2017_03
31
(Fri)22:50

「楓橋夜泊」の軸。

前、季節外れと書いたけど、まんざら、そうでもないか、と。

 

P3290942 (384x512)

 

春秋紋といって、桜と紅葉をいっしょに描いてある茶壺とか、水指しとか。

春にも秋にも使える、ってワケかも知れないけど、そのノリでいけば、この軸も、春にもいける^^

 

P3290950 (512x384)

 

「楓」という字もあるし^^

詩の内容は、晩秋か、初冬か、という感じだけど。

 

茶碗は、猪飼さんの総梅花皮で、こっちが桜(と柳)。P3260926 (448x336)

 

釜は、八景。

もともと八景釜のために買った軸だし。

そして、もうひとつ、糸目釜。

  

P3300961 (384x512)

 

柔らかい書と、カチッとした糸目釜が対照になって、なかなかよかった。

 

逆に、秋になってうちの楓が紅葉したら、「桜下美人図」でも飾ってみようかと、実は思っていた。

そのときの釜は、さて・・・。



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2017_03
31
(Fri)00:41

川邊さんは奈良の釜師。

昭和25年生。戦後うまれの方。

うちの釜で、戦後うまれの釜師の釜は、はじめて。

また、襲名したのが平成16年なので、この釜は古くても十年ちょっと前の釜、ということになる。

  

P3300956 (448x336)

 

なかなか個性的な造形をする人のようで、そこが、ちょっと、アンバランスに感じたことも。

ただ、万代屋釜などは、いかにも、奈良の釜師さんとあって古寺の炉におさまっていたら似合いそうな雰囲気だった。

そんな人の、糸目釜。

 

P3300971 (448x336)

 

すっとしていて、万代屋釜などの雰囲気とはちょっとちがうような。

「筒釜」となっているが、肩から毛切りまで真っ直ぐではなく、なだらかにすこし広がっている。

また、毛切りのところがぷくっとすこし膨らんでいる。

そのフォルムがなかなか美しいと思った。

 

P3300957 (448x336)

釜鐶つき。ついでに、新品の時の値札まで^^

(もちろん中古で買ったので、この値段ではない)

釜鐶は、結構硬い。春斎の釜鐶は柔らかかった。

 

肩にも、糸目がつけてある。

筒型の糸目釜では、肩にまったく糸目のないもの、口のたちあがりまで糸目があるものなどいろいろあるが、この付け方もなかなかいいと思った。

P3300973 (448x336)

口まわりの肌もちょっと独特でなかなかいい。

 

蓋は、縁のある掬い蓋、とでもいうのか。

縁も水平ではなく、外にすこし傾いている。

P3300975 (448x336)

 

摘みは、南鐐。

うちの釜では初めての南鐐。南鐐とは銀のこと。

形は、山梔子。

蓋の台も南鐐。ただ、こんなふうに平らな円盤に、虫食いなのか、ぷつぷつと小さな穴が連なっている。この平らな円盤形の台も、ちょっとモダンな雰囲気を醸し出している。

蓋が掬い蓋だからか、摘みの下半分に蓋の色がうつりこんで、茶色く見える。見る角度によってさらに茶色の部分が上まできたり、下がったり。これを狙って掬い蓋にしたのなら、なかなか面白い演出。

摘み心地がとてもいい。塗装してある唐金、塗装がはげた唐金とも違っていて、独特のなめらかさがある。唐金ほど熱くならないのもいい。

この蓋も、ちょっとモダンな雰囲気を醸し出す助けをしている。

また、すっとした洒落た感じも。

けっこう、糸目の筒釜だと、一文字蓋に梅摘みというのをよくみかけるが、なんとなく、あってなてなぁと感じていたので。梅摘みにするとずんぐりした印象になってしまう。一文字蓋は、ぴったりしなくて、載せてある感じになる。

蓋全体も、ちょっと独特のふかい光沢を持っている。

 

南鐐の摘みは、熱くならないからいいとはいえ、釜本体によっては、ちょっと成金趣味のようになってしまう。

これは、そういうイヤミなところもなく、よく調和している。

唐金の摘みに置き換えてみると、かえって、イヤミな変な感じになる。

摘み全体が銀ピカではなく、蓋の色が映りこんでいるから、いいあんばいになっているのだろう。

 

P3300976 (448x336)

鐶付はなにかな・・・。

糸目筒釜だと、横笛のようなものとか竹とか、鉦鼓とか、そんなのをよく見かける。

これは、その横笛のようなものを縮めたものか。

よくわからない^^

 

P3300981 (448x336)

 

ただ、口辺が・・・。

こう、すこし厚手で、がたがたにするのが、やはり、川邊さん独特の造形感の表れか。

このすっとした全体に、厚手のごてっとした口辺。

全体、すっとさせないところが面白いといえば面白い。

口辺まですっとさせると、ヘンにきざっぽくなり、イヤミな雰囲気になってしまうかも知れない。

 

P3300980 (336x448)

 

ほとんど、使用していない状態。

底のさびもごくごくわずか。

まだ、さび止めの炭酸カルシウムのにおいがのこっている。

 

P3300977 (448x336)

 

ハケメとならべてみると、ほぼ同じヴォリューム感。

ただ、あらゆる点で好対照。

ハケメの後半から入れ替わりで使い、ハケメよりもあとの季節まで使えそう。


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2017_03
29
(Wed)22:57

あまりにも有名すぎて、かつ、お寺にいくとなぜかよくお目に掛かる、「楓橋夜泊」の軸。

もっとも、よく見るのは、拓本の軸。

実際、ヤフオクにもたくさん出ている。

 

八角八景釜にあわせて、なにか、漢詩の軸が欲しいなぁ、と。

それで、思いついたのがこの軸なわけだけど・・・。

さすがに、拓本の方は・・・あまりにもありすぎて、善し悪しがよくわからない・・・^^;

