2013_09
20
(Fri)01:37
 9/19は、仲秋の名月。
 といえば、月見団子。
 
 
 夜半の団子  仙太郎
 
 漉し餡。
 
 そして、粒餡も。
 
 
 なぜ、夜半の団子、というかというと、白い団子が「月」、黒い餡が「夜空」なのだそうだ。
 で、せっかくなので、月を見ながらたべようか、と。
 ただ、パーゴラに今はシェードが張ってあるので、デッキからはせっかくの月が見えない。
 なので、庭で観ることに。
 
 
 月ですw
(あまりにも影がくっきりうつるので、梶井基次郎の「Kの場合」だったかなを、思い浮かべたり・・・。あの、ドッペルゲンガーの話、ね)
  
 
 普段は箱入り娘のいちまも一緒に^^

 
 
 仙太郎のは、やっぱり、餡にやや雑味を感じる。
 以前は、粒餡はちょっとえぐみもあったけど、今回は、粒餡の方が美味しかった。
 この雑味がなくなって、今夜の月のように澄んだ風味になったら、もっと食べるのになぁ。
 
 
 栗蒸し  仙太郎
 蒸し羊羹の上に渋皮ごと焚いた栗が乗っている。
 水無月のような三角形で、これは、半分に切ったもの。
 これも、月を観ながら。 
 やっぱり、すっきりしない。雑味が多い。
 
 
 芝には夜露も・・・(白い、つぶつぶ・・・)
 
 せっかくなので、双眼鏡で月を観てみた。
 双眼鏡の片方にデジカメのレンズを当てて、ズーム・・・
 
 
 
 月の中、何に見える?
 奥さん「なんか、今日は兎に見えないなぁ。カニに見える」
 だんなん「ライオンが兎の尻をかじっているように見える・・・(むかって左がライオンで、右が兎。兎は逆さまになっている)」
 壬生忠岑「久方の月の桂も秋は猶もみじすればや照りまさりなむ(月には桂の木が生えていて、その桂が紅葉するので、秋の月はいっそう照り輝くのだろうなぁ)」
 いちまは、何に見えるかな?
 決まってる・・・? 次のお菓子・・・(笑
 
 
 月を観てもの思いに耽る? いちま・・・
 
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2013_09
16
(Mon)20:21
 9/13にちょっと京都に行ったので。
 高島屋の地下でみて、本店で取り置きしてもらった。
 
 初かり  葛製  末富
 
 高島屋の地下にはなかった。
 
 黒糖を混ぜた葛に、百合根がはいっている。
 その百合根を、雁に見立てている。
 夜をわたる初雁。
 
 
 
 もっちり、まろやかな黒糖。
 百合根はしゃきしゃきとして、ほろ苦い。
 そのほろ苦さの後に、また、黒糖の甘みが広がる。
 
 購入したときはあまり暑くもなかったが、帰宅すると、とても蒸し暑くなっていた。
 ので、とても美味しく食べることができた。
 「萩餅」(道明寺製)も本店にはあり、ここまでまた蒸し暑くなるなら、買ってくればよかった、と。
 
 
 白露(はくろ)きんとん  末富
 
 高島屋の地下にはなかった。
 
 野に置く白露。
 銘が「白露」とあるせいか、幾分、寒天のつゆが大粒のように思える。
 
 
 そぼろは、水分が多めで、やわらかい。
 種は漉し餡。そぼろとおなじくらいの柔らかさで、まろやかな甘み。
 口に含むと、ほんのりとした温かみが感じられる。
 
 これくらいの暑さならきんとんも、と思って買ったけど、帰ってきてとても蒸し暑くなった。
 ちょっと後悔したが、それでも美味しく食べられた。
 
 野分(のわけ) こなし製  末富
 
 高島屋の地下で目にして、食べたくなった。
 ただ、高島屋の地下では3個セット。
 さすがに、同じ物ばかり3個も、というので、本店へ行った。
 
 
 野分。
 かたちのないものをかたちにするのが、末富さんはとても上手。
 菓匠会でも、何度もはっとさせられた。
 この野分も素晴らしく、かつ、美しい。
 野分の吹く様を目に見える形にしたら、さもあらん、といった感じ。
 
