2014_06
30
(Mon)23:18
6/28、京都へ。
 お座敷すだれがもうひとつ欲しくなって、祇園のすだれの店、西河さんへ。
 天気も良くないので、京都駅前から、206系統の市バスに乗って、祇園へ行くことにした。
 で、バスは、やっぱり、ほとんど満員。
 乗っているのがいやになってきたので、東大路五条で降りて、あとは歩いて祇園まで行くことにした。
 と・・・
 バスを降りるなり目についた建物・・・
 
 京焼・清水焼の作品が展示されているらしいので、ちょっと寄ってみることに。
 東山五条と言えば、もちろん、京焼・清水焼の本場も本場、なわけだし。
 
 はいるなり、目にとまったのが、ある天目の向こう付け。
 守崎さんという作家さんのもの。
 なかなか良かったので、他にもその人の作品を見せてもらった。
 また、陶磁器のことでいろいろ快感の方と話しているうちに、なんか会館の方と話が弾んで、ちょっと、ということになって、清水卯一さんの蓬莱焼きの茶碗を二碗ほど、手にとって見せてもらった。
 さすがは、清水卯一さんの。
 ずっしりとした手取りだけど、軽い。
 釉薬も手に吸いついてくる感じ。
 手にとって初めてわかる感動。
 すごく素敵に茶碗。もちろん、値段もすごい(車が買えるw)
 
 さて、で、守崎さん。
 なんと、近所の「くら」というアートギャラリーで個展をしているというので、いってみることに。
 
 
 茶碗坂を登っていき・・・
 
 
 
 あさひ坂入り口・・・
 くねくねした「あさひ坂」を登っていくと・・・
 
 なかなか眺めが良かったり・・・(京都タワーを中心に南西方向がのぞめる)
 
 あさひ坂を登り切ると、上の地図にある、陶器関係のお店が。
 ここの庭がなかなか面白かった。
 もしかしたら、以前は、別荘か何かだったのかも知れない。
 また、植栽の配置などが、お茶の庭っぽい。
 こんなふうに、待合もあった。
 
  
 
 灯籠と手水。
 この手水がなかなか面白い。
 今回は、たまたま、茶碗坂の方から来てしまったが、どうやら、五条坂の方が表玄関らしい。
 
  
 
 
 いい感じの鞍馬石。
 
 いろいろな灯籠も面白かった。
 
 
 
 
 なかでも・・・
 
 
 
 なんか、灯籠にしてはちょっと、宝珠が大きい。
 こんなふうに苔までむして・・・
 それに、屋根もなんかちょっと変な感じ・・・
 近くで見ると、実は、陶器の灯籠だった。
 さすがは、京都の焼き物の本場、といったところか。
 
 もうひとつ・・・
 
 
 
 これも陶器の灯籠。
 こっちは、釉薬がかけてある。
 裏を見ると、製造年月日と陶工の名前。
 
 
 
 そして、この灯籠の足元には、一対のライオン。
 
 なぜか、妙にリアル彫ってある。 
 
 逆光になってしまったが、この灯籠まわりの造作がなかなか面白い。
 
 
 さて、アートサロン「くら」にて、守崎さんの作品を見た。
 国焼き風の、つまり、ゆるい姿なりの赤い釉の天目がなかなかかわいかった。
 陶磁器会館とおなじ手の向こう付けが10碗くらいあったが、どれも、陶磁器会館のほどよくない感じがした(照明のせいかも)。
 で、また、陶磁器会館へUターン。
 今度は、五条坂から。
 
 
 閑散としていた茶碗坂に比べ、五条坂はすごい人出。
 といいつつ、できるだけ、人を避けて撮る(撮られる方も、避けていたがw)
 
 陶磁器会館で、向こう付けを購入。
 もちろん、茶碗として。
 (4500~4600円くらい)
 
 そのあと、五条坂を下りてくる途中で祇園方面へ行く道があったので、そこまで戻る。
 
 ここがその分かれ道で、いわゆる、産寧坂。
 産寧坂には、「なじみ」のお店がいっぱい。
 というか・・・まるで、デパ地下。
 そう、なんか、デパ地下でよく見かけるお店が、軒を並べている(笑
 とっても、奇妙な雰囲気。
 五条坂は、まだ、京極などのような、いわゆる「お土産屋さん」っぽい店が、まだ割と多くて、門前町「お土産屋さん」通り、といった感じ。
 けど、産寧坂は、ほんと、デパ地下。
 もともと、五条近辺には縁もなさそうな店が、ただ、観光地ということで、出店している感じ。
 そして、扱っているのは、その店が普通に売っているもの。
 かつ、店の雰囲気や造作が、なんとなく、デパ地下風。
 
