2014_03
30
(Sun)20:10
 先々週、3/23に高槻の骨董屋へ行ったのは、薄板が欲しかったから。
 で、たまたま、蛤端のがあったので、買ってきた。
 何の変哲もないものだが、こういうのが、結構高かったりする・・・
 
 ま、中古品なので2500円で買えたので良かったけど、もう一息、安くなるとよかった(笑
 
 で、今日、初めて使ってみた。
 春らしい花入れを置いて。
 
 
 
 
 
 蛤端の薄板は、お茶の世界では、行の薄板で、国焼きの釉薬の掛かっている花入れに使う。
 とまあ、それはいいとして、とりあえず、今回は、灰釉の鶴首花入れ。
 
 
 
 茶碗も、おなじ灰釉の茶碗。
 
 
 
 軸の表装、花入れ。茶碗と、萌えいづる春になりにけるかも、という雰囲気で。
 庭も芝が茶色かったのが、昨日あたりから突然、すこし緑になってきた。
 (写真を撮ったはいいけど、見てみると、茶色いままだった・・・。うまく撮れていなかった)
 
 お菓子が、笹屋伊織さんの桜しぐれでもあるとよかったけど、まあ、普通に雲龍(と若菜屋さんの栗納豆、亀末廣さんの「貝づくし」の残り。奥さんは、雲龍の代わりに、いっぷく芋)で。
 
 茶碗、もう一碗、総梅花皮(かいらぎ)のも使ってみた。
 
 
 
 
 
 この茶碗、梅花皮というよりも桜花皮と表記したくなる。
 見込み全体が満開の桜のようなのだが、桜の花はまだ早かった。
  
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2014_03
29
(Sat)20:03
 餢飳(ぶと)  亀屋清永
 
 
 
 亀屋清永さんの餢飳(ぶと)と言うお菓子。
 奈良時代に遣唐使によって唐から伝えられた、唐菓子(からくだもの)のひとつ。
 神社の祭礼の時に供えられる神饌菓。
 
 実際に、京都では下賀茂神社に納められていた。
 
 先週、3/23に京都に寄ったとき、JR伊勢丹の地下の亀屋清永さんの売り場で見かけた。
 いつもの、清浄歓喜団(お団)の隣に、なんだか見慣れないものが・・・。
 亀屋清永さんのなので、こういうお菓子も扱っていています、というので飾ってあるだけかな、と。
 でも、よく見ると、価格の札も。
 店の人に聞いてみると、売っています、というので買ってみた。
 本店では以前から置いているが、JR伊勢丹では今月(2014/3)からとのこと。
 また、お団どうよう、つくる日が決まっているとも。
 
 清浄歓喜団(お団)についは2007/4/23のブログに。
 
 
 
 お団どうよう、米粉・小麦粉を捏ねたものに種を包み、ごま油で揚げてある。
 お団の中身は漉し餡にたいして、
 餢飳は、粒餡。
 また、お団は、仏教用で、清めの意味でニッケなど七種類の香が練り込んである。
 餢飳は、神社用で、香は練り込んでない。
 
 
 こんなふうに個装されていて、袋をあけると、ごま油のいい香りが。
 お団だと、ごま油の匂いの中にニッケなどの香り。
 
 パリッ、ガリッ、と皮は、お団同様かなり硬い。
 その皮をよく噛んでいると、ごま油の香りとあいまって芳ばしく、滋味豊か。
 お団だと、ふんわりとニッケなどの香の香りが漂ってくる。
 餢飳は香の香りはないが、その分、揚げた皮とごま油の風味がとても芳ばしい。
 
 
 揚げた粒餡の食感は、ちょっと揚げライスボールみたい。 
 弾力があって、ぷにぷに、ただ、噛んでいるうちに溶けていく。
 甘みは抑えてある。
 漉し餡のお団とは、歯ごたえがぜんぜん違っている。
 
 食べる前は、単純に、香の入ってないお団だろうと思っていたけど、食べてみると、たしかに通じるところもあるけど、餢飳は餢飳で個性的で、美味しい。
 
 値段は、お団とおなじ1個500円(税抜き)。 
  
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2014_03
27
(Thu)01:47
 カレーに・・・
 福神漬け?
 
 月曜日に、たまたま、某「月曜から夜更かし」みたいなTV見てたら、カレーに・・・
 福神漬け。
 なんてやってた。
 
 ん、たしかに、福神漬け、って一般的かも知れないけど。 
 
 うちは、これ(笑
 
 
 
 カレーに、
 柴漬け!
 
 ま、凄い盛りつけだけど(笑
 カレー、つくるとなると、3日分くらい、つくりおきする。
 で、鍋のまま、冷蔵庫の野菜室に。
 食べるときは、まずカレーを皿に盛り、レンジで温める。
 そこに、ご飯。
 そして、柴漬け。
 
 もっとも、つくった日は、普通に、ご飯の上にカレーをかけて、柴漬けを皿の端に添えるけどね。
 
 カレーに柴漬け。
 出会いは、大学の近所にあった、「風媒館」というサテン。
 そこのカレーに、柴漬けが添えられていた。
 もっとも、細かく刻んであったけど。
 最初は、「なに?」って感じだったけど、
 カレーに混ぜて食べると、あまりにも美味しくて、柴漬けをおかわりしてしまった・・・
 
 そういうわけで、それ以降、うちで食べるとき、カレーに柴漬けが定番に。
 スプーンでカレーのご飯をすくい、その上に柴漬けを載せて、コリ、コリっと(笑
 
 「風媒館」のメニューで、もうひとつ美味しかったのが、リゾット。
 ピーマン、タマネギ、ベーコン、溶き卵のブイヨンベース。
 うちでつくるときは、ピーマンが万願寺とうがらし(まんがん)になったり。
 うちでは、ピーマンの代わりにまんがんをよくつかう。
  