 種は、漉し餡。
 生地は、さほどもっちり、粘りもなくて適度な感じ。
 絞った先の、「くるん」と「かすれ」の感じを出すために、このやわらかさなのだろう。
 こなしを食べるには蒸し暑かったかも知れないが、食べてみると、口から喉にすぅっと、一陣の風が。
 
 他には、薯蕷巻の「月兎」が食べたかったが、これも、高島屋の地下では3個セット。
 ただ、本店はすでに売り切れだった。
 
 そのほか 鳴子薯蕷 外郎製の花(銘は忘れた)などがあった。 
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2013_09
16
(Mon)00:47
 宝づくし  亀屋清永
 菓匠会(7/16)に買ったお菓子。
 賞味期限が10月半ばまでということなので、開けずにとってあった。
 あの清浄歓喜団の亀屋清永さんの干菓子。
 果たしてどんな感じかな。
 

 箱。
 亀末廣さんのミニ「京のよすが」みたいなかわいい、綺麗な箱。
 大きさもおなじ。
 「宝づくし」なので、七宝柄なのだろう。
 
 
 
 
 
 
 入っていたのは、五種類のたからもの(一品3個、計15個)。
 可愛いお菓子^^
 この五種類以外の宝物もあるのかどうかは、不明^^
  
 さて、何が何か、わかるかな?^^
 
 分銅(アイボリー色)
 打ち出の小槌(黄緑色)
 宝珠(青紫色)
 隠れ蓑(オレンジ色)
 金囊(ピンク色)
 
 日にちが経っているので、ちょっと硬くなっているのかもしれない。
 こりこり、すぅっと和三盆糖のさわやかさ、透きとおった甘みが口に広がる。
 
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2013_09
12
(Thu)01:11
最近観たオペラ。テレビで。
 クラインドボーン音楽祭 2013 歌劇「イポリットとアリシー」 ラモー
 バイロイト音楽祭  2013 歌劇「さまよえるオランダ人」 ワーグナー
 ザルツブルク音楽祭  2013 歌劇「ドン・カルロ」 ヴェルディ
 と、全部、NHKのプレミアムシアターなんだけど(笑
 
 「イポリットとアリシー」は初めて。
 これは、演出が面白い。
 ある意味、フロイトが精神病患者の内面に神話を見たような、そんな世界。
 神話を扱ったオペラに、現代の日常生活の演出をすることによって、現代生活の中に「オペラ」を見いだそうとする試みか、と観た。
 
 「さまよえるオランダ人」の演出も「イポリット」に似通っていた。
 伝説のような、神話のような「さまよえるオランダ人」の逸話。ワーグナーの芸術、至上の芸術が、このオペラでは、産業資本主義にのみ込まれて、安っぽいフィギュアに象徴される売り物、玩具、そんな資本主義社会における生産物に成り下がってしまう。
 
 と、この二本、これまでの歌唱中心の直球オペラはもう終わり、とあたかも宣告しているかのよう。
 
 と、そこで、ヴェルディの「ドン・カルロ」。
 オペラの中のオペラ。もっとも偉大なオペラのひとつ。
 けど、このザルツブルクの「カルロ」はまったく、ダメ。
 演出は、ある意味、オーソドックス。衣装も、それなり。でも、これじゃ・・・。安っぽすぎる。
 俳優も、まったく、手のつけようがないくらい。
 オケも薄っぺらい(あとで、ウィーンフィルとわかって、二度びっくり)。
 要するに、この指揮者さん、ヴェルディのことがわかってない。
 ヴェルディをワーグナーのように歌わせ、弾いてどうする? ってな感じ。
 ヴェルディの中でも、この作品は、ヴェルディお得意の二律背反の宝庫みたいな作品。
 主な登場人物の誰もが、二律背反の引き裂かれた自己を抱えている。
 とくに、カルロ、エリザベッタ、フィリポ二世は。
 なのに、だれもその引き裂かれた自己をアリアで表現できていない。
 オケも、表現できていない。
 たしかに、こんなのだったら、先に見た「イポリット」や「オランダ人」みたいになるしかないのかも知れない。
 
