2015_07
27
(Mon)22:44
 ここんとこ猛暑日の連続。
 絽も暑くなってきた感じなので、いちま、お着替え^^
 
 絽から、浴衣に。
 絽の時は、
 
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 こんな絽の肌着を着ているけど、その肌着も着替えて・・・
  
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 じつは、いちま、けっこう、スレンダーです(笑
 
 このまえ、たまたまテレビで浴衣地で簡単夏のワンピース、みたいなのをやっているのを見つけて、いちまのワンピできないかと録画してみてみたけど、実際、いちまが着れるようなワンピとなるとなかなか人間のようにはすんなりいきそうもなく・・・。
 そもそも、いちまの頭、体に対して、相当大きい。。。
 人だと襟ぐりおおきめにとってかぶればそれでいいけど、いちまは、そうもいかない。
 ちなみに、測ってみたら頭まわりの方が胸囲より大きかった・・・
 
 また、背中にお立ち台の支えの添え木があって、いま、着物着るときはその添え木ごとくるんでいる状態。
 なので、ワンピも、そういうところも工夫しないといけない・・・
 
 それはそうと、スレンダーないちま、でも、着物着ると、結構、ぷっくり^^
 
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 足袋も脱いで、いや、いや、涼しそう。
 リサイクルショップでまるまる一反手に入れた、竹仙の浴衣地から仕立てた。
 このコーマ地は、実際、とても肌触りがいいので、いちまにはちょっともったいなかったかも?^^
 柄も、うまくあわせることができたし。
 
 ただ、「浴衣で振り袖?」と奥さんは言うが、まあ、いちまのおべべだから^^
 
 帯は、トンボの絞り。
 
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 ほぼ、ふつうに蝶結び。
 ただ、暑苦しくならないように、帯の幅はいつもより狭く。
 
 帽子、奥さんに新しいのをつくって欲しいと頼んでいるが、なかなか作ってもらえない。
 麦わら帽子みたいのがほしいが・・・
 
 まあ、でも、とにかく、お着替えして、
 
 にっこり^^
 
 
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2015_07
25
(Sat)21:14
 葛焼き
 
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 ふたつ出ていた葛焼き、の送り仮名のある方。
 焼き目がついていて、それが美味しそうに見えたので。
 
 もっちり、ぷるん、ぷるんとしたくちあたり。
 そのあとは、まるで口の中でとろけていく漉し餡そのもののよう。
 上品な餡で、ゆったりとして、おだやか。
 
 先に、青嵐を食べたのでちよっとひけをとってしまったが、心に残る葛焼き。
 
 食べてから伺ったところ、亀屋良長さんとのこと。
 店で扱っていれば、これもまた食べたい。
 
 今回の菓子をつくった菓匠は次のとおり。
 葛焼  鶴屋吉信    
 竹流し 先斗町駿河屋
 驟雨  長久堂
 青嵐  亀末廣
 葛焼き  亀屋良長
 宵山  亀屋陸奥
 
              菓匠会 2015  おわり
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2015_07
24
(Fri)21:27
 青嵐
 
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 ひきこまれるような黒のなかに、青や赤がみてとれるような深い色合い。
 ひとめみて、これだ、と。
 
 青嵐を、「あおあらし」、青い嵐ととれば、まさに、青葉の季節の今、台風が近づきつつある今日そのもの。
 
 ただし、これは、「せいらん」。
 「嵐」は「山の気」、青々とした山の気、ということで、その青々とした山の気をこの深い黒い色で表している。
 ほんとに、息を呑み、見ているとひきこまれそうな色合い。
 シンプルで、まさに、銘と姿がぴったり。
 
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 一言で言えば、黒蜜の寒天。
 ややかためのほろほろとした寒天、噛めば噛むほどあふれ出てくる黒蜜の滋味。
 寒天と黒蜜のよさをめいっぱいひきだしている感じ。
 渋いなかに、ほんのりと華やぎも。
 寒天の硬さ、黒蜜の風味のあんばい、姿・色といい、味といい、忘れがたい一品。
 
 味を思い出すと、いまでも背筋がぞくぞくする。
 
 さて、どこの菓匠が・・・。
 と、食べた後できいてみると、亀末廣さんとのこと。
 
 もし、店に置いていれば、また、食べたい。

                             つづく
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2015_07
23
(Thu)21:22
 菓匠会  2015  その5
 
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 岩を縫い、岩に砕けて流れ落ちる水音が聞こえてきそう。
 ふたつ並べることで、段々と岩を流れ落ちる流れに。
 
 これも、食べてみたい一品。
 
 
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 御池煎餅の亀屋良永さん。
 
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 瀬をかたくりで、瀬をのぼる鮎をすり琥珀で。
 水のなかの鮎を、焼き印で。
 
 清流ではじまり、清流でしめくくり。 
 
 
 さて、次は、いよいよ食べられるお菓子。
 
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 今年は、ちょっとした解説つきで。
 6品のうちから、1品、選ぶことができる。
 
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 食べる前に、どの店がつくったのかは聞かずに、食べてから。
 
 ぱっと見て、どれにするか、すぐに決まった。
 奥さんもおなじものだったので、別々のにした。
 
 ひとつめは、青嵐。
 もうひとつは、葛焼き。送り仮名のある方。
 ふたつある葛焼きのうちで、焼き目が美味しそうに見えたので。
 
                               つづく
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2015_07
21
(Tue)22:30
 菓匠会  2015  その4
 
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 さらっと・・・とおりすぎてしまったので・・・。
 
 桜があるので、せっかくなので、京の川のほとりの四季を象徴的に表現するとか、そういうのだったらもっと面白かったかな、と。
 
 
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 夏越の祓、とくれば、水無月。
 
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 台が外郎ではなく、葛のように見える。
 末富さんの水無月を食べたことないのでなんともいえないけど、台が葛なのは、もともとそうなのか、それとも菓匠会のこの時期にあわせてなのか。
 そもそも新暦の6/30にだしているのか、祇園祭にあわせて新暦の7/30にだしているのか、それとも、旧暦の6月の晦日に出しているのか、そういうこともしらないので。
 新暦の6/30ごろだと外郎がいいけど、今頃だと、葛はすずしげで、より美味しく食べられそう。
 食べられないのが残念。
 
 
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 お団の亀屋清永さんの。
 じつは菓匠会に来る前にちょっと寄って、お団を買った。
 
 粒餡のうえに寒天がのっていて、菓匠会に出品されていたもののなかで、一番食べてみたいとおもった。
 
 白川のながれにのって青紅葉と花が流れていく・・・
 
 
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 器の中に見えているものは、器以外、すべてお菓子。
 石ころも。
 
 これぞ、鴨川鮎?
 調布の鮎の種は求肥だけど、この鮎は何だろう?
 
