2015_02
26
(Thu)20:14
さわらび  薯蕷製  鶴屋吉信
 

 蕨の先の薯蕷地がほんのり、緑に染めてある。
  
  石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも  
 
 なんというか、「さわらび」ときくとほとんど脊髄反射的に、「万葉」の志貴皇子のこの歌を思い浮かべてしまう(人もすくなくないのでは?)。
 雪解けの水か、水が飛び散る滝の岩場、そんなところに早蕨が芽を出した春、というわけだけど、この歌、蕨がめをだすということからすると、新暦の4月終わりか、5月頃のような。
 すっかり春めいて、というよりは、もう、ぽかぽか、そのぽかぽかの空気を切り裂くように岩に飛び散る雪解けのひんやりした滝の水。
 そこに芽吹く、みずみずしい蕨。
 とまあ、この歌をひかなくても、山へ蕨採りに行くのはいつ頃?
 といえば、このあたりは、G.W.のころ。
 
 なので、この さわらび、時期的にはかなり早く季節を先取りしたもの、といえる。
 ぽかぽか陽気の春を待ちわびる薯蕷。
 
 といえばそのままだけど、真っ白な薯蕷をいいことに、無理矢理、こんなあり得ない情景を想像してしまいたくなる。
 雪のなかに芽を出す早蕨・・・
 あまり深くはない雪だ。
 そんな雪のなかから、にょっきり・・・蕨が。
 もちろん、あり得ない。
 ただ、蕨の先にみどりがそえてあるのは、これは、下萌え や 雪間の草 などのなかまか、と。
 そして、さらに、この蕨は、蕨そのものではなく、春を待ち望む気持ちを象徴的に表したもの、かと。
 下萌え や 雪間の草、は、その銘のとおり、雪の下の草、つまり、春を待ち望む気持ちはまだ雪のしたに埋もれていて、ちらほら・・・うかがえる程度。
 ところが、この、さわらび、はにょっきり。
 雪のしたに埋もれていた春を待ち望む気持ちが、2月のこの時期、すこしあたたかくなりかけてきたとはいえ、まだまだ寒さも厳しいことがある、この時期に、にょっきり。
 しかも、あのぽかぽか陽気に芽を出す、だからきっとそんなあのぽかぽか陽気を連れてきてくれるにちがいない、早蕨が、にょっきり。
 まあ、5月はじめころに芽を出す蕨をもってくるなんて、ある意味、せっかちもせっかちだが、僕にはこの薯蕷がそんな薯蕷のように思える。
 
 種は漉し餡。
 でも、それよりも薯蕷が、ふかふかで、このふかふかが、ぽかぽか陽気を思わせる。
 気のせいかも知れないが、冬の薯蕷はけっこう目が詰まった感じがするが、これは、ふかふか。
 やっぱり、早蕨の焼き印が押してあるとおり、そんなぽかぽか陽気を口のなかに呼び込んでくれる。
 

 この薯蕷も結構食べているし、以前、ブログにも載せている。
 この手の、すっきり、シンプルな意匠の上生は、それゆえ、なんとも愛すべき上生である。
 
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2015_02
25
(Wed)20:48
 ひなの袖  外郎製  鶴屋吉信
 

 昨日、2/24、奧さんが買ってきてくれた。
 以前も、たぶん、結構何回も食べてるとはおもうけど^^
 ブログに載せるのも、たしか、2回目。
 
 ちいさな袖。
 立ち雛の袖のような。
 桜のがら、そして・・・
 と、ちょっと調べてみたら、やっぱり。
 淡紅と萌黄で、襲の「桃」ということらしい。
 桃の節句だから。
 でも、ほんと、この袖の立ち雛を想像するのは、たのしい。
 
 袖型の外郎製の上生というと、葵祭のころにでる 賀茂斎王 をすぐに連想する。
 賀茂斎王の方は、薄青と薄紫で、「葵」という襲の色目のよう。
 そして、葵のがら。
 
 賀茂斎王は、袖の耳が丸くなっていないが、
 

 雛の袖は、丸くなっていて、なんとなくこのあたりが、この袖の着物を着るのがちいさな女の子、という感じがする。
 つまり、かわいい、ちいさな袖、「雛の袖」というわけ。
 (一方賀茂斎王のほうは、もうすこし大人びた女性を連想させる)
 全体の形も、ふっくらと丸みをおびていて、かわいい。
 
 くちあたりは、外郎なので、この季節、かなりひんやり。
 食べた24日は、3月中旬頃の陽気だった。
 このひんやりは、ちょっと、花冷えっぽくて、ああ、そう、そう、これが春のヒンヤリという感じで、なかなかよかった。
 
 種の漉し餡、一見、黒い漉し餡だけど、手芒や白小豆で、小豆の力強いところ、別の言い方をすれば、なんとなくつんとくるところ、あるいは、えぐみに通じるところ、というか、とにかく、小豆のあのクセ(もちろん、このクセがあるから小豆は美味しいのだけど)を感じなくしてあり、その風味も、「雛の袖」というにふさわしい 可愛らしい風味。
 
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2015_02
24
(Tue)22:18
 窓の梅  鹿の子製  千本玉壽軒
 

 
 これも、2/14、京都高島屋の地下上生売り場で。
 奥さんチョイス。
 
 窓の梅、という銘のとおり、黒粒餡の鹿の子のうえに純白のそぼろ、紅梅色のチョボがふたつ。
 たぶん、この白いそぼろが窓で、チョボが梅の花なのだろう。
 それにしても、鹿の子のうえにこんな「窓の梅」をもってくるとは、なんとも、大胆というか、斬新というか・・・。
 
 でも、見た目だけで判断するのはよくない。
 買うときに、川端道喜さんの早春梅のことばかりに気がいっていて、これの種を確かめなかった。
 それがよかった、種はなんと・・・
 

 
 知っていれば、包丁で切ったかも知れないけど、何も知らずに、黒文字で・・・
 なので、こんなにぐっちょりなってしまったが・・・
 中心になにか、梅肉のようなものが。
 そのまわりを、ピンク色の白餡らしきものがつつんでいて、その外側に大粒の丹波大納言。
 なんとも、びっくり。
 
