2015_12
31
(Thu)01:02
 お節買いだしで、上生を二品。
 今年は、大丸の地下の老松さんで。
 帰ってきて、ゆる茶。
 ひさしぶりの、上生。
 
 歌題菓  赤心  薯蕷きんとん製  老松
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 今年の歌会始の歌題、「赤心」にちなんだきんとん。
 ところで、「赤心」ってなに?
 
 きんとんが心をあらわしている、模様。
 「心」を表しているからといって、まさか、こなしやもちや外郎などでハートにするわけにもいかないから、きんとんで、ということかも。
 そして、「赤」とはいえ、全部をまっ赤にするわけにもいかず、紅白でおめでたく、という感じなのかも。 
 
 歌題が、「赤心」なのは、まさか、申年にちなんで?
 (顔が赤いサルは、「赤心」のあらわれ? なんて^^)
 
 種は、黒漉し餡。
 クリーミーで、非常になめらか。
 薯蕷はすんだ感じではないが雑味はなく、ふっくら、ふくよかで、まどか。
 漉し餡が、薯蕷のクリーミーさと一体で、まるまる、薯蕷のそぼろのよう。
 
 これは、もう一つ、食べたくなった(けど、買ってきたのは、ひとつ)。
 
 「赤心を推して人の腹中に置く」というわけで、だんなんの腹中に収まった「赤心」であった(笑
 で、「赤心」ってなに?
 
 (画像、上下逆かも。。。)
 
 干支菓  三番叟  もち製   老松
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 新年の能、「翁」に登場する、神のひとり、三番叟の、その烏帽子をかたどった餅菓子。
 以前、八坂神社で観た「翁」のことを思い出すが、翁というのはいってみれば、朝廷の、中央政府が信奉する神、大和国全土を支配する神であり、一方、三番叟は地方の神、地方の地の神、という印象を受けた。
 
 まあ、そんなことはいいとして、なんでその神の烏帽子が干支の菓子に、というと、よく年賀状でサルがその烏帽子を被っているイラストを見るけど、そういうことなのだろう。
 でも、なんで、サルに神様の烏帽子?
 
 なんとなく、初日の出のようにも見えて、おめでたそうでなかなか面白い。
 (あるいは、初日の出が海に映っている、とか。焼き印の三本線が波を表しているようにも)
 
 種は、黒漉し餡。
 気温が低いにもかかわらず、のびのある、しなやかな軟らかい餅。
 漉し餡もなめらか。
 餅の美味しさをひきたてる餡。
 
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2015_12
31
(Thu)00:19
 昨日(12/29)、お節の一品、筑前炊きを、奥さんがつくってくれた。
 
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 いつもどおり、大鉢にいっぱい。
 
 ごぼうは、当尾ごぼう。
 先週、おでんに使った半分。
 おでんは、最初の1日目は美味しかったが、2日目、3日目とせっかくの当尾の美味しさが無くなってしまった。
 大根は、逆に、美味しくなっていくのだが・・・。
 筑前炊きにすると、なんとも、ごぼうでないみたいな歯ごたえ。
 なんか、葉物野菜の茎をさくさく食べているような。
 ただ、高齢化で生産農家が激減しているそうで。去年の半分ほどになってしまったとか・・・。
 
 城陽産蓮根。
 もっちり、蓮根。
 
 京都産金時人参。
 あまくて、やわらかい。
 
 京都産筍。
 さくさく、やわらかく、風味もよい。
 
 若狭特産 菌床椎茸。
 いわゆる、どんこ状の生椎茸。
 肉厚で、ぷりぷり。
 
 鶏肉、こんにゃくは、ふつう^^
 
 味付けは、甘め(青嵐写しの黒糖寒天用の砂糖)。
 うちにある「今日のおかず」という料理本のレシピ通りだと、醤油辛くなってしまう。
 
 12/30、買い出しから帰ってきて、いづうの鯖鮨といっしょに食べたが、ひけをとらない美味しさ^^
 
 
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2015_12
30
(Wed)23:29
 暮れもさし迫ってきて、いろいろと、新年の準備など。
 今日は、京都までお節の買い出し、帰ってきてお茶、年越し茶の準備、で、いちまのお着替え。
 着物は、いつもの、手描き友禅。
 
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 紅絹の長襦袢だった去年(というか今年)に比べると、ちょっと地味かな・・・。
 去年(というか今年)は、こてこてだった。
 
 水引の帯締め^^
 
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 蛍光灯なので、いちまがのっぺりと見えてしまう。。。
 
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 それでも、いつもどおり、にっこり、お澄ましのいちま♪
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2015_12
27
(Sun)02:01
 れいの松喰鶴の真形釜が来て、今日(12/26)で4日。
 最初は、あの姿なりと繊細で優美で典雅な風情が、うちにはちょっと場違いかな、みたいな感じがあったけど、もう、すっかりなじんできた。
 お茶を飲んだあと、毎日のことなので片付けといってもなにをするでもなく、そのまま電熱の上に置きっぱなしなのだが、その姿もすっかりはまって、今では、この釜がここにないと落ち着かなくなってきた。
 