 まんがん、うちでは、麻婆豆腐にも入れたりする。
 苦みが強くしたいなら、ピーマンがいいけど。
 
 「風媒館」。でも、何年か前に行ってみたら、別の店になっていた・・・
 
 カレーの柴漬けは、いつもの、にしたにさんとこの。
 京都の、名前聞けば「あ、あそこの」と思いあるような店のらしいけど、名前は出さずに、ほどよい値段で置いてくれてる。
 
 某スーパーには、「きゅうりのきゅーちゃん」の東海漬物だかの「柴漬け」も置いてあるが、その材料見てびっくり。
 「醤油」って・・・。
 柴漬けに、醤油って・・・
 醤油で味付けた柴漬け・・・
 ま、人にはいろいろ好みがあるからいいけど、とりあえず、うちのカレーの柴漬けは、「醤油味」柴漬けは、パス(笑
 というか、そういう柴漬けは食べない。
 
 普通に、梅酢・紫蘇、きゅうり・茄子・ミョウガ・しょうがの柴漬け。
 ほんのり酸っぱくて、きゅうりこりこり、ときどき、ミョウガ、しょうががすぅっ・・・
 それが、カレーによく合う。
 
 柴漬けも、お米のご飯を食べるときは、毎食食べてる。
 カレーの時は別として、普通は、最後、二口、三口ご飯を残して、柴漬けで、お茶漬け(あるいは、湯漬け)。
 
 ただ、柴漬け、12月から1月くらい、食べない時期がある。
 なぜかというと、その季節は、すぐき、もらうから。
 
 関東では、醤油味が一般的で、福神漬けもそう言うことなんだろうと思うけど、うちでは、醤油味のものってほとんど食べない。
 醤油は使っても、醤油の味で食べるのではなく、ダシの味を引き立てるために使うくらい。
 
 さっきの麻婆豆腐でも、もとのレシピでは、「醤油大さじ2」のところを、「醤油大さじ1」、「オイスターソース大さじ1」(李錦記特製オイスターソース。他のだと、塩辛くなる)。
 試行錯誤の末、うちの口にあった配合に(笑
 ちなみに、ミンチは、豚。そして、万願寺とうがらし。えのき。九条葱。中華ダシの素(ウェイユー)。
 そういえば、エノキもダシがでるよね。
 ダシは一種類より、二種類、三種類と混ぜる方が相乗効果で美味しくなる、とか。
 
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2014_03
26
(Wed)21:37
 2月のように寒かった3月。
 でも、最近暖かくなってきたので、いちま、お着替え。

 
 
 
 
 着物の柄にすこし、帯にも、桜。
 実は、こっさげにも桜。
 桜いちま^^
 あんまり桜、さくらしすぎるのもなんなので、このくらいがいいかな。
 
 今回、ちょっと苦労したのが、帯締め。
 
 
 
 人の結ぶように結んでみた。
 結んだことないし、本見ながら(笑
 結ぶ以上に苦労したのが、片身替わりにしたところ。
 この前もらってきた帯締めの中から、緑と藍を選んで、結んで一本に。
 それを、前で結び、後ろへ。
 長いので、実は、後ろはこんなふうに・・・(笑
 
 
 
 ま、あたらしい帯飾りと言うことで^^ 
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2014_03
25
(Tue)21:53
 冴えない連休の第一日目(3/21)に削った茶杓。
 
 
 
 
 
 
 
 
 もうすこし、削ろうかどうか、迷っていたら、例の織部茶碗が手に入って、取り合わせがよさそうなので、そのままにした。
 
 
 
 昨日の記事の仕込んであるのは、この茶杓。
 
 
 
 煤竹茶杓
 嵐吹く三室の山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり
 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ
 風をいたみ岩うつ浪のおのれのみくだけてものを思ふころかな
 
 まだ銘も決まってない。
 歌も、これ、っていうのが見つかってない。
 
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2014_03
24
(Mon)22:44
 冴えない連休だった・・・
 風邪気味で・・・
 しかも、昨日、高槻の骨董屋さんへいってから、京都に行ったが、なんか京都に行った気がしなかった・・・
 なんで、観光客がJR伊勢丹の食器売り場でワイングラス買ってくのかなぁ・・・
 それにしても、JR京都駅近辺は、もう、京都じゃないな。
 多国籍地域。
 だから、京都に行った感じがしなかった。
 
 その上、ポルタで食べたイタメシも・・・↓
 
 とまあ、そんな中で、かなり気に入ったのが、高槻の骨董屋で買ったこの織部茶碗。
 
 
 お茶を点てるとこんな感じ。
 お茶を飲むと見込みは・・・
 
 
 奥さんの感想は、お茶が出されて、飲んでいくにつれて見込みのガラが見えてきて、面白いとのこと。
 たしかに、亭主だと最初から見込みのガラがわかっているので、そんなふうには思わないが、初めて出された客は、そんなふうに見えて、面白そうだ。
 
 
 
 
 
 見込みだけでなく、外側も・・・
 正面・・・
 
 
 左へまわしていく・・・ 
 
 
 
 
 
 
 
 と、なかなか、面白い。
  
 高台まわり・・・    
 
 
 真ん中に、印が。
 これは「潤」かな?
 