 干菓子の水紋があるので、鮎は川で泳いでいる。
 でも器が丸いので、その泳いでいる情景をそのまま器にすくいとった風情で、「恵み」というのは面白い。
 つかまえた鮎を笹の葉やざるのうえに盛ったものを「恵み」というのなら、ありふれていて、べつに面白くもなんともない。
 
 器にすくいとられたこの川の情景から、鴨川の上流や下流の風景が広がっていって、「恵み」という意味をいろいろと考えさせられる。
 たとえば「川の恵み」というと、そこから獲れる魚介類などの水産資源、「川の幸」のようなものを思いがちだか、それだけが「恵み」じゃないんだと、なにか気づかされたような気がする。 
 
 
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 この大輪の牡丹がどんぶらことながれていく川の流れがどんなものがたりを紡ぎあげていくのか・・・。
 は、見る人それぞれ。
 
 いや、そういう意味ではなくて・・・。
 二輪の大輪の牡丹の花は、川が紡ぎ出したものがたりの比喩なのだろうか。
 二輪の大輪の牡丹の花のようなものがたりをつむぎあげる川とは、いったい、京のどこの川の、どんな流れなのだろう。
 
 鴨川か、桂川か、はたまた、宇治川か・・・。
 とりあえず、宇治川のほとりに花開く、貴公子たちの物語などを・・・。
                             
                        つづく
  
  
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2015_07
20
(Mon)21:53
 テレビで今回の展覧会の紹介をやっていて、ちらっと見て、なんかちょっと面白そうなので観に行ってみたけど、テンション下がりまくり。。。
 テレビだけにしとけば良かった。
 テレビで紹介されてた、日月碗とか、椿紋大鉢とか、あと、ちらしに載っている、織部の俎盤とか、そのぽか、ぽちぽちと悪くないのもあったけど、あとのは・・・。
  
  北大路魯山人の美 和食の天才  ちらし
 
 魯山人の器の本質は、絵柄。
 絵柄のないのは、児戯にもひとしい。ど素人。
 書をやっていたお陰で絵柄の筆さばきがよく、それで器が生きる。
 ただ、だからこそ、その絵柄を殺さないような料理を、絵柄を殺さないように盛りつけないといけない。
 たとえば、チラシの、織部の俎盤。
 これは、鉄絵のところに食べ物を盛ってはいけない。
 (あるいは、逆に、鉄絵のところに盛るのなら、織部のところに盛ってはいけない)
 向かって右の半分に、あくまでも鉄絵と調和するように。
 と、なんかそんなふうに感じた。
 すべての器がそういう感じで、だから、小皿など、絵が全体にあったり、中央にあったりするものは、つかえないか、使いづらい。
 とにかく、絵柄と盛る食べ物との調和をこころがけないと。
 
 ちなみに、このチラシの織部の俎盤から、向かって左上の鉄絵の部分をとってみたら、魯山人の器の本質は絵柄、と僕がいっている意味がわかると思う。
 凡庸なボディと凡庸な織部が残るだけ。
 陶磁器は、ボディと釉薬(絵柄)なので。
 (手に持つ器は、さらに、手取り)
 あの鉄絵をとってしまうと、この織部釉もなんと凡庸で退屈なことか。
 でも、まあ、凡庸なボディと釉薬をこれほどに引き立てるのだから、目くらましとしても、魯山人の絵柄はすごい。
 
 あと、古陶磁のうつしみたいなものからはじめたわけだが、なんか、そういうところが、俗っぽい。
 ようは、古陶磁のパクリ、ってことだし。
 古陶磁に盛られた料理を食べたい、という欲望は満たすかも知れないが・・・。
 あるいは、古陶磁に盛ってみたいという料理人の欲望は満たすかも知れないが・・・。
 なんか、あんまり感心できない。
 
 魯山人、魯山人といって、さわがれていて、なんか、名前だけが一人歩きしている、という印象。
 
 展示方法もなぁ・・・食品を盛ってこそ、というのなら、これぞというものを、食品サンプルでもいいから、これぞという盛り方で展示しておいてほしかった。
 
 べつの俎盤で、寿司屋さんのバーチャル実演があったが、絵柄との調和、という意味では、あの盛り方はあまりいいとは思えなかった。
 その俎盤は、下半分が織部、上半分が鉄絵というものだったが、ちょうどその真ん中に、上下二列に無造作ににぎり寿司を盛っていたが、なんか、ちょっとちがうんじゃない、と。
 さっきもいったように、鉄絵との調和を考えて盛らないと。
 鉄絵のところには盛らずに、織部のところだけに盛る、とか。
 絵柄は器の柄ではなく、食品のひとつ、器に付随しているべつの食品、食べられない食品、あるいは舌ではなく目を楽しませる食べられない食品、とそういう感覚で接しないと、これら魯山人の器は使いこなせない気がする。
 器に付随した絵を、情景を、花やなにかを、ちゃんと目にしながらたべられるように、食品を器に盛る。
 絵柄の隙間に食品を盛る。
 と、こういう意味では、こんな盛り方を要求してくる器、という意味では、ちょっと面白い感覚の器、といえるかもしれない。
 
 まあ、でも、期待したほどではなかったので・・・。
 
 
 和食が世界文化遺産に登録されて、なんか、「もてなし」「もてなし」とそこらじゅうで耳にするが・・・。
 なんか、「もてなしファシズム」って、僕は呼んでいる(笑
 だいたい、料亭の主人とかが、「もてなし」っておかしいでしょう?
 しっかり、それなりの料金をとるのだから、それは、「等価交換によるサービス」なんじゃないの? と思うんだけどね。
 ただ、そのサービスの仕方が、西欧では気づかないところまで行き届いている、あるいは、日本風のやりかた、というだけであって、あくまでも「サービス」でしょう? と思うんだけど。
 「もてなし」っていうんなら、たとえば、僕がいきなりそういう料亭に行って、「もてなしで」と言ったら、無料で食べさせてくれないと(笑
 料金を払う以上、「もてなし」を真似た「サービス」でしょう?

 それに、金を払ってだけ買えるものが「文化」なのか。
 いやいや、「文化」にすでに「遺産」がついているから、ギリシャやローマの神殿や建築物の「遺跡」どうよう、すでに滅びてしまったもので、だからこそ、「入場料」という意味で、金を払ってのみ、手に入れることができるもの、ということなのか。
 とにかく、料理屋や旅館などが料金をもらって、「もてなし」「もてなし」と言っているのには、ものすごい、違和感がある。
 
 お茶(茶の湯)の本質が「もてなしのこころ」というのも、なんか、違和感。
 ましてや日本文化、あるいは、日本の・・・というのも。
 
 
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2015_07
19
(Sun)15:15
 菓匠会  2015  その3
 
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 夏越の祓にちなんだ作品。
 夏越の祓に、罪や穢れを祓うために川に流す、ひとがたをした形代をかたどっている。
 祇園祭も7/30に夏越の祓がおこなわれる。
 
 そもそも旧暦の6月の晦日、つまり夏の最後の日におこなわれていた夏越の祓は、新暦になって、神社によっておこなわれる日が違っている。
 たとえば、新暦の6/30、 新暦の7/31など。
 
 この「祓川(はらえがわ)」は、貴船川で。貴船神社だとすると新暦の6/30。
 茅の輪くぐりなどがおこなわれ、人の形をした形代を川に流して、罪や穢れを祓う。
 そのさい「大祓詞(おおはらえのことば)」というのを神職が唱えるのだが、皆さんもいっしょに・・・
 
 と、いうことで、「大祓詞」をよみあげていると、奥さんが、「大祓詞ののってるのならもってるよ」と。
 (ちなみに、参照していた貴船神社のフェイスブックのページにも、「大祓詞」はのっている)
 
 さらに、奥さん、「この『大祓詞』って、日本人ってこうだよな、っていうのをよく表してる」などと。
 それで読んでみたんだけど・・・たしかに、表してるかも(笑
 
 社員がなにか罪を犯すと社長が出てきて謝ったり、責任の所在があやふやのままものごとがすぎていったり・・・そんな日本人の行動様式は今に始まったことじゃないんだ(笑
 
 それはそうと、「大祓詞」、ざらっと要約するとこんな感じかな。
 前半は、八百万の神の話し合いによって、日本が天皇の祖先である神様によって治められることになった、そしてその臣民がいろいろな罪を犯すがそれは日本を治めている者の罪でもあるから、その罪穢れをこうこうこうして祝詞をとなえて祓い清めよう、と。
 (ここが、社員が犯した罪を謝る社長さん)
 後半は、その罪穢れがどのように祓い清められるか、具体的に書いてある。
 祝詞によって唱えられた罪穢れは、天にいる天つ神、山上にいる国つ神に聞きとどけられる。
 聞きとどけられた罪穢れは、渓流に落ちてそこにいる瀬織津比賣(せおりつひめ)がひきとる。
 ひきっとて大海原までもっていき、速開都比賣(はやあきつひめ)にバトンタッチ。
 速開都比賣ががぶがぶとその罪穢れをのみこむと、次は黄泉の国の門番の神、気吹戸主(きぶきどぬし)が息吹によって罪穢れを黄泉の国に吹きこむ。
 すると、黄泉の国の速佐須良比賣(はやさすらひめ)がその罪穢れをもって黄泉の国をさすらいあるき、知らぬ間に、どこかで罪穢れをなくしてしまう・・・(責任が曖昧、たらいまわし・・・)。
 というわけで、罪穢れは祓い清められた、というわけ。
 