 そんななかで・・・
 ありました・・・(笑
 でも、奥の庭がとても素敵。
 奥といっても、店のまえを通ると、目に入ってくる・・・
 
 
 
 なんと、阿闍梨餅の満月さん。
 なるほど、庭の前のガラス戸が満月に。
 
 
 
 石垣からもみじが生えている。
 店のつくりは新しくしたそうだが、庭は以前のままだそうだ。
 庭を見せてもらったお礼に、阿闍梨餅を二個。
 いや、よく考えてみれば、阿闍梨餅を買って、椅子もあったので、食べながら庭を眺めれば良かった。
 が、今回は、庭を見せてもらったあと、阿闍梨餅を買って、産寧坂を歩きながら食べた。
 
                               つづく・・・
 
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2014_06
29
(Sun)21:03
 6/28、お座敷すだれを買いに、ぎおんの西河さんへ。
 その帰り、四条高島屋へ。
 地下の和菓子売り場で、水無月を買う。
 最初、末富さんのをとおもったが、五個セットなので、二人では多すぎるので、見送った。
 
 水無月  塩芳軒 
 
 
 台の生地はういろう。
 皿に移すとき手に持ったが、ぷるるんとした感触。
 口当たりも、ぷるるん、そのあと、ややもっちり。
 全体として、かなり甘さ控えめで、さっぱり。
 とても氷っぽい。
 小豆の風味が、とても引き立っている。
 
 奥さんの感想。
 お赤飯の小豆っぽい。
 小豆には魔除けの意味もあるが、この水無月は、その厄除け・魔除けという、水無月本来の意味合いをとても感じさせてくれる。
 
 水無月   京都鶴屋鶴壽庵
 
 
 葛製の水無月。
 また、台の上に小豆は載っていなくて、中に三つぶ浮いている。
 
 末富さんのも、葛製。ただ、姿は多くの水無月同様、台の上に小豆が載っていた。
 なんで末富さんのがはじめ食べたかったかというと、葛製だから。
 というのも、末富さんは、葛がとても美味しいので。
 すっきりしていて、葛独特の生臭みというか、もやんとした「あく」のようなものもない。
 菓匠ごとにいろいろあり、また、得意不得意もあるのかも知れないが、末富さんの上生というと真っ先に思い浮かぶのが、僕の場合は、葛焼き。
 ほんとに、上質な葛を、丁寧に繊細に調整してある、という味わいがある。
 
 さて、それはそうと、鶴屋鶴壽庵さんの。
 いわゆる、水無月とはちょっと違った姿。
 しかし、これはこれで、見た目は、何とも涼しげ。
 氷の中に小豆粒が浮いている感じ?
 
 風味は甘めで、葛独特のもっちり感。
 ぷるん、ねっとり。
 食べると、涼しくなる。
 今年は、去年よりも、今の時期でも、葛を涼しく感じた。
 
 葛独特の、あの、もやんとした「あく」のようなもはある。
 これが、ときどき葛製の菓子を、ぽってりとあつくるしく感じさせることがある。
 奥さんは、このもやんとしたところが、氷のようには思えない、とのこと。
 
 水無月  亀屋良長
 
 
 醒ヶ井の亀屋良長さんの。
 亀屋良長さんといえば、シート状の寒天で桃色に染めた白餡を包んだ水牡丹が、まず、思い浮かぶ。
 シート状というところも、一般的な水牡丹とちょっと違っているし、葛ではなく寒天、といううところも、個性的。
 でも、一番印象に残るのは、水の風味。
 醒ヶ井の水の美味しさを味わえる。
 水牡丹に限らず、多くの上生で、醒ヶ井の水を味わうことができる。
 だから、今回も、そんな醒ヶ井の水を味わいたいと思った。
 
 が、ちょっと、意外な。
 ういろうの台は、むっちり、硬めで、弾力がある。甘さもかなり抑えてある。
 が、驚いたのは、上に載っている小豆。
 はじめに食べた塩芳軒さんのは、「赤飯の小豆のよう」とはいっても、ほんのり甘く、もちろん、砂糖で炊いてある感じ。
 が、亀屋良長さんのは、塩味。
 むろん、塩辛くはないが、塩で茹でてある感じ。
 ほんとに、赤飯の小豆のよう。
 さすがに、これには、かなり違和感。
 たしかに、だからこそ、台のういろうは極力甘さを控えてあるわけだろうが・・・
 