 しかも、食べてみてまたびっくり。
 梅肉とおぼしきものは、求肥。
 ピンクは白餡で、窓である純白のそぼろは大和芋。
 大粒の丹波大納言のづぶつぶ感と求肥のぷにゅっとした食感の調和というか、対照というか・・・とにかく、面白い食感。
 そして、ほんのりと漂ってくる梅の風味・・・。
 あれ? もしかしてこれは、この梅肉色の求肥の味かと思いきや・・・
 なんと、窓の梅、ぽっちり上にのっているこの「梅の花」の風味。
 なんとも、意外で、おもしろい鹿の子。
 そして、なによりも、なんかすっきりとしないこのごてごて感から、考え出した菓匠さんの、苦心惨憺がうかがえる。
 しかし、このごてごて感はマイナスではなく、むしろ楽しく、面白く、新鮮で、斬新でさえあったり。
 
 それにしても、鹿の子が黒いので、これは夜の闇のなか、窓から漏れる灯りに照らされた「窓の梅」か、とも。
 あるいは、夜の闇のなか、窓の明かりにてらされた雪と、そのなかにぽちぽちとうかぶ、紅梅か。
 そして、風味も、そんな夜の闇のなかに、ぽっちりと灯ったあかりのように香る梅の花を彷彿とさせる。
 
    春の夜のやみはあやなし 梅の花 色こそみえね 香やはかくるる

 僕としては、この歌を詠んだみつねさんの気分。
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2015_02
22
(Sun)20:29
 ふっと、お茶の部屋へ行くと、なんか、段ボールの箱がひとつ。。。
 ブランチがすむと、おくさんがなにやらはじめた・・・
 小一時間ほど経つと・・・
 
 

 

 
 まあ、僕も手伝ったけど^^
 (軸をかえたり・・・)
 
 P2221680 (512x384)
 
 お雛様、七段飾りだかなんだか、さすがに、全部飾るのは大変、片付けるのはもっと大変(僕としてはもう二度としたくない・・)、というわけで、ローテーションで飾ることにした、のだそうだ。
 今年は、内裏様・お雛様と、仕丁。駕籠と牛車。
 なんとなく、野遊びヴァージョン? 
 仕丁をともなって、これから春の野辺に出かけようか、って感じで。
 ひな壇は、すだれの箱を積んだ。
 
 P2221674 (448x336) 
 いちまの豆雛も・・・^^

 P2221676 (448x336)
 いちまの、いちまさんも・・・(笑
 はやく、女の方、おべべを・・・。
 いちまが縫ってあげるように!(笑
 
 それから、ふだん退屈しているうさ金時とQPは、駕籠を。
 P2221666 (448x336)
 
 ぶんちんとポニョは、牛車を。
 P2221667 (448x336) (2)
 
 持ってくのはこのお菓子・・・
 P2161492 (448x336) - コピー (384x288)
 
 
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2015_02
20
(Fri)20:21
 初参り  蓬羽二重製  塩芳軒
 
 

 
 2/14 四条高島屋の地下上生売り場で購入。
 塩芳軒さんといえば、あの食感が忘れられない、羽二重製の福梅。
 その羽二重に、蓬が入っているというので、どんなもんかと、食べたくなったので。
                                         *
 しかしながら、この 初参り 、みた目は単純ですっきりしているにもかかわらず、それほど単純な上生ではないのだ。
                                         *
 「初参り」とはなにのことか?
 店員さんも、「どうしてこの時期に、『初参り』という銘なのか、よくわからないのですが・・・」と。
 「新年の『初詣』のことのようでもあるし、赤ちゃんの『初参り』のことなのかもしれないし・・・」
 赤ちゃんの「初参り」とは、生まれてからはじめてするお宮参りのこと。
 ならば、それぞれの赤ちゃんによって時期はまちまちなので(だいたい生後30日前後ということらしい)、この季節に、しかもこの姿、である必要はない。
 それとも、この時期に「初参り」をする赤ちゃんだけを対象にした、特別な上生?
                                          *
 姿は、蓬のみどりした羽二重に氷餅粉がふりかけてある。
 そして、鈴の焼き印。
 鈴はもちろん、神社の賽銭箱の上にあるあの、お参りするときに、神様の耳をそばだたせ、注意を惹くための、あの鈴だ。
                                          *
 さて、では、蓬地に氷餅粉とは・・・
 もちろん、氷餅粉は雪。
 そして、蓬地は、見たまま・・・
 そうたとえば、この歌・・・   
   
    きみがため 春の野にいでてわかなつむ わがころもでに雪はふりつつ (光孝天皇)   
 
 そう、早春の野辺、というわけ。
                                          *
 たしかに、新暦の新年ではまだ、この蓬地の緑ははやすぎる。
 でも、旧暦の新年であれば、どうか。
 たとえば、今年で言えば、2/19が、旧暦の元旦にあたる。
 すでにこの頃には、上生の世界でも、「下萌え」や「雪間の草」といったお菓子も店頭にならんでいるし、野辺もぽちぽち緑が目だちはじめる(もっとも、地方によりまちまちだけど。上生は京都で生まれ京都ではぐくまれてきたものなので、当然、自然、季節のうつりかわりも京都が基準になっている)。
 そう、この 初参り は、姿を見ればわかるように、これら「下萌え」や「雪間の草」といった早春の上生の仲間なのだ。
                                          *
 しかも、ただ、早春の野辺を表しているだけではない。
 鈴の焼き印によって、「初詣」という、人びとの暮らしの行事をも表している。
 つまり、この 初参りは、そのシンプルな見かけによらず、シンプルな姿によって、移りかわる自然の情景とひとのくらしの行事を、つまり、自然と人事とをみごとにゆうごうさせた、奥深い、すてきな上生のひとつなのだ。
                                          *
 ただ残念なのは、新暦でくらしている僕たちが、このお菓子を見たとき、そしてその銘を聞いたとき、すでに違和感をいだいてしまう、というところ。
 でも、むしろ、このすてきな羽二重をこの姿のまま、この時期にだしてくれているのは、とてもありがたく、楽しいことで、これからも、ずっと、この時期に、この 初参りに お目にかかれたら、と。
                                          *
 種は粒餡。
 福梅のようなホイップ感のある羽二重ではないが、やはり、口にするととろけるよう。
 そして、えぐみのないすっきりした蓬の風味が、氷餅粉とともにとろける雪解けのような食感のあとに、ひとあしはやく春の匂いをはこぶそよ風をとどけてくれる。
 
