2017_09
30
(Sat)22:27

このところ、急に冷え込んだし、風邪もひいて、なんかすっきりしない。

ついでにお茶もすっきりしない。

しっくりくる道具がなんかなかった。

9/26のお茶。

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軸 林和靖 で 釜 松喰鶴紋真形釜。

茶碗、白菊。時には、古唐津に。

また、床の水指しを猪飼さんの飾り壷から古唐津に。

その他、見てのとおりだけど、なんか、しっくりこない。

 

今日、軸を、風早中納言の桐の図に。

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今さらながら、ちょっと驚いた。

中廻し、本紙の部分のに巻皺がまったくない。この風早中納言は宗旦の弟子、ということなので、そのままなら江戸初期の頃の軸ということになる。だとすると、表装の仕立てがとてもいい、ということになる。

割と新しい軸でも、平気で巻皺がよっている軸もざら。

それに、古びてはいるが軸の雰囲気も渋くていい。

一文字は金襴で、その金の光方も時代を経た金の渋みがある。

風帯もしなやかでやわらかい。

新しい軸とか、風帯は結構硬いものがおおい。巻皺が寄らないのと関係があるのかな。

(この軸、まだブログに載せてなかった・・・)

 

軸の次は、釜。

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復活菊水釜(笑

ついに使うときがきた^^

ついに、使えるときがきた!

2016年3月に1800円で購入。漏るばかりか、羽落ちのところには窓まで。

2016年4月に修理。したものの、まだ漏れて、結局、2016年にはほとんど使わなかった。

(これらのことはすでにブログに)

で、今年の5月頃、再修理。漏れもなくなり、やっと使える状態に。

 

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窓が開いていたところ。

 

この釜は、底がああいった複雑な修繕がされているので、いろいろな鳴りが。

昨日、ためしに沸かしてみると、まるで暴走族(笑

今日はどうかと思ったら、かなり落ち着いていた。

この釜に限らず、よくあることと言えばよくあること。せっかく眠っていたのに、たたき起こされて、尻を火に炙られて、きっと不機嫌だったのだろう。

今日は、それなりに釜としての本分を思い出したか。

沸かしはじめてそこそこ時間が立って落ち着いてくると、なかなか、落ち着いたいい鳴りに。

 

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今日は光もよく、釜肌がとても美しかった。

 

この釜は、たぶん、江戸中期以降の天猫。

底が入れかえてある。もともとの底ではなくて、流行にあわせて、当時流行りだった織部底に入れかえてある。

入れ替えの仕方は、羽落ちをやすりできれいに削りきるやり方で、この方法は江戸中期以降の方法ということ。

ま、だから、そのあたりの釜かな、と。

ただ、「寒雉」と銘が入っているのが、なんなんだろう、と今でもナゾ(笑

寒雉がつくって入れたにしては、でかすぎる気もする。

 

あの状態から自分で修繕して使えるようにまでしたので、この釜は、ちょっと特別、格別。

こういう釜がほかにも、ほしいかも?

 

軸が桐、釜が菊とくれば、棗はもちろん、これ。

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光がよく、この棗も透明感が深く、美しい。

これも、17世紀後半から18世紀なかごろくらいの棗。

漆の色つやが、新しいものとはまったくちがって、美しく、格がある。

 

菓子は、ありあわせ。

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お団の亀屋清永さんの、栗くり。桃山製。

いちおう栗餡だけど、むしろ、栗を隠し味にした白餡の桃山、って感じ。

もうすこし、栗の風味があるといいのに。

あとは、宮津のお土産、白藤屋さんの松葉。

 

茶碗は、白菊。

古い物ばかりでもなんなので、猪飼さんの灰釉茶碗で。

 

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この茶本を白菊というのは、以前、住んでいた家のお茶の部屋の畳のうえに置いたとき、畳の色と見分けがつかなかった?(笑

ので、それを見た奥さんが、

 

  こころあてにおらばやおらん 初霜のおきまどはせる白菊の花

 

と、例の凡河内躬恒の歌を連想し、それで、「白菊」と。

秋の光で見ると、こんなふうにちょっとくすんだ、侘びた感じになるが、春の光だと若草のように見える。

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小ぶりな茶碗。

で、高台まわりが、チャーミング^^

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釉薬がビードロになって留まっている。

土は、ビスケットかなにかのよう。

ビードロをよくよく見ると、釉薬が結晶している。

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花火か菊花のよう。

 

実は、釉薬全体がこんな風な結晶のかたまり。ただ、折りかさなっていてきれいに菊花にでているところはすくない。

底も、菊花になっている(けど、とても細かい)。

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と、こんな感じで、ようやく、なんか、しっくり、落ち着いた。

二服目のお茶は、この茶器で。

 

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宗哲の、溜薬器。

うちの紅葉はまだ色づいてないけど、ちょっと、先取り・・・。

 

ゆる茶が終わり、こっちも、一服。

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はい、ご苦労さん^^

 

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2017_09
23
(Sat)23:22

20日、一泊目の夕餉。

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お酒は、宿おすすめの、季節の清酒、ハクレイ酒造・紅葉姫。