 さて、もうひとつ、亀屋良長さんの水無月。
 
 水無月  抹茶  亀屋良長
 
 
 台のういろうが抹茶で風味づけしてあるタイプ。
 ただ、これも、普通のういろうのものとおなじで、小豆は塩ゆでっぽい。
 残念ながら、僕には、抹茶とこの塩茹で小豆(といって、塩辛くはなく、ほんのり塩味)はちぐはぐに感じた。
 まあ、甘い水無月を食べ慣れているからといえば、そうだし、まさか、塩味なんてとは思ってもいなかったから。
  
 それにしても、疑問は、何で塩ゆで小豆?
 ひとつ、勝手に想像するのは、これは、もしかすると、水無月の古いタイプの風味なのかな、とか。
 水無月の歴史や変遷と言っても僕は何も知らないし、お茶のお菓子の歴史と言っても、まあ、ほとんど何も知らないわけだけど、ただ、勝手に想像するのは、砂糖が今ほど手に入りやすくなかった頃の、水無月は、こんなかんじだったのだろうか、なんて。
 たとえば、江戸時代半ば以前の・・・。
 
 で、思い出すのが、最近、たまたま食べることができた、亀屋陸奥さんところの、きんとん
 あのきんとんも、塩味だった。
 この塩風味には、なにか、共通する理由があるのか、ないのか・・・
 
 どっちにしろ、まさか、砂糖と塩を入れ間違えた、なんてことではないよねぇ(いや、ほんの、ジョークです)
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2014_06
24
(Tue)22:36

アゲハ

Category:
 庭、というか・・・
 うちの観葉植物の月橘。
 冬のあいだはリビングで、あたたかくなるとデッキに。
 五月の末頃から、ほとんどデッキに置いてあるんだけど、そこに、アゲハがちらほらやってくる。
 (ほかに、クロアゲハか、カラスアゲハっぽいのも)
 で、こないだなにげに見ていたら、どうやら、卵を産んだみたいなので、探してみると・・・
 (葉っぱにとまって、お尻の先を、むにゅむにゅむにゅ・・・とこすりつけていた)
 
 
 
 とりあえず、三つ見つかった。
 6/18。
 アゲハではないので、美味しいのかどうかはよくわからないが、わりと最近芽吹いた柔らかそうな枝に産んであった。
 
 どうなるのか、ちょっとそのままにしておくことに。
 とはいえ、あまり変化もないのでじうなってるかと思っていたら・・・
 昨日、6/23には、こんな感じに。
 
 
 
 なんか、卵の殻が透きとおって、中になにやらいる感じ。
 写真は二個しか写ってないが、三個ともこんな感じだ。
 
 そして、今日、6/24。
 あらら・・・
 
 
 
 何かのフン様の物が三つ・・・
 でも、よく見ると、毛が生えてたり・・・
  
 
 
 
 
 体長、約2ミリ。
 どうやら、無事? 孵化したようで。
 
 それにしても、三匹目、葉っぱの茶色いところは、食べた跡?
 まだ、葉っぱを丸ごと食べられないので、柔らかいところだけを?
 
 これからどうなるのか、ちょっと、観察。
 ただ、あまりにも月橘の被害が大きい場合は・・・ 

 え・・・いちまが、お友達に、って。。。
 幼虫どうし・・・意気投合?
 
 
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2014_06
16
(Mon)23:45
 以前、ブログでSTAP細胞について、とりあげたので。
 今日の午後、若山教授の会見があったそうだ。
 内容は、「やっぱり」と言ったもの。
 要するに、オボから「STAP細胞」だと渡された細胞は、「STAP細胞」ではなかった、という内容。
 詳しいことはめんどくさいので、いちいち書かないが、ざっと、若山教授関連の記事に目を通したけど、なんか、悲しくなってくるね。
 「夢」破れて山河あり・・・って感じで(笑
 言ってることが全部ホントなら、ほんと、気の毒。
 と、この期に及んでもまだ、「ホントなら」などと疑っているだんなん。もちろん、はじめから、若山教授は「白」とは思っていたが……今回のことで、科学者に対する信頼、というのが、なんとなく、持てなくなった、という感じで。
 まあ、理研の処分後、山梨大に処分を願い出る、とまで言ってたいるのだから、ホントだろう。
 ほんとに、真摯な態度だと思う。
 こういう人に、酷な処分、というのは・・・情状酌量、で。
 って、もっとも、ホントに、知らずに、だまされてた、ということなのだから、それほど重い処分、というふうにはならないとおもうが。
 
