2017_08
28
(Mon)22:56

先週、8/21に、実は、いちま、お着替え^^

P8213004 (384x512)

 

やっと、野分の絽に。

とはいえ、浴衣、今年は着なかったなぁ、いちま。。。

天候がへんで、なんか、着替えさせる気にならなかった。

浴衣に、という感じにならなかったし、な。

で、やっと、着替えさせる気になっても、浴衣飛び越して、絽に。

 

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P8213007 (384x512)

 

野分の絽とこの帯はいままでもよくあるコーデ。

ただ、ちょっと、帯の正面にでるところをかえてみた。

野分の絽といっているが、がらは、秋の七草と虫籠。


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2017_08
28
(Mon)22:44

8/20あたりから、暑いとはいいつつ、なんとなく秋っぽく。

昼は暑いが夜は涼しくなったし、空の晴れ方もなんとなく澄んできたし、光も透きとおってきた感じ。

ほんのちょっとしたことで、ゆる茶の道具もかえたくなる。

P8263069 (384x512)

 

今は、何と言っても水指し。

つい、この前までは、スペイン泡ボールか猪飼さんの灰釉壷だったのが、また、備前に。

 P8263072 (512x384)

  

泡ボールは蒸し蒸しした日によかった。

灰釉壷は、暑い盛りにはたっぷりとしよかったが、今では、むしろ、そのたっぷり感があつくるしく感じる。

灰釉壷よりは小さく、薄く、かるい備前が、涼しげ。

 

釜は、亀甲棗。

8月中旬くらいから、夏がくだりに入ったら、使えそう。

はじめは、5月の糸目の次くらいと思っていたが、どうやら、胴締めや雲龍のあとがいい感じ。

 

P8263074 (512x384)

 

それにしても、この釜は、なんとも、いい。

なんというか・・・茶の湯の釜度が高い、というか。

こういうもんかなぁ、と。

使い心地、も含めて、というか。

ま、釜のことはまたいつか。

 

床。

P8263071 (384x512)

 

8月のはじめ頃、押し入れの整理をしていたら、ある色紙がでてきた。

何枚もあって、なかには飾ると面白そうなのもあったので、色紙掛けを買ってきた(四条大丸)。

それで、飾ってみて、ちょっと面白いので、もう、2週間ほど、おなじ色紙が飾ってある。

 

P8213010 (384x512)

 

奥さんのお母さんが俳画をしていて、その画。

跳ね出しそうな勢いのある金魚(笑

俳句と画は直接関係ない、方が面白いのだそうだ(たしかに。これで、金魚の句なんかだったら、興ざめしそう。でも、金魚で水の中、そして「水中花」とまったく接点がないわけでもない)

 

金魚だから、というわけではないけど、茶器は鮟鱇。

P8263090 (448x336)

 

この鮟鱇もつつかうにつれて、しみじみといい感じ。

これを使っていると、薄茶器の、たとえば棗の蒔絵が、蛇足に思えてくる。

薄茶器は、ボディと塗り(笑

蒔絵なんて蛇足。というか、「季節感」の押し売りともいえる。

あるいは、お茶会のテーマの「押し売り」、「押しつけ」。

蒔絵で描かれていると、わかりやすいと言えばわかりやすい。

たとえば、秋草の蒔絵の金輪寺とか。

一目見て、「秋」だなあ、と。

でも、そんなに押しつける必要あるのかな、とかね。

 

菓子は、青嵐、粟羊羹(以上亀末)、烏羽玉(亀屋良永)。

P8273094 (512x384)

 

青嵐は、名残の青嵐。

そろそろ終わり。

ほろほろと琥珀の食感よりも、粟羊羹もっちりの食感が、秋の気配と共に、しっくり。

烏羽玉はまだいけそう。

 

先週は、若鮎(大極殿)だった。

8月に入ってから、自家製ケーキは作ってない。

かわりに、オオツムギビスケット(笑。

 

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2017_08
23
(Wed)20:02

こんなふうに、口が開いているのを魚の鮟鱇に洒落て、鮟鱇棗。P8233052 (512x384)

 

P8233028 (512x384)

 

全体が、青漆。

青と言う字が入っているけど、緑色。

光によって、漆器なのに、まるで織部釉のようにも見える。

 

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なかは、溜塗り。

 

P8233040 (448x336)

蓋のうらも溜塗り。

このまえの溜の薬器よりも、暗い。

 