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 そう、こんなふうに、置きっぱなし。
 
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 まだ、4日しか経っていないが、使えば使うほど、手放せなくなる感じ。
 鳴りが、初めよりはだんだん落ち着いてきたのと、ことらも、火加減とかどのくらいにしたらいい鳴りになるのか、すこし分かってきたこともある。
 しずかで、出しゃばらない鳴り。
 ほんとに、バックで鳴っていて、ちょうどいい感じ。
 なめらかで、落ち着いていて、ずっと、鳴りを聞いていたくなる。
 
 釜を買うとき、5つの条件ってのがあった。
 
 1 エコ  柄杓で掬うので最低限必要な水位がある。その水位に対する水量。
        この松喰鶴の釜は、万代屋よりかなり少なくてすむ。鬼霰とおなじ量で、いける。 
        この点は、満足。
 
 2 おしゃれ  これは、姿なりのこと。
          優美で、典雅で、繊細。地紋もとてもいい。蓋もいい。
          いうことない。
 
 3 希少  真形釜、というのは、決して珍しいものではない。
        松喰鶴の地紋というのは、あまり見ない。
        ただ、この、繊細さと優美さ典雅さで、希少といってもいいのでは。
        松喰鶴の地紋も、このくらい出来のいいものってそうないような。
        この点でも、とても満足。
 
 4 お得  価格的には、どうか。
        真形釜、中古、畠春斎・・・というカテゴリーでいくと、税・送料・決済手数料など込み価格はやや高めとなる。
        ただし、2、3を勘案すると、決して高くない。
        また、中古といっても、未使用品だった。
        なんということないお稽古用の釜でも、新品となれば、最低5万前後する。
        となれば、2、3で、未使用品、で3.5万というのは、かなりお得、ということになる。
        そういうことを抜きにしても、3.5万で、お稽古用ではない、新品同然の気に入った釜が手に入った、というのはお得と言わざるをえない。
        
 5 鳴り  これは、まったく、買って、使ってみないとわからない。だから、どんな釜でも、必ずしも気に入るとは限らない。
        でも、この松喰鶴の釜は、とても鳴りがいい。
        この鳴りのお陰で、ますますこの釜が魅力的で、無二のものに感じられる。
        ほんとに、この釜でよかった、と思える。
        とどめ、だめ押し、って感じ(笑
 
 それにしても、この鳴り。
 客の席で聞いていると、だんだん眠たくなってくる。
 邯鄲の枕。
 能の「邯鄲」は、「邯鄲の夢」という神仙思想をテーマにした中国の話しをもとにしているが、この眠気はその能を思い起こさせる。
 釜の銘、「邯鄲の枕」なんてしようかな^^
 「静坐閑人」ともてりあう。
 
   いつまでぞ栄華の春も常磐にて なほ幾久し有り明けの月 月人男の舞なれば 雲の羽袖を重ねつつ
   喜びの歌を謡ふ 夜もすがら謡ふ 夜もすがら 日はまたいでて明らかくなりて 
   夜かと思へば昼になり 昼かと思へば 月またさやけし
   春の花咲けば 紅葉も色濃く
   夏かと思へば 雪も降りて
   四季折々は目の前にて 春夏秋冬 万木千草も一日に花咲けり
   面白や 不思議やな 
   かくて時過ぎ頃去れば五十年の栄華も尽きて まことは夢のなかなれば 皆消え消えと失せ果てて
   ありつる邯鄲の枕の上に 眠りの夢は覚めにけり ・・・
 
 ちょっと、能「邯鄲」のクライマックスを。
 ここは謡いもすごく魅力的だし、なによりも、舞も佳境で、なんていうか、栄華の絶頂で頭の中、感覚が、弾けまくってる感じ。
 そして・・・栄華の夢から覚めた盧生がおもいめぐらす・・・
 
   つらつら人間の有様を案ずるに 百年の歓楽も命終れば夢ぞかし
   五十年の栄華こそ身のためにはこれまでなり
   栄華の望みも齢の長さも五十年の歓楽も王位になればこれまでなり
   げに何事も一睡の夢
 
 とまあ、ありふれた神仙思想的な思いに行き着くわけだけど、ただ・・・
 
 なんかな、五十年、というのが、妙に琴線に触れて。
 ぼくも、齢、五十を過ぎて、なんか、この「夢」って言う感覚が、身に染みて感じたり。
 昔のことが、または、自分の50年の人生のことが、なにか、「夢」っぽく感じられたり・・・。
 それに、あと残っているのも、今まで生きてきたよりは短い年月しか残ってないな、とか思うと、よけい、「夢」っぽく感じてしまう。
 若い頃は神仙思想のこの「人生、夢のごとし」を理屈で理解してたのが、なんか、感覚的に身に染みて感じるような・・・。
 と、今、夜中なので、ちょっと、感傷的。
 