 祝詞を唱えて形代を清流に流すのは、天つ神・国つ神にききとどけてもらい、瀬織津比賣に罪穢れをひきとってもらう、という行為を演じている、ということになる。
 
 なんか、とても面白い。


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 前の祓川が貴船川だとすると、そのおなじ貴船川を違った角度から。
 お祓いなどのおこなわれる川としてではなく、もっぱら、自然の美しさや清流として捉えたものが、この貴船川。
 
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 淡雪羹のうえに寒天、小豆が二粒。
 涼やかでうつくしいが、なにかもうすこし、目を惹くなにかがあるといいかな、と。
 
 
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 山川の河原に、かわらなでしこ、という情景かな?
 
 
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 「游」は「遊」とほぼ同じ意味だが、さんずいなので、水遊び、という意味を強調しているのだろう。
 
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 有平の二枚の笹の葉かと思いきや、じつは、ひとつは一艘の笹舟。
 
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 打ち物の千鳥が二羽。
 
 硝子の器が清流の流れ、その水底にほんのりいろのついた干琥珀の小石。
 おなじ干琥珀で、同じような色合いの菓子に、鶴屋吉信さんの「青苔」というのがあるが、おなじお干琥珀なのに、かたや水底の小石、かたや、打ち水に生き生きとする苔。
 
 それにしても、水底の小石がなんとも涼しげ。
 
 
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 「どら焼き」、「古都の鮎」、「古都祭」など、僕的には、「こなもん」が得意な笹屋伊織さん。
 「水もの」は、ちょっと、不得意?
 
 
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 夜景の鴨川、水路閣、半木の森、保津川、貴船川、と京都の川巡りをして、ふたたび、水路閣へ。
 今回の展示順は、偶然なのか、それとも、川巡りをという意図があってのことなのかは、わからないけど。
 
 立体でなく、こんなふうに二次元の世界で京都の名所・旧跡をお菓子で表現し、実際の写真の代わりに、旅行案内やカレンダーにしたら、なんか面白そうだ。
 
 保津川のところで、保津川が丹波からの穀物・材木・炭などの物資を運ぶ重要な水路で、また、伏見から淀川、さらに、大阪湾、瀬戸内海、中国へとつながっていくという、つまりは、京都という街は、「水の都」だったのでは、という印象、イメージを持った。
 高瀬川はもちろん運河で、どうように、この水路閣を含む疎水も通船などの目的でつくられたが水力発電の水源となった。
 そこには、水運から、鉄道・自動車による陸運への転換が影響していたのだろう。
 「水の都 京都」、そういえば、遣唐使、平安末期には、日宋貿易、室町には日明貿易、など、大陸とのつながりによって知識や富が築かれてきたと、そんな気がしてきた。
 鎌倉幕府は、こんな京都からすれば一種の「鎖国」状態で、元寇という事件は、そんな「鎖国状態」を象徴するような出来事だし、江戸幕府の「鎖国令」も、キリシタン云々もあるかも知れないが、京都が、中国や東南アジアとの貿易で富や力をますのを阻止したかった、なんて、そんなことまで。
 というのも、茶道具でいうと、たとえば、日宋貿易の「馬蝗絆(ばこうはん)」、日明貿易といえば「東山御物」、そして、安南やルソンの茶壺など、全部がこの「水の都 京都」だからこそ、といったものばかり。
 まあ、今のような鉄道やトラックがなかった時代、おおきなもの、大量のものを運ぶには、水運がいいにきまっているのはあたりまえだとしても、京都をそんな視点でいままでは、見たことがなかった。
 京都から東京へ、というのは、僕には、水運からあたらしい大量運送手段である、鉄道、その後トラックへという変化であり、それによって、水運によって栄えてきた「水の都 京都」の凋落がはじまったのだと、そんなふうに思えたり。
 その上で、疎水を見ると、はじめは、通船という目的もあったのに、結局、水力発電の水源、となった。
 鉄道が発達したことによって、もう、輸送手段としての水路は必要なくなった、というわけだ。
 保津川の「川下り」もどうように、鉄道や、トラックなどによって、水運の必要がなくなり、観光のみになった。
 疎水も、最近、今年だったが、滋賀から京都へ、桜の季節にためしに観光舟をだしてみた、っていうニュースをちらっと見たような、見なかったような・・・。
 
 ま、とにかく、保津川にしろ、高瀬川にしろ、そしてこの水路閣にしろ、水運を中心として栄えてきた「水の都 京都」というイメージがわいてきて、いままではそんな視点で京都を見たこともなくて、それがおもしろいなぁ、と。
 今回の菓匠会、そういう意味でも、いろいろと新しい発見が^^
 
 なんか総括みたいになったけど、まだまだ、菓匠会、つづく・・・
 
 いまふと思ったけど、馬蝗絆は「水都」としての京都の繁栄を象徴する茶碗だなぁ、と。もらったのは平重盛、修繕にだしたのが足利義政だから。
 また、東山御物を中心とした舶来のお茶道具というのは、まさにこの「水都」の繁栄をあらわしているとも。
 
                            
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2015_07
19
(Sun)00:04
 菓匠会  2015  その2
 
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 たしかに、せせらぎの雰囲気はでているし、せせらぎの音も聞こえてきそうだけど、なんとなく、この粉を吹いたみたいな質感がしっくりこなくて・・・。
 さくっと・・・。
 
 
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 半木(なからぎ)の森は、植物園のなかにあって、長久堂さんの北山店はその近所。
 半木の森には半木神社があり、奈良時代にはこのあたりは養蚕が盛んで、祀られている神様は絹織物の守護神だとか。
 また、水車もあるらしい。
 
 と、まあ、会場ではよくわからなかったので調べてみてわかったわけだが、そんな半木の森を表現してあるのだろう。
 
 うちにもある(うちのは小)、たち吉の角皿の大のつかいかたも面白いな、と。 
 
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 ただ、この水車は・・・僕としては、ちょっと。。。
 去年のパラソルには好感が持てたし、意匠化する卓抜な感性と言ったようなものを感じたけど、今回の水車はなんかもうひとつ。
 すっきりとした、洗練された感じかないので。
 
 絹の反物の方は、かたくりみたいなもの?
 かたそうだった。
 やわらかいうちにくるくると巻いて、こんなふうにしたのだろうか。
 反物の波うっている感じは、見ていてここちよくて、こっちは好きなんだけどなぁ。
 看板の菓子が、「きぬた」なので、そのあたりもちょこっと、匂わせてあったり?
 