拓本の墨の濃い薄いや、表装の裂や仕方のちがい、軸首のちがいなどいろいろありすぎて、選ぶのがいやになった・・・。

それに、なんとなく詩の内容と書体がなんとなく、僕的にはしっくり来なかったし。

で、肉筆のものを。

肉筆もいろいろあったけど、中でいちばんしっくり来た書体が、この軸。

P3290942 (384x512)

 

唐の張継の七言絶句を四行に書いてある。

書は、林松智という中国の書家らしい。けど、その人のことはなにも知らない。

 

表装や軸首は、見るべきところはほとんど無い感じ。

表装の裂はどこにでもありそうな・・・。

まあ、書体が気に入って、それで買ったのだから^^

拓本にしろ肉筆にしろ、この「夜泊」の軸は紙本がおおいなか、これは、たまたま絹本だった。

そのせいか、柔らかい印象を受ける。

  

  月落烏啼霜満天江

  楓漁火對愁眠姑蘇

  城外寒山寺夜半鐘

  聲到客船

 

軸はこうなっている。

 

P3290950 (512x384)

 

頭の「月」「落」「烏」「啼」という字が、なかなかよくて^^

また、「月 楓 城 聲」と、ならんでいるのも、なんとなく風雅かな、と。

何行で何文字で書くか、で、とうぜん、頭に来る文字もちがってくるわけだし。

 

P3290951 (384x512)  

 

P3290949 (384x512)

 

連綿体と違って、「崩し字辞典」で簡単にひけるのも、いい^^

 

それに、近くで見ると、とってもライブ。

何年前に書かれた物か知らないけど、そのときの、筆の勢い、力の要れ具合、かすれ、にじみ、などが、ときとして偶然うまれたそういうものが、そのまま保存されているわけで、そこがとても面白い。

 

「月」があり、「烏(鳥)が啼き」、「寺」もあり、「鐘声」もあり、八景釜の八景とも重なるところも多い。

最近、ずっと、桜関連で、カラーものだったので、「桜下美人図」とかけかえてみた。

季節的にはぜんぜん違うが、まあ、桜もまだなので、しばらくこうしておこうかな、とも。

 

P3290946 (384x512)

 


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2017_03
26
(Sun)23:57

P3220857 (384x512)

 

「桜下美人図」で、釜を、八景釜にかえてみた。

 

P3260931 (448x336)

 

八景釜は地紋がごちゃっと多いのでどうかともおもったが、軸がすっきりしているので、わるくなかった。

どころか、八景=いろいろな名所ととれば、いま美人が桜を眺めているのは桜の名所ということで、つまり、お茶の部屋が桜の名所とに^^

その桜の名所で、お茶を点てて飲んでいる、というわけ。

 

P3260920 (336x448)

 

茶碗は、猪飼さんの総梅花皮。

 

P3260929 (448x336)  

 

この梅花皮の肌が、湿ると、満開の桜のよう。

なので「梅花皮(かいらぎ)」ではなく「桜花皮」表記したくなる。

 

P3260921 (512x384)

 

P3260926 (448x336)

 

お茶が点つと、

 

  みわたせば 柳さくらをこきまぜて 都ぞ春の錦なりける

                        (古今 素性法師)

と、その都の春を飲みほす気分^^

 

そして、京都の桜の名所といえば、ここは、たとえば、嵐山あたり。

外は雨。だけど、部屋のなかは、満開の桜の樹下。 

美人の視線を追っていくと、床柱からこちらに向かって天井いっぱいに、桜が咲きほこっている。

 

また、外が雨なので、釜も「夜雨」を正面に。

「雨中の美女」も含ませて。

  

P3260924 (336x448)

 

時代もトリップして、花見にきた桃山美人をながめながら、また一服。

(菓子は、今日は雲龍、麦落雁、シフォンケーキ)

 

ただ、まだちょっと、梅花皮茶碗のざらつるな肌触りは、はやい感じ。

替え茶碗にした淡赤の方がしっくりなじむ。

もう一息があたたかくなりきらない。

実際に桜が咲き始めて、満開になると、この「桜下美人」はもっとものを言うようになる^^

 

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2017_03
25
(Sat)23:16

ネットのショップの中に、よくあるのが、たとえば「5000円以上で送料無料」・・・とか。

そういうのがあると、ついつい、なにかないかと、ちょっと無理にでも5000円以上買ってしまったり(笑

で、今回は、「二点以上お買い上げで送料無料」^^

なにが、というと、軸。

軸っていうと、別にかさばったり、重かったりしないけど、長さがあって、宅配屋さんのサイズごとの料金だと結構掛かったり。

で、ついつい、もう一幅、なにかないかと・・・。

というわけで、見つけてしまった軸。

 

P3230868 (384x512)

 

結構、巻じわが激しく、天に水の染みがあったり、で、「状態は悪いです」とあったけど、なんか気になって買ってしまった。

届いてみると、それほどでもなく、こうして床に飾ってみると、表装が涼しげで、ちょうど夏に飾る軸が欲しかったので、なかなかよかったかな、と。

 

思う一方・・・

本紙を見ると・・・

P3230867 (384x512)

 

これは、短冊を軸に仕立てたもの。

短冊も、なかなか凝ったもののよう。

香川景樹の歌と、おじさんの図。

おじさんは、どうやら、景樹がべたぼれしていた貫之のよう。

 

P3230873 (448x336)

 

ネットなので、もちろん、軸のタイトルがあって、そこには、「香川景樹翁図 貫之賛」とあったが、時代からして、景樹(江戸)の図に貫之(平安)が賛の歌を詠んだり、書いたりできるはずはない。

しかも、このポーズは、歌仙図でおなじみの貫之のポーズ。

なので、「貫之図 香川景樹賛」が正しい。

軸には、いちおう、巻いたときにわかるように決まった場所に「題」を書いてあるものもあり、これも題があった。

ただ、間違っていたのはネットのタイトルだけではなくて、軸の題もそうなっていた。

しかも、その題の書いてあるところが、むちゃくちゃ・・・。で、上下逆。本来なら下になる方から、題が書いてあった。

そもそも、紐の巻き方も逆。

左利きの人が持っていた? 左利きの人が軸を巻いて紐を掛けたらこうなるか、みたいな・・・。

(じつは、いっしょに買ったもう一幅も、おなじように上下逆だった・・・。おなじ人が持っていた?)