P8233037 (512x384)

 

使い心地は、溜め薬器どうよう、無駄もなく、洗練されていて、美しい。

用と美が高い次元でとけあっている。

それにしても全身青漆というのは、ちょっと、ダンディ(笑

かつ、悪趣味と紙一重、といった感じも。

 

箱から出したときは、溜め薬器同様、「これはちょっとしまったかな」と感じたが、つかってみると、やっぱり、なんともいい。

ぱっと見て、人目を引くような物ではないが、使ってみると、洗練されていて、無駄なく、美しい。

(姿だけではなく、使った感じが、美しい)

 

P8233048 (512x384)

 

このまえの溜の薬器と対にして、「春秋」とでも。

鮟鱇が、春、夏。口が開いていて、色も緑色なので。

薬器が、秋冬。口が小さく、筒なので、丸い釜が多い冬にいい。溜の色も、秋の色目。

 

薬器と同じ、宗哲の作。

薬器の時、8代宗哲と書いたが、どうも、11代らしい。

8代としたのは、ある茶道具店のHPで全く同じ箱の黒平棗を8代としていたので。

でも、コラボ箱という見方からすると、8代ではないような。

 

11代の晩年頃かな。

ちょうど、バブルの頃。

なんでこんな棗があるのか、考えてみると、ちょっと面白い。

鮟鱇だの、薬器だの、薄茶器としては裾物。

そんな裾物があるのも、バブルのにわか成金の物好きが注文したからかな、なんて。

 

それにしても、つかっていると、魅了されていく。

ただ、見ているだけではなく、使ってこそ。

鑑賞するのにも、ケースのなかにただ飾られているのを見るのではなく、使いながら鑑賞する、あるいは、使われているのを鑑賞する、というのがよく鑑賞できて、理解もできる感じ。

 

時間をかけてお茶をして、晴れたり曇ったり、暮れていくなかで、いろいろな表情を見せる。

この鮟鱇棗の見どころは、とくに、蓋かな。

凹と凸のところ。

 

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2017_08
17
(Thu)23:19

中身が気にいれば箱なんてどうでもいい、なんてことを前に書いたけど、そう言いつつ、実は、箱書きつき箱とか、結構、好きだったりして^^

 

たとえば、今回のこの箱。 

P8152844 (448x336)

 

家元の手とか、見てるとなかなか面白い。

箱によっていろいろだけど、結構、墨が濃いんだ、とか。

(この箱書きは、それほど濃くない)

 

筆跡を頭のなかで、あるいは、指で他のところに再現しながらたどってみるのも面白い。

 

筆跡で、かなり個性があって、リズム感も面白いな~と思うのが、表千家の即中斎さんの。

 

PC080470 (448x336)

とくに個性的で、独特の書体。

ハネとかも面白い。

で、これを目で追いながら、人さし指で、宙に書いてみたり。

そうするとなんとなく、ああ、ここで力を入れて、ここでこの勢いで跳ねて・・・なんか、面白い。

同じ「作」という字でも、そのときの気分や勢いや、めんどくさいな~みたいなことを思ってたのかどうかは知らないけど、ちょっと雑だったり、丁寧だったり、微妙にちがっていて面白い。

(いまどき、ヤフオクで書き付けはいくらでも見れるので、それでそんなふうに楽しめる)

 

でも、画像より、やっぱり、実物の方がたのしい。

臨場感がある。

この寒雉の釜の書き付けの墨は、とても濃い。

盛りあがっていて、さらには、墨の粒子の質感まで。

「尻張り型ハケメ釜」という釜の名前も、ハケメが見事だから、「ハケメ釜」となったんじゃないかなぁ、とか。

「左 一心」のサイン(花押)も、とてもリズミカル。

 

同様に、寒雉さんのほうの手も楽しめる。

 

こういう箱を、書付箱、とその筋では言うらしい。

つまり、家元の書き付けのある箱。

でも、このふたつの箱、なんかちょっとヘン、じゃないか・・・と、ふと、昨日思った。

昨日に限らないんだけど・・・。

 

なにがへんかな、というと、「共箱」には、作者が、物の名前を書くが、これらの箱には作者の書いた物の名前はない。

共箱だと、たぶん、今回の棗釜は、

 

  亀甲地紋入棗釜

     釜師 清右衛門 印

 

とか。

そう、「御釜師」と「御」をつけてるのもなんで?