 で、「織部」「潤」でネットで検索してみた。
 どうやら、美濃焼 天母林窯 の 小林潤呼 という作家の作品らしい。
 
 で、実は、この茶碗自体、もともと茶碗でなくて、小鉢。
 でも、面白いので茶碗にしてみた、というわけ。
 茶碗、としてつくられてると、なかなかこういう絵付けの仕方はしない。
 また、織部のかたちは備えていても、かたちを写そうとするあまり、織部っぽい勢いとか、スピリットがなかったり。
 このこ鉢は、勢いとか、スピリットとか、そのあたりが、織部っぽい。
 
 それに、今でこそ、お茶の茶碗は茶碗としてつくられているが、利休さんの頃は、いろいろなものを流用、というか、見立てて使っていた。
 茶杓は、象牙の薬匙。
 薄茶器は、おしろいだか口紅だかの器。
 茶碗も、中国や朝鮮の雑器。
 あと、黄瀬戸なんかは、向こう付け。
 
 とはいえ、今では、小鉢は小鉢として作られるから、なかなか、こんなふうに茶碗として使えるものみつからない。
 
 茶碗は茶碗として、決まりがあったり、作家さんは作家さんで気負ってがんばるので、結構、こんなふうにのびのびとした感じの茶碗も、なかなかみつからなかったり。
 なんか、そういう、茶碗、茶碗してるのにも、最近、ちょっと窮屈な感じがしてたり。
 そういう窮屈さが、この茶碗にはない。
 
 値段は……(笑
 
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2014_03
18
(Tue)00:38
 この前、十年以上前に削った茶杓の整理をしていたら、出て来たのがこれ。
 
 
 
 なんと、まあ、十年以上前に曲げた荒曲げ。
 それにしても、なんとも、樋の幅が広い。
 というか、広すぎ。
 
 
 
 何を思って、こんな竹を曲げたのかは、今ではもうわからない。
 が、せっかくでできたので、削ってみることに・・・
 
 
 
 一時間半ほどで削り上がった。
 節下、左側、切り止めから、すこし皮を剥いでみた。
 
 櫂先。
 裏千家の玄々斎好のような櫂先になってしまったけど、別に、特に狙ったわけではない。
 丸くならなかっただけ(笑
 というか、竹が丸くなるのをいやがった(笑
 それに、やや大ぶりで、樋も幅が広かったので、丸くすれば締まりが無くなると思い、無理に丸くせずに、こんな露にした。
 
 銘の邯鄲は、「邯鄲の枕」の邯鄲。
 奥さんがうとうとしているうちに、削りあげたので。
 目が覚めた奥さんに見せると、奥さん、「邯鄲やな」と一言。
 たぶん能の「邯鄲」のことを連想したのだろう。
 歌は・・・うーん、まだ、思いつかない。
 まだ、使ってない。
 
 削ったのは、3/15。

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2014_03
16
(Sun)01:38
 最近、かなり茶杓にハマっている感じで・・・
 
 それはそうと、「茶杓をつくろう! 1」の最後に、電子レンジ曲げ、をやってみよう、と書いたと思うけど、13日にやってみた。
 
 まず、曲げようと思う竹片を、水に浸けておいた。
 2~3日、水に沈むまで竹片を水に浸けておく、ということだったので、10日から浸けておいてみたが、13日になってもいっこうに沈む気配がない。
 ので、まあ、いいだろう、ということで、さっそく試してみた。
 レンジ500wで約一分。
 持った感じは、たしかに、なんか、全体的に柔らかい。
 曲げてみると、見事に、ボキッ!
 
 うーん、なんというか・・・
 結局、慣れの問題。
 レンジ曲げを何回かやって、慣れてくれば、力の入れ方とかタイミングとかがわかってきてうまくいくのろうけど、どうも、しっくり来ない。
 
 ランプ曲げができるので今さらやる必要もないと言えばないわけだが、敢えてやった理由は、曲げ云々よりも、竹に何か面白い変化が起きないか、と期待したから。
 実は、「1」のとき、湯曲げというのも試してたみたことも書いた。
 見事、失敗だったけど。
 ただ、このとき、煤竹の表面にある変化が起こった。
 艶が無くなり、なんとなく均質になったのだ。
 それでわかったのだが、ばんてらさんで売っている「煤竹の荒曲げ」の色つやが、なんかいわゆる煤竹の色つやと違う理由がわかった。
 なんか、艶が無くて、均質で、なんかだんなんの知ってる煤竹のイメージと違っている・・・
 そう、湯曲げだったというわけだ。
 そして、湯曲げてもうひとつ、色つやで面白い効果が出ることも、「1」の時わかった。
 その面白い効果が出るには、もうひとつ条件がいるのだが、そういう竹が手に入ったら、そんな茶杓をつくってみようかな、と今は思っておくことにする。
 
 で、電子レンジ曲げは失敗。
 かつ、以降、レンジでやる気もないので、これで止め。
 
 さて、もう一片。
 これは、ランプで曲げてみることに。
 煤竹は濡らしておくと曲げやすい、というのは、茶杓の作り方でよく見かけるので、試してみることに。
 
 うーん・・・。
 そのまま曲げるのと、水に浸けておいて曲げるのと・・・これも、結局、慣れの問題という気がする。
 水に浸けてあったからといって、特に曲げやすくなったようにも感じなかった。
 それよりも、浸けずに曲げるときと感覚が違っていて、やっぱり曲げにくかった。
 
 結局、自分にあった曲げ方を何回もやっていれば自然に感覚を覚えるようになるので、慣れたやり方が一番、ということのようだ。
 だんなんの場合は、ランプ曲げで、と^^
 
 さて、その竹片で削ったのが、これ。
  
 
 
 あれ・・・?
 いつもの、よく見る茶杓とちょっと違ったスタイル・・・
 なので、ついもの、よくみる茶杓とならべてみる・・・
 
 
 