塗りのトレーには、食前酒の紅芋酢。

このトレーも時々でてきたことがあったけど、ほとんどは紙のがおおかった。

 

メニュー。

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あれ? と。

調理長さんの名前が・・・。

そう、なんでも、今年の6月に以前の調理長さんは退職されて、新しい調理長に。

京都で修行をした方ということ。

前の料理長は、アドバイスなどをしていると。

メニューの一品一品の書き方も、詳細。

さて、どんな料理が出てくるか・・・。

 

一 先八寸

羽二重胡麻豆腐・水菜他

占地菊花浸し・卯うさぎ

銀杏串さし・名月南瓜

 

と、メニューには。

でてきたのは・・・

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たしかに、以前の調理長さんの盛り方とはまったく違っている。

 

占地菊花浸し 

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まるで上生のよう。

かぼすの皮の器で菊花をかたどってある。

いくら、松の実、菊の花びらなどが添えてある。

なかにはしめじ、水菜。

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水菜など薄味で、いくらの塩味で食べる感じ。

 

名月南瓜とうさぎ

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名月は南瓜のふわふわムース。

うさぎは百合根を、上生のこなしのように。しっとり、ねっとり。

どちらも、南瓜、百合根の風味がしっかりで、ほんのり甘い。

 

銀杏串さし

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銀杏の風味がとてもよく、塩味がふっと一瞬ただよい、消えていく。

 

羽二重胡麻豆腐

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これも、菊花仕立てにしたかぼすの皮の器に。

えぐみなどのまったくない、あっさりとした胡麻の風味。

 

どの品をとっても、とても丁寧に下ごしらえがしてあり、見た目も可愛く、風味は繊細でおだやか、素材の風味がしっかりいかされている。

 

これまでの調理長は、海辺の宿らしく、魚介類の風味をしっかり、かつ、パンチのきいたものだった。

それ風味とは、対照的。

一言で「おいしい」といっても、前料理長とは質のちがう美味しさ。

イメージがからっと変わってしまった感じ。

 

一 椀盛  

  土瓶蒸し 鱧・松茸・三つ葉・他

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やはり、鱧の骨切りひとつとっても、とても繊細。

出汁の風味はおだやか。

一つ一つの素材の風味が、しっかり。

というか、出汁によってそれぞれの素材の風味が際立っている感じ。

際立ちながら調和している。

 

ただ、この土瓶蒸しの出汁をのみながら、前の料理長の出汁の風味も蘇ってきた。

対照的な風味。

渾然一体となった調和。

 

まったく質のちがう美味しさ。

前料理長は、王道、オーソドックス。

 

一 向付

  秋いか・あこう・鮪中トロ・ほか

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ポン酢(右)と醤油で。

醤油の味も、前料理長とは違っている。

やはり、おだやか。

前料理長は、とがった、とでもいうか、濃いめのカチッと来る、いかにも魚介類の風味を引き立てる、パンチのこくのある醤油だった。

ポン酢の方も、まろやか。

 

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まんなか、ピンクの角が鮪の中とろ。

その手前、半透明のペ欄としたのが、新料理長の繊細さを象徴するような、あこうの皮の湯引き、と、

その右、半楕円のようなものは、あこうの肝。

あこうの鱗は皮に埋まっているらしく、とても手間暇をかけた、丁寧な下ごしらえぶりがうかがえる。

ぷりぷりとして、珍味だった。

肝は苦みもなく、やはりほんのり甘く、珍味。

 

添えてあるものもかわった。

かぼすの上、茶色の賽の目は、バクダイを寒天でよせたもの。

バクダイとは伯樹という木の実で、水で戻して、なかのゼリー状の果肉を食べるもので、なんでも莫大にふくらむので、そんな名前がついているとのこと。

初めて食べた。

ほんのり、ナッツのような甘み。

また、そのばくだいのむこう。

黄色の賽の目は、菊の花びらを寒天でよせたもの。

 

薬味のネギも、スプラウトに。

 

盛りつけも、さりげないが、おしゃれ。

あこうは薄造り、ポン酢で。

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あこうはほんのりと上品なあまみ。

 

ここで、おしながきにない一品が。

 

一 ぐじ木の芽焼

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総織部の器に、たっぷりと木の芽をかけた甘鯛。

つけあわせは、花蓮根。酢れんこんに明太をつめてある。

 

甘鯛は、丸めて焼いてある。オーソドックスに、たぶん、一夜干しくらいの感じ。

その甘鯛に、細かく刻んだたっぷりの木の芽。

ふわふわの白身の甘鯛の風味に、細かくきざんだ木の芽のナッツのような風味が芳ばしい。

甘鯛の外側は、ややかりっとして、こうばしい。

甘鯛の焼き物といえば若狭焼きだが、その若狭焼きに木の芽の芳ばしさが加わった感じ。

しかも、丸めてあるので、身はとてもふわふわなところと、ひょうめんのややかりっとしたところと。

甘鯛の美味しさが堪能できた。

しかも、木の芽とのマリアージュで、若狭焼きでは味わえない甘鯛も。

こういう甘鯛もいいなぁ、と。

 

花蓮根も、酸っぱさ、辛みも、とても穏やか。

 

一 焚合

  地魚煮付

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菊の蓋物。

菊がテーマのひとつ、かな?