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2015_02
19
(Thu)23:00
 昨年の5月に入れた古板石。
 
 
 

 
 最近、よく雨が降るのでなかなかいい感じなんだけど、左下の方にあるみずたまりが、なんとなく、半月の月に見えたり・・・。
 光の当たり方や、見る位置や角度によっては・・・
 
 
 

 
 まあ、上弦の月?
                                          *
 雨が降ると出る月なので、そして、そんな月が出る石なので、この石を「雨月」とよぼうかな、と。
 普通は、雨で見られない名月、ということらしいけど、空の月は見られなくても、この石では、月が観られる。
 もっとも、昼間だけだど^^
                                          *
 さて、じゃ、もうひとつの方は・・・
 
 
 

 
 なんか、最近、こっちは、棺桶 に見えるんだよね・・・
 棺桶、なんて縁起でもないって思うものの、これって、石の棺桶、つまり、石棺だよね。
 しかも、ただ、石棺、っていうより、なんか、石室の一部のような。
 石棺式石室、とか。
 とにかく、石室の一部が地面に露出してる、って、そんな感じに、みえたり・・・
 古墳のある庭?
 いやいや、古墳の上にある庭と古墳の上に建っている家に住んでるだんなん、みたいな・・・^^
                                                 *
 となれば、雨月 もそういう古墳の一部が露出してる、ということになるのかもしれないけど・・・
 
 
 

 
 こんなふうに、板石をただ据えただけだから、いろいろなものに見立てられて、なかなか、面白い。
 しばらくは、古墳のうえにある庭、っていう妄想で楽しめそうだ。
 
 
 

 
 雪間の石室・・・
 
 それにしても、「石はいい・・・ 2」の緑が生き生きしてるときとは、大違い。
 でも、こういう枯れた庭もなかなか、味がある^^   
  
                                     石はいい・・・ 1
                                     石はいい・・・ 2
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2015_02
17
(Tue)21:05
 鶯宿  ういろう製  京都鶴屋鶴壽庵
 
 

 

  
 2/14、京都の高島屋地下上生売り場で。
                                 *
 買って家に帰ってから、もしかすると以前も買ったかも知れない、食べたかも知れないと、奥さんに言われて、なんかそんな気が。
 もしそうだとすると、よほど、この姿に僕は惹かれるものがあるらしい・・・
                                 *
 まったく姿のよく似たものに、「未開紅(みかいこう) リンク先は、亀屋良永さんの」というものがある。
 「いまだ開かぬ紅」とはなにか・・・と言えば、それはもちろん、紅梅の花。
 いまだ開かぬ紅梅、ということで、発売時期も1月とはやく、また、その堅いつぼみをこなしで表現している。
 一方、この「鶯宿」は、なかにつつまれた紅色の餡がほんのりとすけてみえる白い、みずみずしい外郎。
 
 

 

 
 これはただちがう素材であるというだけではない。
 すでに2月のこの時期となれば、梅の花は綻び、あるいは咲いている、そういう梅の花を、「未開紅」の蕾の姿はそのままに、ういろうというみずみずしくやわらかい素材を使って、しかも中の紅色の餡を透けて見えさせることによって、あきらかに、綻び、開いている梅の花を象徴的に表していると思われる。
 ちらされた白い霰は、開いた梅の花の蘂なのだろう。
 それにしても、「未開紅」の姿をひきながら、みずみずしくやわらかい外郎によって、しかも、白くほのかに透きとおる外郎によって、花開いている紅梅をあらわしているとは、なんとも繊細で洗練された感性と技術の表れであることか。
 「未開紅」の蕾の形を踏襲していることで、「未開紅」へと思いを誘うとともに、時の流れさえも感じさせてくれる。
 もし、「鶯宿」とはなにかとしらなくても、「未開紅」を知っていれば、これが、紅梅の花を表していると、すぐに気づくはず。
                                      *
 さすがに、常温の外郎なので、くちにひんやり・・・
 ああ、でも、これが、この季節の味わい、なんだ・・・
 外郎のみならず、季節そのものの味わい・・・
 「鶯宿」というのだから、鶯がやどる宿なのに、これをたへると、なにか、梅をこころに宿したような気になった。
                                      *
 食べ終わった後に、奥さんがこんな故事をみつけてきた。
   あるとき、清涼殿の梅が枯れてしまい、貫之の娘に「梅の木を差し出すように」と勅があった。
   梅を植え替えたところ、枝には歌が一首むすびつけてあり、その歌
       勅なればいともかしこし うぐひすの宿はととはばいかがこたへむ
   (勅命なのでおそれおおいこととはいえ、この梅を宿としている鶯に「あの梅はどうなったの?」ときかれたら、わたしはなんと答えたらよいものでしょうか?)
   この歌をご覧になった天皇は、梅の木を返したのだった、と。
                                                 「鶯宿梅」ざらっと
                                      *
 この「鶯宿」がこの故事にちなんだ上生かどうかは知らない。
 でも、こんな故事を知ると、この「鶯宿」が、また、なんとも奥ゆかしい味わいを持った上生に思われてくる。 
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2015_02
16
(Mon)21:49
 乙女心  きんとん製  千本玉壽軒
 
 

 