 実は、茶杓には、「真・行・草」と格があって、いつものよく見るのは 「草」の茶杓。
 草の茶杓は、利休さんが考案したと言われている。
 中節といって、節が茶杓の真ん中(あたり)にある。
 
 今回削ってみたのは、「行」の茶杓。
 止節といって、節が下端にある。
 利休さんの師である、武野紹鷗が考案したと言われている。
 
 もともと、茶杓は、象牙の薬匙を使っていた。
 真の茶杓は、節などない、茶杓。
 真と行の茶杓は特別なときにつかわれる。
 
 実を言うと、「行」の茶杓の実物を見るのは初めて。
 って、自分で削って、それを「行」の茶杓だと言ってるのだから、世話ないといえば世話無いわけだけど(笑
 
 ただ、真っ直ぐだとあまりにもシンプルすぎるので、すこし反らしてみた。
 
 
 
 また、櫂先もちょっと皮を剥いだり・・・
 
 
 
 止節の所も皮を剥いだり、また、柄にすこしひびを入れたり・・・
 
 
 
 で、しかも煤竹なので、「行の草」の茶杓、と。
 
 
 
 
 
 使ってみると、シンプルで、ちょっと物足りない感じもするけど、でも、シンプルさがとても良い。
 たしかに、草の茶杓は、いろいろと見所があって退屈しないが、逆に、ごてごてしている気がする。
 中節、樋、中節を境にして節上と節下が違った世界になったりするのも、ごてごてと見えてくる。
 
 行の茶杓は、そういうものがない分、つかう者の心をよく映し出すような気がする。
 雑念が多いわれわれ凡人は、見どころの多い草の茶杓で、見どころに気を取られることによって雑念を払う(笑
 だから、行の茶杓が行の茶杓たる所以、ということだと思えてくる。
 つまり、格上の茶杓をつかうには、こっちもそれだけできた人間でないといけない、というわけ(笑
 ただ、まだ雑念があるから下端に節を残してあるわけだけど、これがもっと修行を積んで雑念も消え、まさに「忘筅」の境地ともなれば、真の茶杓、で十分、茶杓に写る我が心も鏡の如く、空の如く、そして、見た目なにもない真の茶杓に無限の世界を感じとることができる・・・ということかな?
 
 茶碗との取り合わせは・・・
 
 
 今の季節につかっている淡赤茶碗とも悪くない。
 が・・・
 
 
 青白磁の平茶碗などと。
 シンプルなものどうし。
 
 煤竹 行の草の茶杓  銘 からくれなゐ
 歌 ちはやぶる神代もきかず 龍田川 唐紅に水くくるとは
 業平の歌としては、シンプル。
 シンプルな行の茶杓にしては、櫂先や節のところの皮が剥いであったり、柄にひびが入っていたり、煤の景色があったり、まだまだ雑念が多い。
 この歌を思い浮かべながらこの茶杓を見ると、煤の景色が、鮮やかな唐紅(業平がこの歌で詠んだ、水に浮く紅葉の葉の紅)の情景が目に浮かぶよう。
 それに、唐の紅なので、倭の紅よりは格上。
 ただし、和歌に詠まれた唐紅なので漢詩よりはすこし格が下がる?(やや訳のわからない理由)
 
 
 茶道の流儀の決まりでは、「特別な場合」につかう茶杓だと言うことだが、もちろん、うちでは普通につかいます。
 だんなんが使いたいときに、つかう(笑 
 
 
 ついでに、今日、ゆる茶で、曙光を使ってみた。
 かつ、客として、どんなふうに見えるのか見てみたかったので、曙光を使って是非奥さんに点ててもらいたかったが、さすがに、ちょっと、止めておく・・・ということで・・・
 
 客から見たところ・・・
 
 
 
 
 
 やっぱり、曙光はなかなかよい!
 
 扱いは、普通の茶杓とはちょっと違ったところもあるし、かたちがかたちなので扱いにくかったりもするが、それでも、やっぱり、悪くない(笑
   
  
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2014_03
13
(Thu)00:38
 これは、ちょっぴり本番の竹だった・・・
 樋もあるし・・・
 10日に、二重撓めにしようと・・・
 ・・・でも、ぼきっと・・・
 ただ、さいわい、折れたところが節からちょっと遠かった。
 しかも、折れ方がなかなか良かった。
 皮がベリッと・・・
 
 で、昨日、11日、勢いで削ってみた。
 
 
 
 煤竹 櫂先へぎ茶杓
 銘 簡
 
 (いや、まあ、正確には、昨日の「曙光」とおなじ一本からとったのだから、胡麻煤竹。でも、ほとんど胡麻が目だたないので)
 
 
 
 その、ベリッといった皮目が魅力的(?)な櫂先。
 露(櫂先の先端)なども、折れたのをそのまま。
 
 利休さんや織部さんの頃の茶杓には、節下の皮を剥いだ茶杓などもあるが、櫂先のは、あるのかないのか。
 今時のは、皮はまず剥いだりしない。
 
 
 
 切り止め、も、切り止めと言うより、折り止め。
 こっちも折れたまま。
 
 
 
 いつも使っている茶杓と。
 長さはほぼ同じ(約19~20センチ)。
 
 蟻腰にはなっていない。
 というか、しなかった。
 節上が短くなったので、持ちにくく、ヘタに削ると、節がポキッといく危険があったので。
 節は上に寄っている(上節)。
 はじめにつける予定だった撓めが折れて、節上が詰まったので。
 
 
 
 
 