 

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地魚、とあるが、赤穂の頭。

付け合わせは、ごぼうチップス、茄子、小芋、南瓜、小松菜。

 

野菜の付け合わせの品数がとても多い。

しかも、ひとつひとつが丁寧な下ごしらえで、それぞれの野菜の風味がしっかり、品よく活かされていた。

付け合わせ、というより、これらの野菜の一品一品がメインといっても言いすぎではないくらい。

以前の料理長は魚介類に力点が置かれていて、ぼくからするとかなり野菜不足だった。

ごぼうチップスの芳ばしさとうすあじの煮付けのあこう、不思議なマリアージュ。

でも、こういうのも面白いかな。

もちろん、美味しい。

 

地魚、とあるのは、料理長自身が市場へ買い付けにいった魚のことのよう。

以前は仲買から仕入れているものだけだったが、新しい料理長は小魚など自身で市場へ買いにいっているとのこと。

そのあたりも、繊細な品揃えにつながっているのだろう。

以前では、こういう品は味わえなかったと思う。

 

一 合肴

  ぐじ・松茸しゃぶしゃぶ

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ぐじのしゃぶしゃぶ?

生まれて初めて。

たしかに、だされてみれば、ぐじのしゃぶしゃぶがあっても不思議ではないよね、とは思うものの、まったく、思ってもみなかった料理。

ぐじは好きなのだけど、いままで、こんな風にぐじをたべてみよう、などと考えたこともなかった。

 

松茸、まいたけ、菊菜をいれて。

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ぐじをしゃぶしゃぶ、と・・・

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ぐじにピントが合ってなかった・・・^^;

ポン酢で。

 

いままでのぐじとはひとあじちがう感じ。

敢えていうなら、鮟鱇の上身を薄切りにしたような、そんな食感、かな。

ほろほろと口の中でほどけて、ほんのりと上品なぐじのふうみが口の中に広がる。

 

奥さんはとても気に入ったようだ。

二日のうちで、いちばんよかった、と。

 

一 揚物

  松茸太刀魚八幡巻・他

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これも、ぐじのしゃぶしゃぶ同様、えっ? て感じで。

松茸の八幡巻?

太刀魚の八幡巻ならともかく、松茸を八幡巻きにするか? ふつう、しないよなぁ・・・。

八幡巻といっても、たれなどついていない。

松茸を太刀魚でまいて、揚げてある。天麩羅。

しかも、太刀魚がまいてないところ、松茸の傘のところは、松茸の天麩羅。

何とも大胆な。

そして、繊細。

太刀魚で巻くことで、松茸の歯ごたえ、風味がしっかり。

いわゆる八幡巻のようにたれなどつけず、白身の太刀魚というところも、松茸がいきる。と同時に、太刀魚もほくほくとしていきる。天麩羅にすることで、両方いきる。

 

さすがに、ちょっと、この松茸太刀魚八幡巻には、度肝を抜かれた感じ・・・。

新料理長のスタイルを象徴する一品かな。

 

おいしい、美味しくないとは別の、料理の味わい方、とでもいうか。

とても刺激的で、冒険的で、斬新で、知的な。

はっきり言って、味はおぼえてない、・・・なんて、それは冗談だけど、ほんとに、風味以上に、なんというか、知的な刺激を受け、心躍る品々。

 

一 酢物

  地鯖白酢かけ・小芋他

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酢じめした鯖に白酢。

白酢の上に、とんぶり。

紫は菊の花びら。

小松菜。

柿。

 

白酢は、裏ごしした豆腐と酢。なんとなく、マヨネーズとヨーグルトの間のような。はじめマヨネーズかと思ったが、そうではなかった。

柿などは二杯酢で、とくに柿は美味しかった。柿と二杯酢、こういうのもありか、みたいな。

 

鯖は、まろやかな鯖鮨の感じ。

〆の塩梅がよかった。

 

一 ごはん

  栗ご飯

一 留碗

  赤だし

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赤だしの具も変わっていた。

以前は鯛などだったが、アゲと豆腐。

赤だしの風味も、おだやか。

 

栗ご飯の栗の炊き具合もおいしくて、お腹がいっぱだったけど、どうしても食べたくて、栗ばっかりたべてしまった・・・。

 

一 水物

  巨峰ムースとリンゴ甲州煮 ぜんざい

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右、巨峰のムース。左、巨峰。

奥、キウイ。一番奥、リンゴ甲州煮。

 

ムースのは巨峰の風味が濃厚で、生の巨峰以上に巨峰っぽい。

ムースの方が生の巨峰より美味しかった。

 

リンゴの甲州煮とは、リンゴをワインで煮た物。

これも、キウイとの対照がたのしい。

 

ぜんざい

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前料理長はうわずみだけをつかったような、固形の小豆の量も少ないぜんざいだった。