  長安 一片の月
  万戸 衣を打つの声・・・
 
 半木の森には関係ないけど、「砧」というとなんか、むかし、高校の漢文に出てきたこの漢詩のここだけが思い浮かんだり・・・。
 そういえば、能にも、「砧」ってあったような。
 
 
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 今回の菓題が「京の川」ということで、南禅寺の水路閣、半木の森、そして、保津川と、はからずも、「和菓子で巡る京の川」というおもむきに。
 
 保津川といえば、亀岡から嵯峨までの観光川下りが有名。
 ただ、この作品を見て、「あれ?」と思ったのは、筏。観光川下りは、確か舟だったような。
 なので、やっぱり、うちでネットで調べてみたわけだけど・・・。
 もともと保津川の「川下り」と言えば物資輸送で、なんでも、長岡京の時代からおこなわれており、大阪城や伏見城などの材木もこの川下りで運ばれたりしていて、江戸時代に入って、高瀬川を開いた角倉了以が改修工事をおこない、あらたに舟による穀物や炭などの輸送もおこなわれるようになり、明治になって山陰線が開通するなどして輸送手段が川下りから鉄道にうつるなどすると観光川下りがはじまり、さらに戦後にはトラックなどの輸送がさかんなにり、とうとう観光川下りだけになったということ。
 筏で材木が運ばれていたのは、昭和35、6年頃までだそうで、つまり、この作品は、そういった保津川の川下りの歴史までを語っているというわけ。
 
 じつは、保津川とよばれる川がはじまる亀岡(盆地)は昔「丹の湖」だったという伝承があり、現在の保津峡への入り口を開削して水を流したというのだが、そうだとすると、保津川は人工の川であり、角倉了以によって二度目の開削がされたともいえる。
 この亀岡が「丹の湖」だったという話、はじめて奥さんから聞いたときは、ちょっとおもしろいな、と感じた。
 京都という所もたしかにいろいろと妖怪の話しだとか、歴史ミステリーみたいなうさんくさい話が散在しているが、おおくは京都という街が開かれて以降の話しであり、それにたいしてこの亀岡の話はそれ以前の話で、何ともうさんくさくて、ミステリアスであり、京都のようなふるくから文明開化していた土地のすぐとなりにこんな未開な話の残る土地がある、そのギャップがとても面白いと感じたのだ。
 たとえば、この亀岡開削のはなしと、大江山の酒呑童子の話をならべてみると、鬼なんてもちろんうさんくさいのだけど、文明化されている感じがする、とそういうことだ。
 まあ、もっとも、湖を開削して肥沃な人の住める土地にするなど、都を建設するのとおなじか、それ以上に壮大な話であるわけで、そういうところがうさんくさいとかんじさせるとともに、面白さを感じさせるのだろうけど。
 
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 それはそうと、話しを菓匠会のほうへ。
 なんとも、苔までもリアルに再現されているような岩。
 この苔ってどうやってつくってあるのかな~と思っている僕に、奥さん曰く、「まるで鉄道模型とかの岩みたい・・・」。
 たしかに、ここまでする必要もないのかも。
                                つづく
 
  
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2015_07
17
(Fri)23:23
 菓匠会  2015
 
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 今年のテーマは、「京の川」。
 
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 さあて、あなたはどんな「京の川」をおもいうかべますか?
 なにを思いますか?
 というわけで・・・
 
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 寒天、白いところは、道明寺。
 さすがは、鶴屋吉信さんといった感じ。 
 もうすこし小ぶりにして、販売して欲しいな、と。
 菓匠会で出品されるのって、見た目はおもしろいけど、なかなか「食べたい」とおもうのがなかったりということもあるけど、これは、食べてみたい。
 うちの「ゆる茶」で使ってみたい。
 いつまで見ていても飽きないし、涼しげで、清流にまつわるいろいろなイメージや思い出などが自然と巡ってくる。
 それだけじゃなくて、寒天のほろほろとした食感と、道明寺のぷちぷちした食感が口の中でほどけて・・・、と、そんなことまでついつい思い描いてしまう。
 食べたい・・・(笑
 
 
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 これも寒天。色のついているところは、淡雪のようなもの?
 以前の菓匠会で、漫画みたいな「蛙」を出品していて「これはちょっとなぁ」と僕に酷評された鍵善さんとは、思えないようなできばえ。
 もしかして、つくる人が変わったのかな、とさえ。
 
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 画像、ぶれてて申し訳ないですが、さて、では、これはいったなにを表している?
 青に、白、オレンジ系の帯のようなものが・・・。
 まあ、どう見るかは人それぞれとして、僕は、これは、鴨川の情景かな、と。
 夜、床の出ている鴨川、その水面に街の光がゆらめいている。
 床にふいてくる涼風・・・。
 でも、そう考えると、あの「蛙」とあまりかわってないのかも。
 さっきの鶴屋さんの「清流」にくらべれば、まだ、抽象化・象徴化度は低い。
 具象と抽象が混在している感じ。
 でも、あの「蛙」にくらべれば、とてもいい感じ。
 ただ、食べたいかというと、ちょっとばかり色合いがキツイ。
 
 
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 お、世界遺産、と見た瞬間に(笑
 (水路閣が世界遺産、というのではなく、ローマ様式なので)
 南禅寺の水路閣に季節の青楓をあしらって。
 もちろん、どちらもお菓子。
 
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 この水路閣は、見た目は小麦粉かなにかをかためて焼いたようにも見えるが、そうではないということ。
 「卵白を泡立てて、なんか(寒天?)と混ぜて、色をつけておいて、乾かし、カタを抜いたのでは・・」と、僕以上に熱心な人の質問に菓匠会の人が答えているのが聞こえてきた。
 そんな水路閣は、どんな歯ごたえで、どんな味なのだろう?
 そもそも、食べられるのかな?
 
 季節が秋で、楓が紅葉していたらもっと絵になるのに、と個人的にはそう思った。
 
 琵琶湖から水をひく人工の水路、近代化にかかわる疎水も「京の川」とは、なるほど、おもしろい。
 目のつけどころも面白いけど、京都という街の奥深さがおもしろい。
 ただただ因襲を墨守するのじゃなくて新しいものを生み出すこと、それが伝統なわけで。                              つづく 
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2015_07
16
(Thu)21:46
 「宵山ゆる茶」なんてたいそうなタイトルにしてしまったが、内容はいつもと同じ^^;
 
 今日、例年のごとく、八坂さんで菓匠会があって、台風11号も気になったけど、見に行ってきた。
 その菓匠会で食べたお菓子があまりにもよくて、菓匠会を見たあと祇園祭にちなんだ上生をなにか買うつもりだったが、何を見ても見劣りしてしまい、上生は止めて、べつのお菓子を買って帰った。
 そのお菓子で、「宵山ゆる茶」(笑
 
 それは、こんなお菓子・・・

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 京都の、古い街並みの頃の洛中を巡行する鉾を、パッケージにあしらってある。
 こんなふうにすると、結構、臨場感が出たり^^
 でも、このパッケージ、なんか見覚えがあるぞ・・・
 
 「京都水族館限定 古都の鮎」に似てないか?
 