 お茶を掬った後の櫂先。
 お茶が付くと、櫂先のむかって右側も、丸く削りたくなる。
 どうするか思案中。
 
 全体の姿をじっと見ていると、茶杓でもなく、竹片でもなく、
 竹片が茶杓に変容しようとする、その瞬間、という感じがしてくる。
 なので、竹片と茶杓の「あいだ」、ということと、
 「竹片」を漢字の部首の「竹偏」、つまり、「竹冠」ともとり、
 あいだの「間」と「竹冠」で「簡」と。
 
 そういえば、「竹簡」といってむかし紙がわりにつかっていた札のようなものがあるが、そんな感じがしないでもない。
 
 歌は、
 
   こころあてに折らばや折らむ 初霜のおきまどはせる白菊の花
 
 へがれた皮目に、上二句の一気呵成な勢いを感じる。
 また、折るということでも通じている。
 「こころあてに折らばや折らむ」とそんなふうに折りとられたような、皮のへがれた櫂先が、まさにそんな感じなので。
 歌は、凡河内躬恒さんの。
 
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2014_03
11
(Tue)20:42
 3/8は、さんざんだった曲げ。
 ただ、この日、ちょっとした発見を。
 
 竹というのは言うまでもなく、しなりがある。
 その自然のしなりに逆らわず、すこしずつ曲げていったらどうか。
 
 で、やってみた。
 竹の自然なしなりをすこしずつ、加熱と冷却を繰り返して曲げていく。
 曲げる、ではなく、撓める。
 また、竹がピシッ、といったら曲げるのを止め、即冷却。
 で、1時間~1時間半かかって撓めたのがこれ。
 
 
 
 
 
 上はばんてらさんの白竹荒曲げ。
 
 いらないところを切り詰めて・・・
 
 
 
 
 
 ばんてらさんの荒曲げとくらべると、タメが甘いと言えば甘い。
 けど、まあ、胡麻煤竹なのでこのくらいで^^
 
 けどなぁ・・・なんかが違う。
 しっくり来ない。
 
 この荒曲げを茶杓に削る気がしない。
 うーーん。。。
 
 なんせ、1時間半もかかるのもいや。
 そもそもせっかちなので、こういうじっくりと撓めたようなものは、自分のらしくない。
 他人が撓めたものを削るならともかく、自分で撓めるんだから・・・
 
 というので、また、いろいろと撓めてみた。
 それで、また、すこしわかってきたことが。
 
 短時間で撓めたものとじっくり撓めたものとを比べてみると、結局、曲がっているところの厚みはほぼ同じ。
 竹というのは、皮に近づくほど繊維が密になっている。
 ゆっくり撓めようと早く撓めようと、割れる部分の厚みはおなじということ。
 つまり、皮に近い繊維の密な部分を折らないように曲げればよい。
 
 薄く削る、というのも、薄ければよいというものではない。
 この密な部分をより多く残して薄くする。
 しかも、厚み、幅を均一にする。
 ただ、火にあぶるので、焦げてしまうことを考えると、薄く削る必要はない。
 割れるところは自然に割れるのだから、後で削り取ればよい。
 
 荒曲げのかたちにする前のものは、長い方がいい。
 長ければ、ゆったりとした力をかけることができる。
 狭いところに力を集中すると折れやすくなる。
 曲げたい箇所を中心に、ゆったりとおおきな部分に、竹のしなりを利用して力をかけていく。
 ただ、長ければよい、というのでもなく、厚みと幅とのバランスがあるようだ。
 とにかく、曲げる箇所を中心に広範囲にわたってゆったりとした力をかけて、うまく撓るくらいの、幅、厚み、長さ。
 
 温めるときは、表裏、側面、四方から。
 また、曲げるときは、皮の方を温めながら。
 茶杓の作り方を見ると、たいていは、裏からとある。
 もちろん、四方から温めて、最後は裏からと。
 皮を焦がさないためだ。
 撓めるとき、使うのは、蝋燭やバーナー、コンロ、アルコールランプなどの火を使っているようだ。
 たしかに、これらの直火だと、皮目を火にむけていると焦がしてしまう危険性がある。
 ただ・・・

 
 
 今回、だんなんが使ったのは、これ。
 ホヤつきのランプ。
 これは、優れもの。
 火と竹の距離を常に一定に保つことができる。
 また、火の強さを調節することで、焦がすことなく温められる。
 つまり、皮の方を火にむけていても安全。
 そして、皮をあぶりながらの方が、曲げやすい気がした。
 裏からあぶると繊維がまばらな部分をあぶることになる。
 柔らかくしたいのはこの裏の部分ではなく、皮と皮から続く繊維の密な部分。
 だから、皮目からあぶることは、短時間でできるし、危険性も少なくなる。
 
 あと、曲げるときに曲げすぎない。
 すこし力を入れて、たわめるようにしながら温めていると、いきなり柔らかくなって、ぐにゃっといってしまう瞬間がある。
 その時、勢いのままに曲げてしまうと曲がりすぎて、皮からつづく繊維の密な部分も折れてしまう。
 なので、その瞬間は力をあまり入れずに、慎重に。
 
 と、言うわけで、10日、試しに撓めてみたのがなかなかうまくいったので、勢いに任せて削ったのが、これ!
 
 
 
 な、ナンダ、コレハ!(笑
 
 
 
 横から見ると、まるで「く」の字にになって寝ている人みたい(いや、写真は逆だけど)
 別に奇をてらって両曲げにしたわけではなくて、練習で曲げてみたら、なんかうまくいって姿も面白かったので、茶杓に仕立ててみただけ^^
 
 櫂先に、お茶がついていることからわかるとおり、使ってみた・・・
 
 
 
 この鳴海織部茶碗との取り合わせなら、結構いけるかも^^
 
 こんな感じで・・・
 
 
 
 そして・・・こんな感じ!
 