 「邯鄲」には「一睡の夢」とあるが、もとは、「一炊」。
 ヒエだったかアワだったかが炊ける間の、つまり、ご飯を炊く短い間に見た夢のこと。
 
 (「邯鄲」、カタク((九世片山九郎右衛門))で観たかった・・・。と、カタクのことを思うと、一番はじめに、2009/4の「小塩」のことが思い浮かぶ)
 
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2015_12
23
(Wed)20:08
 昨日届いた、釜。
 
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 今朝から、湯を沸かしては捨て、沸かしては捨てを、4回。
 未使用品とはいえ、つくられてから約40年ほど経っているせいか、漆の臭いはまったくない。
 ただ、炭酸カルシウムの風味が、すこし。
 まあ、胃薬だと思えば、それはそれ。
 4回目にはほとんどしなくなった。
 
 というわけで、釜お迎えのゆる茶を。
 会記風に。
   
    軸   静坐閑人
    釜   初代畠春斎造  松喰鶴文真形釜
    茶器  高橋正良造 漆塗り蒔絵遠山中棗
    茶杓  自作煤竹 
    茶碗  五代三浦竹泉造  染付曳舟絵茶碗
    建水  拭漆曲建水  (自拭漆)
    蓋置  染竹
    菓子器 鈴木誠一郎造  縄文銘々皿根来
    菓子   雲龍  俵屋吉富製
    干菓子  ミニ京のよすが  亀末廣製 
    香器   安南箱線香立
    香    五山  松栄堂製 
 
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 今日の主役、といっても、ゆる茶自体はいつもとかわらず、主役も、電熱器の上に、ちょぼん、と。。。
 
 雲龍を食べて、まず、一服。
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 鳴りがなかなか、低い音とキュウキュウ・・・。
 ただ、低い音の方はとてもなめらかな音色。
 鬼霰は粗く、万代屋はきめ細かい感じだが、そういうのとはちがう。
 粗い、きめ細かいというのは、音が粒として聞こえるわけだが、この松喰鶴の鳴りは、粒には聞こえない。
 とてもなめらかな響き。
 そのなかに、キュウキュウと、蚯音。時折、鳥のさえずりのようにも聞こえる。
 
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 亀末さんの、ミニ京のよすが、12月の下の段。
 上の段は、松露がピンクで、求肥餅・打ち物がそれぞれ白だった。
 だんなん、そぼろの求肥餅、奥さん、ピンクの椿の求肥餅を食べた。
 
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 釜がらたちのぼる湯気が、ちょっと、瑞雲や祥雲のよう、と奥さん。
 鬼霰や万代屋だと、肌が岩のようだが、松食いは地肌は背景。
 また、鬼霰や万代屋は湯気が雲のようで、軸が高山にも見えるが、これは、瑞雲。
 たしかに、そんなふうに見ると、面白い。
 点前座からも、松食鶴が舞っているところに、瑞祥の気が立ちのぼっているようにみえて、なかなか^^
 
 曳舟の景色があり、遠くにかすむ山なみ。
 その山からか、松をくわえた鶴が飛んでくる。
 そのゆくさきはというと、高山の静坐閑人。
 あるいは、鶴が飛び行く先は、(庭の)蓬莱山。
 
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 というストーリー。
 
 べつのストーリーもある。
 曳舟の景色と遠くの山なみ。
 鶴がくわえているのは、松に枝に結ばれた文。
 その行く先に、静坐閑人。
 
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 曳舟、遠山、で、現世的な、起、承、ときて、松食鶴という天上的・彼岸的な転、そして、静坐閑人の結。
 静坐閑人は、もしかすると、仙人なのかも(笑
 
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 そして、釜の鳴りは、静坐閑人の滝の鳴る音のようにも。
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 滝の音と、その滝からの流れの音、そのなかに、鳴く、かじか、鳥のさえずり。
 そんなふうに、釜の鳴りが聞こえてくる。
 
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 かじかの声や鳥のさえずりが聞こえなくなると、低い、ほんとに、落ち着いた、なめらかな、しっとりした鳴りに。
 ただ、低くても、軽やか。
 ここらが、いわゆる、松風、って感じか。
 お茶会だと、この松風のところらで、席入りしてもらうって感じかも知れないが(席入りのタイミングに合わせて松風にしておく)、むしろ、釜の鳴りの変化を楽しむのも面白い。
 たしかに、松風のときが一番ここちよいのかも知れないけど。
 