 さて、それはそうと、今回の若山教授の会見を受けて、オボと些細はどうでるのか?
 というか、これで、はっきりしたでしょ?
 若山教授は、きっぱり、「STAP細胞が存在するという証拠はない」とまで言い切っている。
 でも、それでもまだ「STAP細胞は、ありまぁ~す」というのなら、それこそ、法廷で白黒つけることになりそう。
 なんせ、今回の若山教授の言うとおりなら、オボは意図的に別の細胞を「STAP細胞」だと偽って、若山教授に渡したということになるのだから。
 でも、そんな結論に、オボが黙ってるわけもなさそうで・・・
 じゃ、もし、オボが反論するとしたら・・・たとえば、こうだ。
 「わたしはぁ、ちゃぁんと、STAP細胞を、若山教授に渡しました。なのに、ちがうって、若山教授が言うのは、おかしいです。きっと、私から渡されたってことにして、別の細胞を検査に出したんです。STAP細胞は、ぜったい、ありまぁ~す」
 と、もしこんなことを言われたら、さすがに、若山教授も黙っているわけにはいかなくなるだろう。
 
 些細も、会見で、「STAP細胞が、存在する」と考えるに値する証拠がいくつある、みたいなことを言っていたが・・・。
 でも、それがSTAP細胞とは限らない、ということは、前のブログにも書いたと思うけど、そういう反論がいろいろあったわけで。
 
 とりあえず、まあ、腹黒いオボと些細、といった感じかな。
 
 それにしても、オボと些細のことはまあ、それとして、ネットのコメントとかで、オボの肩を持っていた人たちって…
 と、その人達のことが心配。
 将来、振り込み詐欺だの、オレオレ詐欺だの、未公開株詐欺だの、とにかく、そういうものにひっかからないように、気をつけようね!
 今回は、オボにだまされたところで、別に実際何の被害もなかったので、よかったわけだけど。
 これを教訓に、人を見る目を養いましょう。
 会見だけ見て、「あの目は嘘をついてない」なんて・・・
 希代の詐欺師、っていうのは、そういうもんだから。とにかく、本人はそう信じ込んでるわけで、そう信じ込んでいてそれを口にするから、本人的に見ればたしかに「嘘はついてない」わけ。
 だから、あなたが「あの目は嘘をついてない」と見抜いたのは、ある意味、正しい。
 でも、「嘘」とは、そういうもんじゃないから。
 あくまでも、本人の言うことと、事実や周囲の状況をすりあわせた上で判断するものだから。
 
 それにしても、いまだに、このニュース流すときオボのアップとか写るけど、そろそろやめたら?
 それとも、詐欺師の顔をさんざんさらして恥かかせよう、って、メディアの、今さらながらの正義感? あるいは、悪意?
 そういえば、NHKの午後7時のニュースでも、オボ紹介みたいな時間があったな。
 割烹着着て、実験室にはムーミンの・・・そして、亀だかスッポンだか飼育してる・・・とか。
 7時のニュースで、こんなこと流したNHKの午後7時はどう考えているのかな?
 視聴者に媚びたつもりだろうけど…やめてほしいな。
 こんなこと流すひまがあったら、もっとちゃんと裏とってからにしろよ。 
 ニュースは、こんな調子。
 ほんと、NHKって、自動的に金が入ってくるから、いいかげんなことばっかり。
 ドキュメンタリーは、15分もあれば済むことを、45分も薄めてやったり。
 ドラマは・・・なんだか、幼稚で、見る気にならない。
 海外のドラマ放映してるなら、少しは参考にしたら?
 ていうか、NHKで見れる番組って、海外のテレビ局の流用だけ。
 たとえば、「トップ・ギア」とか。
 え、ちがう? 「トップ・ギア」は、たしかに、BBC制作だけど、NHKじゃない?
 これは、これは、失礼しましたっ(笑
 
 そう、「シャーロック」だね、BBCのドラマw
 「シャーロック3」は、もうひとつだったが…。
 
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2014_06
15
(Sun)15:03
 この前つくった宇和ゴールドピールがそろそろ無くなりそうなので、6/11に新しいのをつくった。
 
 
 
 今回は、3個分。
 冷凍して保存してあるのを解凍もかねてぬるま湯で洗う。
 今回は、洗ってから、綿のような部分をスプーンで少し削いでみた。
 幅も今までよりさらに細めに。
 ゆでこぼしは一回。
 ゆでこぼしたあと、今まではそのまま重さを量っていたが、今回は、水気を絞ってから重さを量った。
 どれも、できるだけ砂糖がよく滲みるように、と思ってしてみたが、どうなるか。
 砂糖の量は、搾った皮の60パーセントにした。
 三回煮た。
 一回煮て冷やし、二回目も同じようにし、三回目に煮詰めた。
 足した水の量は、皮の重さの約30パーセント。
 皮を搾ったせいか、水分がすごく少ない。
 煮詰め上がった感じは、今までよりよく滲みたようにもみえるが・・・。
 