 そう、まさにそのとおり、笹屋伊織さんの 「古都祭」。
 
 古都祭  笹屋伊織
 
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 原材料など、ちょっと「古都の鮎」に似ている。
 パッケージも似ているので、店の人に聞いてみると、「古都の鮎」とは皮もちょっと違う、ということ。
 それに、もっとおおきな違いは、種が餡ではなくて、求肥。
 ふつうの求肥と、抹茶味の二種類が、それぞれ、3個と2個。
 
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 亀末さんのカタクリのうちわと。
 八坂さんの紋がちょっとかぶっちゃったなぁ。。。
 
 白の求肥の方は、ちょっと甘め。
 奥さんはちょうどいい甘さだと。
 頬張って噛んでみると、皮の感じがあまりしない。
 求肥の食感と風味がひきたつばかりか、まるで、求肥そのものだけを食べているような。
 しかも、その求肥の質が、ちょっとスペシャルな感じ。
 この時期、鮎調布で求肥を食べる機会が多いが、お祭りの菓子ということで、そういう普段の求肥にくらべて、価格は抑えて質が高めてある、そんな感じがする。
 食感も、粘りがあるが口の中で網の目のようにひろがるようなとろとろではないし、ホイップ感もあるが強くはなくい。
 ふっくらとした、豊かな味わい。
 また、さっきも書いたように、皮の食感は消えてしまい、ぜひこの求肥をあじわってください、と。
 
 抹茶の方は、白よりもさらによかった。
 (奥さんは、白の方がいいとのこと)
 まず、抹茶入り、という菓子はぼくは食べないことにしているが(というのも、抹茶を楽しみたいのなら素直に抹茶の方が美味しいので。また、京都の菓子、というと猫も杓子も抹茶を入れてお茶を濁しているような菓子も多く、そういう安易さが気に入らないので(笑)、でも、これは、まあ、食べてみることにした(白を食べて、食べたいという気にさせるものがあった)。
 (しかも、先に抹茶を食べた奥さんが「おいしい」というので)
 抹茶の風味は、かすか。 
 ただ、白のやや甘ったるいところを抹茶の風味がおさえて、しまりのある風味に仕上がっていた。
 食感は、なんとなく、生麩、ことに蓬麩を思わせる。
 皮が目だたないのは白とおなじ。
 白のような、ふっくらとした豊かな味わいではなかったが、その豊かさをうちに秘めたタイトな味わいがよかった。
 笹屋伊織さんともなれば、「あんちょこななんちゃって京風菓子」とはやっぱり一線を画している、というわけだ。
 
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 いつもとおなじ道具で・・・^^
 
 パッケージを見ていると、ほんとはゆっくりしたかったが、でも台風の影響が出る前にと洛中を後にした、そのとき、急いでとおりすぎてきた鉾のお囃子が聞こえてくるよう・・・
 
 
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2015_07
15
(Wed)23:23
 ちょっとぼけぼけしてるまに、気がついてみたら、もう、宵宵山。
 もうすこし早くアップするつもりだったのが、紫陽花きんとんや夏柑糖が遅れて、ずれ込んでしまった。
 7月のミニ京のよすがといっしょに買ってきた、亀末廣さんの干菓子。
 
 祇園祭うちわ  かたくり  亀末廣
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 食べる暇もなく、買ってきたなりの画像。
 いまもこのまま。
 
 うちにも祇園祭のうちわがあるけど、こんな風情のあるのじゃなくて、docomoが配ってるやつ(笑
 いや、docomoじゃなくて、「質 カイウル」だった(笑
 とってあるのは、2013の。
 
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 洛中の通りに山と鉾の影絵がそれぞれの場所に。
 後祭り復活前の最後の年のものなので、その山と鉾の地図ももうみれなくなるかな、ととっておくことにした。
 でも、ぜんぜん大切にされてなくて、寝室の棚にほかりっぱなしで、暑い夜には使われて、その後また適当にほってある・・・
 
 それはそうと、いまでも、このお菓子のようなうちわ、あるのかな?
 色が赤いのは、なんとなく、柿の渋っぽくも。
 
 柄が、ちゃんと、裏表でうちわを挟んでいる仕事の細かさ、繊細さ。
 食べるのがもったいない。
 どうせ、食べる暇もなかったわけだけど。
 
 それはそうと、今年の巡行、どうなるのか?
 17日は、台風11号最接近!
 気になったので八坂さんのHPを見てみたら、7/15の23時現在、台風接近のため、16日(明日)夕刻の「石段下四条通での宵宮神賑奉納行事は中止」ということらしい。
 果たして巡行は?
 巡行の日に台風が来るなんて、たぶん、僕が知ってる限りなかったような・・・。
 どうするんだろう?
 雨くらいならまだしも、風は危険そうだし。
 巡行どころか、組み立てた山や鉾、どうするんだろう?
 風が強かったら、まさか、山や鉾が倒れたりするようなことはないとしても、飾り物が吹き飛ばされたりとか・・・。

 千何百年も続いている祭りだから、いままでも、いろいろな理由で中止になったり、延期になったりしたことがあるようだけどね・・・。
 
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2015_07
14
(Tue)21:05
夏柑糖 2015   老松
 老松さんの夏柑糖。
 4月くらいから店に出始めるが、「食べるには、まだ、ちょっと早い」、「まだちょっと早い」・・・と言っているまに、食べ損なった、なんてことにならないよう、「もう、そろそろかなぁ」と奧さんが買ってきてくれた。
 7/3。
 でも、それでもまだちょっと早いかなぁと・・・。
 (台風のせいもあって昨日7/12からいきなり酷暑になったけど、7/3頃はまだ雨で薄ら寒かった)
 
 さて、夏柑糖・・・。
 じつは、ものをみてびっくり。
  
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 画像ではちょっとわかりにくいかも知れないけど、いつもの年のものにくらべて、いやに平べったい。
 なんかこぶりだし・・・重さは、たしかに、いつもと変わりないか・・・?
 あまりにも様変わりしているので、どうしようかと思ったが、返品などせず、結局食べることに。
 
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 カメラの加減でなんかマットな感じに写っているが、実物は寒天の透明感がある。
 それにしても・・・皮の薄いこと。
 これにもびっくり。
 いつもの夏柑糖は、結構皮が分厚い。
 いわゆる昔の夏蜜柑とおなじものなのだから、皮は厚いはずなのに。。。
 
 ひとくち食べてみて、味にもびっくり。
 なんだろう、この旨み成分多めの感じ。
 柑橘っぽくない。
 酸っぱくもないし、苦みもほとんどない。
 
 今年の春頃、「木成り八朔」というのを食べたが、味の構成というか、雰囲気がそれによく似ている。
 「木成り八朔」というのは、木になったまま熟させた八朔。
 いわゆる、酸っぱい八朔とはぜんぜん違っていて、完熟していて甘い、というか、旨み成分が多いというか。
 酸っぱい八朔とくらべれば美味しいが、なんか、もうひとつ、中途半端な感じもしないでもない。
 なんとなく、その「木成り八朔」と旨みの感じとか、味の構成が似通っているような。
 「木成り八朔」は、和歌山産。
 
 それにしても、今年の夏柑糖は、期待していたあの味とはぜんぜん違っている。
 鄙びていて、素朴で、そこはかとない・・・。
 むこうからはこない、こちらから追いかけても、かすかな余韻とともににげさっていく・・・。
 知っている人は知っている、いわゆる、昔懐かしい夏蜜柑、あの風味(年がばれるね)。
 
 あまりにも違いすぎる。
 たしかに、作物なのだから毎年出来が違うのはそれでいい。
 こちらとしても今年の夏柑糖はどうなのかな、とそれも楽しみのひとつ。
 それにしても、あまりにも違っている。
 それに、萩っぽくない。
 いかにも、豊かな南国の日の光をいっぱい浴びで育ったという風味。
 
 何年か前から、じつは和歌山産の夏蜜柑も加わるようになった。
 それあたりから、すこしずつ風味が変わってきている。
 いわゆる昔懐かしい夏蜜柑の風味は、萩産のもの。
 しかも、店員さんによると、今年はことに、和歌山産が多いとのこと。
 なんでも去年の台風で萩の木の多くが根こそぎになってしまって、根が付くまで収穫は難しいのだそうだ。
 萩産と和歌山産、分けて使わずに、混ぜているとのこと。
 ただ、おなじ店員さんのはなしによれば、やはり、おおくの客が夏柑糖にもとめているのは、あの昔懐かしい夏蜜柑の風味なのだ、と。
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2015_07
13
(Mon)21:34
 紫陽花きんとん  亀末廣
 