 それにしても、姿なりも繊細で釜のイメージから外れている、越えている感じだけど、鳴りも、その姿にふさわしく、いままで思っていた鳴りのイメージとは、ずいぶん違っている。
 はじめ違和感もあったが、聞いているうちに、とても気に入った。
 
 釜って、面白い。
 もっといろいろな釜の鳴りを鑑賞し、楽しみたくなる、「松風」だけじゃなくて。
 同じ釜でも、その日のコンディションで、鳴りは違っていたりする。
 
 
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2015_12
22
(Tue)23:02
 先月、11/16、茶会で義叔母かられいの万代屋釜をもらって以来、釜にかまけていただんなん。。。
 その釜にかまけていた状態から、やっと、解放・・・。
 
 釜ケのはじめは、万代屋釜の再建。
 においがあったので、消臭して、さび止め・・・といろいろやって、何とか使えるようになった。
 のはよかったが、その一方で、なんとしても自分で選んだ釜が欲しくなって。。。
 
 釜を選ぶにあたって、条件が5つあった。
 1 エコ  万代屋釜よりも最低限必要な水の量が少ないこと。
   釜は柄杓で水を掬うので、かならず必要な水位というのがある。
   その必要な水位を維持できるだけの水量は、釜の底面積や胴の面積にもよるが、すがたなりにも大いに関係があるのだが、その水量が万代屋釜より少ないこと。
   鬼霰の鉄瓶に比べて、万代屋釜は2~3倍ほど、その最低水量がいるような感じで、水だけではなく、エネルギーも多くいることになる。
   なので、新しい釜は、水の量と共に、エネルギーの節約のために、万代屋よりも水量が少なくてすむこと。
 2 おしゃれ すがたなりがよく、肌合いもよいなど。
 3 希少 お茶なので、もちろん、希少な方がよい。
 4 お得  価格は安いに越したことはない。
 5 鳴りがよい  これは、実際に沸かしてみるまでは分からないが・・・。
 
 で、数週間、ヤフオクとか、京都のお茶道具店とか、見て回ったり。
 たぶん、ネッの画像で見た釜の数は、2500口くらいはあったろうかと・・・。
 「釜吉」と奥さんには揶揄されて・・・(笑
 
 ただ、探しているうちに、だんだん条件が緩んできたり・・・。
 まず、1のエコ、というのは、釜に望むことができないものかも、と。まあ、それに、一時間300wの電熱器を使っても、電気代は12、3円くらいなので、それはそれでいいか、なと。
 たしかに、はじめにIHで沸かすときに水量が多いとたくさんのエネルギーが必要だが、その後電熱で鳴りを保つためにつかうのは300wほど。そのあたりは、鬼霰も万代屋もかわりない。
 3の希少についても、釜って、どれも似たり寄ったり。希少などと、それはちょっと無理かも。ただし、お稽古用、みたいなのはほしくないなぁ。。。
 
 それで、先週くらいだったか・・・。
 これはっていうのが、ヤフオクに。
 
 莞爾庵のお茶のテーマ、「静坐閑人」にあわせて、竹泉の曳舟絵の茶碗がきっかけになって、それに合う地紋のものがないかと、探していたわけだけど。
 候補としては、浜松文とか、松原文、とか。
 「静坐閑人」の軸と、曳舟。そのあいだの釜に、遠景の松原なんかがあるといいかも、と。
 で、釜に先立って、実は、棗も、こんなのがあるとどうかと、あたらしく購入。
 曳舟絵の遠景に・・・
 イメージ的には、こんな感じで・・・
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 曳舟の遠景に、かすんで見える遠山・・・
 
 実際の点前だと・・・ 
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 棗の蓋を、茶碗の真横に置かずに、わざと、ちょっと上めにおいたり・・・

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 と、こんなふうに曳舟を中心に遠山に囲まれた感じで、とてもおもしろい^^
(と、いいつつ、これはほとんど、亭主の自己満足の世界だと思いながら・・・)
 
 山中の四阿にひとり閑かにの「静坐閑人」の軸、曳舟の茶碗と、棗の遠山。
 となると、軸と棗・茶碗とのあいだにある釜は、どんな地紋がいいか・・・。
 というわけで、松林か、松原か、浜松か、となっていた。
 
 それで、そういう感じで釜を探していたわけだけど、でも、それじゃ、ちょっと、おもしろみがない、あたりまえすぎるな・・・なんて思っていると、この釜を見つけて、これもいいかな、と。
 実は、遠山棗を買う前にこの釜を見つけて、これはいいなぁと思っていたのだが、棗を手に入れて、実際お茶をしてみると、もう、この釜しか考えられなくなってしまった。
 