 
 
 かなり、イキってる(笑っ
 
 それにしても、見た目以上に、扱いは至極やっかい。
 
 果たして、これが「茶杓」としてどうかは置いといて(一説では、500年にわたって培われてきた「茶道」や「茶道の美意識」を愚弄するものだ、って(笑。でも、データの改ざんや流用などのインチキはしてません。正真正銘、だんなんが撓めて削った茶杓!)、なんか、解放された。
 義叔母からの荒曲げで、いかにもの茶杓を知らないうちに意識させられて、それにこだわってしまっていたからだ。
 たしかに、蟻腰、雉子股だの、決まり通りの茶杓も、それはそれで美しい。
 でもね、そんな茶杓、僕がわざわざ削る必要ないんだから^^
 
 もし、利休さんに立ち返るなら、曰く、「マネするなよ」と。
 お茶の各流儀、流派なら、その流儀・流派の美意識や決まりに従わなければせっかく弟子入りした意味はないだろうけど、、、。
 「マネするなよ」と(笑
 
 そう、そういう意味で、なんか、吹っ切れた。
 しかも、この竹、そして、この曲げは偶然とは言え、一期一会。
 
 
  
 胡麻煤竹 両曲げ茶杓 
 銘 曙光
 節下の切り止めあたりのぼかしが、曙光のよう。
 節上は、星空?
 
  あさぼらけ 有り明けの月と見るまでに 吉野の里にふれる白雪   
 
 最近、茶杓って一行書きした和歌だと、思う。
 この茶杓は、まさにこの和歌。
 初句、三句の空白が、曲げのところ。
 意味的にも、曲がある。
 
 和歌は、坂上是則さんの。
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2014_03
09
(Sun)21:25
 一昨日(3/7)に、四条油小路の御池さんで買ってきた竹。
 
 
 
 6尺5寸の胡麻煤竹。
 
 
 
 こういうふうに樋のある節を中心に、切っていくことに。
 
 
 
 四本と、長いの一本。
 長いのは樋のない節なので、今は切らずにそのままに。
 
 次は、この短いのを、なたで割っていく。
 裏にも樋があるので、二枚は取りたい。
 また、試しようにも。
 
 
 
 ここまで使った道具と。
 樋はひとつだけで、裏に樋はなく、景色の関係で、三枚に割った。
 
 
 
 本命は、白竹の隣の、樋入り。
  
 左の白竹のは、ばんてらさんで買った荒曲げ。
 この荒曲げまでできれば、一安心^^
 
 さて、曲げ・・・
 胡麻煤竹は初めてなので、お試しで樋のないものを。
 例のランプであぶって・・・
 
 
 
 
 
 見事に失敗!(笑
 胡麻竹は以前取ってきたのを曲げたことがあったが、その時も、粘りが無くメリメリと行ってしまった。
 ただ、それでも取ってきて油抜きして寝かせずに曲げたので、なんとか曲げることができた。
 でも、今回は、その上煤竹。
 100年以上も燻されていた竹だから、ほんと、からからで、ぜんぜん粘りがない。
 
 で、煤竹の曲げ方を、あらためてネットで検索・・・
 
 どうやら、数日水に浸けておいて、沈むくらいに水を吸ったものを、さらに濡れタオルでつつんで一昼夜ほどおき、火であぶって曲げる、のがいいらしい。
 あるいは、水を吸わせるまではおなじで、煮て曲げる。
 もうひとつ、やはり水を吸わせてから、500wのレンジで1分ほど温める、というやり方。
 
 で、どうせだから失敗したのと、端材を、試してみることにした。
 
 レンジは、とても画期的!
 1分!
 せっかちなので、このくらいがいい。
 ランプだの蝋燭の火だのは、結構時間がかかるので。
 (十数年前につくったときは、なんと、ガスコンロ。今の家はオール電化なので、ガスコンロはない。この前義叔母からの荒曲げを曲げなおしたときは、カセットコンロ^^)
 でも、結局水分を含んでないから、失敗。
 
 煮るというのも・・・
 これは、せっかくの煤竹のガラや艶が台無しになってしまう。
 もちろん、これも、失敗。
 
 
 
 なんとも、無残な姿・・・
 
 で、試しに、もう一枚の樋のない方を水に浸けておいた。
 数日して、沈んでから、濡れタオルにつつんで一昼夜おき、曲げてみよう。
 もちろん、電子レンジで!(笑
                                       (3/8記す)
 
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2014_03
08
(Sat)22:09
 昨日、京都へ行ったのは、茶杓の竹を探して。
 地下鉄烏丸御池駅から、亀末廣さんへ。
 そのあと、御池通を東へ。
 
 途中、御所八幡宮さんで、プチ天神さんを発見(笑
 ちっちゃな御所八幡宮さんの境内に、三軒ほどの出店が。
 一軒は、香炉や時計などの骨董。
 一軒は、アクセサリー。
 一軒は、野菜・果物。
 その野菜・果物の出店で、「春峰(しゅんぽう)」という蜜柑を。
 
 
 
 何でも、新種だとか。
 食べたことないので買ってみた。
 1キロ300円。
 皮は黄色いけど、甘くて美味しい。
 実は、ぱりぱり。粒がおおきな数の子みたい(笑
 
 
 伊予柑 と 春峰
 
 さて、御所八幡宮から寺町通りを上がり、本命の竹の店、「ばんてら」さんに。
 二〇年近く前にも、茶杓の「荒曲げ」を買いに行ったお店。
 当時は、「竹屋」といっていたけど、今は、代がかわり、「ばんてら」さんという店名に。
 (バンブーと寺町通り、で、「ばんてら」なのだそうだ。そういえば、「キャプテン・ウルトラ」という昔の子ども番組に、「バンデラ星人」とかいうのが出て来たけど、それとは無関係のよう(笑)。
 とても寒くて写真を撮る気になれず、店構えなどの写真は一切無し(笑
 
