うどのとなりのこの宝珠もなんかちょっとスペシャルな感じの宝珠。
 味噌松風小(10個入り)を一箱購入。
 松屋常磐さんのことを聞いてみるが、「うちとはまったく関係ないんです」とのこと。
 
 さて、次は、紫野 和久傳 さんへ。
 
 
 和久傳さんは料亭だが、お菓子も置いている。
 ショウウィンドウには、
 
 笹ほたる というこの季節のお菓子が。
 ただ、なかに入って説明を聞くと、どうやら抹茶の羊羹らしいので、パス。
 抹茶入り、のお菓子は、どうしても抹茶そのものと比べてしまって、いままであんまりいいと思ったことがないので。
 
 と、店員さんが試食させてくれた期間限定のお菓子が。
 
 
 そのお菓子と、西湖を購入。
 
 
 さてさて、ここからもう二軒。
 一軒は、大宮通をさらに南下、鞍馬口にある、ここ
 
 
 聚洸 さん。
 最近何かと評判のお店。
 塩芳軒さんの次男さんがしてるとか。
 
 でも、今日は振られた。
 ここも、「今日は予約のみ」と言うことで、話だけを。
 予約は3日くらい前までに。
 休みは、日・水。
 主菓子だけしか置いていないそうだ。 
 
 聚洸さんから、東へ。
 新町通を北上し、北区総合庁舎北の、ここ
 
 
 紫野 源水 さんへ。
 やはり、気さくな奥さんらしき人としばらく話して、上生三個、水ようかん、松の翠などを購入。
 州浜と干琥珀を試食。
 州浜はオーソドックスな感じ、干琥珀は、抹茶味、ミント味など、今時風。
 
 北大路駅へ戻り、四条大丸で食事をして、そのほか衣料や日常品、地下でおばんざいを買い、帰宅。
 
 帰宅後、ゆる茶で、源水さんの上生三個を食べる。 
 
 購入したお菓子については、後日、気が向けば、アップするつもり。。。
関連記事
2013_07
04
(Thu)20:36
 梅雨。
 気温はあんまり高くないけど、なんか、むし~っと。
 で、いちまも、そろそろ絽にお着替えしたい~、というので。
 
 ジャン!!(て、別に効果音はいらないか・・・)
 
 
 
 はーい、奥さんのお母さんのもと帯だった、牡丹と読み本の絽。
(お端折りのところの、菊の花との青いところ。ここが、実は、本の表紙になっている。また、右袖の藤色のも。古典的な柄なんだけど、今時の振り袖にはまったく見ない?)
  
 そして、帯は・・・そう、先月8日に、亀屋良長さん、新釜座通りに行ったときに買った二本の帯の一本
 これも、人間の帯揚げ。
 縮緬の単衣にはあわなかったが、この絽になら、まあまあ。
 
 こうしてみると、赤い絞りの帯(揚げ)に見えるかも知れないけど、赤い絞りの部分は全体からするとほんの少しだけ。
 
 
 
 大半は、この抹茶色。
 抹茶色の絞りに、斜めに三カ所ほど赤い部分が入っていて、そこには梅などの花の模様。
 
 
 
 それにしても、やっぱり、赤い帯はにあって可愛いな~、いちまぁ^^
(今日は、さすがに、ムカデはしのばせていなかった・・・ ほっ。。。)
 
関連記事
2013_07
04
(Thu)20:13
 先日、亀屋陸奥さんの松風をブログにアップしたら、「これもいかが?」と勧められた、と奥さんに話をしたら、たまたま、翌日、奧さんが買ってきてくれて、食べられることに^^

味噌松風  松屋常磐 
 
 
 面白いことに、亀屋陸奥さんが「松風調進所」で、こちらは、「御菓子調進所」。
 なにか意味があるのか?
 