 そして、その釜が、今日、届いた。
  
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 箱。
 大体、昭和45~55年頃につくられた釜らしいと思っていたら、なかに新聞が入っていて、1977年(昭和52年)の日付だった。
 作は、富山高岡の釜師、初代畠春斎。
 ネットで買ったので、画像は見ていたが、果たして、ものはどんなものか。。。
 蓋がぷちぷちの梱包材に、鐶は紙に包まれていた。
 釜は布につつまれていた。
 包みを解いて、すべて、お茶の卓のうえに。
 それにしても、まずビックリしたのが、鐶の軽さ。これって、ほんとに、鉄?
 そして、釜自体も、画像で見ていたものの、こんなに、軽くて・・・。
 割れそう?(笑
 うちの鬼霰や万代屋と比べると、あまりにも、繊細。
 たしかに、画像で、優美で典雅な釜だと思ったけど、さらに、こんなに繊細とは・・・
 (とはいえ、たぶん、これらの画像で、その繊細さは伝わってないだろうけど・・・)
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 どうしようもなく心惹かれたのは、この地紋・・・
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 この地紋の松喰鶴が、まるで、空を舞っているよう。
 軽やかで、幻想的。
 「静坐閑人」の軸や、遠山、曳舟と現世的な情景の中に、幻想的に舞う、彼岸的な松喰いの鶴。
 このイメージが、もう、頭から離れなくなった。
 莞爾庵のお茶のテーマ、世界観がぐぐっと広がる。
 
 この釜を見つけてから、ネットで、松喰鶴文の釜をググってみだけど、案外、少なかった。
 漆のものには結構、見られたけど。
 それに、釜にしろ、漆のものにしろ、松喰鶴の意匠自体が、なかなか、奇麗なものがないみたいで。
 鶴と言いつつ、なんか、鴨みたいだったり、サギみたいだったり・・・。
 バードウォッチングもぽちぽちしているので、鳥にはちょっとウルサイ?(笑
 でも、この釜の鶴は、かなり鶴っぽい。
 それに、地紋以外にも、優美で典雅なところに、心惹かれた。
 釜だよ、鉄の塊。その鉄の塊が、優美で典雅、なんて。
 実際、届いて実物見てみると、優美、典雅はいうまでもなく、そのうえ、繊細。
 今までの釜観はなんだったんだ・・・(汗
 
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 後ろにも、鶴が一羽。
 
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 蓋もなんともない蓋だが、釜本体にふさわしい風格。
 
 ただ、この釜、ひとつだけくせ者の点が。
 底や中を見れば分かるけど・・・
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 そう、 未使用品、らしい。
 未使用品なんて、ある意味、かなりラッキー。
 ただし、はじめ、漆の臭いをとるなど、しないといけない。
 けど、かいだところ、においはしないみたい。
 それなりに歳月が経っているから、抜けてるかも。
 
 まえの持ち主がどんな人だったかは分からないけど、箱から出したとき、未使用品だった理由がなんか分かった気がした。
 あまりにも繊細で、優美で、典雅で・・・使うのがもったいない、と。
 そんな風に感じたから。
 
 この釜見つけて、買う前に、ちょっと、初代の畠春斎さんのことをググってみた。
 そしたら、昭和33年に、天皇さんが富山に行幸したおり、高岡市が釜を献上したのだが、その時の釜をつくったのがこの春斎さん。
 で、その時の釜が「松喰鶴地文真形釜」。
 と、この釜とおなじ手のもの。
 って、べつに、天皇家にある釜とおなじ手だからいいというんじゃなくて、献上するほどの釜とおなじ手の釜なら、得意か、あるいは、研鑽を積んでそれなりにいいものなのではないか、とも思った。
 もちろん、献上品には比べるべくもないだろうが、それでも、これほどとは、ほんとに・・・。
 また、献上以前、利休350年展で、三千家家元監査にも合格している(昭和16年)。
 
 
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2015_12
21
(Mon)01:19
 12/12、松井酒造にいって、亀末さんによって、ミニ京のよすがの他に上生を買ったので、帰ってから、ゆる茶。
 久しぶりの上生。
 義叔母のお茶会以来、かも。
 最近、上生、あまり食べてないような。。。
 
 うすべに椿  薯蕷製  亀末廣
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 れいによって、亀末さんは上生に銘をつけてないので、僕が勝手につけた。
 ピンク色の薯蕷で、なんとなく、いちまのお誕生日の時の紅白薯蕷が思い浮かび、また、何とも美味しそうなので買ってしまった。
 
 黒漉し餡かと思っていたら、種は、黒粒餡だった。
 この日あたりは空気がかなり乾燥した日が続いていて、この日もそうで、ちょっと表面が硬くなっていた。
 
 味は言わずもがな。
 
 織部椿  こなし製  亀末廣
 PC120143 (448x336)
 