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 食べたのは、苔清水 や ひさご とおなじ、7/4。
 五条坂の東哉さんへいって、そのあと歩いて烏丸御池の末廣さんへ。
 そのあと買い物など用事をすませ、家に帰ってきたのは暗くなってから。
 お茶の用意をして、苔清水、ひさごと食べた頃、雨が降り出した。
 
 しぶめの、暗めのいろあいがとてもいい。
 そぼろは透きとおっていて、とてもみずみずしい。
 青めの色合いは、だんだん色変わりしてきたところか。
 雨の音と響きあって、寒天の粒がまるで今雨に打たれているよう。
 食べるときに雨が降っていなければいないで、雨上がりのあじさい。
 紫陽花きんとんはいままで、何度か、ほかの菓匠のものなどをたべたことがあるが、雨が降っていて、しかも、雨音がするのは今日が初めて。
 今までは、この寒天の粒は雨があがったあと紫陽花に残っている雨粒だとしぜんに思っていたが、こうして雨音を聞きながらながめていると、いま、この雨に打たれている紫陽花だと思いも深まる。
 雨の音もいつもとなにか違ったものに感じられて、風情がます。
 時間を忘れてしまうほど。
 
  花の色はうつりにけりな いたづらに わが身世にふるながめせしまに
 
 なんて、小野小町の歌を思い出したり。
 もちろん、この歌の花は紫陽花のことではないけど、そういえば、長雨で紫陽花も色変わりするよなぁ、とか。
 
 種は黒粒餡。
 みずみずしいそぼろは、クリーミーでフレッシュ、口に含むと、まるで雨とともに溶けていく紫陽花の花。
 甘みはすっきり澄んだ甘み。グラニュー糖っぽい。
 先に食べた 苔清水の甘みはこんなすっきりしたものではなかった。
 このすっきり澄んだ甘みがこのきんとんを、鬱陶しい蒸し蒸ししたこの季節にあったものにしている。
 
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2015_07
12
(Sun)19:40

庭散髪

Category:
 昨日から、いきなり、暑くなった(いや、熱くなった、か?)。
 今日も家のなかで、気温30度。
 
 そろそろ散髪してもらおうと思っていた。
 散髪、ずっと、奥さんにしてもらってる(奥さんのは僕が)。
 ふつうは二階の部屋でやるが、あまりにも暑いので、庭でしてみようか、と。
 
 こんなふうにセッティング。
 
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 部屋で散髪するとき、髪の毛がとんでもいいように床にひいたり家具の上に被せていてたシートを敷いて。
 
 風もあって、庭も見れて、なかなか気分がよかった。
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2015_07
09
(Thu)22:59
 ひさご  外郎製  亀末廣
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 ちょっと焼き色をつけてあるところが面白い。
 この焼き色のために、ぶらぶらぶら下がっている青いヒョウタンのみか、なかみを抜いて乾かしたヒョウタンの風にからから鳴る音までが聞こえてくるよう。
 
 種は白漉し餡。
 なめらか。
 外郎は、しっかり腰があって、かため。
 さらさらとした粉が、ヒョウタンの表面を思わせる。
 なんとなく青くさいような匂いがするのは、なにか匂いがつけてあるのだろうか。
 なんとなくヒョウタンっぽい匂い。
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2015_07
08
(Wed)20:17
苔清水  葛製  亀末廣
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 葛にあついうすいがあり、水の流れをあらわすように、葛が削り取ってあるようなあとがある。
 清流の苔の生えた岩。
 緑に染めた白餡(苔)が、より涼感を誘う。
 
 葛はやわらかく、つるん、とろん、もっちり、ぷるん、そして、ちょっと驚いたのは、ふんわりしているところ。
 種の漉し餡も、ふんわりとしていて、やわらかめで、色はとても濃く、風味も濃厚。
 漉し餡は、ここの「大納言」とはまったく別物といった感じ。
 
 口に含むと、こんな苔の生えた岩のある清流が目に浮かんできて、すずしさをます。
 
 日も暮れて外は暗く、雨が降っていて、その雨音がさらに風情をかもしだした。
 
 思い出すのは、末富さんの葛焼きの葛。
 やっぱり、末廣さんから別れたのが末富さんなので、上質さ、上品さなどあいつうじるところがある。
 ただ、末富さんのほうは、今を盛りといった感じで、とがっている感じがする。
 よくよく素材を吟味、厳選して、さらに、洗練して、そぎ落とし、磨きをかけたといった風情。
 末廣さんは、とがったところはなくて、なんとも自然な、ふっくらとした感じ。
 風味に外連味や突出したところもなく、しみじみとなじんでくる。
 
 葛焼きも食べたかったが、行ったのは午後で、すでに、売り切れだった。 
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2015_07
07
(Tue)20:39
 6/20に、五条坂の猪飼さんとこへ、竹泉さんの御本茶碗のことでちょっと遊びに行った。
 その時、「こういう京焼の仕事、僕も好きで・・・」という話しがでて、東哉さんというところを紹介してもらった。
 で、その日、話が終わった後、東哉さんところへいってさらっと売り物を見てきた。
 そのとき、気になった酒器があって、それで、7/4にまた東哉さんのところへ行った。
 
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 巧芸陶舗  東哉    京都清水売舗
 
 巧芸陶舗  東哉(とうさい) といえば、東京の方の人なら結構知っている人もいるかも知れない。
 本店は、銀座にある。
 東京の高級料亭などで人気があるらしいし、また、小津安二郎監督の映画でも食器などが小道具として使われている。
 その銀座で売っているのを、焼いているのが五条。
 いかにも、京焼といった職人技の極みのような食器がいろいろ。
 
 その中で、とくに気になっていたのが、ある酒器。
 石物の酒器で、何が気になっていたかというと、その薄さ。
 京焼の土壌にこういう職人技があり、竹泉さんの御本茶碗や猪飼さんの仕事もその土壌があってこそ、とおもえて、そういう意味でも欲しかった。
 それで、7/4に買いに行った。
 
 酒杯  石彩 三花紋   東哉
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 酒といっても、最近はワインもほとんど飲まないし、日本酒もごくごくたま~にしか飲まないので、ほとんど使う機会はないが、それでも、どうしても欲しかったのがこれ。
 
 口径 約5.3センチ。
 高さ 約4.3センチ。
 ちっちゃな杯。
 ちっちゃいだけじゃなくて、薄い。
 紙のように薄い。
 風に吹かれて飛んでしまいそう。
 むこうが透けて見えそう。
 
 こういう仕事ができる職人さんは、もう、いない、と東哉のご主人さん。
 難しいのは、酒を注ぐ部分ではなくて、高台。
 
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 石物なので、ろくろを挽いてかわかしてから削り出すわけだが、この高い高台を削り出すのがとても難しいのだそうだ。
 この高台の中。
 
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 先っぽがカギのようにまがった特殊な道具を使って削り出すが、ちょっとでも手もとが狂うと、ぴゅっと飛んで高台が削れてなくなってしまうのだそうだ。
 
 見るからに繊細で、なんか、相当気を遣って飲まないといけないみたいな感じだけど・・・
 
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 たしかに、空だと、このうすさと繊細さに気を遣う。
 持った感じも、重心が高台の下の方にあって、なにか不安定。
 ところが、酒を注ぐと・・・。
 
 空のときの重さは、約10グラム。
 なみなみに酒を注ぐと、約25グラム。
 だから、だいたい15cc。
 たった、15cc。
 
 酒の重みで安定感がでてくる。
 
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 酒を注いで、こうやって二本の指で高台をもつと、とても安定して、しっくりなじむ。
 それだけじゃなくて、盃を持っているのが、とてもここちよい。
 二口で飲みほし、空になると、さっきの安定感や心地よさがこいしくなって、ついつい、もう一杯・・・。
 