対照的で、固形の小豆の量がとても多い。

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まるで、亀末さんの「大納言」のよう。

炊き小豆といった感じ。

風味は、それでいて、あっさり。

粒が多いので、皮がやわらかい丹波大納言の良さが堪能できる。

 

前料理長の上澄みのようなぜんざいの風味も忘れがたい。

が、新しい料理長のこのぜんざいもとてもいい。

 

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2017_09
22
(Fri)18:35

9/20~22まで、いつもの宿へ。

いつものように、JRの特急舞鶴で京都から西舞鶴、西舞鶴から宮津まではKTR。

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由良川河口。

台風18号の影響でか、水も濁っていて、水量も多い感じ。

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また、今回は、台風18号の影響で土砂崩れがあり、栗田(くんだ)~宮津間が不通。

栗田から宮津までは代替バス。

栗田の駅。初めて降りた。

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宮津に到着したのは、13時半頃。

駅前の、あの富田屋さんで昼食。

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奥さん 刺身定食。

 

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だんなん、鰻蒲焼き定食。

どちらも、1080円。

 

昼食後、いつもの宿へ。

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部屋、一泊目は、海女。

二泊目は、花月。

 

海女は、以前、冬に一度とまったことがある。 

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そのときは一間だったのが、今は、隣の部屋をとりこんでベッドルームになっている。

ただ、ベッドはセミダブルで、ちょっと窮屈。

いつでもごろっとできるのはよかった。

 

花月は、いつもの、庭に面した部屋。

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と、ここまでは、まあ、台風18号のことがあったとはいえ、ここまではいつもどおり。


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2017_09
19
(Tue)20:33

なんか、へんな軸。

面白そうなので、ちょっと手を出してしまった。

 

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なんて書いてあるのか。

上は上でひとつの熟語。

下は下でひとつの熟語。

 

上。

右の文字から左の文字へつづいている。 

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ま、なんとなくわかるけど・・・^^

右の文字を、右90度回転。

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して、左右を反転すると・・・

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「雲」だった。

 

同様に、左は、そのまま反転・・・

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「龍」。

「雲龍」。

こういうの、鏡文字とか、逆さ文字とか、横倒し文字とか。

調べてみると、昔からあるようで、えらいお坊さんとかも、時々こんな風な文字を書いたり、あるいは、自分の名前を鏡文字にしたり、なんて、遊び心でしてたらしい。

これも、そんな軸、なのかな。

作者は、竹豊博授 とかいう人らしいが、詳細など全く不明。

ま、とにかく、あそびでこんなのを書いたんだろうね。

軸は、とても粗末。

自分で作ったのかな、というくらい。表装も紙。

軸先も紫檀風だが、粗末な木。

掛緒の感じからして、江戸末くらい?

 

上の「雲龍」。なんとなく、雲の中野龍に見える?

 

さて、下の二文字はかなり画数が多い。

右。

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左。

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よく見ると、どうやら、どちらにも「鳥」偏があるような。

と、ここまで来れば、もう、なんて書いてあるか、わかるね^^

 

ちょっと、洒落が効いてる?(笑

右の文字、「雲」同様、右90°回転して、反転。

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「鸚」。

とくれば・・・

 

左、180°回転・・・

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「鵡」。

 

ふたつで、「鸚鵡」。

洒落が効いてる、というのは、ただの鸚鵡返しではなかったのか、と(笑

 

それにしても、「鸚鵡」の方の書き順がよくわからない。

目で追っても、途中で、まかれてしまう・・・。

 


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2017_09
13
(Wed)01:26


独楽棗、というのがある。

まわる独楽をかたどったとも。もともとは唐物から、今のような物になったとも。

 

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ただ、この独楽棗には、二手ある。

ひとつは、塗師作の物。

もうひとつは、指物師作の物。

 

たいてい、棗と言えば、塗師作の物。

ところが、この独楽棗には指物師作の物があって、なぜだろう、塗師作の物となにがちがうんだろう?

と疑問だった。

もちろん、指物師作の棗は、独楽棗の他にもいろいろある。

ただ、多くは、木地を活かした物。

そう、うちのあの摺り漆の平棗のような、そんなものだ。

それに対して、独楽棗は、しっかり漆が塗ってある(ように見える)。

摺り漆や拭き漆とちがって、塗ってあるのはマットな漆だ。

 

宗哲作の独楽棗を見ると、カチッとしていて、いかにも塗師作というのは一目瞭然。

こういう塗ってある棗は塗師の領分だろうに、なのに、なぜ、指物師にわざわざつくらせるのか?

 

あるいは、こういう塗ってある棗で、指物師の腕の見せ所、ってあるのだろうか?

とにかく、何でわざわざ漆を塗って、木地などまったく見えない棗を、指物師が作るのか?