 でも、このザルツブルクの「ドン・カルロ」。
 逆にイタリアオペラとはなんぞや、というのをよく理解させてくれた。
 これを観ながら思っていたのが、ムーティ指揮、パヴァロッティ=カルロ、ミラノ・スカラ座の「ドン・カルロ」。
 で、また、観直してみた。
 やっぱ、イタリアオペラはこうでなくっちゃ!
 セットも豪華、衣装も豪奢。どのシーンをとっても、たとえば、ベラスケスのような当時の絵画を見ているかのよう。
 ただ、セットや衣装が豪奢というのではなく、俳優の仕草や物腰も優美で優雅。
 そして、何よりも歌唱とオケ。
 微妙なニュアンスまで表現している。そう、あのアンビバレンツを。
 イタリアオペラは、演出なんかで誤魔化せない。
 むしろ、歌唱は直球勝負で、舞台や衣装や演出もその時代をどれだけリアルに描けるか。
 
 そういう点で言うと、やっぱり、ザルツブルク音楽祭の「ドン・カルロ」は、ちょっとねぇ。
 ドイツでやるイタリアオペラって、どうも、納得できないものが多い。
 セットや衣装はちゃち。
 演出も、奇抜だけど、説得力がない。リアリティがない。結果、演出だけが一人歩き。時には、内容と矛盾したりしている。
 そして、歌唱。
 なんでか、誰もが、ワーグナーの英雄のような歌い方。
 今でもそうなんだろうか?
 イタリア式の発声と、ドイツ式の発声があるそうな。
(日本はドイツ式だと聞いたことがある)
 グロベローヴァは以前ドイツ式だったけど、イタリア式にしてとてもよくなった、と聞いている。
 それに、今回のザルツブルクの、配役もキテレツ。
 カルロの声、暗くて、太くて、胸声が強くて、リゴレットでもやったらよさそう。しかも、ロドリーゴと声の質が似ていて、被ってしまう。
 エリザベッタも、まるでワルキューレか? なんかヒステリックな声質。そりゃ、こういう声はヒロイックに劇をもり立てやすいかも知れなすけど、エリザベッタはそういう性格ではないだろう。そして、このドラマも、そんなふうにストーリー的に盛り上がるものでもない。
 
 パヴァロッティの「カルロ」で、やっぱり、イタリアオペラはいいな~、と再認識、再感動。
 で、次は、フレーニがエリザベッタのを観ようかなと。カルロは、ドミンゴ。指揮は、レヴァイン、メトロポリタンの。
 
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2013_09
08
(Sun)00:45
 9/6に、千少庵展のあと、聚洸さんへ。
 きんとん、葛は売り切れ。
 初めてなので、売り切れていなかった残りの4種をすべて試してみることに。
 1個320円(税込み)、大きさはややこぶり。

 萩  外郎製  聚洸
 
 これは、萩の葉をかたちどっているのだそうだ。
 わからなかったので奥さんが聞いた、この答えに、だんなんは、ちょっとかわった感性の店だと感じた。
 種は白餡。
 口に含んだとき、なんとなく酸味のようなものを感じた。どうやら、外郎にゆずの風味がつけてあるようだ。
 外郎は柔らかく、すこし粘りがある。
 ゆずの風味のせいで、外郎の風味が失われているのは残念。
 できれば、余計な風味付けはなしで、外郎そのものを味わいたかった。
 萩をかたどり、萩という銘で、外郎にゆずの風味付け、というのは中途半端。
 また、俵屋吉富や鶴屋吉信などの京都の大手の菓匠の物にくらべても、気品がかけている。
 このゆずの風味付けは、俗っぽかった。
 