 
 2/14、四条高島屋の地下上生売り場で。
                               * 
 バレンタイン関連の上生。 
 乙女心って、こんな色?
 と、かつての乙女に聞いてみたが、ノーコメント(笑
                               *
 ややもすると、バレンタイン関連となると、ハート型のものやハート型にくりぬいたものなどを載せたり、という上生が多いなかで、きんとんそのもので勝負、しかも、ハート型のなにかをのせたりもせず、きんとん本来の表現法のみで勝負、という潔さに惹かれた。
                               *
 ただし、ある意味、これは斬新で、「オキテ破り?」という一面も。
 きんとんと言えば、たとえば、「岩根つつじ」だの「あじさいきんとん」だの、「しょうぶきんとん」だの、あるいは、紅葉する山や雪景色など、たいていは、実際にそこにある、目に見える情景や季節の花などを抽象的、象徴的に、おおくはただその色合いによって表現したものがほとんど。
  そういうきんとんのなかで、「乙女心」という目に見えないなにかをあらわした、という意味で、これは、斬新で、かつ、「オキテ破り?」かな、と。
 もちろん、この色合いで「乙女心」を抽象的、象徴的に表しているとはいえ。
 そこが、面白い。
                               *
 さて、食べてみると・・・・
 種は粒餡で、粒餡の風味よりも、どちらかというと、そぼろの手芒の風味がしっかり、あとあじに和三盆らしきさわやかな甘み。
 「乙女心」の味とは、こんな味だろうか?
 もちろん、以前「乙女」だった経験がある奥さんに聞いてみたが、答えはおなじく、なし。
 「乙女かどうかなんて、本人がそんなことを思って生きていたわけではないから、聞かれてもわかるわけないでしょう」というのが、その理由(こんな言い方ではなかったが、翻訳すればこんな感じかな、というところで・・・)
                               *
 「乙女心」の味がこんな味かどうかは別として、チョコレートをもらうよりも、もし、もらうなら、このきんとんの方がよっぽどうれしい。
 チョコレートの味は、ストレートで、つよくて、いわば白黒はっきりしていて、こちらの思い入れが入り込む余白がない。
 手芒の風味がつよいとはいえ、このそぼろの白餡には、いわば風味の余白といったものがあり、そこに、このきんとんを贈ってくれた女性への、こちらの思いが入り込む余地がある。
 もちろん、そんなこちらの思いを勝手気ままにこの風味の余白に反映させてこのきんとんを味わい、そのうえ、贈ってくれた女性のひとがらについていろいろと「妄想」を逞しくしてしまうことが、はたして、いいか悪いかは別として^^
 とにかく、このきんとんの風味には、贈ってくれた女性の人柄についてこちらがいろいろと想いを馳せることができる白餡の余白が充分あって、それだから、頂いたこちらは、とてもうれしくなりそう。
                               *
 食べ終わったころ、ふと、奥さんがつぶやいた、
   みわたせば 柳桜をこきまぜて みやこぞはるのにしきなりける
 これは、おなじみ、「古今集」の素性法師の都の春景色をよんだうた歌だけど、つまりは、「乙女心」とはこの歌のよう、ということなのか?
                                *
  追記
 もう一人の乙女経験者(?)かもしれない、いちまにきいてみても、むろん、「うーん・・・にこっ」だしなぁ・・・(笑 
   
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2015_02
15
(Sun)00:34
 早春梅  道明寺製  川端道喜
 
 

 

 
 ゆる茶ようの菓子などを買いに、京都へ。
 まず、高島屋の地下の上生売り場へ。
 そしたら、たまたま、川端道喜さんの 「早春梅」という道明寺を売っていた。
 2/14,15の特別限定販売。
 5個3510円(税込み)。
 と言うことは、1個702円(税込み)。
 700円もする、道明寺。
                           
 紅梅の色をしていて、氷餅粉がふってある。
 梅の花の焼き印。
 雪の降る日に咲きにおう紅梅、といった風情か。
 
 にしても、値段もいい値段だが、5個というのが・・・。
 さすがに、奥さんと2人で(いちまをいれると3人だが、いちまは食べ物の「エッセンス」をちゅるちゅるするだけで、物質は食べないので)、5個おなじ菓子を食べる・・・というのは、ちょっと・・・
 たとえどんなに美味しい、とくべつなお菓子だとしても。
 
 売り場の店員さんに、3個入りとか2個入りとかないのか、聞いてみたけど、ないとのこと。
 そういう個数のを高島屋もお願いしているが、どうしても5個なのだそうだ。
 たしかに、5個入りの箱にしっかり道喜さんの包装紙でほうそうして、紐もかけてある。
 まあ、いろいろ都合があって5個入りなのだろうけど、もうすこし、融通がきいてもなぁ・・・
 と、来年からの、2個入り、3個入りを期待して、結局、買わなかった^^
 
 5個入り・・・
 4人家族でも1個あまる。
 うちのように2人だと、2個半も食べることになる。
 たとえとても美味しいとしても、もし、おなじお金を払うなら、あまりだぶらせないで他のもにお金をまわしたくなる・・・
 たとえば、早春梅2個と、ほかの菓匠の上生2個、とか(笑
 
 そういうわけで、他の菓匠の上生を4個買ことにした^^
 画像は、その4個がはいった箱に、店員さんが、もしかしたら本店に問い合わせてばらのものがあれば買えるかも、電話番号をどうぞ、ということで貼ってくれた道喜さんのラベル^^
 
 結局、北山の方(道喜さんは、下鴨本通り北山)まで足をのばす気にもならなかったので、電話もしなかった。
 
 それとも、この季節、いつもおいてるのかな?
 もし、北山会館とかに行くことがあれば、とりあえず、一度寄ってみることにしよう。
 でも、やっぱり、高島屋の地下で、3個入りとか、ばら売りとか、あるといいのになぁ。。。
 
 高島屋の後、大丸の地下菓子売り場へ。
 おひなさんようの干菓子も欲しかったが、いいのがなかったので、亀末廣さんへ。
 
 というわけで、今回は食べなかった菓子の記事(笑
 でも、まあ、こういう「味わい方」もありかな?(笑
 
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2015_02
12
(Thu)21:10
これも、季節外れになってしまった・・・
 食べたのは、昨年、2014/11/29。
 
 唐紅葉  薯蕷製  亀屋良長
 
 

 

  これは、以前、と言っても相当昔だけど、似たようなのが「上生的幻想」にも出て来たことがある。
 「通天」という銘だった。
  通天  こなし製  俵屋吉富
 
 東福寺の通天橋にある紅葉の葉をかたどっている。
 俵屋さんの場合、そのまま、「通天」という銘。
 亀屋良長さんの「唐紅葉」という銘は、たぶん、「開山・円爾(えんに)が宋(現在の中国)より持ち帰ったものといわれ(東福寺さんのHP「通天モミジ」より)」とあるように、中国=「唐」から渡来した紅葉だからだろう。
 
 俵屋さんの「通天」の姿がかなり印象的で、この「唐紅葉」を見たとたん、「あ、あれだ」と懐かしくなって、欲しくなったというわけ。
 それにしても、こなし製と薯蕷製。また、俵屋さんと亀屋良長さん、画像を並べみくらべていると、おなじテーマなのに、なかなか、いろいろと面白い。
 