 そして、もうひとつ面白いことに、「平安京堺町御門南入」と。
 確かに、平城京とも言うので、京都を平安京というのは、「京都」というよりは、実は、歴史的にはより正確なのかも^^
 
 それに、もうすこし言えば、松屋さんは、
 
 と、手提げぶくろにあるように、「松屋常磐山城大掾」というのが正式な名称、らしい。
 「大掾」というのは、むかしの官職。
 地方官の官職で、守(かみ)、介(すけ)、掾(じょう)、目(さかん)とあった、三番目の掾という官職をもらっていたのだろう。
 山城国の大掾。
 たぶん、御所に御菓子を献上するので、庶民では、ということで官職をもらったのだろう。
 「亀屋陸奥」さんの「陸奥」も「陸奥の掾」だから。
 他にも、たとえば、俵屋吉富さんとか、俵屋になる前、播磨屋といっていたが、これも播磨大掾に由来する。
 
 ま、それはいいとして、、亀屋さんの方は本願寺の顕如さんで、こちらは大徳寺の江月和尚さんからの伝授だとか。
             → 京名物 百味會 松屋常磐 HP
 
 
 
 包装紙をとくと、こんな箱が。
 「紫野」というのも気になるけど、これは、きっと、大徳寺の江月和尚さんから伝授されたから。
 みなさんご存じの通り、大徳寺があるのは、紫野。
 だから、「箱書き」からすると、「紫野・大徳寺風味噌松風」 ということになる(笑
 
 さて・・・どんな松風かというと・・・
 
 
 箱一面に・・・
 

 
 これがなかなか・・・包丁で切ろうとすると、ねっとりと・・・。
 ずっと研いでない包丁だから、断面がぽろぽろに(笑
 ちょっと振りかけてあるのも、ケシではなく、こちらは黒ごま。
 
 一口、ぱくりと・・・率直な感想は、一言で言えば、黒糖蒸しパン のような。
 風味、口の中での粘り・もっちり感、それから、黒ごままで・・・。
 でも、黒糖蒸しパン じゃなんかなぁ・・・と思うので、何切れも食べてみたけど、やっぱり、黒糖蒸しパン・・・。
 
 また、亀屋陸奥さんの松風は、戦闘時の糧食という面影を残しているが、こちらは、徹頭徹尾、御菓子。
 非常食に食べたい、という雰囲気にはならなかった。
 糧食でもあった元祖松風が、御菓子へと進化し、深化したという感じ。
 生地にも味噌が練り込んであるみたいで、そんな色、風味。
 味噌の味は濃いめで、甘さも甘め。
 亀屋陸奥さんの松風とは、似て非なるもの。
 ただ、あとひくのは、おなじ^^
 
 南の本願寺で戦時中にできた松風が、江戸に入った平和な北の大徳寺ではこうなる、ってことなのかな^^
 平和で豊かになると、噛まなくていいものが好まれるのは、江戸時代もおなじ?
 
 
 で、このあと、「どっちが好きかと言われれば、亀屋陸奥さんの松風かな」と書いて、アップしようと思っていた(7/3)。
 
 ら、アップできなくて、今日(7/4)、賞味期限最終日の 味噌松風を食べると・・・
 なんか、えらく印象が違う。
 
 奧さんが言うには、「チーズケーキみたい」と。
 確かに、こんなチーズケーキがあっても不思議ではない。
 風味も、昨日までは、砂糖の甘みが浮いた感じがしたし、味噌の味ともバランスが悪かった。
 部分によって味に偏りがあったのか、甘みや味噌がなじんできたのか、食べてるこっちがチューニングしたのか・・・とにかく、昨日までの 黒糖蒸しパン、はいったい何だったんだろう、って感じで。
 黒糖蒸しパンのままだったら、リピートはないなぁと思っていたけど、これだったら、また、食べたくなる。
 
 味噌で味付けしてあるなんて思えないような、個性的な風味と口当たり。
 まあ、チーズケーキと言われれば、それに近いかも。
 どちらかといえば素朴な亀屋陸奥さんのところのよりも、お菓子として、進化・深化して、洗練されている。
  