こんなふうに紐の巻き方が逆というのは、はじめて。むろん、上下逆、っていうのも。

 

まあ、巻いた状態が上下逆なだけだから、まあ、べつにいいといえばいいわけだけど・・・。

 

そんなことよりも、問題なのは、この歌が、ぜんぜん、読めない、ということ^^

読めたから買ったわけじゃなくて、なんとなく気になる軸だから、と買ってしまって、買ってから読んだらいいはと思ったが、ぜんぜん、読めない・・・。

 

一部、拡大。

P3230875 (384x512)

 

香川景樹って、結構、悪筆?(笑

 

そもそも、最初のこの「お」のような字が、「くずし字辞典」にも見当たらない。

ようよう、探しに探して、近そうなのは、「所」の崩したので「そ」ではないかと・・・。

ほかにも何文字か見当はつけはしたものの、らちがあかないので、奥さんに助け船を(笑

 

そしたら、こんなことをし始めた・・・。

(もちろん、これは軸そのものではなくプリントアウトしたもの)

P3250916 (384x512)

 

歌なので、5、7、5、7、7に区切って、句ごとに読めないか、と。

連綿体だと、実際、それが何文字なのか、わからないことがほとんど。なので、まず、何文字か見極めて、それぞれの文字を確定していこうというわけ。

」が、句切れ。

でも、それでも、見た目と字数が合わないところもある。いったい、どこにその一文字は隠れてるんだ?

 

いまのところ、曖昧ながら意味を成す言葉になっているところは、二句めと終の句4文字。

二句め、

  

  紀の遠山児  きのとをやまに

 

五句め、

 

  ???閑らまし  ???からまし

 

景樹は、紀貫之を崇拝していたというのだから、貫之のことを「紀の遠山」と喩えても、それはそれでありそうなこと。

すくなくとも、貫之図の賛だから貫之の名前を詠みこむというのは大いにあり得る。

また、「まし」ときたので、どこかに、「ましかば」とか「ませば」とか「せば」があるんじゃないかというので、探すと、どうやら、3句めが、

 

 那??介盤  な??けは  な??けば 

 

と、読めそうな・・・。

 

はたして、読めるのはいつのことやら・・・。

 

ほとんど、暗号解読・・・。

  

奥さん曰く、「一日一文字読めれば、31文字なので、一ヶ月で読めるよ^^」だって。。。

 

(歌以外に、「長門介平景樹」と最後に署名してある。これは、ほかの景樹の短冊などを参考にして、すぐにわかった。要するに、カンニング^^)

 

 

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2017_03
25
(Sat)22:17

釜を使うきっかけにもなった、義叔母からもらった風炉用の万代屋釜。

重すぎたり、釜肌の風情が好みにあわなかったり、その他にもいろいろあって、あまり使う機会がなかった。

ただ、例のハケメ釜が使う度に中の鉄が剥がれてくるので、ちょっと休み休み使った方がいいかな、という気になって、そのバックアップとしてこの万代屋釜を使ってみることに。 

 

P3230889 (512x384)

 

ただ、やはり、本体はもっさりとしているので、せめて、ちょっとばかりシャッとさせようと、蓋を替えてみた。

 

P3230878 (448x336)

 

宗三郎の平丸釜の蓋。

シャープですこし、掬い気味になっている。

これで、もっさりした印象がちょっとましになった。

 

P3230880 (448x336)

 

比較に本来の盛り蓋のもっさりした姿も載せようかとも思ったが、やっぱり、もっさりしているので、やめた(笑

(過去の記事にあるはずやし)

 

そもそも、もともとの蓋は、あそびもおおきすぎ。

まるで、べつの釜の蓋をとってつけたように、がたがた。

もらったとき、「これ、蓋、ちがう釜のじゃないですか?」と思わず聞いてしまったくらい。

でも、どうやら、この釜師の工房の釜は、どれも蓋のあそびがおおきいらしい。そういう記事を見つけたし、また、この釜師の釜を扱っている骨董店のHPにも、「あそびがおおきいのはこの釜師の特徴で、べつの釜の蓋ではないです」みたいなことがわざわざことわってあった(笑

にしても、「べつの釜の蓋とちゃう?」と誰もが思うほどの、アソビって・・・。ちょっと、やり過ぎちがう? と、こういうところも、「もっさり」と感じる理由のひとつ。

たしかに、あそびがそこそこおおきい釜ももっているけど、それでも、釜本体と蓋の調和というものがある。

その釜にこの蓋がのっかって、しっくり、おちつく、とか、「おっ、ええやん」とか。

ところが、あそびがおおきいだけではなくて、釜本体と蓋との組み合わせにも、この万代屋釜はなんか、違和感があるわけで。

「なんでこの釜本体に、このふた? さらに、もっさりするやん?」というのが、困ったことに、この万代屋釜の正しい蓋の正直な感想・・・。

他人の宗三郎の蓋で、シャキッとなっちゃうのも・・・なんだか・・・。しかも、あそびもほとんどなくて、しっくり。

ふつう、他の蓋をすると、一瞬は「いいな」と思うことがあっても、しばらくみていると、どうも落ち着かないな、というかんじになってくる。

のに・・・。

「お茶をはじめたころ、お稽古用として、なにもわからないまま、先生に言われるまま買った」のだから、仕方ないといえば仕方ないとはいえ・・・。

 

まあ、でも、個性がない分、「美人図」が引き立つといえば引き立つ・・・かな・・・。

 

 

P3230888 (448x336)

 

こうして画像で見てるとそれほどわるくないけど、実際には、持った感じや、鳴りや、もっと微妙な肌の感じや・・・。

鳴りももうひとつ、単調で、面白みのない感じ・・・。

いわゆる「お茶」の世界では、「お稽古用」と「茶会用」をわけているけど、ここまで差があると・・・。

毎日お稽古するなら、それこそ、いい釜でしないと、センスが培われない、って思うんだけどね。

それに、お客呼んでみてもらうたった一日数時間だけいい道具で、ふだんの何十時間、何百時間をよくない道具でするなんて、人生の浪費じゃない? って・・・そう思うのは、ぼくだけ?