 茶碗もそうだが、手に持つ器は、ほんとうにいいかどうかは、使ってみるまではわからない。
 いくら見た目がうつくしくても、綺麗でも、豪快でも、使ってみるまでは、わからない。
 (もちろん、ブログの画像みただけでもわからない)
 買うときは、空のままでいろいろ確かめてみるしかないわけだが、いくら持ってみても、触ってみても、実際に、お茶だの酒だのを注いでみないとわからない。
 注いで、飲んでみないと。
 たった15ccの重みを感じさせてくれるだけではなく、酒が注がれてこそ、持つのがここちよい。
 たぶん、こういう器には、なかなか出逢えない。
 
 
 7/4は、二階の展示室も見せてもらった。
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2015_07
06
(Mon)19:54
 7/4京都へ行って、お菓子などを。
 で、そのお菓子で、ゆる茶。
 
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 床は相変わらず、もんどり。
 鰻用のもんどりで、鮎といえば友釣りかヤナを僕は思い浮かべるとはいえ、まあ、鮎もさかなななので、いいか^^
 
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 花と香をかねて、ちょっとこんなふうに^^
 まえまえから水盤に香を立ててみたかった。
 まあ、自分では、結構、面白くて、すずしげかな、と(笑
 
 茶碗は、ここのところずっと使っている御本茶碗。
 あとの道具はいつもと同じ。
 
 さて、メインの、菓子。
 
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 京・かも川  わか鮎  甘春堂
 
 庭に勝手に笹が生えていて、奥さんがとってきて敷いてみよう、というので敷いてみた。
 これがなかなかよかった。
 見た目も雰囲気が出て面白いが、それ以上に香り。
 鮎の皮の焼いた芳ばしい香りと笹の香りが混ざって、なんともいえない美味しそうなよい香り。
 
 甘春堂さんの鮎は、皮はしっとり薄目でふわりというより、よくしまっている感じ。
 しまっているといっても、重くなく、かるめ。
 求肥は、とろりとしていて、ひんやり感がある。
 咀嚼すると、求肥が糸を引いて網の目のように広がり皮を絡めて、その食感がおもしろい。
 風味も、あまさがやさしい(奥さん)。
 大極殿さんのわか鮎とは対照的。
 大極殿さんのほうは、いかにも工夫を重ね凝りに凝っているそんな感じがにじみでていて、しかも、重厚で、「わか鮎」とはいえ、どうどうとした大鮎といった風情。
 甘春堂さんのほうは、小鮎とはいわないが、品のいいこぶりの香魚といった風情。
 あとあじの軽みと、涼感が印象的。
 大極殿さんの鮎も好きだが、こちらもとても気に入った。
 
 
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 涼菓  あゆ  平安殿   すいか果汁入り
 
 こちらは、奥さんチョイス。
 というか、7/4に京都に行って、菓子をという段になって、「どこかで見た、『スイカ果汁入りの鮎』」と奥さんが言うので、ちょっと探し回った。
 で、キューブの「京銘菓」で見つけた。
 (そのとき、こっちの鮎だけというのもなんなんで、僕も甘春堂さんのを買った)
 
 さて、やっと見つけた「スイカ果汁入り」鮎の味は・・・。 
 笹の葉を敷いて、香りは甘春堂さんのどうよう、おいしそうないいかおり。
 ひとくち、口に含むと・・・
 な、なんか、生臭い香り。
 スイカの生臭い香りが口と言わず、鼻と言わず広がって、気分が悪くなった。
 スイカってちょっと生臭いかんじがあるが、それが何とも強調されて、魚の生臭みのよう。
 そもそも香魚とも呼ばれる鮎にはどくとくの香りがあるが、これは・・・ただ、生臭い魚の香り。
 平安殿さんのHPを見ると、「鮎にはすいかに似た匂いがあり云々・・・」というようなことがあるけど・・・
 (すいかの香りというより、僕場合、苔のような香りをかんじる)

 皮はしっとりうすめでやわらかめ。
 求肥は、ピンク色をしていて、スイカの甘み。
 そして、なによりも、もう食べたくなくなる、魚の、致命的な生臭い香り。
 
 ただ、ふつうの求肥の方なら、いけるかも知れない。
 
 僕が甘春堂さんの1匹、奥さんがこれを1匹、と買って、さきに甘春堂さんの方を食べたが、さきにこのすいか果汁入りの方を食べるべきだった。。。
 
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2015_07
06
(Mon)00:22
 7/4に京都へ。
 五条坂の東哉さんへ行って、そのあと、五条坂から祇園、四条河原町の高島屋、烏丸御池の亀末廣さんへふらふらと歩いた。
 
 ミニ京のよすが (たぶん七夕ヴァージョン)  亀末廣
 ミニ京のよすがと上生を三品買う。
 ミニ京のよすがは家に帰ってきて開けてみると、見本とすこし違っていた。
 見本は、先月のものとそれほど変わってはいなかった。
 その見本のとすこし違っていて、たぶん、七夕向けになっているのだろう。
 
 「乞巧奠(きこうでん)」という七夕向けの生菓子の詰め合わせに忙しそうなところ、ちょっと時間を頂いて、ミニ京のよすがの説明などを。
 食べているわりには、知らないものが多いので・・・と。
 なお、「乞巧奠」は6/30までに予約要。
 
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 一番上の長い短冊状のものは、まさしく、七夕の短冊。
 「カタクリ」と末廣さんでは呼んでいるもので、カタクリにヤマノイモをいれている、ということ。
 先月の、山吹の花もこのカタクリ。
 
 緑色は、短冊とくれば、たぶん笹。
 先月の、卯の花。
 求肥。
 表面の緑色の細かいものは「そぼろ」といい、なんと、餡をほしたものなのだそうだ。
 先月の卯の花は、砂糖がかけてあった。
 
 笹のとなりの水色のは、先月もあった紫陽花。
 求肥。
 表面の丸い粒は、「タマガワ」といい、餅米。
 
 真ん中の撫子は、「すり琥珀」。
 
 紫陽花の下は、おなじみ「松露」で、これは、「岩に苔」を表している。
 画像ではわかりにくいが、右端の方がほんのり緑色。
 なので、「岩松露」とも。
 
 短冊の下の白とみどりの四角いのは、「おしもの」。
 ちょっと時間がなくて、くわしいことは聞けなかった。
 
 その下、ミニ京のよすがではおなじみの、あわい黄緑色の砂糖の飴。
 オキナワとか、珊瑚礁の岩場のように、多孔質でがりがりしている感じなので、うちでは勝手に、「岩飴」とか呼んでいたが、なんと、末廣さんでも「」とよんでいる。
 ただ砂糖だけと思っていたら、卵白で膨らませているということ。
 なるほど、それでこんなふうに多孔質になっている、というわけ。
 
 その下は、「すはま」。
 今回は、ヒョウタン。
 
 ピンクの撫子の花の菱形は、「うちもの」。
 これももうすこしくわしいことを聞きたかったが、時間の都合で聞けなかった。
 
 四畳半の京のよすがの方には、祇園祭向きのお菓子も入っていた。
 それを2個いただいた。
 1個180円。
 カタクリ製のそれが何かと言えば・・・ブログに載せるのは、もうすこし、祇園祭に近づいてから(笑
  
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2015_07
02
(Thu)21:32
 最近、結構むしむししてきて、いまくらいだと、美味しいのが、いわゆる鮎の調布。
 その鮎の調布のなかでも、お気に入りが、大極殿さんの若あゆ
 器は、たち吉さんの。
 
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 以前ブログにも載せたので、いまさらだけど、姿もちょっと個性的。
 じゅごんのよう(笑
 以前のせたのはたまたま形が悪くて、「人魚のミイラのよう」と書いたら、画像検索の「人魚」でヒットしてたり・・・
 