 

と、そんなことを、独楽棗を見ると思ったり。

塗ってあるとはいえ、轆轤で木を挽くのは指物師の仕事だから、薄く薄く挽いて、そこが腕の見せ所、というのだろうか。

独楽棗は、ミシュランのキャラクターのように段々になっているので、あのように薄く木を挽くという、そこが腕の見せ所、というわけなのだろうか。

 

などなど、いろいろ思っているうちに、ちょっと、見つけてしまった。

 

14代駒澤利斎作の独楽棗。

駒澤利斎とは、千家十識の指物師。

その利斎さんの作った独楽棗。

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なんか、ちょっと、塗りがぎこちない感じがする。

 

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合口のとことか、黒い線が入っていたり。

 

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また、黒と白の間に、茶色いのが入っていたり。

ネットの画像では、これがなにかわからなかった。奥さんの説では、白い上に黒い漆が被っていて、それが歳月が経って透明になって、下の白いのが透けて見えているんじゃないか、と。ようするに、下手、だって。

 

ぼくは、そうではない、わざとこうしているんだ、と。

とにかく、どっちにしろ、そのぎこちない感じがなんか、気に入ってしまった。

たいていの独楽棗は、結構、ぴしっと塗ってある。

こんなふうな茶色の線が入っているものなんて、とりあえず、お目にかかったことがない。

また、合口のところもおもしろい。

たいていの独楽棗は、蓋のところと本体のところは、色の順番そのまま。

なので、普通なら、この棗の場合、蓋の方から、黒、赤、黄、緑、白、と蓋の縁が白ならば、次の本体の合口のところは、黒、となる。

ところが、この独楽棗は、蓋も本体も白。

こういうのも、見たことがない。

どうしてこうなのか、といえば、よくわからないけど、もしかすると、唐物の独楽棗を意識しているのかも。唐物はこの合口の部分、蓋と本体が同じ色だから。

 

また、箱書きも面白くて、気に入ってしまった。

大徳寺506世の雪窓さんというお坊さんの。

というのがではなく、「己亥春」と年が記してあるところ。

箱書きに年が記してあるなんて、これもあまりみない。

(極め書きの方ならよくある)

調べてみると、雪窓さんが大徳寺506世だったのは、1955年~1966年。

その間の「己亥」というと、1959年ということになる。

素直に考えて、つまり、この独楽棗は1959年生まれ(?)ということで^^

この1959年というのは、結構、ぼくの生まれ年にちかい。

まあ、ぼくの方がちょっと若いけど^^

けど、こういう中古のお茶の道具で生まれ年までわかるというのはなかなかないこともあって、なんとなく、親近感も。

また、「独楽」ではなく、「古満」という表記にも、親しみが沸く。

 

そういうわけで、とうとう、買ってみることにした。

ただ、さすがに、「やっちまったかな・・・」とかも思いながら、でも、何ともいえないこの親近感・・・。

 

届いてみて、つかってみて、「あぁ」と。。。

 

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そう、なぜ、指物師に作らせるのか、あるいは、指物師作の棗としての意味や価値、というのがよくわかった。

 

これはほんとに、素敵なよい棗だ。

手に持ってみればわかる。

さわってみればわかる。

掌に、指に伝わってくる、木のぬくもりややさしさ、やわらかさ。

ふわふわとした感じ。

そう、木工品なのだ。

半月に持ったり、清めたり、胴を持って蓋を取ったり、蓋を置いたり、蓋を閉じたり・・・とにかく、扱っている動作の度につたわってくる感触、さらには、たつ音まで、どこをとっても木工品の手応え、感触、感覚。

こんな感触は、塗師作の棗にはない。

塗師作の物は、とことん、漆。隅から隅まで、硬い漆の感触。P9123282 (512x384)

 

しかも、この独楽棗は、塗ってあるのに・・・。

 

この感触・・・そう、この柔らかく、ぬくもりのある、やさしい木の感触、これは、子どものころに遊んだ木製の積み木のあの感触のよう。

もちろん、子ども向きの積み木なんかよりも、繊細で、かるく、もっともっとやさしくやわらかいのだが、でも、まさにあの積み木の感触。

なんとも、郷愁を誘う、この独楽棗。

プルーストの「失われた時を求めて」では、紅茶に浸したマドレーヌの香りが幼い頃の記憶を蘇らせるという、あのあまりにも有名なシーンがあるが、ぼくの場合は、駒澤利斎の独楽棗の感触が幼いころの記憶というより、幼い頃に触れたものの感触を蘇らせ、郷愁をさそう。

なんとも懐かしい感触がこの独楽棗に。

 

色も、いかにも子どもが好きそうな色。

幼い子どもは、中間色を見分けられないので、ああいった原色が好きなわけだけど、そんな子どものっぽい色使い。

そもそも、独楽というのが子どもの玩具なわけで。

その独楽をかたどった棗の、この、積み木のやさしく、やわらかく、ぬくもりのある木の感触。

あまりにも似つかわしすぎる。

 

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独楽は回る。

このまわる独楽の意匠は、循環する時間を表しているようでもある。

めぐるめぐる時と、幼い頃の郷愁、そして、そのときの手触り。

ぼくにとっては、とても意味のある棗になった。

還暦とかで使ったら、とくに、その意味が際立ちそう。

 

「コマ」は、「独り」「楽しむ」と書いて、独楽。

 

  駒澤利斎の古満棗で独りお茶を楽しむ 

 

と、くだらないダジャレもしてみたかった(笑

(いや、ぼくの「ゆる茶」そのものか)

 