普段使ってるいい道具で、お客も呼んだらいいのに、って思うけど・・・。

 

とにかく、この万代屋釜使う、って思っても、わくわくしないのがいちばんよくないところ。

 

ほんとは、ほかに、バックアップの釜を探してはいるけど、なかなか見つからない。

あのハケメ釜をバックアップできる釜、って・・・。

バックアップというより、べつの釜として、「桜美人図」とべつの物語をつむぐつもりで選ばないと、、、とは思いつつ・・・。

 

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2017_03
25
(Sat)21:40

桜がちらほら開花しはじめたというのもあって、軸を「桜風景図」から「桜下美人図」に。

開花しなくても、3/20過ぎたらそろそろかな、とは思っていた。

 

P3220857 (384x512)

 

が、寒が戻って、まだまだ桜は咲きそうにない。

「桜風景図」は、楓が芽吹き、さつきなども咲いているので、実際はこれからだけど、画の雰囲気がああいう雰囲気なのでまあ、「美人図」の先にした。

「美人図」は花盛りのころによい。

  

釜は、ハケメ。

P3240898 (512x384)

 

柚子肌はまるで梅花皮のようだし、ハケメは水の流れ。

梅花皮といっても、「梅」ではなく「桜」の方を当てたくなる雰囲気。

この肌とハケメで、「桜川」という銘にした。

茶碗は、ひきつづき淡赤。

 

P3250909 (448x336)

 

そろそろ猪飼さんの総梅花皮(これも「桜花皮」としたくなる)茶碗にしたいが、もうひとつ小寒いので、ざらつる感が手になじまない。

しっとり、あたたかく手に吸いついてくるような淡赤の方がほっこりする。

 

P3250908 (448x336)

 

菓子は、左上の笹屋伊織さんのどら焼きがメイン。

切った厚みにもよるが、レンジ500wで40~60秒くらい温めると、この小寒い季節にはぴったり。

竹の皮ごと輪切りにして、レンジで加熱する。

ちょっと熱いくらいのを、ふうふうしながら食べる。

とくに生地がもっちり、漉し餡もとろけるようでとてもおいしい。

右は、自家製のシフォンケーキ、ココア風味。

下は、亀末廣さん、麦落雁。おおきいので、半分で充分。

 

釜の鳴りが、なんとなく、水の流れのようにも聞こえてくる。

 

P3250914 (448x336)

 

このハケメが、まるで、水の流れのよう。

川面のよう。

床の美人の目線の方に桜が咲き乱れていて、その桜のトンネルの下を、小舟にゆられゆられして茶を点てながらすすんでゆく風情・・・


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2017_03
23
(Thu)00:49

ひよけ

Category:

暖かくなってきたので、そろそろ、庭のこともいろいろと。

 

3/18 芝生の穴開け。芝生の根が詰まっているので、根を切ることで、成長を促す。また、酸素をおくったり。

3/19 紅葉剪定。ほんとは、12月くらいにやるのがいいけど、寒いのでやる気が起こらない。12月だと紅葉が休眠している。今はもう活動をはじめているので、剪定したところから樹液が垂れてくる。

3/20 パーゴラの葡萄剪定。これも、冬にやるべきことだけど、やっぱり、寒いので・・・。

 

そして、日よけ。

軒とパーゴラの間、いままでは、パーゴラの上に簾をかけていた。

そして、その簾のうえに、葡萄が這っていた。

今年の大雪で、簾が崩壊。というか、もう、いいかげん簾ぼろぼろだったので、雪を下ろすとき簾をいっしょに壊した。 

なので、軒とパーゴラの間には、なにもなくなった。

幅20センチほどのちいさな隙間だが、夏になると、これが、なかなか日射しが暑い。

ここから漏れてきた陽が当たっているデッキの床は、ものすごく熱い。

それに、まぶしい。

 

P3200848 (336x448)  

 

パーゴラには、シェードをかけるので日陰になるが、この隙間をどうしようかと。

で、仕方なく、簾をこのすきまの幅に切って、下からパーゴラにとめてみようか、と。

パーゴラに差し渡しになっている板に麻紐を結んで、その麻紐で簾をとめる。

  

P3200849 (336x448)

 

おっ、なかなかうまくいった^^

(麻紐は、垂らしたまま(笑)

 

西の端は軒が切れて居るが、そこは・・・

 

P3200851 (336x448)

 

麻紐を簾の隙間から通すとき、ピンセットを使った。

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2017_03
19
(Sun)01:45

庭の芝生に穴明けをしてから、お茶。

「極まった」道具で。

「極まった」というのは、これを手に入れたら、もう、次新しいのを買う気がなくなったなぁ、という道具。

もちろん、お茶の道具なので、年中使えるというわけではないので、季節に合わせて新しい道具も必要と言えば必要だが、それでも、それ以上の道具はないかなぁ、と。

 

軸  桜風景図

P3140774 (384x512)

これと、「桜美人図」を手に入れたら、次、あたらしい軸を探す気もなくなってしまった。

 

釜  尻張型 ハケメ釜 

P3180838 (448x336)

釜は、以前、記事にした。

 

棗  拭き漆平棗

茶杓 両樋茶杓(自作)

P3180840 (448x336)

 

棗は、世間に流通している棗にちょっと飽き飽きした。

棗と言うより、棗の階層とでも言うか。

世間では、豪勢な、蒔絵だの螺鈿だの、ようするにそれぞれの職人がどれほど手間暇掛けて緻密で豪華な細工をしたか、という棗が値段も高く、ありがたがられている(ようだ)。

けど、そういう階層のなかの棗に、なんか、飽き飽きした。

で、この「深山隠れ」。

生地をくりぬいたのはしっかりとした職人さんなのだろうが、拭き漆をしたのは、素人のぼく。

また、絵柄もなく、細工もなく、ただの木目。

しかも、木目を砥の粉などで埋めもせずに、ただ、拭き漆をしただけのもの。

世間で尊ばれている棗からしたら、たぶん、対極^^

 