 うえの薯蕷の椿が光琳風なら、こっちは、織部風、といったこなし製の椿。
 こっちも空気が過度に乾燥していたため、表面が硬くなっていて、残念。
 
 白漉し餡かと思っていたら、こちらが黒漉し餡。
 
 緑の織部のところに、さくっと入れてあるへら目がとても粋。
 洗練されていて、品もある。
 
 味は、いうまでもない。
 
 そのあと、お茶を。
 釜の鳴りが良かったので、部屋のライトを落として・・・
 
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 お茶となると、かならず寝てしまう奥さん。。。
 釜が鳴っている部屋で・・・小贅沢な・・・。
 
 PC120152 (448x336)
 いちまは、いつもどおり、ちょぼん、にっこり(笑
 
 
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2015_12
20
(Sun)22:11
 かなりひさびさのブログ。
 れいの、釜けのせいで、ブログを書く気にならなかったこともある。
 
 ミニ京のよすが (12月) 亀末廣
 PC130158 (448x336)
 
 12/12に、松井酒造にいったついでに買ってきた。
 冬なので、季節柄、椿や侘び助らしき意匠のものがおおい。
 
 緑のカタクリは、見るからに椿の葉。
 そのしたの求肥のそぼろは、松に雪?
 その左の、白の求肥餅は、侘び助、っぽい。
 ピンクの松露は、先月も入っていたが、今月は、椿かな?
 すり琥珀も、椿。(以前、「干琥珀」とかいていることがあるけど、「すり琥珀」)
 深緑のすはまは、お正月をさきどりして、結び昆布。
 落雁も、椿。
 そして、謎の、ツートンの押しもの。
 定番の、砂糖の、岩。(以前、「石」と書いていることがあるようだけど、「岩」が正しい)
 
 先月にくらべると、ちょっと地味かな。。。
 
 追記(12/23)
 ちょっと地味かと思いきや、12/23の「お迎えゆる茶」で、下の段を見てみると・・・
 
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2015_12
14
(Mon)00:38
 昨日、京都へ。
 お目当ては、松井酒造さんのあるお酒。
 家から京都まで、JR湖西線で約50分。
 京都駅から百万遍まで、市バスで、約40分。
 歩いて、20分くらい?
 で、川端東一条東入るの松井酒造本店へ。
 ところが・・・なかった。。。
 いやいや、濁り酒の方はあったが、もう一本の方が。
 あー、がっかり。で、仕方ないので濁り酒を買って鴨川に出て南下し始めたまではよかったが・・・。
 だんだん、腹が立ってきた(笑
 
 10月に光悦寺に行った帰りだったと思うが、JR伊勢丹の地下のお茶売り場に抹茶を買いに行ったとき、たまたま、松井酒造さんとこが試飲会をやっていて、そこで、飲んでとてもよかったのが、今回のお目当て。
 で、11月くらいに搾るので、それ以降だったら店に来てもらえばあります、ということで、昨日、わざわざ百万遍の店まで行ったのだ。
 ところが、なかったわけで。
 大量の注文が入ったのでなくなってしまった、ということだが、なんか、だんだん腹が立ってきた。
 こっちは2ヶ月近くもたのしみにして、わざわざ、そのために2時間近くかけて店までやってきたんだ。
 「店に来てくださればいつでもあります」って言うから。
 で、また、店に引き返して、ちょっと、そういう事情を話して、それで、多少、腹の虫も収まった(笑
 
 ところが、だ。
 帰りがけに、抹茶を買いにJR伊勢丹によって、もしかしたら、と思い、日本酒売り場へ行ってみると・・・あれ? って感じで。
 さっき店で、「試飲会をやっていたんだから、伊勢丹に置いてないの?」ときいたら「置いてません」という答えだったので、まさかあるはずないすよな、とは思ったが、なんとなく見るだけ見てみようという気になって・・・。
 そしたら、なんか、見覚えのあるボトルが・・・。
 伊勢丹の売り場の人に聞いてみたら、少量ずつ入荷しているとのこと。
 無くなったら、連絡して、五本くらい、入荷するのだそうだ。
 うーん、なら、伊勢丹にあるかも知れません、と一言、言ってくれればいいのに・・・と、ちょっと、松井さん、気がきかないよなぁと、思いつつ、オレのあの怒りはなんだったんだろう・・・と拍子抜け(笑
 でも、まあ、とりあえず、手に入ったんだから、いいか。
 まったく、灯台もと暗し、とはこのことだ。
 
 というわけで、今、封切って、飲んでる・・・
 
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 五紋 神蔵 KAGURA 辛口純米酒 無濾過 生原酒
 
 箱入りで、紫外線遮断フィルムの袋に入っていて、青いビンだ。
 
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 試飲したときは、ちょっとびっくり。
 うちでワインについて言うところの、いわゆる「舞い上がり系」。
 すっと、明るくぬけて、気分がハイに。
 酔っ払って、ハイというんじゃなくて、口の中でふわっと酒が舞い上がり、気分もいっしょに舞い上がる、感じ。
 ジュブレか、ピュリニーみたいな。
 そんな印象。
 
