2018_06
12
(Tue)23:31

猪飼さんとの出会い

このブログで、猪飼さん、猪飼さんと気さくに呼んでしまっているけど、猪飼さんは日本工芸会正会員であり、鑑査委員でもある。
(個展で話すときも「猪飼さん」と。誰に対しても「先生」呼ばわりするのが苦手なので・・・)
とまあ、それはいいとして・・・。
 
この三つの器。
思い出の器。
 
 
僕が好き勝手茶をはじめたのが、いまから25年くらいまえ。
そのころ、なかなか気に入る茶碗が見つからなかった。東寺とかもいったし、デパートとか、茶道具屋とか、いろいろさがしまわったけど、これ、というのが見つからず、「つまらん」「つまらん」という毎日を送っていた・・・。
そんなある日。
京都大丸の美術のフロアで目にとまったものが。
それは、現代作家の酒器があつめてあったコーナーだった。
それが、この徳利とぐい飲み。
じつは、徳利には徳利とおなじ手の、ぐい飲みにはそれと同じ手の徳利があったのだけど、バラでも買える、というのでそれぞれ購入した。
あまりにも気に入ったので。
その作家が、猪飼さんだった。
 
徳利
P6127881.jpg
 
徳利の糸尻。 
P6127878.jpg 
 
ぐい飲み 
P6127879.jpg 
 
見込み 
P6127880.jpg 
 
しかも、ラッキーなことに、1,2週間したら大丸で個展をする、ということ。
で、個展がはじまると、わくわくしていってみた。
言うまでもなく、茶碗を期待して。
大丸の美術画廊はこじんまりしているので、一通り作品を見て、猪飼さんに聞いてみた。
「茶碗は、ないのですか?」
そう、お茶の茶碗は置いてなかったのだ。
「はい、まだ、作っていませんので」
と猪飼さんの答え(文言ははっきり覚えていないが、そういう意味だった)。
で、僕が、「じつは、酒器コーナーの徳利とぐい飲みをいただいてのですが・・・」と話し始めて、「あの徳利の糸尻とぐい飲みのああいう感じをあわせたような茶碗って、できませんか」と、そんなようなことを言った(覚えがある)。
他にもいろいろ話したのだろうけど、なんか、もう、こっちも必死(笑)というか。若いので直というか(笑
とにかくそんな茶碗があるのでは、と期待して来た云々かんぬんと・・・。
そのときのこと、昨日のことのように鮮明に覚えている。
あまりにも直裁に「茶碗ないんですか」と聞いたので、猪飼さんはちょっとびっくりしていた。
で、そのときは、とりあえず、もうひとつ灰釉がよく流れた徳利を。
P6127888.jpg 
 
それからしばらくして、猪飼さんから個展のDMが来た。
神戸阪急で。
さすがに滋賀から神戸は遠い。けど、行ってみた。
というのも、DMに井戸茶碗の写真があったので。
たしか、個展の三日目くらいだったと思う。
何碗かあった茶碗はほとんど売り切れていて、唯一、残っていたのが、この茶碗!
P6127883.jpg  
たぶん、流儀のお茶をする人からしたら、ちょっと、はみ出した茶碗だったんだろうね。
ある意味、型破り、というか。
扱いにくいというか。
大きさもかなり大きいし。
 
めちゃくちゃ、嬉しかった^^
なんか、もう、こっちの注文どおり、というか、注文以上。
って、べつに、大丸で注文したわけじゃないけど。
要望、というか、「あったらよかったのに」というか。
それが、猪飼さん、つくってくれてたわけで。
しかも、売れてなかった^^
 
高台
P6127884.jpg 
 
見込み 
P6127882.jpg 
猪飼さんは腕もいいけど、商売もうまい^^
 
平成7(1995)年頃のこと。
いろいろ茶碗もあるけど、この茶碗は、やっぱり一番好き、かな。
ほぼ、注文品(笑
それ以上。
しかも、それまでいい茶碗がない、気に入る茶碗がないと悶々としていたのを、一気に吹き飛ばしてくれたわけだし。
 
それにしても、30才そこそこでこの轆轤、腕、センス(実は、猪飼さんと僕は同い年)。
井戸茶碗をベースにしてあるんだろうけど、口辺の面白さと見事さ。
また、裾すぼまりの高台と全体の姿なりの美しさ、バランス。
豪快な鉄釉。
そして、見込みの灰釉の繊細、かつ、大胆な流れ。
大きめの茶碗と言えば茶碗だけど、見込みの灰釉の流れを美しくダイナミックにするには、この大きさは欠かせない。
しかものびのびとしていて、若い感性がみずみずしい。
文句なしに好きな茶碗。
 
猪飼さんの茶碗は、ぱっと見、そう個性的でもないように見えるかもしれない。
が、見れば見るほど、実は個性的。
その秘められた個性が、いわゆるお茶道具としてはおさまりがよくない。
が、それは使う方の問題でもある。問題というか、課題、というか。
竹泉さんのや虚室さんのを使うと、おさまりがよくないところがマイナスとも感じられることも。
しかし、その逆。
どうせ好き勝手茶なのでいいと言えばいいが、どう使いこなせるか。
どう楽しめるか。
ということ。
 
でも、まあ、とにかく、茶碗を見て「ぴん」ときたんじゃなくて、徳利の糸尻とぐい飲みの見込みや雰囲気で、「ぴん」ときたのだから、なんか、感性的にしっくりくるんだろうなぁ、と。
 
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