P3040658 (448x336)

 

茶杓は、ふつう、お茶をする人は自分で削る(はず)。

いろいろな形の茶杓があるが、これも、節をはさんで両方に樋があるという、自然の形をそのままに活かしただけの茶杓。

竹も、買ってきたのではなく、竹藪へ採りに行った。

ちょっと、珍しいかも^^

というか、こういう竹は珍しいわけではないかも知れないが、ふつう、こんなふうに節下に樋を持ってこない。 

P3170820 (448x336)

 

茶碗  御本手茶碗 「知足」。 

P3180837 (448x336)  

これについては、以前、記事にした。

 

菓子 亀末さんの麦落雁(下)。

P3140780 (448x336)

 

ちなみに、上は自家製パウンドケーキ、右は酒果三宝(老松)の萩乃柑子(夏蜜柑の皮の砂糖漬け)。

 

と、これらの道具でお茶をしていると、「もう、道具なんてどうでもいいや」という気になってくる。

「忘筅」という心境。

とはいえ、「どうでもいいや」と思いつつ、これだけ自分の気に入った道具をそろえているから、そういう心境になれることも確か。

矛盾している。

でも、ほんとに、「道具から解放されたお茶」というのがあれば、それをしてみたい。

(もしかしたら、お茶自体、もう、どうでもよくなってきたのかも。と、いいつつ、しっかり、四服もしてしまう・・・笑)

 

それはそうと、ちょっと庭がいい感じに。

P3180835 (512x384)

 

P3180843 (512x384)

 

ほんのすこし春めいてきた感じ。

緑がすこし明るくなってきた。

また、芝生も、画像では一面枯れている感じだけど、よくよくみると、緑がすこしずつ、枯れた芝生の下に芽吹いている。

 

それと、もうひとつ。

コニファーやさつきの葉っぱの色が、「桜風景図」の松の色とおなじなのが、面白くて。

P3180845 (448x336)

 

P3180847 (448x336)

 

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2017_03
15
(Wed)02:20

線香を焚くときの香托。

なににしようかといろいろ、考えていた。

普通に、それ用の香托。

古硯。

そのあと、筆洗。

煎茶の茶托。

 

で、今回は、筆洗で。

3/11に京都の寺町の骨董店もまわってみたが、なかなか、筆洗なんて置いてなかった。

京都にいく前に、ヤフオクで見ていたが、どうもピンと来ないので実物を見てから、と寺町に行ってみたが、とうとう見ることができなかった(あるにはあったが、思っているようなものではなかった)。

 

ので、まあ、よくわからないまま、これはどうかなというのを買ってみることに。

 

P3140797 (448x336)

 

経は約10センチほど。

高さは、約4センチ。

外は、桃花紅っぽい辰砂の一種。

中は、緑釉。

(たぶん、辰砂と緑釉を掛け分けてあるんじゃないかと。それとも、内側は窯変? と、これもよくわからない^^)

この色の組み合わせは、都の錦ってこと?

(桜と柳なら)

ヤフオクの掲載画像よりは、かなりシブい。

シブくてよかった^^

 

雪輪は、線香立て。

これは、松栄堂さんのもの。

ほかに、桜、紅葉、松、千鳥などがあったが、雪輪が丸くて、どんな香托で対応できそうなのでこれにした。

 

P3140798 (448x336)

 

ヤフオクでは唐物というタイトルだったが、はたしてどうなのか。

この土からすると、なんとなく、丹波の土っぽかったり。

釉薬が高台まわりにこんなふうにこびりついているものが、唐物ともあまり思えないような。

ま、でも、べつに、これが面白いと思ったので。

唐物風に、五条坂あたりでやいたものかもしれない。

が、よくわからないので、まあ、そのへんはどうでもいいと^^

 

筆洗なので、入などに、墨がついていたりした。

内側も、緑釉の泡のようになっているところに、墨が染みていた。

 

線香を立ててみる。

P3140772 (448x336)

 

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線香の右横の、黒いぽつぽつ。

墨が染みてこうなっている。

 

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なかなかわるくない。

 

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ただ、「桜風景図」には、やはり、いつもの籠香托があっている。

また、筆洗だからか、床が書斎の雰囲気になる。

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2017_03
12
(Sun)01:43

お茶をはじめたころ、なので、もう、二十数年前に、気に入って買った、この茶碗。

P3080704 (448x336)

 

鳴海織部、という茶碗。

白い土と赤い土と、二種類の土がつなぎ合わせてある。

州浜型。

織部釉もみずみずしい。

 

とはいえ、この茶碗だけでは、ちょっと、持たないのも事実。

たとえば、透明釉。

あまりにも純粋な透明釉なので、光の加減や天候などによって、表情がつかない。

いい茶碗、というのは、ちょっと光が変わるだけで、表情が変わったり・・・。

一見、無色透明な透明釉が、じつは、ほんのり青かったり・・・。

それで、ちょっとした光の変化で、表情豊かになる。

 

そういうわけで、年に一二度、春になると使ってはみるものの、退屈で、ほとんど登場の機会がなかったこの鳴海織部。

ところが、あの「桜風景図」と、なんとも、相性がよさそうな感じ・・・。

 

P3080705 (384x512)

 

雰囲気がよく似ている。

 

P3080699 (448x336) 

 

というか、まるで、「桜風景図」からとりだしたよう。

この茶碗でお茶を点てて飲むと、「桜風景図」を掌のなかに包みこんで、その春のエッセンスをのんでいるみたい^^

 

P3080701 (384x512) 

 

 