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2017_09
08
(Fri)23:21

春に使っていて、来たときとすこし雰囲気がちがってきたハケメの肌。

 

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柚子肌、あるいは、蜜柑肌にはかわりないけど、なんとなく、むっくりとして、華やかというよりはあでやかになってきた。

 

そして、最近、ハケメの肌は、こんな言葉を思い出させるようになった。

 

 そもそも、柚子肌と岩肌とか、それは釜が古くなって肌が荒れてきたのを、柚子に似ているとか岩に似ているとかいうことで、数寄者がつけたもの、とか。

 

つまり、柚子肌、というのは、はじめは挽き肌とかなまず肌とか砂肌とかだった釜肌が、経年劣化によって荒れてきた、そのある状態を表現したもの。

というのが、この頃のハケメの釜肌を見ていると実感できる。

 

まあ、うちのハケメは、肩のところとか、凸の部分はつるっとしているので、なまず肌という設定なのかな?

そのなまず肌の釜が、使用と経年劣化によって、表面のあちこちが剥がれ落ちて、こんな状態になったんだ、と。

歳をとった釜のある時の状態。

 

たとえば、特にそう感じるのが、右肩のところとか。

 

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春にはあまりそんな風に感じなかったが、このごろは、そんな風に見える。

まあ、ほんとうに釜が朽ちていく過程でこんな釜肌を呈するのかどうかはよく知らないけど、とにかく、朽ちていく過程のある状態を表したものである、というのを実感する。

(朽ちていく過程というなら、底の内側が顕著。ハケメは岩肌のようだ)

 

春には、柚子肌として作られたもの思ったし、思えたが、いまは、なまず肌なり砂肌なりが朽ちてこのような状態になったもの、と、思えてしまう。

人為的に作られたのではなくて、自然にこの状態になったのだと。

 

朽ちていく過程のある状態そのものではないにしても、様式化したものなのだろう。

 

釜肌だけではない。

じつは、このハケメの場合、蓋も、剥落したような表現がしてある。

 

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釜肌について、柚子肌云々のことは知ってはいたが、実物で実感したのは初めて。

しかも、このハケメでは、そのことを踏まえて、蓋まで剥落したようにしてあるわけで。

 

鉄が朽ちていくのにどのくらいの時間がかかるのか。

まあ、条件によってもちがうだろうが。

とにかく、釜の肌は時の経過とそれによってある状態になった、朽ちてきた釜の状態を、釜の肌の状態を様式的に美しく表現している、ということ。

 

対照的なのは、うちのでは、亀甲紋の棗釜。

あれは、そういう美を追究しているわけでもないし、釜自体、時を経た釜ではなく、若い釜を表現している。

 

とにかく、いままで、こんなふうに釜肌を見ることがなかった。

たとえば、柚子肌なら柚子のようかとか、岩肌なら岩のようか、とか、そういうふうにはみていたけど、朽ちていく過程のある状態、ある時、というふうにはみていなかった。

し、実際の釜を見て、そんなふうに感じることもなかった。

 

このハケメの場合、ある程度時を経た、(中年くらい?の)釜(肌)を表現しているのだから、蓋も剥落させている、というのは、とても筋が通っている気がする。

釜肌とはなにか、ということで、それが時を経た釜のある状態を表しているという本来の意味に沿って、釜の蓋も剥落させている、ということ。

 

別の言い方をすれば、柚子肌の釜を作ったのではなく、もともとはなまず肌だの砂肌だのだった釜が、時の流れのなかで今のような状態になった、その状態を表現している、ということ。

いままで、そんなことを実感したことがなかったので。

 

こんなふうに蓋に剥落が表現してあるのを、柚子肌やあらしを、ただ侘びているとかいうのではなくて、時の流れのなかでそんな状態になった、それを表現していると捉えてあらためて釜を見てみると、そして、その釜を据えるお茶というのを見直してみると、またなかなか面白いかと。

 

また、釜が面白いのは、新品なのにこのような時の流れの表現をになっている、になわされている、ということ。

新品なのに、朽ちた肌、荒れ、剥落。

お茶の他の道具で、新品なのに時の流れをになわされてるものって、ほかにあるだろうか?

時の流れを、様式として、表現することをになわされている道具がほかにあるだろうか?

道具ではないが、対照的なのが、花か。

花と釜。

 


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2017_09
07
(Thu)21:30

菊図となにを取り合わせようか、と言うので、まず、亀甲紋の棗釜で。

 

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亀甲がなんとなく小菊に見えたりして、それはそれで悪くなかったが、なんとなく、ハケメなんかどうかな、と。

 

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薄茶器は、ほかに青漆の鮟鱇棗。

茶碗も、もうひとつ、古唐津。

 

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久しぶりに使う、ハケメ。

和銑の亀甲棗にくらべて、洋銑らしく、柔らかい感じがした。

 

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口から肩の丸みが美しい。

入手した当時より、どことなくむっくりしてきた柚子肌が、なんとなく菊の花のように見えたり。

春は、ハケメを水の流れに見立てて、桜川。

秋は、菊水。

夏の間、糸目からはじまって縦長で、肩のあまりないものやまったくないものばかりつかっていたので、ひさしぶりに、ふっくらとした肩のある尻張りにほっとした。

 

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菓子は、粟羊羹(亀末)、烏羽玉(亀屋良長)、オーツ麦ビスケット

 

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2017_09
04
(Mon)20:53

まだすこしはやいかな、とおもいつつ、軸を替えた。

菊の図。

 

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箱もちょっと面白い。

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 菊  恩師栖鳳先生筆  門人峻嶺鍳(?)題  落款

 

鍳という字は表示されてるかな?