 皮のやきかげんはやや濃いめで、こうばしさにほんのり苦みも。
 皮は鶏卵の風味がつよく、ほっこり、ふっくら。
 求肥にはホイップ感があり、皮のほっこり、ふっくら感と求肥のホイップ感のある弾力がとてもよくて、むしむしを忘れさせてくれる。
 梅雨の前だと、俵屋吉富さんの、砂糖をかけた麩の焼のような煎餅に干し羊羹がはいっている 鴨川鮎 が美味しいけど、いまはこっち。
 
 ゆる茶、できるだけ簡単に用意ができて片付けもささっとというので、あまり道具にはこだわっていなくて、それで、季節感があるものというと、まず、お菓子(と、器)。
 
 ちょっとした気温の変化や湿度の変化で、おいしかったり、美味しくなくなったりすることもある。
 
 菓子のほかに、ゆる茶で季節感があらわれるのが、茶碗。
 
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 今の梅雨時には、猪飼さんのこの灰釉鉄彩茶碗。
 とくに梅雨の曇った日、雨の日などがいい。
 見込みを流れる水色系の灰釉が涼しげで、かつ、信楽のざっくりした土にあたたかみがあり、むしむししたなんとなく肌寒いようなときにはとてもしっくり。
 鬱々とした梅雨の雲を、見込みを流れる空色の灰釉が払いのけてくれる。
 
 ただ、茶碗もお菓子とおなじくらい微妙なもので、気候のちょっとした変化でしっくりきたりこなかったりする。
 とはいっても日替わりと言うほどではないけど。
 しっくりこなくなるとその日を境に、今まで使っていた茶碗はなんとなくつかいたくなくなり、次の季節の茶碗になる。
 
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 あとは・・・そうそう、これも、ゆる茶で季節感がある道具^^
 
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 茶巾。
 先月くらいから、保田織といって、ふつうの平織りとは違う織の茶巾を使っている。
 糸に太い細いがあり、紗みたいな織になっているような(くわしいことは知らないけど、見た感じが、なんとなく紗みたいな感じ)。
 
 あと、庭、かな。
 花入れや軸もかえるけど、いつも花を生けるわけでもないし、軸もいつも飾ってあるわけでもないし・・・。
 
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 うなぎもんどり と 籠花入れ。
 花は、剪定したガクアジサイ。
 東南アジアの香立て。
 香は松栄堂さんの「試みの香」全部で11種類の香を、適当に、その日の気分で。
 
 あとの道具は、ほとんど、年中変わりない^^
 
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 茶入れはいつもこんな感じ。
 缶は、茶漉しそのまま。
 飲んだら冷蔵庫に入れておくし、飲むときは冷蔵庫から出してそのまま。
 2種類お茶を飲んでいるので、茶入れもふたつ。
 茶漉しのほうには、今は、小山園さんの吉祥。
 ガラスの茶器の方には、上林春松本店さんの好みの白。
 漉し器が必要になったら、入っているお茶をべつの容器に移している。
 
 茶杓も、ずっと、去年削ったこの煤竹の茶杓。
 いろいろ削ったけど、やっぱり、こういうふつうの茶杓が普段使うにはつかいよい。 
 
 その他・・・
 
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 鉄瓶も年中この鉄瓶。
 建水も、二十何年間ずっとこの建水。
 じつは白木の曲げ建水だったのを、拭き漆をした。
 水注ぎ、というか、水指し、というか、とにかく、このホーローの薬罐。
 これもずっと。
 今は鉄瓶で電熱コンロを使っているが、その前は、カセットコンロにこのホーローの薬罐だった。
 ただ、鉄瓶を使い始めたとき、カセットコンロは水気がでるので電熱コンロにかえた。
 
 そもそもが、道具をひととおりそろえて、さあ、はじめよう! とはじめたわけでもなくて、なんとなく、はじめただけだし・・・。
 それにしては、もう、二十数年つづいている・・・。
 
 もともと茶碗とかは好きだったので、それなりに、凝ってるかも知れないが・・・。
 菓子は、奥さんの影響(笑
 以前は、俵屋さんの雲龍しか食べなかった(笑
 
 釜ひとつあればお茶はできる、というようなことを利休さんは言っていたとおもうけど・・・まあ、そんな感じかな。
 
 三服して、そのあと白湯を一服。
 なので、ときには、替え茶碗も・・・
 
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2015_07
02
(Thu)01:09
 ひとくち羊羹、という商品名で売っているわけではないけど、そんなサイズなので。
 
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 小倉 と キャラメル は一年を通して。
 ぬれつばめ と 氷梅(こおりうめ) は夏限定。
 ほかに、抹茶、黒糖、白小豆がある(一年を通して)。
 
 氷梅  ぬれつばめ
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 氷梅  (上)
 「丹波大納言をこめた涼やかなみぞれ羹」
 道明寺を氷、丹波大納言を梅の花と見立てて。
 見るからに涼しげ。
 
 道明寺のつぷつぷ感は、上生のそれを思いおこさせるほどの、そんな生菓子感。
 小豆の風味も、しっかり、濃厚で、風格さえ。
 こんなサイズなのでそれほどでもないだろうと思ったけど、食べてみると、本格的。
 
 
 ぬれつばめ (下)
 「葛入りこしあんのなめらかなあじわい」
 濡れ燕のようなつややかさ。
 
 葛でもっちり感があるものの、まるで生の漉し餡を食べているようなしっかりした風味。
 
 小倉  キャラメル
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 小倉 (上)
 「丹波大納言ならではのゆたかな味わい」
 
 画像ではあまりはっきり見えないが、小豆粒の多さ。
 みっしり詰まっていて、粒餡、というより、粒小豆の寒天よせといった感じ。
 むっくりした、濃厚な、豊かな味わい。
 
 これも、サイズがこんなサイズなので舐めてかかっていたけど、質の高さに食べてみてびっくり。
 
 
 キャラメル (下)
 「新感覚の味わいを伝統技術によって」
 
 さすがに、これはちょっと・・・と、食べる前、買ってきた奧さんにかなりいろいろと批判的なことを言った(笑
 
 でも、食べてみると・・・
 はじめ、なんとなく柿羊羹っぽい風味も。
 キャラメル、とあるが、プリンなどのカラメルのような風味。
 苦みもあり、なかなか。
 大人の、和風、というより、京風キャラメル羊羹。
 こんなふうにくらべるのもなんだけど、たとえば、森永ミルクキャラメルが、オモチャみたいに思えてくる。
 
 また、亀屋良長さんの、れいの洋風ブランド、Satomi Fujita by KAMWYA YOSHINAGA のメレンゲことをふと思ったが、この鶴屋吉信さんの羊羹の方が、京風に、しっくりとなじんでいて、完成度も高い。
 結局、Satomi Fujita by KAMWYA YOSHINAGA の方は、洋が基本になっていて、その上に「和風」をトッピングしてあるだけ、という印象を受けたが、こちらは、京風とキャラメルがしっかりとけあって調和している。
 洋が基本になっている、というのは、何が言いたいかというと、足し算、ってこと。砂糖と脂、これが洋菓子の基本だから、和風の、というか、京風の風味の構成とは、もともとちがったものになる。
 また、Satomi Fujita by KAMWYA YOSHINAGA のほうは、作り手が京菓子につしいてまだまだ、よくわかっていないところがあるという印象を受けた(うわっつらは理解しているが)。 
 
 所詮、キャラメル、子どもの菓子味、とこれも食べる前に甘く見ていたが、甘いどころか苦みもきいていて、風格もあり、大人の、京風キャラメル羊羹だった。
 
 そのほかの、抹茶、黒糖、白小豆も食べてみたくなった。
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