2017_06
18
(Sun)00:39

李朝白磁 水指

ちょっと水指しには小ぶりかな、とは思ったものの、なんか、とてもよさそうなので、ついつい、買わずにはいられなかった。

李朝の、白磁の甕、あるいは、壷、あるいは、花入れ。

でも、水指しとして使うつもり。

 

一応、ここがいちばんきれいかな、というところを正面に。

P6161981 (384x512)

 

この水指し。

随所に梅花皮がででいる。

それだけでなく、きれいに李朝の初期の白磁の色つやが出ているところがあるかと思えば、かせていたり、釉薬が剥がれていたり。

そこが面白いと思った。

李朝の価値観からすれば、完全な失敗作。

それを、どこで誰が見つけたのか知らないが、いま、日本の僕のところにある^^

 

ここを正面にするのは、李朝の白磁の雰囲気がよく出ている部分と、梅花皮の部分の対比が美しいから。

梅花皮の、なんと大胆なことか。

同じ釉薬で、その厚みのちがい、でこんなにもちがった表情になる。

李朝の白磁のところは、とても雰囲気がいいし、李朝の白磁独特の艶と雰囲気や質感を持っている。

その反面、ある意味、出来損なってあらわれた梅花皮。

このふたつが連続してあらわれているところが、とてもいい。

 

P6161999 (448x336)

 

口には、銀継ぎ。

以前これを持っていて人は、大切にしていたのだろう。

それとも、割れて陶片として捨てられていたのを修繕したのか。

 

P6161980 (512x384)

 

すこしずつ、反時計回りに・・・ 

P6161982 (448x336)

 

P6161984 (448x336)

口の反対側に見える、釉薬がごちゃっとなっているところは、指のあと。

陶工が施釉するときにつまんでいたところだろう。

親指で外側、人さし指と中指で内側を。

たぶん、左手。つまんでみるとぴったり。

口をつまんで、どぼんと釉薬につけ、引き上げて、くりくりっと内側に釉薬を回して、さかさまにして、しゅっしゅっ、と釉薬を水切りする。

とまあ、ただ理想像だけど^^

 

向かって左側に、特にカセているところ。

ちょっと黒ずんでいる。

 

P6161986 (336x448)

 

P6161991 (336x448)

 

艶や質感など、きれいなところとまったくちがう。

 

ここは、いちばんきれいなところ。

というか、李朝の初期の白磁らしいところ。

ほわん、としていて、なんというか、ほんのりと。

独特な肌合い。 

P6162001 (448x336)

 

その李朝白磁らしいところから、釉薬の厚み、焼成温度、火の当たり、また、置かれていた場所の気流などによって、さまざまな表情が連続していく。

ある意味、陶芸とはなにか、陶芸のある種の醍醐味を凝縮したような水指し。

たった、高さ18センチくらいの水指しに、こんなにも醍醐味が詰まっている。

それも驚き。

狙って作ったのだろうか?

いちおう、李朝の陶芸家は白磁を目指していたという前提で話しているので、狙ったわけではないだろう。

いろいろな条件が重なって、偶然、うまれたこの水指し。

今の陶芸家だって、狙ってこれだけ作れる人って、いるかなぁ、とか(笑

ここまで様々な表情を、条件をこの小さなボディに凝縮できるかな、と。

狙って、前もってイメージして作ろうとしたところで、ここまで表情豊かで、条件のかさなりあいが緻密で、重層的なものを具体的にイメージできないだろう。

漠然とだって。

人知を越えている。

 

サルトルは、ペーパーナイフという物は人が前もってペーパーナイフというものをイメージ、そのイメージに従って作られた、これを投企というとかなんとか、そして人はそのように生きるものだとかなんとか、そういう話しで実存とはなにか、実存主義とはなにかを説明しようとしたが、これでいくと、この水指しは「実存」には、あるいは「実存主義」には収まらない(笑

実存主義を越えた、水指し(笑

(ジョークですよ)

 

(実存主義、でいうなら、竹泉さんの「知足」はまさにそう。でも、あの茶碗は、できあがった時点で、具体的に姿を現すと、人知を越えてしまった感がある)

 

今の陶芸は、なかなか、人知を越えるようなものはできにくい。

ガス窯、電気窯など、むしろ、きっちり管理できて、一様、均質にできやすい。

なので陶芸家は、逆に、窯の中で温度にムラができるように工夫したりする。

また、炭を入れてみたり、灰を入れてみたり・・・。

李朝の陶工達が目指していたものが、ある意味、いとも簡単にできてしまう。

 

ところで、この水指し。

梅花皮が出ているから、たぶん、桃山のころの井戸茶碗と同じころ、かなあ、とか^^

梅花皮が出ていた期間というのは、その時期だけで、とても短いらしいので。

李朝の陶工にとっては、理想は、まったき白磁。

白磁を目指して、進化していく過程で、井戸茶碗は生まれた。

井戸だけでなく、とうじの、桃山のころの高麗系の茶碗は、みんなおなじ。

白磁への進化の過程で生まれてきたもの。

それが、独立した種として、いまだに日本では生き残っている。

当時の茶人達が見いださなければ、もしかすると、とっくに、進化の歴史の中にうもれて、消えてしまっていたかも。

ただ、枝分かれさせただけでなく、それらを母体として、いまにつづく茶の湯の茶碗はいろいろと生まれてきている。

 

それにしても、今まで、井戸茶碗が磁器だとは知らなかった。

この壷をネットで見たとき、「土が赤いのに、白磁?(アップした画像では、1枚目の下の方、釉薬が剥がれているところ)」と不思議に思って調べてみると、なんと、井戸茶碗も磁器で、つまり、同じ物だということ。

カオリンはカオリンだが、精製がまだ未熟で不純物が多かったか、あるいはカオリンだけだと形成しにくいのでなにか土を混ぜていたか、あるいは、化粧土を塗っていたか、とか。

井戸茶碗、ってふつうに見慣れていたのに、案外謎が多い、らしい。

 

でも、まあ、あの李朝の白磁どくとくの、夢みるような乳白色の肌や、雪白色の肌が好きな人からすると、これは、「うーーーん、あかん」なんやろうなぁ。。。

けど、僕にしてみれば、その「あかん」ところが「いい」^^

 

水指しとして使うので、ちょっと蓋を・・・。

備前で勘渓の釜の蓋がピッタリだったのに味をしめて、窯の蓋を試してみると・・・

 

これは、鬼霰鉄瓶の蓋。 

P6172010 (384x512)

 

これは、奥さんが言うところの「絵心のない」釜師作の浜松地紋の小釜の蓋。

P6172009 (384x512)

 

なんか結構面白い^^

(一応、塗り蓋、備前のといっしょに注文したけど・・・)

 


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