「鑑定」の「鑑」の、「皿」をとって「金」を「皿」のところへ。

意味は、「鑑」と同じ。

 

「恩師栖鳳先生筆のこの図に、門人の峻嶺が『菊』という題を考えてつけました」、という感じ。

 

竹内栖鳳の弟子に、大矢峻嶺という人がいて、どうやら、その人が題をつけた、ということらしい。

 

箱の裏にも、識書きらしきものが。

 

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 昭和卅年うんたらかんたら 何乃誰兵衛  花押

 

昭和三十年に、だれかが鑑定した、と(笑

(よう読まんので、鑑定した方には、申し訳ないです)

 

まあ、箱はいいとして、飾ってみると部屋の雰囲気ががらっとかわった。

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なんか、いまどきの(旅館などの)数寄屋造りの一室のような雰囲気に^^

 

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菊の絵もさることながら、表装も面白い。

天地がクリーム色で、中廻しがちょっとくすんだ草色。

織りがらは、菊?

とにかく、このコンビのおかげで、軸そのものが菊のよう。

で、部屋中に、爽やかな菊オーラがふりそそぐ。

菊の香りまでしてきそう。

 

また、風帯もなく、一文字もない。

軸に仕立ててあるけど、額縁と等価な感じ。

でも、額ではなく軸。

それで、部屋がモダン数寄屋に変身^^

 

なかなか洒落た表装だな、と。

 

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さっくりと描いてあるけど、 菊も見どころが多い。

筆運びや、かすれや、割れや、ぼかしや、勢いや・・・。

 

そもそも菊のポーズが、植物というより動物っぽい。

なんか人臭いポーズ^^

使っているのは、墨と花の黄色だけ。

 

もうひとつ、落款も面白い。

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「竹内棲鳳」となっている。

ニセモノ?

竹内セイホウなら、「木」偏に「西」とつくる「栖」のハズ。

まあ、たいしたことでもないし、知ってる人は知っている^^ 

「栖鳳」になるまえの「棲鳳」。

(箱は、「栖鳳先生」なのにね^^)

 

お茶の道具はなにを取りあわせようか?

  

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2017_09
04
(Mon)20:02

9/2に京都へ。

大丸の地下のおかし売り場にいったら、たまたま、道喜さんとこの粽があった。

二種類ともあったが、7月に水仙粽は食べたので、今度は「羊羹粽」。

 

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外見は、水仙粽同様で、別にこれといった違いはない。

つつみ紙を解くと、笹のよい香り。

 

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笹をとくと、小豆色の粽。

砂糖、葛、餡が材料。

 

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水仙粽を買ったとき、説明をしてくれた大丸の店員さんによれば、「甘いだけの、子ども向けの粽」ということだった。

が、ところがどっこい。

 

まず、笹の香りがとてもつよい。といっても、いやなほどではない。

しっとり、ぷるん、ねっとりとした口あたり。歯で噛むよりも、舌で上あごに押しつけてつぶせば充分。

しっかり、あっさりとした餡。

子ども向きどころか、これは、あんこ好き向き。

水仙粽よりも、むしろ好み。

 

いきなり涼しくなっていたのでどうかなと思っていたが、今ごろでもとても美味しい。

水仙の方は盛夏に、こちらは夏の盛りがすぎてから、が、僕にしたら食べ頃か。

水仙粽同様、一夏に一度は食べたいな、と。

価格は水仙粽と同じ。


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2017_09
03
(Sun)00:23

溜薬器が別次元だったり、鮟鱇棗が使ってみるとやはり別次元だったり、で、例の宗哲の作品にとても興味が湧いただんなん。

薬器や鮟鱇は裾物なので、いよいよ、薄茶器のなかの薄茶器、真塗りの棗なんかが欲しくなってきた。

はたして、宗哲の真塗り黒棗はいったいどんな感じか。やっぱり無、別次元、なんだろうか?