 
 良夜  道明寺製  聚洸
 
 氷餅粉をまぶした道明寺に、すすきの焼き印。
 画像よりも、もうすこし緑がかっていた気がする。
 この姿に、「良夜」という銘は、ぴんとこないものがある。
 すすきの野原に秋の月、といった風情を表しているのだろうか?
 月とすすきというのなら、たとえば、丸い黄身時雨にすすきの焼き印。ならば、なるほど、と思える。
 が、これは、いかがなものか。
 なぜこれが「良夜」なのか、よくわからない。
 種は、黒漉し餡。
 道明寺は、つぶつぶ感はない。ぷに~ととろけるような食感。道明寺っぽくない、ある意味、つるん、ぷるんとした夏の餅として、新しい食感かも知れない。
 漉し餡も、そんな道明寺にあわせて、かなりゆるめ。
 ただ、道明寺としては、奥さんの言うとおり、潰しすぎ、ともいえる。これでは、道明寺としてのどうか、という奥さんの言い分にも頷ける。
 また、これも気品にかける気がした。
 
 
 白菊  羽二重  聚洸
 
 この羽二重には、ある意味期待がふくらむ。
 聚洸さんは、あの塩芳軒さんの次男の方がやっている。
 塩芳軒、といえば、とても印象的だった、羽二重製の福梅を、だんなんは忘れることができないので。
 さて、この羽二重の白菊は果たしてどうか。
 
 光琳菊を写した、菊の主菓子としては、見た目は古典的でオーソドックス。
 種は黒漉し餡。
 口に含むと、羽二重は、まるでホイップクリームか、マシュマロをもっと泡立てて儚くしたように、口の中です~と、漉し餡とともに溶けていく。
 とても個性的で、見方によっては、斬新ともいえる食感。
 この食感には、やや感動。
 ただ・・・。
 たとえば、今のこのお菓子に「銘」を与えるとすれば、こんな感じ。
 「淡(泡)羽二重の白菊仕立て」とか。
 これじゃ、まるで、料理のメニューみたい・・・だけど、まさに、そんな「銘」がふさわしい感じ。
 つまり、姿・銘にたいして、風味・食感にどうしようもない違和感が残る。
 妙な言い方をすれば、和風パティシエとしては、腕は立つが、和菓子職人としては・・・疑問が残る、といった感じ。
 逆に、この食感、風味を生かしたいなら、それにふさわしい姿なりと銘を持ってこないと。
 ひとつは、今までにないまったく新しい姿なり・銘を考案するか。
 もうひとつは、もっと風味・食感と姿なり・銘の結びつきに心を配り、ただ和菓子にとどまらず、いわゆる古典的教養をもっと身につけるか。
 たとえば、この食感なら、まるくしてへらめを「V」につけて「ゆきうさぎ」とか。
 あるいは、はかなさを「夕顔」と見立てる。もちろん、姿も、夕顔をかたどる(綻びかけた夕顔の花がいいかも)。
 または、季節をかえて、シンプルに丸くして「泡雪」とか「雪餅」とか。
 とにかく、姿なり・銘と、食感・風味との齟齬・乖離が、激しすぎる。
 「白菊」を食べたはずなのに、風味・食感が、せっかくの「白菊」のイメージをぶちこわしてしまう。
 これでは、せっかくの腕がもったいない。
 ただ、風味・食感的におどろきや感動がある、といった今時の料理やスイーツと、主菓子、上生は違う。
 姿なりや銘は、風味や食感のオマケではない。
 姿・銘・風味、この三つの要素がバランスよく整い、調和したところに、上生・主菓子の妙味、神髄がある。
 「淡(泡)羽二重の白菊仕立て」として出すならともかく、また、そんなレベルに満足するのならともかく、上生・主菓子として出すのなら、もっと姿・銘についてもさまざまなものを勉強して欲しいものだ。
 この個性的で、見方によっては斬新な食感に、しっかりと調和する姿・銘がきたら、これはとても面白いことになりそう^^
 