 しばらく乾燥しておくと、これならレンジにかけなくていいかな、といった色つやに。
 でも、はやく作り上げたかったので、結局、翌日、500w1分、チンしてしまった。
 
 で、今日、6/15、もう、ほとんど粘っこくもないので、瓶に入れた。
 
 
 
 搾ったせいか、なんとなく固め。
 搾ったとき、味見をしてみたが、ほとんど味がなかった。あとで、ほんのり、柑橘の風味が漂う程度だった。
 しかし、できあがってみると、砂糖が味を引き立てるのか、ちゃんと味がする。
 それに、搾ったせいなのか、砂糖の甘みが良くしみ通っている感じがする。
 噛めば噛むほど風味が、というのは今までもそうだが、今まで以上に、しみじみと風味がにじみ出てくる感じ。
 また、砂糖が少ないので、甘みは薄いが、全体の風味は結構メリハリがきいているかな、といった感じ。
 もちろん、これから乾燥して逝くにつれて、また、味も変わっていくだうが。
 
 最近思うのだが、このピールというのは、究極の佗茶菓子だ、と(笑
 さすがに、干し椎茸や干し昆布には及ばないかも知れないが、今時、干し椎茸や干し昆布はちょっと菓子っぽくない。
 (昆布はおつまみで売っているが)
 とにかく、どういう理由でそう思うかというと、
 
 棄てるとこ、しかも、味付けは砂糖だけ、しかも、自家製、そして、素朴。
 
 柑橘の清涼感が抹茶にあうか、と思うかも知れないが、結構いける。
 抹茶によくないお菓子は、抹茶のタンニンを増長してしまうお菓子。
 抹茶、渋く感じないもののやっぱりタンニンがあって、お菓子によっては、ざらつきとして感じさせるものがある。
 そういうお菓子は、まあ、あんまりよくないかな、と。
 もちろん、好みの問題だけど。
 
 あ、それに、橙糖珠(老松)ってお菓子もあることだし。
 もっとも、橙糖珠は、ご馳走菓子だけど。
 
 今の抹茶と甘いお菓子の取り合わせは、たぶん、江戸時代半ば頃、今のような甘いお菓子が出て来てからの味覚を継いでいるのだろう。
 利休さんのころも砂糖はあったが、金(きん)とおなじくらいの値だったとか。
 だから、わざわざ、見せびらかしもかねて、砂糖をまぶして食べていた。
 それに比べたら、ピールも、まだまだ、贅沢?
 
 砂糖、今時、1キロ、180円くらい? もっと安い?
 金って、いくら? よく知らないけど、180円じゃないわな(笑
 物の値段、なんてそんなもん。
 高級品、といってみても、所詮、そんなもん。
 今の高級品も、未来の安もの。
 もちろん、砂糖が安くなったのは、ただ安くなったのと違う。
 誰かががんばったり、いろいろあったり、何かの力が働いたり(つまり、砂糖生産の歴史)・・・そんなのを、なんとも思わずに、普通に享受しているわけだ、だんなんも。
 
 抹茶みたいな、ちょっと「特殊?」なものを好きで飲んでると、ときどき、ちょっと奇妙な気分になることがある。
 今、この一碗の抹茶が、この手の中にある、というのはどういうことか、と。
 それは、ただ、千何百円だせば、手に入る、と言うものではない。
 つまり、目先の、経済的な、等価交換さえすれば手に入る、というものではない、と思えてくる。
 抹茶が、ここにある、とはどういうことか。
 もちろん、これは、抹茶に限ったことではない。
 ただ、抹茶は考えやすい。
 とりあえず、歴史的には利休まで遡ってみる。もちろん、それ以前、栄西、さらに中国にまでも遡ることはできるが。
 一方、現在。抹茶の生産や流通など。
 この手の中にこの一碗の抹茶があることが、不思議だし、奇跡のように思えてくる。
 もちろん、これは、抹茶に限ったことではないが。
 でも、なかなか、普通に生活しているとそんな思いには至らない。
 
 
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2014_06
14
(Sat)21:47
 6/7に、上生セットを買ったとき使った高島屋の商品券。
 おつりはもらえないので、金額あわせに、ル・プティ・スエトミといっしょに買ってみた。
 
