2014_10
20
(Mon)21:57
 柿きんとん  亀屋陸奥
 
 
 10/18に、亀屋陸奥さんへ、徳用松風を買いに。
 その時、ふと、目についた・・・
 「柿きんとん」
 柿きんとん? 
 たしかに、そぼろがなんとなく柿の実の色をしてるけど、どんなきんとん?
 尋ねてみると、そぼろに柿が入っているとのこと。
 種は、粒餡。
 そぼろに栗や薯蕷や黒糖などが入っているのは今まで食べたことあるが、柿というのははじめて。
 とてもめずらしいので買ってみた。
 
 たしかに・・・ほんのり、そぼろに柿の風味。
 どうやっているのか、柿の実をすり下ろしてなのか、ピューレのようなものを練り込んでいるのか、よくわからないけど、つぶつぶ感などはまったくなく、とても滑らか。
 そぼろは、薯蕷入り、あるいは、薯蕷っぽく、粘りがある。
 すこし柿の風にはむらがあり、濃いところは口に入れたとたん、柿の風味が漂う。
 薄いところは、食べた後、舌に柿の甘みが張りついている感じ。
 柿の風味、といっても、自然の柿の実を食べているのは違って、柿の実では味わえない柿の味。
 柿というと、甘みが独特で、酸味もなくて、ちょっとくどい甘み一辺倒、っていう感じだが、このきんとんはそんな感じではなく、「フルーティ」といった柿の風味。
 また、柿の風味と種の粒餡もしっくり、調和している。
 
 柿の実を使っている菓子、というと、柿羊羹とか、干し柿の中に餡を詰めたものとか・・・とにかく、あの柿独特の甘すぎるような甘さ、くどいような甘さが特徴となっているが、これはそうではなく、すっきり。
 
 すごく印象的で、気に入ってしまった。
 
 織部  薯蕷製   亀屋陸奥
 
 
 柿きんとんの隣に並んでいて、気になったのでいっしょに買ってみた。
 種は漉し餡。
 皮はとても薄い。ふっくら、もっちりとした皮を期待していると、ちょっと期待はずれ。
 しかし、この薯蕷はそういうことではなくて・・・
 
 なんというか・・・餡がとても澄んだ風味。甘さが澄んでいる、というのではなく、全体の印象。
 すっとしていて、煩悩や雑念が洗い清められていくような・・・。
 いやいや、この薯蕷自体、煩悩や雑念がない、とでも言うか。
 こんなに、しかも、こんなふうに、雑念や煩悩が洗い清められていると言った薯蕷は、はじめて。
 さすが、お寺さん好み、ということか。
 
 姿もとてもすっとしている。
 織部、というのは今さら言うまでもなく、緑のワンポイントがあるからだが、元をたどれば古田織部好みということ(織部の好んだ意匠を薯蕷に流用したわけ)。
 あのひずんだ茶碗に代表されるような、煩悩丸出し、というか、自己顕示欲っていう煩悩そのままの、その煩悩を徹頭徹尾貫き通して自己肯定しているような、そんなイメージを持っているが、この薯蕷は、対極。
 
 今月の初めに、ちょっと、鶴屋吉信製の紅白薯蕷を食べる機会があったが、その薯蕷ともまったく違う。
 まあ、こっちはお祝いの薯蕷だから、むっちり、ぽってり、もっちり、たっぷり、はなやかにいろいろおめでたく詰め込んである感じだった。
 そういえば式に、不祝儀の時に戴く薯蕷は、ただ色や意匠だけではなくて、風味などの印象も違っているような・・・
 使いようによって、いろいろ、調整しているのだろうか?
 