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2017_03
12
(Sun)01:23

最近、なんか、ヤフオクの棗のところの見過ぎか、棗というか、抹茶器が退屈に思えてきて。

それで、ほかになにかないかなぁ・・・と見ていると、そうそう、煎茶の茶器ってどうかなぁ、と。

煎茶の茶器は、茶心壺ともいって、錫製の物が結構多い。

さすがに、錫製は、とも思うが、磁器の物なども。

抹茶の茶器も、濃茶は土物、ときどき磁器などもあるが、どうも、それも、余り興味が湧かない。

夏はガラスの物を使っているが、できれば、冷蔵庫に入れられる物、ということで、陶磁器を。

ただ、土物は夏、ちょっと、あつぼったい。

それで、茶心壺でよさそうなものはないかなぁ・・・と。 

で、見つけた^^

P3050664 (512x384)

 

染付の茶心壺。

値段も手ごろだった^^

 

後ろには、漢詩も(まだ、よめていない・・・)

P3060681 (448x336)

 

すっきりとして、いい感じ。

染付の色もきれいだし、絵柄も細密。

釉も、たんなる無色の透明釉ではなく、ほんのり青っぽい。

かっちりしていて、風格さえある。

 

P3050671 (448x336)

共蓋の内蓋(というのかどうかは知らないが)も、ついている。

 

で、土の感じや染付の色や出来具合、釉薬の風合いなどから、疑いもしなかったが、さて、届いてみて、何世竹泉の作だろう、と探し始めて・・・あれ? 

 

P3050673 (448x336)

 

底にある、この銘の字体、今のところどの竹泉でもないような・・・^^;

当代(5世)ではないなぁ、とは思っていたが・・・。

 

でも、まあ、いいや。

なかなか、こんな茶入れ、見かけないし、出来もいいし。

(独楽型なのだが、錫の茶心壺では、なかなか無いような。磁器にしても。抹茶の濃い茶器では、たぶん、まず見かけない。薄茶器でも、こんなのは使わない)

竹泉作の茶心壺が欲しかったわけではなくて、いいなと思ったのがたまたま「竹泉」だったというわけだし^^

 

ちょっと使ってみると・・・

  

P3060693 (448x336)

 

茶杓もおけます^^

口は口径が2.5センチあるので、ちゃんと、お茶もすくいだせるし・・・。

  

P3060694 (448x336)

 

雰囲気もいい。

茶碗まわりが、すがすがしくなり、きりっ、かちっと、引き締まる。

なかなか、抹茶の茶入れだと、こういう雰囲気にならない。

これを選んだ甲斐があったというもの^^

  

いま掛けている「桜風景図」とはどうかとも思ったが、「桜」はフルカラー、こっちは染付、しかも、この藍色は「桜」には使われていないので、なかなか。

おおきな図の大和絵の「桜」と小さな図の南画のこの茶入れと、対照も面白い。

 

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釜も、ハケメとはピッタリ。

ハケメの梅花皮肌と相性がよいような。

とすると、柚子肌の万代屋ともよさそう。

すっきりしているが、どことなく温かみもあるので、この茶入れは冬にもいけそう。

客の席からだと、漢詩が見えるのも、面白い。

 

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2017_03
12
(Sun)00:27

今日、京都へ。

寺町あたりへ。

香托によさそうな筆洗などがないか、探しに。

なかなか、そういう物は見つからなかった。

 

いろいろ、菓子を買ってしまった^^

帰ってから、その菓子で、お茶。

 

釜は、松喰鶴に。

P3110751 (384x512)

 

「桜風景図」がなんとなく蓬莱山のような、ちょっと現実っぽくない雰囲気があるので、鶴を飛ばしてみようかと。

画の雰囲気と松喰鶴の雰囲気は、とてもよく似ていることもある。

 

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松喰鶴の釜、一年ほど経って、釜肌がなかなかいい感じになってきている。

 

茶器は、深山隠れ。

茶杓は、いつもの諸樋の茶杓ではなく、すす竹の茶杓。

 

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こうして置きあわせると、茶杓が筏のようにも見える。

この棗と茶杓で、「花筏」と見立てて^^

 

菓子。

桃李  きんとん製  亀末廣 

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種、粒餡。

 

よもぎ餅  餅製  亀末廣 

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種、みずみずしい粒餡。

 

桜餅  道明寺製  老松

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四条大丸の地下で買った。 

種、粒餡。

今日食べたなかで、いちばん美味しく感じた。

 

以上、以前のブログに載せているので、さくっと。

 

花見団子  鳴海餅 

P3110746 (448x336)

 

味は普通。

ただ、今日、この蒔絵の皿に載せた菓子の画像のなかで、いちばん映えるのが、この三色団子とは(笑

 

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茶碗は、淡赤。

 

ついでに、晩ご飯は、下鴨茶寮のにゅうめん。

P3110756 (448x336)

 

久しぶりに食べた。

彩りがきれいで、写真写りがいい^^

かまぼこ、椎茸の炊いたの、ゆば、桜麩、おぼろこんぶ、ぎんなん、ねぎ、プラス、鮪きんぴら。

鮪きんぴら、ごぼうがとてもやわらかい。当尾ごぼう?

 



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2017_03
04
(Sat)23:25

やっと、使える季節になった、尻張形ハケメ釜。

 

P3030623 (448x336)

 

使える、というのは、もちろん、あくまでも、ぼくの季節感で。

いわゆる茶道では、まだ、炉の季節だし、このあとも、吊り釜や透き木釜といったものを炉でつかい、その後、風炉の釜になるが、うちは炉もなければ風炉もないので、釜の季節感は、ヴォリーム感や肌合い、地紋などで、なんとなくきまっていく。

なんとなく、というのは、季節の移ろいとともに、使っていて違和感や落ち着かない感じが出て来て、そうなると次の釜へ。

 

12月の上旬に買って、使える季節がくるのを首を長くして待っていた。

 

P3030628 (512x384)

 

刷毛目釜、なんかに、じつは、ぜんぜん興味も関心もなかった。

どっちかというと、中途半端な魅力に乏しい釜、っていうイメージだったので。

そもそも、刷毛目、ってありふれている。茶碗なんかでもよく見るし。

中途半端、というのは、刷毛目というのは、地紋なのか、それとも、肌なのか。

地紋と扱っているひともあれば、肌と扱っている人もいる。

ようするに、やっぱり、中途半端。

なので、ぜんぜん、興味も湧かないし、じっさい、いいと思ったこともなかった。ので、もちろん、欲しいなんて。

しかも、尻張釜というのも、ありふれてる。

 