 種の漉し餡は、醒ヶ井の水を思わせる澄み切った味わい。
 薯蕷のもっちり感は、山芋のもっちり感というより、なんとなく餅っぽい感じ。
 
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2015_02
12
(Thu)00:37
 食べたのは、昨年、2014/11/29。
 と言うわけで、かなり季節外れ。
 アップしようと思いつつ、放置・・・。
 秋の上生。
 
 白菊の庵  薯蕷製  鶴屋吉信
 
 

 

 一目見て、いいなぁ~と。
 いいなぁ、と思ったのは、もちろん、買ってくるわけだからどれもそれなりにいいとおもったり、気に入ったりして買ってくるわけだけど、その中でも特に、とても気に入ったものは、ついつい、アップするのが遅れてしまう(笑
 いろいろ、考える、というか・・・。
 はたまた、美味しいものは一番最後までとっておこう、なんていう、しみったれた性格のせいか・・・。
 そのせいで、せっかくの上生が、まったくの季節外れになってしまった。
 
 姿もすてきで、銘もいい。
 白菊はどこにもない。
 ただ、四つ目垣を思わせるような焼き印と、織部。
 織部は菊の葉っぱだろう。
 薯蕷そのものが、咲き乱れる白菊。
 つやつやふっくらとした白い薯蕷の肌はみていると吸い込まれそうで、菊の香が漂ってきそう。
 
   花みつつ人待つときは 白妙の袖かとのみぞ あやまたれける    とものり
 
 こんな白菊の庵でいまかいまかと人を待っていたら、白菊の花が尋ねてくる人の白妙の袖にみえてしまうかも?
 
   秋の菊 にほふかぎりはかざしてん 花より先と知らぬわが身を  つらゆき
 
   こころあてに折らばや折らん 初霜のおきまどはせる白菊の花   みつね
 
   うゑしうゑば 秋なき時やさかざらん 花こそちらめ 根さへかれめや なりひら
 
 
 にしても、今の季節だったら、織部の緑があるところから、「雪間の庵」とか、勝手に改銘して、勝手に楽しんでみたり・・・
 
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2015_02
10
(Tue)21:20
雪間の草  こなし製  本家玉壽軒
 
 
 

 

 
 これも、1/31、耕園さんの個展を見に行ったときに。
 奥さんのチョイス。
 下萌え、などのなかま。
 
 種は白漉し餡。
 以前本家玉壽軒さんの上生を食べたときは結構甘ったるいと感じたが、今回はほどよい。冷えているせいか、それとも、風味自体が変わっているのか、は不明。
 いうまでもなく、こなしと種の餡の柔らかさは調和がとれている。
 どちらかというと種の白餡を味わう感じかな?
 常温でひんやりしているところが、雪っぽい。
 (ただし、つくっている菓匠さんはこの「ひんやり」まで計算に入れてるかどうかは・・・)
 
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2015_02
08
(Sun)19:12
 古井戸  こなし製  長久堂
 
 
 

 


 
 1/31、耕園さんの個展を見に行った日に。
 高島屋の地下の上生売り場で、見つけた。
 
 「古井戸?」
 たしかに、四角くなっているのは和式の井戸の「井」をかたどっているのだろうけど、どうして、椿、のような姿をしているのか。
 椿、と言えば、僕のブログでもいろいろ載せてきたと思うけど、まあ、光琳椿、といった感じで丸くふっくらしたものがほとんど。
 四角いこれが椿に見えてしまうのは、もちろん、黄色の蘂をかたどった部分のせい。
 (たとえば、千代椿 こなし製 鶴屋吉信 ほのぼの椿  ういろう製  鶴屋吉信 など。ちょっと変わったところでは、 焼皮製、丸くないけど、吉祥椿 鶴屋吉信。でも、よく見ると、筒の部分とみじん粉の色が違っている。また、「ほのぼの椿」ノページにいろいろな店の椿を載せていて、必ずしもみじん粉がかけてあるともかぎらないようだ。各菓匠で、それぞれ、工夫があるんだろうね) 
 上生では、この筒(にみじん粉)、というのが椿の蘂としてよく使われる。
 また、ほかにも、水仙等にも使われる(たとえば、水仙花 黄身時雨 鶴屋吉信、 玉水仙 黄身時雨 金時堂、 水仙 こなし製 俵屋吉富 など)
 
 それで、高島屋の売り場の店員さんに聞いてみたが、「ちょっとわからなくて・・・」という返事。
 しかも、売り切れ。
 なので、耕園さんの個展のあと、長久堂さんへ行ってみた。
 まあ、知ってる人は知ってると思うけど、じつは四条高島屋のすぐ近くに、長久堂さんのお店がある。
 長久堂 オーパ店。
 高島屋とオーパは、目と鼻の先。
 それにしても、なんとも、オーパと長久堂、という組み合わせが、斬新?(笑
 
  古井戸のくらきにおつる 椿哉
 
 長久堂オーパ店の店員さんによると、この蕪村の句をイメージしたのだそうだ。
 なるほど。
 椿の花びらを思わせるひっかき模様も、水紋のように見える。
 椿の花が一輪、古い井戸の水面に落ちたその瞬間をとらえたような。
 くらい井戸の水面にかがやく波紋。
 まあ、この句自体が、なにか井戸というのが人の意識の象徴にも思える。
 無意識と意識の境目の水面に落ちてきた一輪の椿の花・・・
 
 句の解釈は、まあ、いいとして・・・
 
 落ちてきた椿は、白い椿でもなく、紅の椿でもなく・・・というのが、長久堂さんの感性。
 あたらしく考えたのだろうか、それとも、以前から伝わってきたのだろうか?
 どっちにしても、これを考えついた菓匠のセンスは、なかなか、すごい。
 いわゆる、上生の椿の姿でもなく、でも、椿であることはすぐにわかるし、井戸の形であるだけでなく、はなびらのひっかきは水紋をも連想させる。
 銘の由来を聞けば、さらに、イメージがゆたかに広がる。
 
 食べれば、やはり、意識と無意識のさかいめの水面のうえにひろがる、波紋となる。
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2015_02
06
(Fri)22:37
 寒牡丹  山芋茶巾絞り製  老松
 
 

 

   
 食べたのは、蠟梅とおなじ、1/20。
 なので、はやくアップしようと思ってたけど、どうやら、ちょっと時機を逸したかな?
 