 肉桂煎餅  しのわ  末富
 
 
 「しのわ」とは、シノワズリー(中国趣味)からの銘とのこと。
 肉桂が日本に伝わった当時(江戸時代・享保の頃で、十八世紀初め)、肉桂の香りは、異国へのロマンをそそるものだったとか。
(以上、「しのわ」のそもそも書きより)
 「しのわ」は、わざわざ、フランス語で、フランス(ヨーロッパ)からの支那への異国趣味と、日本からのフランスへの異国趣味をそそるもの、という二重の意味でのめいなのかな、と。
 
 ちょっとしたお菓子だが、こう見えて、実は、二種類の煎餅が入っている。
 
 
 長方形  ときわ木  百万遍 かぎや
 三角  黄檗  百万遍 かぎや
 丸  しのわ 

 
 砂糖がかけてある。
 
 
 
 
 こちらは、醤油・・・
 ではなく、黒砂糖。
 食べたとき、なんとなく、醤油みたいな・・・と思ったが、原材料を確かめてみると、黒砂糖だった。
 
 煎餅、といっても、いわゆる一般的な煎餅ではなく、麩の焼系。
 かろやか、ふんわり、さく、・・・雲のように溶けて消える。
 砂糖や、醤油みたいな黒糖の風味のあとに、ほんのり肉桂の爽やかな余韻。
 ふうん、この余韻が、まだ見ぬ異国への夢や憧れ、というわけかな?
 
 今時、なかなか、まだ見ぬ異国への憧れや夢、というのはもちにくいし、そういうロマンの形というのも無くなってしまった感じがする。
 なんせ、テレビにしろ、ネットにしろ、異国の情報なんてあふれかえってるわけだし。
 そう、しかも、視覚的情報。しかも、動画。ストレート。しかも、異国の品物もそこらじゅうにあふれかえってる。
 だから、遠い異国を話に聞いて(そもそも遠い異国という観念自体が無くなった気がする)、あるいは、異国から伝わった小さな品物から、いろいろと想像して夢を膨らませる、あこがれる、といった異国趣味は、もう無くなってしまった(気がする)。
 そんな、いまでは絶滅してしまった情緒を、ふと、思い起こさせてくれるようなお菓子。
 かるく、ふんわりとして、さくさく・・・そして、儚くとけていく麩の焼の口当たり。
 そのあとに、ほのかに漂う肉桂の余韻。
 この口当たりと余韻が、失われた異国趣味を思わせる。
 
 正直、今時「しのわ」(中国趣味)はないでしょう? しかも、なぜ、フランス語?
 って思ったけど、食べてみて、納得。
 それに、ただ地理的な異国趣味というよりも、そんな異国趣味自体が無くなってしまったような今となっては、時間的異国趣味、つまり、ちょっとしたノスタルジーまでをかんじさせる。
 こういうところが、和菓子がたんなるスイーツではない所以なんだけど、そんなことまでしっかりおさえた、和菓子らしいお菓子。
 
  追記
 しのわ のことではないけど、黄檗は、この季節、あまりきな粉をかけない方がおいしい。
 きな粉をたっぷりかけると、おもく、くどくなる。
 冬は、たっぷりかけると美味しかった。
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2014_06
14
(Sat)20:44
 前の記事、「上生三品 末富」のお皿。
 おなじく、6/7に、たまたま京都大丸で見つけて二枚購入。
 クリスタル、ハンドカットで、分厚く、重厚。
 で、最初見たときは悪くないと思ったが、家に持って帰ってみると・・・どうかな・・・って。
   
 
 ル・プティ・スエトミ  最中 こしあん  末富
 
 
 徳用松風   亀屋陸奥
 
 
 焼きあづき  亀屋良長 と  宇和ゴールドピール  自家製
 
 
 鴨川鮎   俵屋吉富
 
 
 若鮎  大極殿
 
 
 若鮎  大極殿   トレイヴァージョン(笑
 
 涼しげで、悪くなさそう^^
 
 
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2014_06
14
(Sat)20:15
 先週、6/7(土)に京都へ、菓子などを買いに。
 天気が不安定だったので、末富本店へ行くのは見あわせて、四条高島屋へ。
 地下の末富さんの店舗で購入。
 
 青梅  求肥製  末富
 
 
 
 思わず、「ういろうですか?」と聞いてしまったが、求肥製、とのこと。
 青梅、今まで食べたのは、どれもういろう製だってので。
 ただ、食べてみるまでは、ういろう製だろう、店員さんのかんちがいだろう、と頑固に思い込んでいた。
 歳をとるとこういう思い込みが激しくなって困る(笑
 