でも、この釜を見たとき、目を見張った。

P2180407 (448x336)

 

なんとダイナミックなハケメ。P2180406 (512x384)

 

形のいい姿。

肌も素晴らしいし、羽落ちのリズミカルなこと。

なんと調和のとれた美し釜であることか。

(この画像はうちにきてからのもの。例によって、ネットオークションなので、出品者のアップした画像だけから判断するしかなかった。けど、その画像でも、素晴らしかった。画像で言えば、ぼくの撮ったのより、きれい)

 

ただ、ひとつだけ心配の種が、箱。

もしかしたら、ニセモノ、食わせ物かも知れない。

それでいろいろ考えたが、箱はともかく、この釜自体がどうみても素晴らしいもとしか思えなかったので、買うことにした。

今まで買った釜で、いちばんお高い(ただし、値段は秘密(笑)。

 

実物を見て、さらに、虜になった。

なんとも、肌の繊細なすばらしさ。

柚子肌で、いろいろな雰囲気を醸し出し、いろいろな表情が使い分けられている。

たとえば、口まわりから肩へ、つやつやして、それでいて枯れていて、それでいて、なんとも華やか雰囲気。

 

P2190430 (448x336)

 

そして、荒らしもすばらしく、肩全体を眺めたとき、荒らしが花を散らしたようで、肩まわりがいっそう華やか。

肩まわりの肌は、柚子肌と言うより、まるで梅花皮。

つやつやした凸部と凹部は枯れてかわいたようで、それが華やかさを醸し出している。

こんな繊細な肌、見るの初めて。

ここだけでも、うちにある釜のワンランクか、ツーランクは上だなあ、と(笑

(うちにある釜だってわるい釜じゃないし、名工と言われている人の釜もあるし、たしかに、いい釜だと思うのに、それらよりも、いいって・・・)

 

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P2190431 (448x336)

ハケメ。

ハケメも、枯れた雰囲気とつやつやとした華やかな雰囲気が。

 

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一方、かさかさした感じでこんなふうに枯れたところも。

 

P2190442 (448x336)

 

P3030637 (448x336)  

蓋の枯れた雰囲気も釜とよく調和している。

 

そういうわけで、来たときに一二度、水漏れなどないか試し炊きをしただけで、そのまま、使える季節がくるのを待ちわびていた。

いくら素晴らしい道具でも、季節を外すと、感動もなにもないので。

 

火にかけてみると、鳴りは、低めで、とてもやわらかく、物静か。

控えめ。

でも、この控えめな感じが絶妙。

どーんと存在するわけでもなく、際だった個性を主張するでもない。

存在感、なんて言葉は似合わない。ふわりと・・・でも、そこにある。

控えめで、みずみずしく、うつくしい。

この釜が醸し出す、時間、空気、空間というのは・・・どう言葉で表現したらいいのか・・・。

上質、とか、格別、とか、極上、とか、そんないまどきの実は上質でもなければ、格別でも、極上でもないものを指示する言葉でなんかあらわすことはできない。

どうにも、どう表現したらいいのかわからないので、無理に言うのはやめよう。

いや、とりあえず言うなら、ほんとうに、格別。

今まで使った釜が醸し出す時間、空気、空間とは、まったく、ちがっている。

今まで使ったのは、いろいろ個性もあるが、ひとつにくくることができる。

そのくくったところには入らない、質もちがう、そんな、時間、空気、空間。

別次元で、別世界。

こんな釜を使っていた人がいるんだね・・・。

 

たかだか、釜・・・。

でも、すごいものがあるもんだね、世の中には^^

ただ、この控えめな釜には、「すごい」も似つかわしくない。

 

ここまできたら、もう、ニセモノでも、食わせ物でもかまわない、って感じで^^

 

ぼくからしてみたらオマケの箱^^

PC080470 (448x336)

 

ただ、この箱のせいで、いくらかたくさん払わされる(笑

(とはいえ、ありふれた、「刷毛目」だの「尻張釜」だということで、もっと個性的な姿の釜よりは、安い)

おこがましいので、誰の箱書きとも、誰の作ともいわない^^

わかるひとにはわかる^^

ていうか、読めばわかる^^

 

でも、この箱書きかいた家元の気持ち、わかる気がする。

「刷毛目紋 尻張釜」ではなく、

 

  尻張形 ハケメ釜 

 

って。

しかも、「刷毛目」ではなく「ハケメ」。

家元も、きっと、このハケメを見事だと思ったのだろう。

 

この釜をつくった釜師は、すごい、と。

この釜しか使ったことがないので他のもについては、ネットに出ているのを見る限りでしかないけど、やっぱり、いいなと思うものばかり。

そして、すくなくとも、二種類の肌を使い分けることができるし、そうやってできた釜はぜんたいとしてとても調和している。

名工、といわれる釜師でも、使える肌はなかなか、多くない。ある肌に対してぴったりくる姿、地紋の釜、というのは、なかなか。

いや、あるひとつの肌でもそれで素晴らしい釜をつくれるなら、それで、名工と言われているよう。

ただ、その肌に不調和な姿や地紋の釜なども作ってしまったり。

 

ハケメ釜のほかに、同じ雰囲気の肌で、このハケメ釜とはまったくちがう手の、外連味のある斬新な姿の釜をみたが、でも、調和感はまったくおなじ。

このオーソドックスで古典的な姿のハケメ釜と、あの斬新な姿の釜の、いっけん正反対の釜の、でも、その調和感が全くいっしょだなんて。

また、この肌合いとはまったくべつの雰囲気を持つ、枯れ枯れたような肌の釜をふたつ見たが、でも、どこか、つうじるものがあった。

それらの釜を見て、すごい作り手だと。

(いやあ、もっとも、ネットの画像だど・・・^^;) 

 