 

ただ、うまい具合に真塗りの黒棗はでていない。

で、ちょっと見てみると、高台寺棗なんかもある。

菊と桐の古典的な意匠の棗。

ほかに四君子棗などにも目をつけたが、どうも、四君子は使いづらい感じ。

一方、高台寺のほうは、菊や桐はほとんど装飾。

たとえば、秋草の蒔絵がしてある棗の場合、秋草の模様には意味もあれば、季節感もある。真塗りの方よりも、蒔絵の方に目がいくし、「秋草」で秋の物として使う。

それに対して、高台寺の場合は、菊や桐の意匠に、「秋草」ほどの意味も季節感もない。装飾とはそういう意味。言ってみれば、菊と桐の文様で飾り付けをした真塗りの黒棗という格でつかえる。

華やかな真塗り黒棗という感じ。

なので、宗哲の高台寺を買おうかと、なにげに見ていると、もうひとつ、ある菊桐棗が見つかった。

画像をくらべてみると、な、なんと、宗哲の高台寺棗がかすんでしまうほど・・・。

 

なので、宗哲の高台寺はやめて、その菊桐棗を買ってみた。

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あんまり、はっきりとはしないけど、よくよく見れば、宗哲の高台寺がかすんでしまったわけもわからないではないけど、やっぱり、あまりこの画像でははっきりしない。

 

比較のために、うちの遠山棗。 

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黒棗。

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菊桐棗。 

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やっぱり、あまりはっきりわからないけど、若干、菊桐は赤っぽく。

小豆色、あるいは、紫色・・・肉眼でははっきり。

遠山や黒は、ほんとに漆の黒。くろいだけ。

 

また、蒔絵も、遠山は黒い上に描いてあるように見える(当然だけど)。

一方、菊桐の方は、まるで薄紫がかった真塗りのなかに桐がふわ~っと浮いている、あるいは漂っているように。真塗りには美しい艶もあり、底の無いような深みも。

 

上の三枚は自然光。

これは蛍光灯。 

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遠山の黒とはほんのりちがうのが、この画像でも、あまりはっきりは見えないかも。

でも、菊桐の方は、ちょっとチョコレート色みたいに。

 

宗哲の高台寺もまだあたらしく、この遠山のように蒔絵が黒漆の上に描いてある感じだった。

また、真塗りの黒もただ黒くて、深みもなかった。

宗哲のがかすんでしまったのは、そういう理由。 

 

真塗りは時が経つと、赤味がかってきて、透明感の深みも増す、というのを以前聞いたことがあるけど、この菊桐はまさにそんな状態か。

 

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箱書があって、裏千家8代又玄斎一燈さんの。

蓋のうらには、一燈さんの花押。

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(でも、なんで? 実は、蓋の表と上下が逆さま?)

これから時代を推定すると、1750年頃のものかな?

 

さらに、仕覆まで。

つなぎ卍と・・・

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すり切れてよくわからない金糸の文様。

もしかすると、龍かな?

つなぎ卍に木瓜に龍という、名物裂があるので。

とてもうすくて、しなやかな、肌触りのよい金襴。

 

棗に仕覆をつけるのは、濃い茶器としても使えるように。

時代を経た棗だけがこんなふうに。

つまり、経上がった棗、ということ。

(いちまも頑張って経上がるように^^)

で、もし、この仕覆と箱が一燈さんのときにあつらえられたとすると、さらに、古い棗ということになる。

といって、べつに、古ければいい、ってわけでもなくて。

そんなことよりも、やっぱり、この塗りの美しさ。

ある程度時代を経て、赤みがかって、あるいは、紫がかって、神秘的なつややかさと深みをえた、この真塗りの美しさ。

 

棗に蒔絵なんて蛇足、とまえに書いたけど、ここまで来ると、その逆。

むしろ蒔絵が、そんな真塗りのふかみや神秘さを引き立てている。 

 

こういう漆の物に出会えるなんて。

しかも、ただ、硝子ケースごしに鎮座したのを眺めのだけではなく、手にとることができるなんて。

宗哲さんにはわるいけど、あの高台寺がこんなに経上がるには、まだ150年や200年はかかりそう。

なので、すっぱり、宗哲さんの高台寺はあきらめた^^

 

実物は、宗哲の溜薬器をはるかに越えて別次元。

目の前にあるばかりか、ふれられる、ばかりか、これを使ってお茶が点てられる・・・なんて、ちょっと、信じられない感じ。

 

ただ、さすがに瑕なども多い。

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また、蒔絵も、蓋の曲面のところなど、うっすらとなっていたり。

でも、これも、とてもいい。

いかにも、ながいあいだ、おおくの人に大切にされてきた棗という証のようで。

新しい蒔絵に、こういうものはもとめられないし。

 

今日(9/2)、京都から帰ってきて、さっそく使ってみた。 

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きらきら棗(笑

いつもの道具が、なんだか、キラキラ^^

オーラで、使っている道具のすべての格が上がったような。

それでいて、この棗自身は、華やかたげど控えめで落ち着いている。

 

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竹泉さんの知足とは釣り合っていた。

浄長の亀甲の棗釜は、ちょっと、後れをとったか。

 

棗って何だろう? と、奥さんとそんな話しになった。

「茶席のアクセサリー」

ただし、安もののアクセサリーではなくて。

ただし、普通の棗は、「茶席のアクセント」。

このくらいに経上がった棗になると、茶席の道具すべてを格上げする魔力を持っている、そんなアクセサリー。

それにしても、ここまでとは、驚きと感動。

たかだか、こんな小さな、塗りの入れ物ごときに。 

 

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瑕かあるから、幸いした。

もし、瑕がなかったら、よう使わん(笑

 

それにしても、作ったのは誰なのか。

虎は死して皮を残し・・・ではないけど。。。

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