 種は、漉し餡。
 食べてみると・・・たしかに、求肥、かな?
 この季節、求肥というと、若鮎、など、鮎調布の種の求肥を食べる機会が多い。その店によっていろいろあるけど、だいたい、ぷるん、として粘りがあり・・・みたいな感じだけど、この青梅の求肥は違っている。
 また、求肥製の「大福」のようなもの(要するに、求肥の皮)も、粘りがあったりするが、それとも違った感じ。
 ぷるん、という感じもなく、粘りがあるかというと、それほどでもない。
 どちらかというと、ういろうっぽいと言えばういろうぽっいが、腰がある感じで、かため。
 
 7日は、蒸し暑かった。
 なので、この求肥は、厚ぼったく感じた。
 ういろうの方が、この蒸し暑さにはいいかも。
 水無月が、ういろうなのも、頷ける。
 
 鉄線  求肥製  末富
 
 
 
 四条高島屋の地下の末富さんで扱っている上生は、三個セット(あるいは、4個セット)。
 なので、さすがに、ひとつのセットに求肥製ふたつは入れないだろう、とおもったら、なんと、こちらも求肥製。
 うーん・・・
 できれば、せっかくの三個セットなのだから、意匠はもちろん、素材も別々のものだと、とてもうれしい。
 
 種は、粒餡。
 鉄線も、ういろう製のものにはなじみがある。
 青梅以上に、かための求肥。
 というか、青梅とは、また、べつものの求肥に思えた。
 おなじ店でつくっていて、同じ時期に出している求肥でも、こうまでちがうのかな、と。
 もっとも、たしかに、花びらのエッジ、角をピンとするには、柔らかい求肥ではだめなわけだけど。
 
 ただ、これも、ういろう製のほうが、よかったかな、と。
 
 それにしても、これらの求肥製のお菓子を食べたお陰で、ういろうのよさがよくわかった。
 そう、この梅雨時の、じめじめして、蒸し暑いような、寒いような、そんな季節に持ってこい。
 ぽってりとした暑苦しい感じはなく、それでいて、涼感はあっても冷えすぎず。
 とくに、「水無月」は、名作ちゅうの名作、っていうわけか。
 もともと、厄除けで氷を食べた、それで、魔除けの力があると信じられてもいた小豆を載せるわけだけど、この暑苦しくもならず、冷えすぎず、という点からも、小豆はさらにいい感じ。
 涼しげだけど、冷えすぎず。
 
 紫陽花きんとん  きんとん製  末富
 
 
 
 紫陽花の花に、露。
 露の寒天が大きめなのが、末富さんらしい感じ。
 もちろん、色合いは言うまでもないことだけど。
 
 種は漉し餡。
 そぼろは、芋(または、芋入り)。
 
 いつものことながら、末富さんのきんとん、食べる度に感動するのが、餡とそぼろの口当たり。
 風味が違わなければ、滑らかさではまったく区別がつかない。
 餡でも、そぼろでもなく、きんとんを食べている、と実感する。
 
 蒸し暑いので、きんとんなんて、おもくて、あつくるしくて、どうかな? と思うかも知れないが、そういう感じはない。
 芋が、それなりに爽やかさを醸し出す。
 まあ、先に、食べた求肥製がちょっと厚ぼったく感じられたせいもあるかも知れないが。
 
 
 おまけ
 
 ル・プティ・スエトミ   もなか  漉し餡  末富 
 
 
 
 プチ最中。
 実は、今回、ちょっと訳あって、高島屋の商品券を使った。
 その金額あわせのために、付け足しで、1個購入。
 
 以前も食べたことがある。
 その時は、まあ、こんなもんかな、という感じだった。
 その時にくらべて、最中の餡にありがちなねっとりさが、少なくなっている感じがした。
 なんとなく、ねっとりというよりは、さら、ぱさっ、とした感じ。
 もちろん、ぱさついているわけではないが。
 そこに好感を持った。
 いわゆる、ねっとりした餡の最中、らしくなくて。
 餡には、えぐみ、というのではないが、小豆のそういう感じも残っていて、ただ甘い、上品なだけの餡ではなく、そこがアクセントになり、もちろん、どろ臭みなどなく、しゅっとしていて、それも印象に残った。
 衒学的、とまでいうと皮肉もこもってしまうが、衒学的とまでは言わないまでも、ちょっとばかりそんなところもちらほらとちらつかせながら、ここちよい、末富さんらしい餡かな、と(笑
  