 秋山紅  黄身時雨製  鶴屋吉信
 
 
 おなじみの黄身時雨。
 奥さんが、黄身時雨が食べたい、食べたいというので。
 種は漉し餡。
 ふわり、しっとりとした黄身時雨、あんもほろほろと黄身時雨といっしょに口の中で溶けていく。
 なかなか、黄身時雨をあつかっている店がないなかで、この季節に手軽に手に入るので、ありがたい。
 もちろん、いつもながらおいしくて、リピートする気持ちもわかる。
 
 この日は、京都駅近辺をまわっただけだったので、最初伊勢丹の地下に行ったが売り切れで、キューブのお土産小路で買うことができた。
 キューブのお土産小路は、実は、ちょっとした穴場。
 鶴屋吉信さんの上生、京都駅近辺では、伊勢丹の地下が売り切れでも、ここに行くと手に入ることがある。
 
 
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2014_10
19
(Sun)01:00
 今日、10/18、ひさびさ京都へ。
 主な目的は、亀屋陸奥さんの徳用松風。
 京都駅から七条通を西に向かって歩いて行くと、ふと目についたものが。

 なんとなく店のなかに入って、見ていたら、お店の人が出て来た。
 なんでも、鰻をとるためのもんどり、だとのこと。
 で、ちょっと気に入ったので、新しいのも出してもらった。
 新しいのは竹がまだ青くて、なんとなく頼りない。
 といって、見本のはちょっと傷んでいてどうしようか迷っていたら、もうひとつ、柱の陰にあるのを見つけた。
 それがこれ。
 もんどりなので入った鰻が出られないように、取り外しのできるロート状になった口がついているのだが、これはついていなかった。
 ただ、風合いや、口のところが細かいヒゴで編んであるなど、見本や新しく出してきてくれたのよりちょっと作りが良かったので買うことに。
 定価1200円だけど、口がないので800円に^^
 
 お店は、そのときはそのまま確かめずに過ぎてしまったが、帰ってネットで確かめてみて、たぶん、河合商店さんというよう。
 出て来て話してくれたのは元気なお婆さんで、いや、お年は召しているがお婆さんというのは失礼な感じの人で、なんでも、天保年間からここで日用雑貨の店を営んでいると言うこと。今はお孫さんが店をやっているが、なんと7代目だそうだ。
 ちょっと見、どこにでもある荒物屋さんというか、そんな感じの店だけど、天保年間からって・・・
 他にもいろいろ、竹の籠やザル、三宝、木製の風呂の洗い桶や腰掛けなど・・・
 
 それはそうと、買ったのはこれなわけだけど・・・
 
 
 縦、60センチほどある。
 口に麻紐を巻いて・・・
 何にしようかと思ったかというと・・・
 
 
 
 まあ、なんと言うこともいかな。
 あり合わせの造花の桜を・・・
 
 
 
 まあ、画像ではこんな程度だけど、花を生けてはっとした。
 ありふれた、ただの、粗野なもんどり。
 お茶用に、魚を入れるビグをかたどった籠などがあるが、そんな綺麗なものじゃない。
 でも、それに、まあ、造花だけど、花を生けたら、ものすごくひきたつ。
 花ももんどりも。
 佗茶というのが何か、はっと閃いた気がした。
 佗茶の醍醐味を悟った気がした(悟った、とは、なんとも、うがった、傲慢な言い方だが)。
 まあ、今は造花だけど、実際は、花ももちろん野の花なわけで。
 
 雑器を茶碗にしたり、また、漁具であるビグのようなものを花入れにしたり、竹を切って花入れにしたり・・・
 たしかに、そのものが美しいというのもあるにはあるが・・・
 そうじゃないような気もした。
 そのものが美しいどうこうよりも・・・
 
 なんでもないものとなんでもないものとの出会い、とりあわがはっとするような感動を生み、しかも、そのなんでもないものは、そのためにつくられているわけではない・・・
 (もんどりは花を生けるためにつくられてはいなしい、花は活けられるために生えているのではない)
 
 まあ、現存する井戸茶碗のことなんかで言うと、たしかに、そのもの自体が「美しい」とされているけど・・・
 なんか、ほんとにそうなのか? という気になった。
 そのもの自体よりも、何かとの取り合わせで、むしろもとはただの日用雑器である井戸茶碗が、はっと息を呑むような感動を発揮する・・・
 もちろんそれは、ただ他の道具との取り合わせだけでなく、それを使う人もふくめて。
 たしかに、井戸で言えば、そのものが美しいとかんじる茶碗もあるけど、その、そのものだけで美しいと感じてしまう感性自体を、ちょっと疑ってみても悪くないんじゃないか・・・
 と、まあ、閃いたのはそんなこと。。。
 