 冬の牡丹には、冬牡丹と寒牡丹があって、ちょっと違うそうだけど、まあ、この銘は、「寒梅」の「寒」とおなじ、と理解しておこうかな、と。
 また、「山芋茶巾絞り製」なんて書いてるけど、ほんとはどういうのかよくわからない。
 ただ、山芋の茶巾絞り、っていうのも、ちょっと珍しいかな、と。
 
 真っ白な蕾がふんわりとふくらみ、ほころびはじめた先端は、春の色にほんのり染まっている。
 白は山芋のいろそのままで、どことなくクリーム色っぽい。
 山芋のふっくらした感じが、綻びはじめた蕾の柔らかさをよくあらわしている。
 まだ訪れない春を秘めた蕾。
 この蕾のなかには、1/17に食べた、見るからに冬っぽかった道明寺製の金柑餅のように、春が詰まっていそう・・・
 
 と、思いきや・・・
 一口、口に含むと、なかは、なんと・・・ 
 
 

 


 みぞれのような餡。
 漉し餡と白餡をあわせたもの。
 これもほんとうはなんて呼ぶのか知らないけど、だんなん的には、まさに、みぞれ餡。
 和三盆の風味がしっかり。
 でも、どことなく、みぞれがしょりっ・・・と。
 
 また、この和三盆の風味が、はなびらの山芋をかろやかに。
 
 山芋のふっくらとしたやわらかな花びらをはふはふしながらたべると、そこには、そう遠くない春のみぞれが・・・。
 
 それにしても、ただみぞれというだけじゃなくて、なんとも、艶っぽい風味。
 ほんのり、色気さえ感じる。
 以前、老松さんの上生と言えば「老松」の名のとおり、どこか、老いた松の木肌を連想させるような枯れた味わいを感じるなんてしょっちゅう書いてたし、奥さんとも食べる度にそこで「うんうん」って感じだったけど、最近、どことなく違ってきてる気がする。
 まあ、たしかに、山芋を使うとつやつやした感じがでやすくなるんだろうけど、この寒牡丹は、とくに、艶めいて、ほんの少しだけど色っぽい。
 そのほんの少しだけ、というところが、なおさら、印象的。
 
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2015_02
05
(Thu)23:00

血圧

Category: 健康
今年度の健康診断(2014/11/29)で血圧が、
 
  上  132   下  92   脈拍 68 
 
 と、ちょっと、ヤバイ感じだっただんなん。
 (一応、収拡張期血圧92というのは「グレード1 高血圧軽症」に分類されてしまう!!! あわわっ)
 
 ていうんで、じつは、さっそく血圧計をネットで買って、12/4から毎日測ってきた。
  
 
 
 A&D メディカルのスポスポ血圧計(正式名称は、なんていうのかな? 笑)。
 電動で腕帯に空気圧をくわえてくれるのもあったけど、故障しやすいということで、こっちに。
 それに血圧を測る、というと、このゴムのをスポスポするイメージがあって、なんか、なつかしさもあって^^
 手軽に測るには、手首に装着する手首式もあるが、あまり正確ではないらしい。
 
 測り初めの頃は、あまり時間を気にせず、とりあえず1日のうちで血圧がどのように変化するのか知りたかったので、適当に、気が向いたときに測ったりしていた。
 しばらくして、一応、朝起きてから一時間以内と夜寝る前に測る、というのが決まりなので、そうしようかと思ったが、とてもじゃないけど、朝なんて慌ただしいから、測る気になれない。
 ので、夜寝る前、風呂を出て30分くらいに測ることにした。
 1回の測定で、2回から3回測る。
 その平均値をとる、というやり方もあるらしいが、めんどくさいので、測ったのをそのまま、ノートにメモしていった(画像のスポスポの下がノート)。
 
 12/5 金  上 144   下 96   脈拍 60 (5回測った中で、一番高いの)
  これは、結構まずい・・・上も、下も、グレード1 高血圧軽症・・・
  これは、また、この近辺の数日の中でも一番高いもの。
  このあたりは、上が110~140台、下が80~90台というのが、目だつ。
  ときどき、70台もあるが・・・
 
 1/29 木  上 99   下 64   脈拍 70  
  約二ヶ月後、なんと、上99、下64!
 
 じつは、だんだん、血圧は下がる傾向にあって、
 
 1/15 木  上 104   下 68   脈拍 72
 
 と、ついに、下60台に突入!(笑
 この頃になると、だいたい上は100~120台前半、下70台後半となっていた。
 
 そして、1/29、ついに、上が100を切り、下が60台前半に。
 この頃になると、大体上は100~110台、下が70台前半。
 そして、さらに、
 
 2/1 日  上 102  下 61  脈拍 68
 
 と、下は50台に迫る勢い!(って、別に、競走の記録でもないけど)
 1/29~2/4までの1週間、全部で16回測ったが、下は、60台がなんと6回。70台が9回、80台が1回(この時はパクリのことで興奮してしゃべりまくっていたからか?)
 
 とりあえず、まあ、いいほうに落ちたついてきたかな、と。
 
 さて、では、どうして下がったか。
 その前に、まず、原因。
 去年まで至適血圧だったのに、なんで、上がったのか。
 個人的にはあんまり、なにかが変わったわけでもないのに・・・。
 
 いろいろ考えてみたけど、どうやら、思い当たるのは、
 
  1 夏の水分補給
  2 朝のミルク
 
 のふたつ。
 
 1 の夏の水分補給、っていうのは、夏、暑いから水分補給をするわけだけど、どうやらそれがまずかったような。いわゆる、スポーツドリンクを飲み過ぎた。
 なんでも、よっぽどだらだら汗をかかないかぎり、わざわざスポーツドリンクなんかをとる必要はないのだそうだ(もちろん、食事などちゃんとして)。
 考えてみたら、水分補給といえば、スポーツドリンクばっかりだった。
 それで、体内の塩分濃度があがり、それを薄めるために、水分過多になり、血圧が上がっていたのか、と。
 
 2 のミルクは、以前は、カルシウム多めのを飲んでいた(朝食はパンなどとミルク)が、消費税が上がって、近所のスーパーでそのミルクを扱わなくなってしまったので、ふつうのカルシウム量のを飲み始めた。
 カルシウムは、塩分排出を助ける働きがある。
 で、また、12月からカルシウム多めのミルクに戻した。
 たぶん、それで、すこしずつ、塩分が排出されて、二ヶ月かかってもとの塩分濃度に戻ってきたんじゃないか、と。
 