  ばんてら さん HP
 
 で、お店の方といろいろ話しながら、荒曲げを。
 一つ。
 白竹。
 1000円。
 それから、箸を。
 胡麻竹の八角塗り漆箸。
 皮を剥がずに胡麻竹を八角に削り、漆を塗った細身の箸。
 この箸が、なんともしっくり。
 
 ただ、荒曲げはもうひとつ、しっくり来ない。
 上品で、きれいすぎ。
 荒曲げなのに、角を落としてあるし、裏はやすりまでかけてある。
 荒曲げ、という完成された商品。
 
 その後、寺町通りを北上。
 久しぶりの寺町通り。
 以前に比べると、新しい店もいろいろ。
 
 ガラスのドアからのぞくと、かさつきの電気スタンドがずらっと、いっぱい並んでる……
 照明器具屋さんではなく、シナモ さんという、ピザ・パスタのお店。
 入ってみたかったけど、お腹が空いてなかったので、今回はパス(笑
 
 他にも、雑貨店、骨董店、古書籍店…などをぶらぶらと。
 途中、京あめ処 豊松堂 さんで飴を^^
 
 丸太町通りに出て、烏丸通りへ。
 地下鉄に乗って、四条下車。
 大丸の黄老でご飯。
 
 で、その後。
 昨日、京都市内で、ことに四条烏丸近辺で歩いて行けそうな所に他に竹を扱っている店がないかと、探してみたら、、四条油小路上がったところに、御池 さんというお店があることが。
 竹製品、ということなので、どんなお店かな、ととにかく行ってみることに。
 
  御池 さん
 
 というか、今、ちゃんとHPみたら、あるやん!
 商品紹介で、「京銘竹」って、素材の紹介。
 昨日は、気づかなかった…
 
 で、荒曲げは今はちょっと無いということで、茶杓に良さそうな竹を見せてもらいに。
 あるはあるは・・・すごい量。
 テンション↑
 で、1.8メートルの胡麻竹の煤竹を、一本。
 胡麻竹で煤竹、なんて、ちょっとめずらしい^^
 あんまり時間もなかったので、とりあえず^^
 ま、値段の方は・・・
 
 それにしても、灯台もと暗し。
 こんな近くに、こんな竹のお店があったとは!
 
 さて、何本茶杓がとれるかな?
 
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2014_03
07
(Fri)23:51
 今日、久々に京都へ行き、ついでに亀末廣さんへ。
 そしたら、なんと、ひちぎりが!
 
 ひちぎり  亀末廣
 
 白小豆餡のそぼろ。
 台は、こなし。
 
 ふっくらとしていて、それでいて澄んだ風味の白小豆餡。
 台も、こなしらしいこなし。
 長時間持ち歩いたので、やや、縁が硬くなっていたけど、何かの味が飛び出しているわけでもない、落ち着いた、これこそこなし、という風味。

 
 白小豆餡を染めたそぼろ。
 台は、おなじくこなし。
 
 ただ、なぜか、上のに比べて、台のこなしが旨みたっぷり。
 そぼろも、上の白小豆餡そのままのほうが、澄んでいた。
 
 紅白の色違いのひちぎりに、もう一種、全部で三種類。
 
 
 粒餡と蓬こなし。
 粒餡好きのだんなんには、これが一番美味しかった。
 
 さらり、すっきりとしているけど、小豆の旨みしっかりの粒餡。
 粒餡は小豆煮の「大納言」とおなじ風味。
 口に含むと、はじめに餡の甘み・うまみなどの風味が広がり、そのあとで、マイルドな蓬の風味がやさしく漂ってくる。
 餡の甘みと蓬のやわらかなほろ苦みが絶妙。
 
 風味もさることながら、スタイル。
 花盛りではなく、盛りが過ぎたという感じ。
 枯れはじめている、とでも言うか。
 ワインで言うと、瓶熟のピークを過ぎて、やや下りはじめた感じ。
 でも、その下りはじめているところに、花盛りにはない、良さがある。
 時の流れに表面が風化されはじめている、その風化されはじめた表面が、なんとも他の店にはない雰囲気、余韻を醸し出している、とでもいうか。
 上質な素材を使いながら、100%その素材の良さを味わうこちらに見せつけるのではなくて、80%くらいに止めておくことで、しっとりした深みがでてきている、というか。
 余白のよさ、とでも言うか。
 味わうこちらから控えめなところにある風味、その風味と味わうこちらとの間にある余白の魅力。
 重厚は重厚だけど、もったいぶったところはなく、何とも軽やか。
 時の重み、ではなく、時の軽やかさ。
 時が経つことで、あるいは、時の流れに鍛錬されることで、重厚になるのではなく、軽やかになる。
 花盛りにある過剰さを棄てた後の、すっきりとした控えめさ、と余白の魅力。
 
 と、まあ、いくら言葉を並べてみてもピッタリとはいかないので、次を・・・。
 お雛様のお菓子をもうひとつ。
 
 
 
 ミニ京のよすがでおなじみの、亀甲の小函。
 なかみは・・・ 
 
 
 貝づくし 飴詰め合わせ 
 
 赤いのは、珊瑚^^
 水紋や巌なども(ミニ京のよすがにも入っている)
 
 
 今日は、奥さんとそれぞれ一個ずつ。
 
 1300円。
 ただし、京のよすがは二階だて、こちらは、ほぼ一階のみ^^
 
 帰ってきたのは、午後七時過ぎ。
 これらのお菓子と、このまえの熨斗目茶碗で、ゆる茶。
 
 
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2014_03
04
(Tue)00:38
 お雛様をくれた人が、市松人形用にと集めていた帯〆。
 いろいろあったなかから、すこし、もらってきた。
 