 
 着せ綿  練切製  聚洸
 
 これも、古典的な姿のお菓子。
 菊の節句(重陽の節句)に、菊の花の上に綿を置き、その綿が吸った菊の露で体を拭いて長寿を願う、という雅な宮中行事に由来する。
 菊の花の上に綿を置いた姿をかたどっている。
 また、菊は、「古今」などでは、長寿とともに気品のある花としても詠まれている。
 となれば、そういう菊のイメージをぶちこわしてしまうような風味・食感では、いけない。
 
 種は、黒漉し餡。餡を薯蕷入りの白餡が包んでいた。
 綿の部分は、薯蕷入り。
 個性的な、癖のある風味の薯蕷。とんがっている(笑
 今まで、ふくよかな薯蕷きんとんや、澄んだ風味の薯蕷きんとんはたくさん食べてきたが、この風味は、それらと一線を画している。
 その意味では、面白い。
 が、やはり、この風味が、「着せ綿」をぶちこわして台無しにしてしまう。
 
 ふつう、練切りや、ことにこなしは、極力風味を抑えている。ほんのりと風味がする程度にしているのは、粘土のような素材なのでいろいろな姿をつくることができる、いわば、その自由度と抽象性のため。
 大袈裟に穿った見方をすれば、ほんのりとしたある意味無個性的な風味のこなしに、姿と銘が、その姿と銘にふさわしい「幻想の風味」を添えるのが、こなし製のお菓子。
 そういう意味で言えば、この「着せ綿」は、そんなこなし製のお菓子のあり方を真っ向から否定している。否定しないまでも、そんなあり方に挑戦しているように見える。
 そこは面白い。
 が、その結果、「着せ綿」の姿と銘を台無しにしては、元も子もない。
 なぜ、わざわざ「着せ綿」という姿と銘を借りてくるのか。
 主菓子、上生として、「着せ綿」がすでにあるからか。この季節になったら、このお菓子を出すのが、慣例であり、京都の菓子司としてあたりまえだから?
 とにかく、この個性的である意味斬新な風味をいかす、姿・銘を探し当てなければ。
 そのためには、繰り返しになるけど、古典的教養をもっと深め、かつ、姿・銘と風味の結びつきについてもっと思索し、認識を深めるべきではないか、と。
 そんなふうにして、五年ほどしたら、これはかなり面白いことになるかも^^
 
 
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2013_09
07
(Sat)15:27
 昨日(9/6)、久々に、京都堀川寺之内の茶道資料館へ。
 今、千少庵の四百年忌記念の特別展をやっている。
 
 千少庵、あんまり聞き慣れない人もいるかも知れないけど、利休さんの養子で、娘婿さん。
 千家中興の祖といわれる、千宗旦の実父。
 宗旦の子が今の三千家の祖となっているので、少庵がいなければ今の三千家はなかったかも知れない。
 
 茶杓とか、茶碗とか、釜、水差し、消息などが展示してあった。
 長次郎作 利休所持の黒楽、銘しころひき は、和んでなかなかよかった。
 利休・道安(利休の長男。堺千家を継いだ)所持、三島茶碗 銘三島桶。ちょっとかわった三島。姿なりは、黒楽風に思えた。三島の模様も、個性的。利休が好みでつくらせたのかと、思えた。
 茶杓は、どれも、薄く、小さく、繊細。かいさきも小さい。繊細だから、丁寧に、慎重に、心を込めて扱わなければならなくなる。そこが、ポイント、と思えてくる。
 信楽水指 銘さひ介は、玩具みたいで、かわいい感じ。玩具、というか、陶芸を始めた人がなんとか上手につくりました、みたいな雰囲気。
 唐物茶入れの洗練の極地のような完璧さ、と、こういった国焼きの稚拙な雰囲気。両極端が同居しているのが、当時のおもしろさ、みたいな。今時の道具には、どっちの雰囲気もないかも。
 二代与次郎 少庵所持の四方釜。肌と姿がよかった。カドが立っていた(笑
 
 展示品についてはこのくらいで。
 きりがなくなってくる。
 
 さて、茶道資料館の展覧会でのもうひとつの楽しみは、呈茶。
 今時、京都の茶房などで、抹茶とお菓子をとなると、800円くらいするところもある。
 茶道資料館は、入場料が800円。
 これで、展示も見れて、お茶・お菓子も頂ける。
 もし展示に興味がなくても、呈茶だけでも価値がある(笑
 