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2014_06
11
(Wed)19:45
 結構、久しぶり? のブログ。
 石を据えて、しばらく、ブログを書く気にならなかった。
 腰も痛かったし(笑
 
 先々週、ちょうど石を据えた頃、5月だというのに7月並に暑くなった。
 ので、どうしようかと思ったけど、やっぱり、パーゴラにシェードをかけることにした。
 梅雨の前だから、曇りも多いだろうから、どうしよう、というのがひとつ。
 もうひとつは、パーゴラの葡萄棚計画が、なんとなく急展開?
 東側のパーゴラのシャイン・マスカットが異様に伸びて、パーゴラの枠に到達。
 なので、去年までのようにパーゴラの上にシェードをかけることができなくなった。
 
 
  
 ちなみに、葡萄の方は、誘引するため、パーゴラに斜めに竹竿を渡した。
 
 
 
 さて、それはそうと、シェード。
 パーゴラの上にかけるわけにいかないから、下に張るしかない。
 で、軒側は鳩目に通してあったロープでパーゴラに固定。
 
 
 
 さて、向こう側をどうするか。
 とりあえず、鳩目に通っていたロープをパーゴラに固定してみるが、たるんで、よくない。
 というのも、このシェード。
 軒にした方は鳩目が四つ。向こう側は、鳩目が二つ。普通は、この二つの方のロープを地面に打った杭などに固定する。
 が、うちはそうもいかない。
 で、鳩目二つの方に、竿が通せるようにしてあるようなので、とりあえず、なにかを・・・通してみることにした。
 ちょうど、去年トマトか、ゴーヤの時に使った竹竿があったので通してみた。
 100円ショップで買った、210センチの、緑のビニールが巻いてあるヤツ。
 竹竿を通して、パーゴラに・・・
 そのとき、ピン、ときた。
 これが、なかなか、優れものだった(笑
 こんなふうに・・・
 
 
 
 そう、竹の弾力を利用して、パーゴラの支柱と筋交いのあいだに固定できるのだった。
 こ、これは!
 スタップ細胞以上の大発見!
 なんてわけはないけど(笑
 
 しかも、これ。
 曇ったら、竿をパーゴラから外して、シェードをくるくるまいて・・・
 
 
 
  
 
 こんなふうに、シェードを仕舞うことも。
 所要時間、わずか3~5分。
 
 横に竿が突き出ているのが、なんかかんざし、みたいなので、かんざし と命名。
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2014_06
06
(Fri)00:16
 900×450×100ミリの古板石を据えた翌日の5/31に、もう一枚の石も据えた。
 1500×400×100ミリ、推定120~130キロの。
 さすがに、これは一人ではできないので、奥さんに手伝ってもらった。
 
 
 
 と、まあ、こんな感じに。
 欠けてるところを奥にして、手前を沈めがちに。
 なんとなく、昔の建物の遺構のようなものがのぞいている、みたいな感じに。
 
 全体では、こんな感じに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  上のは東側から見たところ。
 手前の板石と奥の板石が、なにか、階段か道か何かでつながっているように見えて、なかなかおもしろくなったかな、と。
  
 実は、石を買う前、さすがにサイズが大きいのでどんなふうになるのか、段ボールを石のサイズに切って、試しに置いてみたりした。
 
 
 
 
 
 上、段ボール。下、古板石。
 
 今回購入した造園屋さんで扱っている古板石には、他にもいろいろなサイズがあり、そのサイズに段ボールを切ったり貼ったりして、いろいろ置いたりもしてみた。
 その結果、今回のサイズと置き方が一番いいかな、と。
 というか・・・
 だいたい、はじめからこれとこれ、と見当はついてて、念のため、他のサイズも試してみた、と言う方が正しい。
 
 ただ、石は実物を見たわけではなくネットの画像。
 だからどんなのが来るか・・・来たとこ勝負、だったわけだけど、来てみたら、景色がある、なかなかいい石だった。 
 
 ウチの家には、南側に掃き出し窓が三面ある。
 西の窓から見ると、一番上のような、石が一枚だけ。
 真ん中の窓からだと、二枚。
 東の、お茶に使っている部屋の窓からだと、石が見えない。
 西と真ん中はひとつの部屋の窓だから、おなじ庭の別の角度という感じ。
 お茶の部屋からはがらりと雰囲気が変わる。
 というか、別の庭。
 石のある庭と、石のない庭。
 
 それはそうと・・・石はいい。。。
 かんかん照りの日に、石に打ち水をすると、それはそれで、涼しげになるけど、
 やっぱり、自然の雨にしっとり・・・というのが、たまらなくいい^^
 
    
 
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