 

ま、いまさら、なわけだけど。。。

 

コラボ箱、とはそういうこと。

つまり、最初から、この箱は(この箱に収まる釜は)、家元が物の名前を書くことを前提にして作られたんじゃないのかな、と。

あるいは、家元の依頼でこの釜を作りました、という体裁(実際にはどうかわからないけど)の箱なのではないかな、と。

なので、「御」がつく。

家元の「御釜」を作る釜師、という意味で。

書き付けはことはそういうものだと、その筋では常識なのだろうけど、でも、なんか、コラボしてるというところが、面白くて^^

 

「共箱」に書き付け付というのもある。

これは、作者が箱をつくり、あとから、書き付けをした、ということになる。

たとえば、共箱入りのそのものを手に入れた人が、あらためて家元に頼んで箱書きしてもらった、とか。

コラボ箱の場合は、そうではなくて、最初から、そのつもりで箱まで作っている、というところが、面白いかな、と。

 

で、穿った見方をすれば、コラボ箱の中身。

箱のとおりなら、作る方も、そんな箱に入れる物なんだから気合い入れてしっかりしたいい物をつくるんじゃないかな、とか。

とりあえず、家元の依頼で、という体裁なのだから、家元のメガネにかなわないようなものは入れられないだろう。

 

あと、箱の材も、あまり気にしていなかったけど、杉。

共箱だと桐箱が多い(気がする。今まで、あんまり注意していなかった。また、暇なときにたしかめてみよう)。

桐箱は、江戸中期くらいから使われはじめたそうで、それ前はほとんどか杉箱。

今では、逆に、杉箱の方が珍しい。

杉にするのは、古式に則り、みたいな感じなのかな。

流儀毎にいろいろ約束があるのかも知れないが、ぼくは知らない。

 

紐は、それぞれの色。

ただ、ハケメの方は模様が入っている。なにか意味があるのか?

表千家の紐は、無地の黄色らしいので。

真田紐は、使う家や人によって、その家の、その人のパターンがあると聞いたことがある。

偶然なのか、なにか意味があるのか、持っていた人の好みなのか・・・不明。

たぶん、見る人が見たらわかるんだろうね。

たとえば、書き付け付でも、格とかがあって、紐で区別してるとか。

なにか約束事がある、とか。。。

それとも、やっぱり、ただの持ち主の好みか^^


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2017_08
16
(Wed)22:41

昨日の亀甲地紋棗釜で、ゆる茶。

はじめは、灰釉の飾り壷水指、乾隆グラスの茶入れ、知足ではじめたが、なんとなくしっくり来なかった。

亀甲の棗釜、存在感がないようであるし、重厚感がないようで、なんとなく重厚さも。

灰釉飾り壷の水指しとは、ちょっと相性が悪い感じ。

乾隆グラスの茶入れも、違和感がある。

ので、途中でそれらをとりかえた。

 

水指 泡ボール

茶器 彩り霰茶器

どっちも、割り付け紋っぽくて、いい感じ。

また、軽い感じが、釜の重みと釣り合った。

P8162943 (512x384)

 

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茶碗は、曳舟絵の染付。

P8162950 (448x336)

 

これが、なんとも、釜としっくり。

軸はそのまま、山湖図。

 

P8162949 (384x512)

 

なんかとても落ち着いた。

菓子は、青嵐(亀末)と烏羽玉(亀屋良長)。

 

それにしても、この亀甲釜、愛らしい。

全体の姿なりもだけど、こんなところも。

P8162951 (512x384)

 

この口元から、肩にかけて。

ネットの画像で見たときも、なんとなく、愛らしい釜だなと感じたけど、実物も。

奥さんも、「ラブリー」だとか言っていた(笑

 

P8162955 (512x384)

 

 

それにしてもこの釜、光のよって、釜の肌や雰囲気が豹変する。

 

P8162959 (384x512)  


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2017_08
15
(Tue)23:02

大半書き上がったところで、PCがフリーズして、パーになってしまった、、、のを、また、書くので、きっと、雑に。

 

ヤフオクで、またまた、見つけてしまった。

なかなか美しい釜だったので、ちょっと迷ったが買ってしまった。

それが今日届いた。

 

P8152844 (448x336)

 

箱。

どうやら、箱は本物らしい。

箱書きは、裏千家14代淡々斎。

清右衛門は、書体から、どうやら、13代浄長のよう。

 