 呈茶席からはこんな庭も望める。
 (これは、庭に出て撮ったけど)
 
 
 軸、道具。
 
 「月白清波濤」(月は白くして波濤を清くす、とでもよむのかな?)
 花は南蛮ぎせる、おみなえし、すすき。南蛮ぎせる、ってちょっとめずらしい(写真では、まったく何かわからないけど^^)。
 
 茶席は、立礼。
 客席も、机と椅子。
 タイミングが合えば、この道具で亭主が点ててくれたお茶をのむこともできる。
 今回、だんなんは、点て出しだった。
 
 
 菓子  秋の和み 餅製  鼓月
 頂いたお菓子。
 小豆のような色の餅の表面に胡麻をふり、焼き目がつけてある。
 焼き芋をかたどってあるのかな?
 種は、粒餡。
 餅は、ぷちっと歯切れよく、餡もやさしい風味。
 秋の和み、という銘にピッタリ。
 それにしても、お菓子のことを聴いたとき、「コゲツ」という答え。
 京都で、「コゲツ」といえば「鼓月」さんなので、そう思ってそれ以上聞かなかったけど、後で「ほんとに、鼓月?」と思えてきた。
 「鼓月」さんといえば、「千寿せんべい」で有名で、そのイメージが強烈。他にもいろいろ出しているみたいだけど、あんまりお茶の主菓子、というイメージはなかった。
 ので、すこし驚いたとともに、「ほんとに、鼓月?」って。
 
 もし、誰か行く機会があったら、聞いてみてください。
 「あの、千寿せんべいの鼓月さんですか?」って(笑
 
 お茶は、小山園の「松柏」。
 茶道資料館は裏千家なので、鵬雲斎大宗匠御好のもの。
 
 茶碗
 
 奥さんに出された茶碗
 信楽焼き茶碗  つくったのは、元首相の細川護煕さんだそうだ。
 
 
 だんなんに出された茶碗
 利茶土(リチャード)窯 
 
 
 
 アメリカ人のリチャード・ミルグリムさんの窯の茶碗。
 今は、京都の日吉にだけ窯を持っているが、以前はアメリカにも持っていた。
 これは、そのアメリカの土、アメリカの釉薬で焼かれたもの、だそうだ。
 アメリカの陶器、といわれてもあまり興味が湧かなかったので、それ以上何も聞かなかった。
 
 他の道具についても聞けば教えてくれたと思うけど、まあ、なまんとなくこんなところで。
 茶房などでお茶・お菓子セットを頂くのとは、ひと味違った時間が楽しめるので、京都に来た折には、行ってみると面白いよ~^^
 
 
 で、このあと、大宮寺之内の 聚洸さんへ。
 主菓子を4品購入。
 次、紫野源水さん。涼一滴と、松の翠。
 その後、大丸、伊勢丹、帰宅。

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2013_09
03
(Tue)22:47
 9月になったし、涼しくもなってきたので、いちまお着替え。
 
 
 
 野分の絽に、6月に買った帯を。
 6/10の記事では、金茶の部分を出したけど、今日は、緑のところを。
 帯の幅を、昔風or舞子さん風に、ひろめに^^
 衿元も結構綺麗に。
 というのも、奥さんに手伝ってもらったから。
 一人だと、いちまは、着付けにまったく協力的ではないので、すごく苦労する。
 
 肌着も紅絹の肌着にかえ、駒絽の長襦袢。
 長襦袢、着物、両方、いわゆる腰紐をして、整えている。
  
 
 後ろ姿。
 
 
 
 今回は、奥さんに帯を結んでもらった。
 リボンとおなじ結び方。
 で、帯揚げをして、帯揚げは帯の中に隠してある。
 ので、結び目が上の方でしゃんとしている。
 
  
 
 いつもながら、ちょぼんで、すずしげ・・・
 
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