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2014_10
17
(Fri)20:02
 だいぶブログをサボっているあいだに、季節もかわり・・・
 ほんとはいろいろ、記事にしようと思って、画像アップしたままで放置されてるのがあるなかで・・・
 とりあえず、いちまがお着替えお着替えというので・・・
 

 
 まあ、いつもの、龍田川。
 ちょっと帯はいつものとは違うけど。
 帯は、水色の絞りのところは、実は梅の花。春のものだけど、この水色の色目がいつものより水や流れらしいかな、と。
 龍田川、というのは、まあ、「ちはやぶる・・・」とかの歌のようだから。
 上着の単衣がもみじで、比翼の下着が水色の絞り。帯も水色。
 これは、奥さんが仕立てた。
 
 
 
 後ろは、普通に蝶結び。
 帽子は・・・まあ、常磐木か・・・^^
 
 あ、そうそう・・・帯の、義叔母からもらったこっさげのあたりになにやらあたらしいのが・・・
 
 
 
 ちりめんテディ・ベア(のような・・・笑)
 9/27に京都に行ったとき。
 いつもよく行くコース、東山から白川沿いに知恩院の途中で、みつけた、和物雑貨の店で・・・
 雑貨店が以前からあることは知っていたが、いつもとほんのちょっとコースを変えて、たまたま店の前をとおることになって、目についたのがこのちりめんテデ・ベア。
 「モダン和イズム 洛禅 RAKUZEN」というお店。
 姪姉妹にと思ってあとふたつ買ったが、実は・・・僕が一番欲しかったりして・・・。
 HPもあるみたいだ  モダン和イズム 洛禅 RAKUZEN
 
 さて・・・
 お着替えがすむと、なんだか・・・いちまが・・・
 「まだ? おとうさん まだかな~?」と・・・
 で、ひさしぶりにひっぱりだしてきて、つづきを・・・
 米沢紬の単衣・・・
 過去の記事見ると、な、なんと・・・一年以上ぶり・・・  2013/10/6
  
(しかもタイトルも、酷似している・・・人間、毎年違ったことをしているようで、実は、おなじ季節におなじことを考えるものなのか・・・)
 しかも、おなじく、龍田川に着替えたとき・・・。
 秋になると、なんとなく、縫い縫いしたくなる?
 ま、それはいいとして、ただ、実は、今年の・・・いつ頃だったか・・・二、三ヶ月前にちょっとしておいたことがあった。
 衿下と裾。
 ここは、みつおりぐけにするところ。綺麗にするには、アイロン当てて、まち針を打っておくといい。
 そのまち針うちまでをやっていたのだ。
 で、今回は縫うだけ。
 なにがめんどくさいか、というと、まち針うち。かといって、ここをおろそかにすると、仕上がりが、まずい。このまち針うちに比べれば、縫うのはたいしたことない。
 とにかくそのめんどくさいまち針うちをすましていたお陰で、まあまあ、それなりに、すんなりできた・・・(といっても、ひさしぶりで、衿下と裾、たったこれだけに、二時間もかかったが)
 
 
 
 で、次は、衿。
 ただ、衿はちょっと考えもの。
 こんな格子のがらだから、衿のがらの出し方ひとつで、ずいぶん着物のイメージも変わるし、いちまが引き立つかどうかも変わってくる。
 今、思案中・・・
 
 にしても、格子柄というのは、和裁の本なんか見ると、「初心者向き」なんて平気で書いてあるけど、とんでもない。
 ほんとに真っ直ぐ綺麗に縫わないと、格子がいがんだりずれたり・・・
 実は、前衽、一度ほどいて縫い直しているのだ(以前のブログに書いてないと思うけど)。
 身頃と衽の縫いあわせたところの横の線が、ビミョウにずれていたので。
 絵柄の方が、たしかに、裁断の時にいろいろ思案しないといけないけど、縫うときは、ここぞの所をしっかりあわせておけばまあいいので、それはそれで楽かも。
   
 それにしても、この単衣、いつできあがることやら・・・
 まあ、気長に待っててな、いちま~^^
 
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