とにかく、その釜の画像が、というか、画像のその釜がとても美しかった。

ネットでこういう物を買うとき、そのものの画像を仔細に見ることはもちろん、ほかにもこんなことをする。

今回の場合だと、まず、ヤフオクにあがっている「亀甲紋」の釜をすべてみる。

その次、「棗釜」をすべて。

それから、「清右衞門作」の釜。

それから、上記3つについて、過去の落札(120日だけど)。

それから、ヤフオク以外で、ググってみる。

他のものと比較するとこで、これがどのくらいのものか、また、価格はどうか(即決価格だったので)など、検討する。

 

亀甲紋の釜で、ここまで美しいのはなかった。

畠春斎の亀甲紋棗釜はなかなかわるくなかったし、見た中ではいちばんよかったが、それでも、これにはおよばなかった。

ただ、春斎のは26000円で、こっちは・・・。亀甲紋棗釜にしては、破格な高値。

とはいえ、清右衛門としては、安い。

たまたま、同じ浄長の作が出ていて、それとも雰囲気が似ている。価格は、それの3分の1。

 

はたして、本物かニセモノか。

なんて、実は、ぼくにはそんなこと、どうでもいい。

要はこの釜がいいものであれば、本物ニセモノなど、取るに足らない。

ニセモノとは、この場合、本物の浄長の箱なのに浄長作でない釜が入っている、ということだ。

だけど、この釜自体がいいものであれば、それでいい。本物でないなら、この箱を書いた清右衛門さんと淡々斎さんには悪いが、箱を捨ててしまえばいいだけの話しだ(あるいは、それこそ、箱だけ、ヤフオクで売るか^^)。

 

ただ、価格的には、亀甲紋棗釜の相場をはるかに上まわっていて、当然、浄長として下駄を履かせてあるようだ。

どっちにしろ、浄長であろうがなかろうが、この釜にそれだけの価値があるかないか。その値段をはらっていもいいかどうか。

ということで、この美しい亀甲紋棗釜に、浄長作であろうがなかろうか、それだけ払ってもいいと思い、購入し、今日届いた。

 

試し炊きすると、水漏れもなく(水漏れのないことは商品説明にあったが、念のため)、なかは錆びているのに錆も出ないので、さっそく、使ってみることにした。

湯には、やや、炭酸カルシウムのようなそんな匂い。 

 

P8152850 (512x384)

逆光なのでよくわからない。

 

P8152845 (512x384)

 

ネットの画像では亀甲紋の打ちようが美しく、繊細で、こころが行き届き、釜師の愛情が感じられたが、実物もそうだった。

 

P8152859 (512x384)

 

亀甲紋が、舞っている雪の結晶のようにも見えた。

そんな散らし方、配置。

とても繊細で、丁寧な仕事。

雑なところなど全然ない。

(ネットで見たほかの亀甲紋の釜、なんだか・・・美しくなく、なかには、そうとう雑なのも。亀甲紋なんて面倒臭いので、みたいな・・・)

 

絹肌か、砂肌か、とにかくこまかいその肌と、そこに浮き出ている亀甲紋の調和。

亀甲紋一つ一つの個性と全体の調和とリズム感。

 

よく見ると、たとえば、こんなふうに、擂座の帯にたいしてもいろいろ。

亀甲の頂点が接しているところ、帯の下になっているところ、帯の上になっているところ・・・などなどあり、しかも、丁寧。

 

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蓋も美しい(実物は、もうちょっと黄色みがある)

 

実は、うちにある当代の清右衛門さんの釜の本に、浄長は、「謹厳実直で、几帳面」な性格で、また、「肌と地紋の調和」した釜を作っている、とあった。

「几帳面」というのはこの亀甲紋の打ち方が、その通りだと感じた。几帳面で、丁寧。かつ、愛情まで。

また、肌と地紋の調和、といえば、まさに、この砂肌(絹肌?)と亀甲紋はそのとおりだと。

実物もその通り。

そのうえ、端正で(謹厳実直さからきたのかな)、どこかやさしくあたたかく、そこはかとない品のよさまで感じられる。

 

また、この釜は、どうも和銑のよう。

なかは錆びているのに湯に錆が出ていないことや、その硬い感じ。

 

P8152896 (512x384)