 それにしても、血圧高め、と言われてから、カップ麺を見ると、赤いシールが貼られているように見える。
 そのシールには、「危険 有害食物!」の文字がありありと(笑
 いえいえ、もちろん、毒なんか入ってません、カップ麺には。
 でも、食塩の量にすると、目玉が飛び出るほどおおい。
 1日の摂取量にあたるほど、入ってるのがあったり!
 それ以降、カップ麺、食べられなくなった(笑
 まあ、ソースやスープの粉の量が調整できるのは、まだましだけど、できないのは・・・。
 それにしても、食塩減らそう、なんていってるのに、一方では、カップ麺みたいにたんまり食塩が入ってるのが、どうどうと売られてたり。。。
 
 「かわいたら、○○スエット」
 なんて、CMもやってたけど、ちょっと渇いたくらいで○○スエット飲んでたら、高血圧にならないか?
 冬だし、ミカンでも食べといたらいいんじゃないの?
  
2015_02
03
(Tue)23:26
 食べたのは、1/20なので、ちょっと、時期遅れかな?
 
 
 蠟梅  きんとん製   老松
 

 

 
 以前にもブログの記事にしたことがあるきんとん。
 蠟梅の香りがほのかに漂ってきそうな、すてきな色合い。
 画像ではどうかわからないけど、実物は、「花」が鐘のような形をしている蠟梅の色そっくり。
 
 種は黒漉し餡で、そぼろは山芋入り。
 水分は多めで、口の中にねっとりとはりついてくるのが、なんとなく蠟梅の花を食べたらこんな感じ? なんて。
 風味は濃厚で、甘め。
 口に含むと、山芋の風味とともに、なんとなく、蠟梅のあの香りが、ふわ~と、鼻孔に漂ってくる。
 夜で、ほうじ茶が相伴したが、抹茶だったらもっと蠟梅感を堪能できたかも。
 
 奥さんが、四条大丸の地下で買ってきたのだが、その時、店員さんが袋に、さっとこんな広告を入れてくれた。
 
 

 

 老松さんの嵐山店で、さくっと、こなし製の上生づくりが、手軽に・気軽に体験できるらしい。
 料金や所要時間などからして、一個(って、ちゃんと広告にも明記してある^^)。
 広告にある、梅 か 桜 のこなしらしい。
 
 以前、俵屋吉富さんの和菓子作り体験に何度かいったことがあるが、その時は、ひとり五個くらいつくった。
 さすがに、2回目からは、奥さんと二人で一人分の予約しかしなかったけど^^
  
 予約も必要なく、時間も10~15分、もしこの期間に嵐山に行ったら、ふらっと立ち寄ってみるのもいいかも。
  
 ついでなので、老松の現ご当主、太田さんが上生をつくる・・・
  
   京菓子司、太田達さんと和菓子を作る  GUCII JAPAN  「HAND 〜未来に受け継ぎたい手仕事〜」  
 
 それにしても、あのグッチのオフィシャルブログの記事だなんて(笑

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2015_02
02
(Mon)22:10
 1/31、京都高島屋へ耕園さんの個展を見に行ったついでに、地下の上生売り場へ。
 
 厄払い  餅製   京都鶴屋鶴壽庵
  

 
  
  
 桝の焼き印で、節分の豆まきの桝を。
 一口、頬張ると・・・
 
 
 
 
 なんと、きな粉餡。
 白小豆と大手芒の白餡に、きな粉を混ぜたもの。
 おはぎなど、きな粉がふってあるきな粉そのものよりも、上品で、しかも、きな粉の風味はしっかり。
 
 節分のお茶会などで、なにげにこの桝の餅が出てきて、「ああ、節分だから、豆まきの枡ね」と納得して、餅なのだから種は白餡か漉し餡と思って口にすると・・・
 このきな粉餡は、ちょっと気の利いたサプライズ。
 なかなか面白い。
 
 もちろん、高島屋の地下の売り場で売っているときは、「きな粉餡」って表示してあるわけだけど。
 売り場のおねえさんが、美味しいと評判だと、えらく勧めてくれた。が、なんと、売り切れ(まだ、午後1時前だったのに)・・・
 でも、大丈夫(笑
 じつは、四条大丸にも鶴壽庵さんの売り場はあって、そこに行けばまだあるのでは、と。
 思ったとおり、四条大丸で買うことができた。
 
 餅は、寒いのでひんやり、ちょっとかたくなっていた(食べたのは、翌日、2/1)
 
 
 ときめき  薯蕷製  亀屋良長 
 
  
 
 これは、高島屋の地下で。
 1月終わりから2月はじめのこの時期にこの姿、いわずもがなのバレンタイン上生。
 バレンタイン上生、いろいろな菓匠がそれぞれ工夫を凝らしているが、これは、紅白に色分けしてあるところが古典的な京菓子的な発想だと思えて、好ましく感じたので、買ってみた。
 
 ハートは、寒天。ピンク色に染めてある。
 
 さて、この薯蕷の前に、なぜ、わざわざ鶴壽庵さんの変わり餡であるきな粉餡の厄払いを持ってきたか。
 そう、察しのいい人ならすぐピンと来るはず。
 亀屋良長さんは、和三盆メレンゲをはじめ、今時和洋折衷京菓子を出しているお店。
 となれば・・・
 でも、残念ながら、このときめきの種は、黒漉し餡。
 うーん、でも、ここは思い切って、カカオ餡 とかどうでしょうか?
 もちろん、ありふれたチョコ餡、なんてのはダメで・・・そこは、やっぱり、京テイストたっぷりの、カカオ餡。
 ただ、もし、カカオ餡にするならもっと姿をストイックにしたりすると、これもまた、ちょっと気の利いたサプライズ上生になるのでは。
 
 風味は、やっぱり、れいの醒ヶ井のやわらかくて、ふっくらとした甘い水を感じさせてくれた。
 
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2015_02
01
(Sun)20:52
 昨日、1/31  