 で、さっそく、絞めてみることに^^
 
 
 
 帯〆するような結び方じゃないけど、まあ、アクセサリーとして。
 
 
 
 人の帯〆の結び方と違うけど、人のやり方でやると結び目が大きくなるので、こんなくらいが、いちまにはいいかな、と。
 
 ちょっと、オシャレになったかな、いちま^^
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2014_03
03
(Mon)01:25
 昨日、義叔母の家に行って、そろそろお雛様、っていうのに気づいて、急遽、いちまのお雛様を飾ることに。
 
 
 
 こんな感じで・・・^^

 

 もらい物の、豆雛。
 童子やわんこもいっしょに、いちまにともらった。
 
 
 
 
 
 いつの頃のものかわからないけど、そばで見ると、なかなかいい顔をしている^^
 お雛様の方は、残念ながら、檜扇がとれてしまっている。
 
 
 
 五人囃子、ではもちろんないが、いっしょにもらったので、いっしょに飾ろうかな、と(笑
 
 
 
 わんこも、親子?
 小さいわんこは、豆粒ほど。
 
 で、お茶を。。。
 ほんと、まったく、雛祭りということを忘れていたので、あり合わせのお菓子。
 
 
 
 雲龍と野菊。
 皿は、さっそく、昨日買った皿^^
 
 
 
 茶碗、一番上の写真にも飾ってある、京焼の熨斗目茶碗。
 実は、この茶碗も、昨日買った。
 ぱっと見て、色が綺麗で、いかにもおめでたい感じがしたので。
 京焼、絵付けの茶碗、というのは、あんまり趣味じゃないので、買ったこと無かったけど、なんとなくひかれた。
 値段も・・・300円!(笑
 
 
 
 1000円とか、2000円とか、3000円とか、そんな値段だったら買わなかったと思うけど。
 瑞豊作、とあったので、帰ってきてからネットで調べてみたら、どうやら、西尾瑞豊という人のらしい。
 たいそうな物でもないけど、気に入った^^
 
 ただ、この茶碗、ちょっと面白い。
 この手の、よくある絵付けの京焼の茶碗は、クリーム色の肌。
 この茶碗は、入(ひび)が黒くなっている。
 
 
 
 入に、灰がすり込んである(?)みたい。
 絵付けする前に、すり込んだ?
 あるいは、灰を吸った?(これも、絵付けする前)
 とにかく、入が、灰で黒くなっている京焼の茶碗、って、、、なんか、京焼らしくない。
 意図的に、景色をつけてある?
 
 ま、でも、そんなことはいいとして・・・
 
 
  
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2014_03
02
(Sun)01:34
 昨夜、いつもの義叔母から、PCのことで電話があった。
 で、今日(3/2)ちょっと様子を見に行った。
 ちらし寿司などご馳走になって、PCのことも片付いて、例の天猫釜を見つけた店に行ってみないか、ということになった。
 で、行ってみて、いろいろ見て、いいな~と思わず買ってしまった・・・
 
 
 
 漆の蒔絵の皿、5枚、+オマケ1。
 漆の色合い、透明感、また、蒔絵がよくて、気に入ってしまった。
 
 
 
 漆は時間が経つと、透明感が増し、すこし赤みがかってくる。
 
 
 
 
 
 桜の蒔絵。
 
 
 
 
 
 蒔絵も、花びらが淡く、蘂が濃く、普通の金の蒔絵なのに、花びらは桜色に見えたりする。 
 
 
 
 こんな漆の器、なかなかお目にかかれない。
 江戸時代、ということだが、時代がどうこうよりも、この漆の透明感と色合いが、とても美しいし、蒔絵も、濃淡のある繊細な蒔絵だし、意匠もいかしていて、とても気に入った。
 しかも、値段が・・・
 5枚で、1000円!
 って、ゼロ、ひとつ少なくない?
 1枚1000円でも、おかしくない。
 店には、15枚あった。
 5枚一組で、15000円くらいでも、悪くない。
 ま、たしかに、お茶のお菓子の皿にしようと思っているので、5枚もいらないといえばいらないのと、かなり大きめだけど、でも、まあ、いいか。
 その上、柄違いの1枚はオマケ、って。。。
 
 
 
 この花は、桜の蒔絵の花びらと違って、赤い色がつけてある。
   
 桜の意匠、実は、すこしずつ違っている。
 濃淡も、ぽってりしてるものもある。
 
 ぽってり、濃いもの。
 
 
 
 
 
 はじめは、花弁の淡いのは蒔絵がこすれてはげてきているんだろうと思っていたけど、よくよく見るとそうではなくて、花びらや葉っぱのところが淡く、蘂や葉脈はちゃんと濃くなっていることに気づいた。
 ほんとに、何て繊細なんだろう。
 
 桜、というところが、ちょっと季節を選ぶといえば選ぶけど、でも、まあ、いいや。
 なかなか、こんな色つや、蒔絵の漆の器にはお目にかかれないし、しかも、こんな値段だなんて。
 
 うちにあるので一番長く使っているのが、お茶の時の棗で、新品を買ってから20年ほど経っている。
 けど、まだまだ、ぜんぜん。
 この皿のように、表面に透明の層ができてその奥に赤みががった黒なんて、そんな気配すらない。
 漆は、酵素が生きている限り、艶を失わず、透明感を増していく。
 酵素が死ぬと、艶が無くなり、枯れてしまう。
 
 あとは、この器で、きんとんなどを^^
 
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