ちなみに、おなじくらいの大きさの、3代川邊さんの糸目とならべてみた。

糸目は、洋銑。柔らかい感じがする。

肌の感じもまったくちがう。

亀甲の方、実際の色目は、こんなに黒くない。もうすこし赤っぽい。

 

割と近いのがこの画像。

P8152893 (512x384)  

砂肌のところは青っぽく、亀甲紋の筋や花など浮き出ているところは赤茶色っぽい。

蓋も合わせて、たぶん、箱通りのものかと。

 

清右衛門さんところ釜って、じつは、ほんとは、ちょっと、好みとちがっていた。

清右衛門美術館に展示してあって、名品だといわれているものも、けっこう、いかつい、というか、威圧感があるものがおおい。たぶん、千家に出入りする前、大名など武家の釜を作っていたためだろう。千家に出入りするようになっても、なんかその感じが抜けてないような。

ネットなどで出てるのも、そういうのが多い。

もっとも、ネットの場合、本物か?というのも少なくないけど^^ なんか極め書きは本物でも釜は、荒肌の、なんかそんな感じのする別の釜に入れかわってないか、ってのが。古いのは特に。

ま、それはいいとして。

  

でも、この亀甲釜は、そういう厳ついところがない。

口まわりや肩の擂座などはかっちり、端正だが、威圧感はないし、亀甲の打ち方にも、威圧感はない。

繊細で、やさしい。

 

鳴りは、きめ細かく、とてもなめらか。

やや高め。

 

使ってみると、いや、見ているだけでも、茶の湯の釜ってこういうもの、という感じがしてくる。

勘渓さんには悪いが、あの胴締め釜がチャッチく感じてしまう^^

(とはいえ、これからも使うけど。いや、確かに、勘渓の箱には「釜師」と書いてない。「鋳師 勘渓」となっている^^)

 

P8152885 (512x384)

 

浄長さんは、大西家13代。

1866(慶応2)~1948(昭和18)年の人。 

それで、いつ、浄長と名のるようになったのか、調べてみたけどよくわからない。

ネットに出ている箱書きをたどると、「清右衛門」でいちばん新しいのが1921年、「浄長」の一番古いものが1928年。

なので、この釜は、1920年代か、それより少しまえのもの、ということになる。

だいたい、100年弱か、100年ちょっと経ったもの。

(いちま、経上がってるよ、この釜も^^)

晩年には鑑定をよくしたということだが、それも、戦時中で釜も作れないような、そんな時世だったからだろうか。

 

以前釜彦さんとこへいったとき、釜彦さんとこには代々和銑が伝わっていて、それで釜を作るのだけど、戦時中はそれを供出させられないようにしていた、と言うようなことを聞いた。

(ほんとに、戦争なんかに使うのはもったいない。安もんですませよ、戦争の道具なんて。とはいえ、武器というのは、じつは、昔から良質な材料をつかったものがいっぱい。日本刀を見ればわかる。命がかかっているわけだから、いい物をつくる。今でも、どこの国も兵器には金をかける)

ひとかたまりの和銑で、30個ほど釜が作れるそうだ。

 

浄長さんは明治以降なので洋銑かと思っていたけど、そうではないようだ。

とにかく、この釜は、清右衛門さんとこの厳つい感じを抜いたら、こんなかんじかな、と。

 

まだ、奥さんはこの釜の実物を見ていないが、画像を見せていろいろ話しを聞いてから、我が家ではこんなことが今の話題になっている。

亀甲の地紋って、どうするの? と。

亀甲のはんこのようなものがあって、それを押して、そのあとで整えるのか、それとも、和紙に下絵を描いて貼ってから、刻んでいくのか。

とにかく、霰とおなじくらい、たいへんな根気と技術と、時間と、手間がいる仕事ではないか、と。

そのうえ、霰同様、センスも。

なので、買うことにした、というのもある。

霰というのは、釜彦さんが言うには、釜師にとって一番の釜なのだそうだ。

さっきも言った、根気と、手間と、技術と、時間と・・・。

その霰と、この亀甲紋も等価じゃないか、と。

たしかに、姿なりや地紋など、もっといろいろ面白いものもあるけど・・・。

亀甲地紋棗釜なんて、ヤフオクではぜんぜん人気がない。落札価格も、ひどいもんだ(安いもんだ)。

けど、ほんとは、結構、根気と、手間で、時間も、技術も、センスもないと美しくできない釜であり、ごまかしがきかない釜なんじゃないかな・・・とか。

ま、でも、結局ぼくが使うんだから、ぼくがいいと思えばそれでいいわけで。

(とはいえ、この釜は、一人で使うにはもったいない感じも。お茶会のような、晴れの場でこそ、という雰囲気がある)