しかも、見た目だけではなく、醸し出す時間、空気、空間も、また、この釜師の釜でしか体験できないもののよう。

調和。

釜全体の形の調和と、それが象徴し醸し出す、釜と亭主との調和、客との調和。

ということか。

とにかく、釜だけで言うなら、姿、鳴りとも、とても高い、より高い次元での調和を実現している釜。

そして、その調和こそが、控えめという印象をあたえる。

 

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2017_03
04
(Sat)21:40

今日、雛を片づける。

また、来年^^

 

で、ちょっと気がはやいが、軸を、住吉内記の「桜風景図」に。

香托は、雛の時に使った、籠。

(線香立て、ではなんなので、「香托(こうたく)」と呼ぶことに)。

花入れは無し。

 

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雛が賑やかだったので、軸と香托だけのすっきりした床にした。

 

釜も、いよいよ、季節にあってきた、ハケメ釜。

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12月の上旬に手に入れて、やっと、使えるときが来た。

 

菓子は、あるもので^^ 

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幼な木、自家製パウンドケーキ、紫野。 

茶碗は淡赤。

薄茶器も、替えた。

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拭き漆の生地平棗。

P3040658 (448x336)

 

これ、ある意味、自家製^^

二十年くらい前、京都の漆屋さんで漆を買ったとき、拭き漆を、というので、白木の生地の茶托などといっしょに買って、拭き漆をしたはいいけど、なんか使う機会もなくて、ずっと食器棚の奥に眠っていた。

軸が華やかなので、茶器はしぶくというので、やっと、出番が回ってきた。

甲の木目が川の流れのようで、釜のハケメともつながつていく。

 

銘は、もとがもとなのでせめて銘くらいはよさそうに、と「深山隠れ」。

貫之の、

 

  吹く風と谷の水としなかりせば みやまがくれの花をみましや

 

から。

歌の意味は、風に散った山奥の桜の花びらが谷川を流れてきて、その花びらを見て、ああ、山の奥にも桜が咲いていることだな、と。

「桜風景図」にも流れが描かれていて、この棗にも花びらが流れてきそう^^

 

横は、ちょっと、しだれ桜の枝のよう。

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お茶が映える。(まだ本格的に使おうと思っていなかったので、お茶は少ない^^)

 

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「桜風景図」や「桜美人図」にあわせる棗をなににしようか、どうしようか、結構、いろいろと考えた。

はじめは、「桜美人図」は夜桜棗にしようかと思い、さがしたりしたが、どうも、夜桜棗はミーハーっぽいので、やめちゃった。

そのほか、桜の蒔絵があったりするのも、どうもくどい。

ただの黒い利休棗もいいか、黒い平棗もいいかとも思ったけど、それも、くどい。

曙もどうかと思ったが、やっぱり、くどい。

そこで、そういえば、と思い出して、この棗をあわせてみたら、なかなか。

ほんとに、ぜんぜん、たいした棗でも何でもないのに。

漆ぽってり、じゃないところが、ほどよい。

 

P3030623 (448x336)  

 

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2017_03
01
(Wed)01:36

久しぶりの、和靖さんの詩。

前の記事が、4首めなのに、今日は、10首目。

ぼちぼち読むには読んでて、記事にはしてなかった。

それにしても、この10首目は、すごくいい。

 

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   小隠自題

 竹樹 吾が廬(いおり)を繞(めぐ)り  清深の趣 余りあり

 鶴は閑(かん)として水に臨みて久しく  蜂は懶(らん)として花を得て疎し

 酒病 開巻を妨げ  春陰 荷鋤(かじょ)に入る

 嘗て憐れみし 古図画(ことが)  多半 樵漁を写す

 

これ、軸にしたいほど。

軸にして床に飾ったら、さぞがし、よいだろうな、と。

 

「小隠」というのは、山のなかで世俗を絶って隠遁している人のこと。世捨て人。対に、「大隠」といって、世俗にいて世を捨てている人のことを言う言葉も。

「自題」は、軸などで、自分の作った詩、ということらしい。

この題からして、この詩は、軸の画のような詩、ということらしい。

(7、8句目でこのことがはっきり)

 

1、2句は、よんでそのまま。「小隠」の暮らしの様子。

 

3句、「鶴」は、和靖さんは鶴を子といったほど。鶴を飼っていたし。

4句は、蜂が花に来て羽音をさせている様子を、こう詠んだか、と。たくさんの蜂ではなく、一匹とか、二匹とか。それが「疎し」かな。  

「懶」は、ものういこと。6句にもあるように、季節は、春。その気だるい、もの憂さを、蜂の羽音に聞いている。

「鶴は閑かに・・・」「蜂は懶(ものう)く・・・」と読んでもいいけど、「かん」「らん」と韻を踏んであるので、音読みで、読みくだしたほうが、なんかいいかなあ、と。

 

5句、「酒病」というのは別に病気というのではなくて、春でうきうきとして、まあ、一献、とでもいうか。本なんか読んでる時じゃないよ、って感じかな?

6句、「春陰」は春の曇りがちな天候で、「鋤をかつぐ季節が来た」、つまり、そろそろ農作業がはじまる季節が来た、ということ。ただ、この「荷鋤」という言葉はとてもイメージを喚起する力が強く、まるで、とおくに鋤をかついでいる農夫の姿を、和靖さんが眺めているかのよう。

 

そして、7,8句。

「憐」は、同情する方ではなく、愛おしむ方。「図画」、ふつう、「ずが」と読むけど、ちょっと古めかしく、「とが」と読んで、雰囲気を^^

「以前、好きだった古い絵や画は、おおくは、木こりや漁師をえがいたものだった」と。

この最後二句で、ここまで詠んできたことが、「古図画」の一風景に。

和靖さんの眺めている風景が、「古図画」そのものに。

そして、その「古図画」のなかに、もしかしたら、和靖さんも居たりして。 

 

「小隠」はただ、山野に住む世捨て人というだけではなく、こういうふうな「古図画」のなかに棲むこと、そんな意味も込めてあるか、と。

 

あまりにも、素晴らしい一首。

どうして、漢文の教科書に載ってないのだろう?

 

この和靖さんの詩集の編者も、同じ意見らしく、○を全部の語につけてある。

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