 で、今日はというと・・・。
 
 やっぱり、舞い上がる。
 口に含んだ一瞬はふくよかであまく、そのあと、ふわっと、口の中で酒が舞い上がって蒸発、とでもいうか。
 後味も、あまく、フルーティ。
 香りも、フルーティで、今日は、ちょっと、ムルソーを思わせる感じ。
 だが、フルーティと言っても、ワインのフルーティさとはまた、違っている。 
 不思議なフルーティさ。
 かすかに酸味も感じるが、この酸味も、さわやかなフルーティな酸味。
 でも、ワインの果実由来の酸味や乳酸系の酸味とは違う。
 また、ワインのように、ミネラル感はない。
 やわらかく、ふくよか。
 辛口、といえばそうなのだろうけど、甘い。
 
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 日本酒とも、ワインとも違う、不思議な味わい。
 ワインのようであってワインではなく、日本酒のようであっていわゆる日本酒とも違う、あたらしい味わい。
 (もっとも、ワインほど日本酒をいろいろ飲んでないので、他にこういうのがあるのか無いのかしらないけど)
 
 ワインのようなフルーティな香り、ワインというか、もうすこし言うと、ブルゴーニュのピュリニーとかムルソーとかを彷彿とさせるけど、バックには、米の香り、風味が。
 あまみも、なんとなく果実っぽい甘みだが、バックには米の風味。
 そして、ワインのようなミネラル感はなく、やわらかく、ふくよか。
 
 京都産「祝」65%精米。
 火が入れてないので、まだ、ビンの中で発酵も。
 ということは、ワインのようにビン熟も可能?
 要冷蔵。
 
 書いてたら、もうすこし、飲みたくなってきたけど・・・
 17度なので、すこしでも、結構、酔っ払う。。。
 
2015_12
09
(Wed)20:40
 あの万代屋釜をもらってからというもの、、、
 ちょっとカマにハマってる?(笑
 
 鳴りが、なんともよくて。
 
 今まで、鬼霰でお茶するとき、あんまり、鳴らさなかった。
 それほど鳴りがよくなかったという印象があったので。
 また、電熱つけっぱなしで鳴らしっぱなし、というのも、どうも、エコっぽくない。
 と、そんな理由で。
 
 でも、あの万代屋釜の鳴り聞いて、悪くないな~と。
 ただ、あの万代屋釜、やっぱり、ひとりでお茶するには大きすぎる。
 奥さんとふたりでも、大きい。
 水がたくさんいる、ということは、沸かすのにエネルギーがたくさんいる。
 つまり、エコじゃない・・・。
 それに、鳴りの音も、かなり、大きい。
 
 と、言うわけで、ここ数日、ネットで、カマ探し(笑
 主に、ヤフオクとか。
 何回みたことか。
 1500~2000ほどあるのを、毎日、目を通してた(笑
 「カマにカマケだんな」と奥さんには揶揄されながら(笑
 
 そしたら、なんか、だんだん、釜がつまらなくなってきた。
 釜って、何で、こう、おなじ形ばっかりなんだ?
 しかも、作家も、もう、毎度毎度、おんなじような人ばかり。
 はっきりいって、見飽きた。
 
 まあね、たしかに、釜なんて、そう、奇抜な形にもできないわな。
 そもそも、「かたち」「はだ」「鳴り」と、釜の見どころはこの三点、とお茶の道具の本には書いてある。
 それ以外、見るとこないわけか・・・。
 たしかに、風炉や炉に収まって湯沸かしてるだけだから、そう、見どころといっても・・・。
 炉の釜なんて、ほとんど上からしか見ないわけだし・・・。
 せいぜい、蓋に凝るか、、、。
 
 にしても、だ、おなじ作家の、同じ手の釜が、わんさか。
 こんなにもおなじ作家のおなじ手の中古品がわんさか出てるとなると、新品買うの馬鹿らしい。
 結局、こういう釜って、習い事「茶道」の「お道具」でしかない、ってことだろう。
 だから、おなじ手の釜が、わんさか。
 
 以前、大西清右衞門家に伝わる釜の数々の展覧会があって、それ見に行って、「釜って、こんなにいろいろなものがあるんだ」と感動したことがある。
 なのに、市場にでまわっている釜、といったら・・・。
 ただの「お稽古事・茶道」の「お道具」でしかない。
 つまらんね。
 「釜離れ」するわけだ(笑
 
 ま、もっとも、その展覧会で見たようなユニークな釜は、「お稽古事・茶道」の先生にはたぶん、よろしくない。
 というのも、そんなユニークな釜の扱い、弟子に教えようにも教えられないだろうから。
 そもそも、自分だって、知らないだろうし。
 