 

P8152870 (512x384)

 

(それにしても、リーマンショックで茶道具の価格も暴落して・・・。ある意味、ありがたいと言えばありがたいというか。「禍福はあざなえる縄のごとし」ってか)

 

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2017_08
12
(Sat)22:11

たまたま、ヤフオクを見てたら、見つけた。

色、艶、透明感がとても綺麗なので、買ってみた。

 

P8102779 (512x384)

 

8代宗哲作  溜薬器。

溜塗りの薬器。

帽子棗、とも呼ばれているらしいが、その呼び方は正しくない、とも。

薬器棗、というものもあるが、これとは型はちがう。

ヤフオクでは「溜薬棗」となっていたが、届いてみると、箱には、「溜 薬器」と。
 

P8122830 (512x384)

 

P8102782 (512x384)

「薬器」というわけでか、内側になにか白いものが塗ってある。

なんとなく、釜の炭酸カルシウムみたいな感じで、さわると、ちょっと、カシカシする。

 

P8102801 (512x384)

 

画像ではこの程度だが、実物は、もっと透明感がきれい。

とくに、肩の丸くなっているところ。

また、光のつよさ、見る角度、距離、などなどによって、明るい赤から暗い、ほとんど黒に近い赤までさまざまに変化。

見ていると、この世のモノではないような気がしてくる。

いちまに、「へあがる、ってこういうことやで」とか言ってみたり(笑

 

ふかい、というか。

塗り物なので、木地かなにかの上に塗ってあるだけなのだが、この透明感は、どこまでもこの色、艶、輝きのものが続いている感じがする。

この色、艶、輝きの物体。

とても塗り物とは思えない。

 

溜塗りというのは、赤や紅、時には木地の上に透明な漆を塗ったもの。

時を経ると、透明感が深くなるとは聞いていたが、これほどのものは見たことなかった。

(いろいろ、透明感が深くなる条件はあるらしい)

 

「経上がる」といったのも、半分は冗談だけど、まったくの冗談でもない。

8代宗哲は、文政11(1828)年~明治17(1884)年の人。

この薬器はいつの作かはっきりはわからないが、まあ、150年くらいは経っていると考えてもよさそう。

なので、完全、経上がってる(笑

 

150年を経た、溜塗りの透明感。

この世のものではないような。

 

この美しい透明感もさることながら、もうひとつ驚いたのは、箱から出したときの、手に持ったときの、軽さと堅牢さ。

棗で「軽い」というと塗りの回数が少なくて質的に劣る、という印象を持っていたが、これはその逆。

軽いけど、しっかり。

 

P8102799 (512x384)

 

口のこの薄さ。

約1ミリ。

しかも、この1ミリのまま肩へとつづいている。

あまりにも繊細。

かつ、堅牢。

底の裏の針銘も、思っていたよりかなり小さくて、びっくり。

画像で見ると、拡大されているので、そんな風に思いこんでいた。

 

それに、普通漆器と言えば、木地などに塗ってあるわけで、その「塗ってある」という感じを免れない。

それが、これは、まるで漆そのものといった感じ。

 

12代の宗哲さんがトマトや柿で香合や茶器を作ったことがある、という話を聞いたことがあるけど、たしかに、こういう技術があれば、トマトや柿の薄い皮を活かしてつくれるよなあ・・・とはいうものの・・・。

(これは、乾漆ってこと?)

 

いままで、ぼくが知っていた漆器とは、別次元。

何でもかんでも、溜塗りなら時を経れば、美しくなる、というわけでもないだろう。

やっぱり、150年経っても劣化しないだけのものでないと。

8代宗哲の腕と150年の歳月がうみだした、この世の物とは思えない、色、艶、透明感。

漆器の魅力であり、醍醐味でもある^^

 

ふれたり、扱ったりするのに、値段聞いてもびびったことはないけど、見れば見るほど、この美しさ、触れるのにちょっとびびった^^

 

それとも、この軽さ、硬さからして、この薬器は、乾漆?

だとしたら、木地のものとは、別物なわけだし^^

 よおわからん^^

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