 
 
 京都水族館限定 「鮎の流れ」(笹屋伊織)のなかの、観世水の落雁と。
 八つ橋にみたてて^^
 
関連記事
2013_07
02
(Tue)22:11
 水無月 亀屋廣和 
 
 
 
 
 たべたのは、6/28。
 
 白 上 と 黒糖 下。
 ここも、ラインナップは、オーソドックス。
 
 小豆の乗りが、やや、粗い。
 小豆の乗りは、店によっていろいろ。
 もっと粗くて、ぱらっ、という感じのところもある。
 
 氷に見立てたお菓子に、小豆を載せるのは、小豆に魔除けの力があると信じられていたから。
 
 水無月、実は、もとは、今のように綺麗に精製した砂糖や小麦粉のなかった時代のものなので、黒糖のような色をしていたらしい。
 白い台ののほかに、黒糖のがあるのは、そんな名残っていう一面もあるのかも。
 
 亀屋廣和さんのではないが、今はあるかどうか知らないけど、苺味というのもあった(笑
(五建さんの苺味。噂では、まだ、新幹線のお土産売り場にあるとか?)
 
 ぷるりん、つるりん、のどごしいい外郎。
 風味は、どちらも素朴。
 
 
 それはそうと、亀屋廣和さんのところについて、以前のブログで誤解が。
 「亀屋廣和」の前に、「御菓子司」がつきます。
 ただの町のお菓子屋さん、ではなかったのでした。。。
 
 
関連記事
2013_07
02
(Tue)21:49
 もう、6月30日も過ぎてしまったので、ブログネタとしては、ちょっと、季節外れだけど・・・。
 食べたのは、6/29。
 
 水無月  老松
 
 
 老松さんの水無月。
 こんな箱に入っていて、4個入り。ばらでは売ってなくて、一箱(4個)単位で。
 
 
 
 台が、白い外郎のものと黒糖のものが、2個ずつ。
 
 
 
 大きさは、というか、面積は普通のものよりやや小ぶり。
 ただ、台の厚みが分厚くて、1.5倍くらいありそう。
 それに、小豆もみっしり。
 
 外郎の台は、上生の外郎のような口当たりと上品さ。
 もっちり、ねっとり、なめらか、ただし、ぷるん、はない。
 粒小豆も、大粒、風味もしっかりしているが、甘すぎず。
 後味に、この小豆の風味がながい。
 
 水無月は、京都の和菓子屋なら、たいてい猫も杓子もだしていると思うけど、老松さんの水無月は、なんというか、たかが水無月、と侮ることなかれ、って感じ。
 
 なに、といってガツンと来るところはないけど、とても、印象深く、心に残る。
 6/29に食べたのだけど、今書いていて、ほんのりと口の中にその時の印象が蘇ってくる。
 
 そこそこ、水無月もいろいろ食べたけど、今のところ、「水無月、まず何が食べたい?」と聞かれたら、「老松」って答えそうな雰囲気(笑
 (ほかには、五建さんとことか)
 
 
 
 でも、白よりももっと気に入ったのが、この黒糖。
 生地は、白よりも、つるんとしていて、ややぷるんもあって、なめらか。
 みずみずしい黒糖風味が、口の中いっぱいにあふれるよう。
 でも、もちろんえぐみなどはないし、くどくもない。
 黒糖の上澄み、って感じで、透きとおった黒糖の風味。
 あえて、「むちゃくちゃうまい」と(笑
 (美味しいことが当たり前なので、こんなことを言っても仕方ないけど)
 お茶、ことに緑茶があれば、最高のマリアージュ(笑
 
 さすがに、値段もちょっと張る?
 4個税込み1048円 という、不思議な値段。。。
 (税込み、1個250円で、箱代が税込み48円? 税込み1050円から2円おまけ?)
 
 1個250円で買えないところが、不便かつ、値が張る、と感じてしまうところ。
関連記事