 趣味の釜、ってのが欲しいんだよなぁ・・・。
 
 それはそうと、鳴り。
 茶道では、「釜の六音」とか言ってるらしいが、ネットでいくら調べても、具体的なことはほとんど出てこなかった。
 ある意味、観念論ばかり、というか。
 具体的なこと、というのは、たとえば、それぞれ、どのような音が「六音」のなににあたるのか、とか。 
 あるいは、もっと知りたいのは、釜と音の関係。
 作り手、釜の形、大きさ、重さ、水の量、などなどと、鳴りの関係。
 「釜それぞれで違っている」とはいえ、なにか、抽象化して、関係性を見いだすことは可能だろうに、そういうものにはあたらなかった。
 なんでこんなことを、というと、釜を手に入れるなら、「鳴り」が僕にとってはかなり重要なので。
 
 とりあえず、うちの万代屋釜と鬼霰鉄瓶で言えば、大きくて重い釜は、音が大きい。
 万代屋釜の音はかなり大きい。
 また、鳴りの数によるのか、万代屋釜の方が複雑な音色を出している。
 (万代屋釜は鳴りが三枚。鬼霰は一枚。万代屋釜は、三種類の音色が出ているような。それが、あの釜の形状から来る大きな空間に共鳴して、さらにいろいろな音色が、でているような。一方、鬼霰は、それほど複雑な音色ではない、ような)
 
 また、鬼霰は万代屋のように肩が張ってない。
 で、音が、割と単純に抜けてくる感じ。
 万代屋はよく反響して、響いてくる感じ。
 ただ、鬼霰でも、蓋の切り方によって、響かせることができる。
 一方、万代屋は、あまり蓋の切り方に関係ない。
 
 炭を使うお茶会では、あまり、鳴りの音をコントロールする、などということはしない。
 あまり、というか、ほとんどしないし、ほとんどできない。
 (いや、もしかしたら、すごい亭主さんは、コントロールしてるのかも。ぼくが知ってる限り、鳴るに任せてある感じがおおい)
 それに対して、うちの「ゆる茶」では、電熱器なので、火加減がかえられ、従って、「鳴り」をある程度コントロールできるのだ。
 なかなか、「鳴り」をコントロールする、というのは、演出上、面白い。
 ま、とくに、一人でしていると。
 鳴りっぱなしじゃなくて、鳴ったり、止んだり・・・。
 鳴りっぱなしは、ちょっと、かしましいし。
 
 よかったなぁていうのは・・・
 部屋に入ったらもう鳴ってて、お菓子食べて、さて、お茶を点てるだんになって、湯返ししたときに、ぴたりと鳴りが止み、静寂の中で、茶筅通しの音、茶を点てる音・・・そして、静寂の中で、お茶を飲む・・・。
 で、飲み終わった頃、「魚目」「蚯音」・・・で、「次の菓子」を食べる頃、「松風」・・・。
 「ゆる茶」では、まず、「主菓子」を食べて「一服」。
 飲み終えたら茶碗に湯をはって建水の後ろに下げ、「次の菓子」(笑
 で、次服。
 次服は、「松風」を聴きながら。
 さらに、「三の菓子」がある場合も(食い過ぎ?)
 で、三服目。
 この時は、また、静寂で。
 そして、さらに、三服目のあと、茶碗をすすぎ、最後に「白湯」を。
 こんなふうに「白湯」を飲むから、湯の味がどうこうと、うるさくなるわけで・・・。
 お茶だけなら、多少、カナッ気が出ていようと気にならない場合もあるけど、「白湯」で飲むとなるとそうはいかなくて。
 
 ま、三服のむまでに、途中で、気の向いたところで茶碗の鑑賞^^
 この時は、「松風」があってもいいかな。
 
 片づけるときは、もう、鳴ってない方がいいかな。
 ふつう、最後に水を足してそこで鳴りは止む、って感じだけど、それ以前から、「おしまいにします」で電熱を落として、自然に「鳴り」が止むままに・・・といった感じか。
 
 でも、水を足して、ぴたっと止むのもいい。
 電熱を落としてだと、じわ~と鳴り止む。
 そのじわ~も、悪くないか・・・。
 
 鬼霰の方は、蓋の切り方で、音色や音の数を変えられる、というのも、面白くて。
 まったく蓋を切らないと、やや高めの「シャー」というような音。
 蓋を切ると、その「シャー」のほかに低い、「コー」というような音が加わる。
 切った幅を大きくしていくと、「コー」が高くなる。
 また、「コロコロ」といったような音が加わることもある(切るのが狭いほど)。
 そして、電熱の音も加わるのか、なんか、ちょっと、遠くから聞こえる祭り囃子のような音もかすかに。
 
 
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