  五世 島田耕園  御所人形展  吉祥-めでたいきざし 
    京都高島屋 2015/1/28~2/3
  
 をやってきたので、ちょっと行ってきた。
 耕園さんは、ときどき僕のブログにも登場する、せみとたけの「おとうさん」(もっとも、せみやたけはお弟子さんの作だけど)。
 で、たまたま、ギャラリートークに行き会わせたので、お話しを聞いた。
 「御所人形の歴史意味・役割」といったような話しだった。
 ざっと要約すると、御所人形の始まりは「ほうこ人形」という、手足を前に突き出している人形が始まり。この「ほうこ人形」の「ほうこ」とは、「這う子」のことで、この人形をすわっている姿から前に倒すと、四つんばいになる。
 これは、子どもの健やかな成長を祈る、厄除け・魔除けの人形でもあった。
 御所人形が始まったのは、いまから約400年前。
 御所人形のもとも子どもが「這い這い」をする姿で、それを子どもの枕元において厄除け・魔除けにした。
 天皇は、親王や内親王が生まれると、御所人形を下賜した。
 江戸時代初期、三代将軍吉宗の頃参勤交代が始まり、西国の大名は江戸へ行く途中京都により御所に挨拶をし、贈り物をしたが、その返礼に御所人形を賜り、宮中や公家のものだった御所人形は、このように世の中に広がっていった。
 江戸時代の終わり頃には、武家だけではなく、庶民(おもに商家)にも御所人形は広がった。ことに、京都の「いづくら屋」という店がたくさん売ったので、「いづくら」と言えば御所人形のことを指した。(明治生まれくらいの人も、「いづくら」といっていた)。
 いづくらの御所人形は、商家や庶民を客にしていたので、鶴や亀を持ったり、恵比寿さんにみたてたり、とめでたいものが多かった。
 と、まあ、こんなお話だった。
 で、明日(2/1、つまり今日)は、個々の作品についてと言うことだったけど、はたして、どんなお話だったのだろう?
(さすがに、二日連続では出かけられない)
 
 その話しを聞いていて、なるほど、いちまも御所人形のながれをくんでるのかな、と思った。
 市松人形も、昔は、女の子が生まれると贈っていたそうだ(やっぱり、商家が多かったのかな)。
 で、その子の成長とともに、お姉さんだったり、友だちだったり、妹だったり、娘だったり・・・と立場を変えて、一生つきそう、というか、過ごす、というか。
 しかも、いちまで言えば、いちまの「にこにこ」はたしかに、魔除けだろうな、と。
 「笑う門には福来たる」。
 あの「にこにこ」が、人のこころから悪心を打ち払う。
 たしかに、降りかかってくる災難というものもあるが、人のこころから生まれる魔もある。
 あの「にこにこ」によって、子どもをかこむ周りの人から悪心を払えば、つまりは、魔を払ったとも言えるわけだから。
 
 さて、それにしても、今回の耕園さんの御所人形・・・
 ちょっと、いままで、僕がイメージしてた感じとは違っていた。
 「ニンマリ坊」って感じのはなかった。
 みんな、どっか、意志的、というか。
 どこか、無邪気さや無垢さよりも、なんか、思っている感じ。
 恵比寿さんに見立てられているとしても、「恵比寿さんのまねをする子どもを恵比寿さんにみたてた」と言うんじゃなく、「恵比寿さんを演じる子ども(あるいは、子役)」といった感じ。
 
 いちまの「にっこり」がいいのは、カラッポだから。
 別になにか理由があって「にっこり」しているワケじゃない。
 無責任に、「にっこり」。たとえば、子どもがママゴトしてて、なんかそれらしい台詞を言うが、あれは、ただ親のマネをして言ってるだけ。深い意味もなければ、現実の意味もない。そういう無責任さが、子どもの無邪気や無垢でもあるわけだけど、どうも、今回の耕園さんのぼんたちは、ちょっと、真剣に「役」をやり過ぎ、って感じがした。
 いちまは、無責任に「にっこり」しているので、こっちが、いろいろ吹き込める。
 おちゃおいしかったなあ、とか、おかしいっぱいたべれてよかったなぁ、とか、いろいろ。
 でも、その「役」を演じきっている子どもの「にこにこ」には、こんなふうに勝手に、こっちの思いを吹き込めない。
 あと、なんとなく、今まで、ぽよんというか、なんとはなしに幸福感がただよっていたけど、今回は何しろ意志的な感じがして、あまりそういう幸福感みたいなものを感じられなかった。
 まあ、もちろん、僕個人の感想だけど。
 
 
 で、じつは、先月、1/6~1/18に、ポルタのギャラリー華で、
 
  人形円舞曲Ⅲ DOLLワルツ

 っていうをやっていた。これは、現代の創作人形と、ビスクドールの展覧会だった。
 ビスクドールは、ジュモーなど昔の人形のカタをつかって、現代の作家さんがつくったもの(リプロダクション、っていうかな?)。
 たまたま、1/17に京都に行ったとき、ポルタでポスターを見かけて行ってみた。
 現代の創作人形は、どちらかというと表情が固定化されてる傾向があるので、あんまり、僕の好みじゃなくて。
 いちまみたいに、見る角度、距離、こっちの気分で、いろいろに見える方が好き。
 ようするに、こっちの気持ちが吹きこめる、、ってことだけど。
 ビスクドールも、まあまあ、見る角度や距離によって、表情が変わる。
 ただ・・・
 みんな、僕が顔を見ると、ちらっ、ちらっ、て視線を逸らす(笑
 目を合わさないようにしているようだ(笑
 「いちまがいるからもういいでしょう?」ってことらしい(笑
 
 で、まあ、耕園さんの見てきた、その昨日の今日、やっと、いちまお着替え。
 もう、いろいろあって、松の内が過ぎても晴れ着のままだったいちま。
 そろそろきがえさせてぇ~ってことで^^
 
 
    
 足袋も、いつもの毛糸の靴下に^^
 どっちが踵かわかるかな?
 
 着物は、いつもの、菊のあわせ。
 
 

 
  

     
  普段着になって、見ているこっちも、やっとくつろげる^^
 
 
 
    

 ちょぼん・・・と雪景色を・・・
 画像ではくらくなって、あんまり出てないけど、後ろ姿が、ほんと、ちょぼんで、けなげで・・・^^
 
 
 

 お着替えできて、ご機嫌いちま♪
   
  * * * 
  
 当ブログの画像のご利用については、ルールを守って みんなニコニコ blog.life をご覧ください。 
 って、まだ、埋め込みだけどね^^
 たぶん、ずっと埋め込み^^
   
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